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Twitterには長いやつ

甲斐よしひろ Series of Dreams Tour Vol.2(1979-1986)

2003年5月25日(日) 東京厚生年金会館

 ほとんど眠れないまま、朝早くに家を出た。朝の空気は気持ちがいい。 
 東京に着くと、まずは甲斐仲間たちと東京ドームで日本ハム千葉ロッテ観戦。 ファイターズOBである秦とゲンちゃん(河野)にサインをもらい、マスコットの ファイティーと遊び、ファイターズ戦の東京ドームの雰囲気を味わいつくす。試合は、 ファイターズが3試合連続二桁得点となる19点を挙げ、爆勝。楽しかったあ。

 さて、試合の後は、いよいよ甲斐ライヴ!四谷で地下鉄に乗り換え、新宿の厚生 年金会館へ。地下鉄で行くのは初めてや。新宿三丁目で降りたけど、ほんとは新宿御苑 前がいちばん近かったらしい。 
 久々の新宿厚生年金。KAI FIVEの頃によく来たな。すでに開場されて いるが、会場前には甲斐ファンがたくさん立っていた。待ち合わせをしてるのかな。

 ロビーがなんだか狭く感じた。前はそんなふうに思えへんかってんけど。 
 並べられた花は、白山眼鏡、吉本興業ぐっさん、DonDokoDonぐっ さん、文化放送、「そして音楽が始まる」。1人が2つ出してんの、初めて見たかも。

 1階客席も狭いように感じた。NHK大阪ホールが新しかったから、そういう気が するのかな。ステージの両端が、壁にそって少し客席側に出ている。そうや、そうや、 ここはこういう形やったなあ。 
 今日の席は1列目。実質1列目やった大阪に続いて連続。こんなん初めてや。 NHK大阪ホールのライヴから帰ったら、今日の チケットが届いてて、めっちゃうれしかった! 
 開演前の手拍子は少ない。いつもながら東京のお客さんはおとなしいな。 
 「席にお戻りになって、しばらくお待ち下さい」という2回目のアナウンスで 拍手が起きる。 
 松藤甲斐の「あいのもえさし」に合わせて、右端で手拍子を始めた人がいる。 僕も手拍子をする。右の方の席にいる僕には、ほとんどこの2人の手拍子しか聞こえ ない。でも、手拍子はやめへんぞ。絶対にとめたくない。 
 BGMが1曲終わるごとに、拍手が起こり、手拍子も大きくなっていく。やがて 最後の曲が大音量で流れ出した。「ヘーーーーイ」とかいう吼え声が、心なしか 「かーーーーい」って呼んでるように聴こえる。 
 メンバーが入って来る。それぞれの楽器の音を出す。BGMがやんだ。

 まだ暗いステージから、あのイントロが聴こえてくる。 
 「三つ数えろ」 
 メンバーが光を浴びる。前野選手が最初から「ウフッフー」ってコーラスして る。蘭丸は帽子をかぶっていない。 
 そこへ甲斐が飛び込んで来る。「甲斐ーっ!」の叫びが、歓声が、ひときわ大き くなる。甲斐はえんじのジャケットと黒のパンツ。中も黒で、縦にも横にもファスナー が走ってるデザイン。髪はセットされていた。 
 「ひからびた サンドイッチとお」に入る前、「キュルルルル」とピアノの音が 曲の激しさを盛り立てる。 
 今日もやっぱり「路上」と歌う。「ファッションだけが」で、左手でジャケット の襟を持って振る仕草を見せた。

 イントロで蘭丸がライトに照らし出される。続いて前野選手も。 
 「ブライトン ロック」 
 俺の近くにいた子連れのお母さん、子どもといっしょに座って見るつもりやった らしいけど、このイントロでたまらず立ち上がったもんね。 
 バックは赤いライト。ステージ前の坂、網状になったその部分の後ろからも、 赤い光が伸びてくる。右側にいるせいか、ノリオのベースがすごい。 
 甲斐は右に来て「イェー!」と叫ぶ。左の方へ向かいながら、オフマイクで 「カモン!」と言っているのが見える。そして、左で歌い出した。 
 サビではあの、強く下を指差すポーズだ。 
 2番は「こんーどは俺の 番さ!」と歌う激しいライヴヴァージョン。「この 涙」とも歌った。 
 間奏で甲斐はキーボードの台に上る。むこうを向いた体勢から、左後ろを振り 返って蘭丸の方を指差す。 
 俺の声は2番のサビでもう変になりそうやった。甲斐を見上げながら手拍子し つつ歌いまくる。「ブライトン ロック」はいつも、ものすごいのだ。

 「Series of Dreams Tour Vol.2にようこそ。 目一杯やるからね。行くぜ」

 前奏はきれいな音から。そして「フェアリーー ウーウウウウー」のコーラスが 入る。左右の下に白い光。ビートが弾けた瞬間から、ステージを鮮やかな円が滑り 出す。バックでは七色の光の帯が、絶えず横に動いて、その配色を変えていく。 
 「フェアリー(完全犯罪)」 
 「俺はめちゃめちゃ」の後、「おんーなのあつかい」の後、「しーってるつもり が」の後、JAH-RAHが「ドドダン!」と叩いてアクセントをつけるその3か所 で、カラフルなライティングが一瞬消え、左上から白い光だけが差す。 
 甲斐は3番を歌いながら蘭丸と顔を見交わす。楽しそうな表情や。

 「Series of Dreams Tour Vol.2。Vol.3の ことは聞かないでくれ」の言葉に、声援が飛ぶ。 
 「このシリーズは、いつも大きいところだと同じような曲になるんだけど、 それはちがうだろうと。もっとできるやつがあるだろうと。1979年から1986年 ということで、体育館ツアーやったり武道館やったり、いちばん新陳代謝の激しい時 で。その頃もあまりやってなかった曲を、「暁の終列車」をやるよ」

 甲斐がエレキギターを握る。思えば、今回のツアーでは、この曲だけやな。 
 そのギターは濃紺で、銀色の小さな図形で縁取られている。ボディの端にも銀色 でマークが入っている。 
 前奏では、甲斐は落ち着いた感じでじっくりと弾いていた。1番のラストで 「オー、イェー!」と叫ぶと、そこからは頭を振って身体全体でリズムに乗りながら、 激しく弾き始めた。こっちもますます燃えてくる。

 海の色。きれいで爽やかな水色や。その下で。 
 「シーズン」 
 ノリオが高い声でコーラスしてるのがよくわかる。甲斐はせつない顔をして、 この歌をうたっていく。 
 手拍子するもよし、じっと聴くもよし。その日の客席によって反応はちがう。 今日の僕らは、大きく手拍子しながら、甲斐の「シーズン」を聴いた。「はじけー 飛ぶー きんいーろにー 光る岸辺ー」で曲が静かになると、手拍子は止む。甲斐の アコースティックギターがよく聴こえる。その音と甲斐の歌声を聴いていると、 砂浜への階段を下りていく絵が、不意に頭の中に浮かんだ。「シーズン」を感じた瞬間 やった。

 「ビューティフル エネルギー」 
 ピンクを基調にした照明で。 
 甲斐はかすれ気味の声でうたう。「しれーなーいからーぁ」「汗を流そう ぜーぇ」と、最後を下げて語尾を響かせるうたい方。いつの間にか髪は汗で、しぜんな 感じに乱れている。 
 いちばん最後だけ「声をあげようぜーっ」と高く張り上げて歌った。照明は金色 に変わっていた。

 イントロのドラムが太く強い。甲斐が「とある小さな」とうたい出す。キーボード がきれいな音を入れる。 
 「BLUE LETTER」 
 甲斐の立ち姿。左手はポケットに入れているように見えて、実はその前でハーモ ニカを握っている。前の曲と同じようにかすれさせた声でうたうのかと思いきや、 すごくよく声が出ている。ホールに甲斐の声が響き渡ってる。背景は曇り空。 
 左手でマイクスタンドの上を、右手で下を持つ。スタンドを身体の横、向かって 左側に置いてうたう。「暗い 闇のなか」とうたう。「シャツを脱ぎー捨て」から、 スタンドを持ち上げて前に出てくる。 
 後奏での「オーーーーっ」の叫びが多い。それから遅めのタイミングでハーモ ニカを吹き始める。ラストは腕を下ろすのと同時のお辞儀でしめくくった。

 暗転中、甲斐が後ろからイスに近づいて来ながら、すでに座っている松藤に手で 合図した。てのひらを上にして。松藤がイントロを奏ではじめる。明かりがつくと、 甲斐も座っていた。 
 ギターが歌入り前にあのメロディーで、曲名を告げる。 
 「街灯」 
 サビから松藤のコーラスが入る。甲斐は間奏でハーモニカ。2番がはじまる ぎりぎりまで吹いてから、すぐにうたいだす。 
 最後は松藤のギターが終わるのを待って、二人ともお辞儀をした。オーディ エンスの拍手。

 「「MY GENERATION」というアルバムの中の、「街灯」という曲を、 やりました」 
 「ボブ・ディランは自分の曲から5曲盗作したというけど、今の、自分の曲から の盗作でした。「安奈」といっしょじゃん。全然気がつかなかった。誰も教えてくれな かったし」 
 「アレンジがちがうと気づかないもんだねー」と、松藤がノってみせる。 
 僕はこれっぽっちも気づいてなかった。全く別々の曲として、好きや。自分の曲 から別の曲をつくるの、サンストでほめてたな。

 松藤甲斐の豪華作詞陣は、「知り合いだから頼んだんじゃないからね。その曲に 合った人を選んだんだ」

 作詞依頼の見返りとして、ぐっさんの「くずアルバム」に2曲参加しないといけ ないことになった。 
 「「ラーラーラー」とか、「生きてることってすばらしい」のライヴ ヴァージョンで、「あんなー」って。そんなことさせられて・・・すいません、好きで やりました」

 ISSAのソロアルバムに「FIGHT THE FUTURE」という曲を 書いて、プロデュースして。 
 ISSAと飲んでる席にmcAtが来て、作詞を頼むことができた。 
 「プロはムダ飲みはしない」と言ったのは、ファンクラブ会報に松藤が書いた 一文を受けてのジョーク。

 今日もチェリッシュのえっちゃんの名前が出たところで、松藤が甲斐を示して 「よっちゃん」と言う。が、その後、(思ったよりウケなかったなあ)というふうに 首をかしげてる。芸人みたいや。

 このツアーの福岡、松藤甲斐の福岡、大分アコースティックセッションと続いた 3日間について。 
 大分では、「そこでしかやらない曲もあって。慣れてないから弾きにくいな、 「風の中の火のように」、とか」 
 大分のあるホテルのネーミングに関して、「大分は革新的な街だから」と言って から、「そんなの関係ないか」

 「松藤の曲はどれも、だんだん好きになってる」と切り出して、甲斐が 「きんぽうげ」について語る。 
 「Vol.1で、どこでやっても盛り あがって。イベンターが「甲斐さん、いい曲ですね」って言ってくれて。いつの間にか 俺の曲のように言われてるけど、松藤の曲なんだよ」 
 名曲を書いた松藤に対して、拍手や。

 「僕もギターはイケルクチなんですけど」と笑う甲斐。松藤が楽器をたくさん 弾けることをほめる。 
 「でも、「氷のくちびる」で「こんやーも」って、「ダダダダッダン!」とか ドラム叩いてるのに、間奏でいきなり「ピピピーピピ」って縦笛吹いてるんだぜ。気が 狂ってるよね。あの時だけモニター上げてもらってたの?」 
 「そう」と松藤。 
 甲斐は「それでよくハウリングしたんだ。昔の機材で」と言い、「東京だと、 これまでやったミキサー、3人ぐらい来てる」と告げてから、あえていたずらっぽく 「よくハウったなあ」 
 松藤があわてて「ハウってない。ハウってない」と言い張ってみせる。

 松藤甲斐のライヴをやる東京キネマ倶楽部の話。 
 「初め300席で(完売になって)、追加70席。僕ら、ナメられてた訳です よ。このやろう、ディスクガレージ」と、怒ったふりシリーズ第2弾。 
 「(会場は)上はキャバレーで。松藤が当日、精彩がなかったら、上に寄って きたなと思って下さい」 
 「そこを楽屋にしたりして」とノる松藤。 
 「そんなの、あるわけないだろう」 
 「そうか」 
 「何言ってんだ」

 「松藤甲斐のライヴは、大したことないから」と言ってみせる甲斐。 
 「ダラダラやってる。その隙間が好きというマニアックな向きも」と笑う。 
 ソロツアーを笑点大喜利としたら、松藤甲斐は独演会だ、という例えも。 
 「暇のある方だけ来てもらって。昼間の末広亭みたいに」 
 またまた。自信のある時にかぎって、そんなふうに言うねんから。

 「(松藤甲斐では)半分くらいしか歌わないから、(ステージ上で)寝てしまう かも」というジョーク。 
 「寝かしとくか」と、松藤がやり返す。 
 「起こすといけないから静かに」とか、大いにノる二人。最終的には、 「この人、起きるとうるさいから」というところで、「それはキーボードの前野だ」

 「AXはビデオが入ります」という告知。 
 「ビデオの日だけちゃんとやるんじゃないからね。今をちゃんとしないと、次は ないんだから」 
 その言葉に、みんなが拍手。 
 「今の拍手いいよ。イナカみたいで。木更津か!」と甲斐が言うと、女性ファン が1人「キャーッ!」と叫んだ。 
 何気なく言った冗談にすごい反応がきて、甲斐は「「キャー」て。「キャー」 て」と繰り返した。 
 あれは木更津から来た女性やったんかな。

 「My name is KAI」の東京の日と比べて、お客さんのMCに対する 反応がいい。みんな「セイ!ヤング21」を聴いてるんやなあと、実感した。

 「甲斐バンド最後のシングル。「怪奇幻想シリーズ」とかっていう、よくわから ないのに・・・でも、それが、合ってたんだよね」 
 「メガロポリス ノクターン」 
 ふらふらとさまようようなギター。前野選手によるアコーディオンの妖しい音色 は、テルミンさえ思わせて、ゆれる。松藤甲斐を 見た後やから、前野選手が甲斐たちのすぐ後ろではなく、キーボードの位置で演奏して ることに、一瞬違和感があった。 
 「おーまーえはぁ ぼーくを まーあってーいーたー」に続けて甲斐は、 「うーーん」とうたった。

 メンバーが全員戻ってくる。「ジャラ!」の声が飛んだ。 
 甲斐はそれを受けて、「そうだね。メンバーの紹介を」 
 多分ここでは予定になかった、メンバー紹介をやってくれた。 
 ノリオは投げキッスのポーズをする。「ノリオーっ!」って叫んだら、手を 振ってくれた。

 「「安奈」をやるぜ」 
 おお、曲順が変わった! 
 イントロが激しい。あのメロディーやのに、こうもちがうのだ。蘭丸のギターが つけるアクセントも曲に合ってる。 
 甲斐が「歌っていいぜ」のポーズをし、サビは合唱になる。 
 「二人で泣いた夜を」からも演奏は静かにならない。最後までテンポの速い、 強い「安奈」やった。

 ステージ後方の下、光が回転し始める。「ナーイト ウェーイヴ ナーイト  ウェーイヴ」のメロディー。レコードでイントロの最初に入ってる、あの音が続く。 それから「ナーイト ウェーイヴ ナーイト ウェーイヴ ウーーーウーーウー」 のコーラスが始まる。幾重にも重ねられたようなキーボード。その中から、いつしか ビートが生まれてくる。オーディエンスは一斉に手拍子。最後のキーボードとともに、 白い光が射してくる。さあ、甲斐の出番や。両のてのひらを上に向け、客席に歌えと 指示している。行くで、大合唱。 
 「よーせーてーくるー」で甲斐が前にやって来る。そっちを見るため、左斜めを 向くと、身体が少し客席に対する形になり、ほんまに客たちの歌声の波がこっちに寄せ てきた。 
 JAH-RAHのドラムソロ。ノリオが「ダッダン ダッダン」のところを 「ダダダダダダ ダダダダダダ」と細かく弾きまくるのが、たまらなくいい。前野選手 のキーボードがまた襲ってくる。松藤のコーラス。蘭丸のギター。手拍子しながら 今度はこの、演奏の波に身を任せる。 
 ラストは甲斐が膝をつき、後ろを向いてうたいあげる。起き上がってマイク スタンドを振り廻した。

 熱狂の場内に「地下室のメロディー」 
 1番の後の間奏。JAH-RAHが細かいビートを叩き出す。 
 次の間奏。甲斐がアコースティックギターを縦に持ち、「ザカザン!」という音 を聴かせる。 
 甲斐は2番を「かなしげに」と歌った。3番でも「かなしげに」と歌ってから、 最後の繰り返しは「飛ぶように」に変えて歌った。こういうのがまた好きや。 
 演奏が果てつつあるなか、蘭丸がギターを換えているのが目に入った。

 蘭丸がそのギターでイントロをとどろかす。僕は跳び上がって歓声を爆発させた。 派手なピアノも聴こえてくる。 
 「港からやって来た女」 
 1番のサビはセンターで。甲斐と蘭丸がいっしょに歌う。 
 「酒場の女が」のところを、今日の甲斐はしっとりと聴かせた。サビでは蘭丸の 元へ行く。ひとつのマイクをはさんで、抱きつくようにして歌う。途中で甲斐が蘭丸を 引き寄せると、蘭丸の声がそれまでより大きく聴こえるようになった。 
 3番の前で演奏は静かになるが、甲斐が頭の上で手を打って、オーディエンスに 手拍子していいんだと知らせる。みんなの手拍子のなか、甲斐は「鳴りも  しない 電話をみ、見つめ お前を」と歌う。切ない声でささやくように「俺は」、それから 太い声を張り上げて「まだまあーってるのさあー」 
 そして甲斐が右の方へやって来る!俺のすぐ前や!「こおーおりついたカモメ たちーよ 歌ってーおーくれえー ふーーりしぼるようにブルースをお 歌ってーおー くれえー」ものすごい興奮や! 
 甲斐が真ん中の方へ戻って行き、「バイ!バイ!バイ!」「フーッ!」 
 4回繰り返したところで曲がゆっくりになっていく。甲斐はラストでマイク スタンドを持ち上げて、また下ろした。 
 けれど、JAH-RAHがまた新たなビートを叩きまくっている。俺を燃えさせ るあのキーボード。そして、蘭丸がギターでリズムを刻み続けている。大阪でのアクシ デントを受けて、アレンジが変わったんや。ギターの音が甲斐に向かって、その時が 来たと告げている。マイクスタンドを蹴り上げる時や。 
 「ダイナマイトが150屯」 
 間奏で後ろへ下がった甲斐が、マイクスタンドを持ち上げる。そのときに当たっ てしまったのか、後ろの別のスタンドが倒れてしまった。ノリオがベースを弾きながら 回転しそうな感じで、前へ出て来る。客の意識を後ろに持っていかないためか、それと も、スタンドを立て直すスタッフにスペースを空けてあげたのか。なんにせよノリオが 動いてくれてうれしい。燃えたで。 
 後奏の甲斐。マイクスタンドを廻してからは、後ろで激しくステップを踏み続け る。客席もいっしょに熱狂し続ける。

 バックのライトが左斜め上へ向かって走っている。 
 「漂泊者(アウトロー)」 
 甲斐はいちばん前まで出て来ている。ワンフレーズ歌うごとに、横にステップし ていく。 
 「誰か俺に」とは、今日は歌わせない。客席にマイクを向けるのは、「愛を くれーよー」「愛をくれー」だけだ。 
 間奏でドラムスの台とキーボードの台に片足ずつ乗せて立っていた甲斐が、前へ やって来る。真ん中のいちばん前で「爆発!」と歌い、短めの間をあけてから、 「しそうおー」と続ける。蘭丸のプレイがさらに激しくなっている。腕を深く沈める ようにしてのストロークや。

 イントロで観客が沸く。さらに音が放出され、ギターが会場を切り裂いたところ で、もっと大きく沸いた。バックのライトは真横に走る。その上では、あの白い光が 縦に廻っている。 
 「冷血(コールド ブラッド)」 
 「シーズン」では海の色だと感じた青に、赤がにじんで、「冷血」の世界に なっている。 
 サビを歌い終えた甲斐が、上げた左腕を落とし、それと同時に「コールド  ブラッド」 
 3番で斜めに廻る白い光がいい。甲斐の歌を聴いて歌いながら、自分の中の 荒れ狂う血を本当に感じたような、そんな感覚に陥った。バンドのうねりと一体に なって首を振り、「冷血(コールド ブラッド)」にのめり込んでいった。

 「最後の曲になります」 
 蘭丸が片足を前に出した斜めの構えから、顔の横で左手を右手に打ちつける。 もちろんオーディエンスも手拍子や。 
 「破れたハートを売り物に」 
 甲斐はマイクスタンドの上を両手で持って、跳びながら声を振り絞る。この歌の スピリットを込めてるんや。 
 「あの雲を」で腕を斜め前に伸ばし、はるか遠くを指差す。 
 「燃えるよな」からを前野選手と二人で歌う。その間、松藤とノリオは何歩か 後ろに下がっている。ノリオは銀の楽器をシェイクしてる。松藤は持っていないが、 ノリオに合わせていっしょに手を振ってる。楽しそうや。あやうく遅れそうになって、 松藤はあわててマイクスタンドに戻り、後半のハーモニーに合流した。 
 蘭丸のソロはストローク。これが蘭丸の「破れたハート・・・」なんや。 
 「かなしみやわらげ」からは甲斐と松藤が歌う。「雨の日も」から前野選手も 加わって。 
 ドラムスの定位置でカウベルを叩いていたJAH-RAHが、ラストで立ち 上がり、甲斐の後ろで白いライトを浴びた。

 バンドが去って行く。甲斐も片手を上げつつ、走って行った。

 長いアンコール。大勢が手拍子してる時、その先頭に立っているのは不思議な 感じやった。僕は昂揚して、手を高く上げて打ち続けた。「甲斐ーっ!」と叫ぶ。 
 そばの人がステージを指差して、「ここまで来てた!」と興奮している。 「港からやって来た女」のときやな。

 戻って来てくれたバンドが、ビートを生み出す。ベースが印象的な、前奏の長い あのライヴヴァージョンや。でも、あえて抑揚を抑え気味にしてる感じ。歌入りまで 「HERO」ってわからせんへんよ、ってな雰囲気。これなら 名古屋で気づけへんかったのも無理ないか。 
 飛び込んで来た甲斐、赤いTシャツ。映像で見た日比谷野外音楽堂を思い出す。 あのときはTシャツじゃなかったけど。色で。 
 今日の「HERO」、めちゃめちゃ楽しい!甲斐が生き生きしてる。若い。赤が ほんまによく似合ってる。歌って手拍子して楽しみながら、僕はしぜんとにこにこして くる。なんかもう、ひたすら楽しい!楽しい!

 今日2回目となったメンバー紹介。 
 ノリオがひざまづいてみせた。

 「観覧車’82」 
 間奏で、甲斐はビートに身をゆだねる。このバンド、ほんまに音が太いのだ。 「かたく心に決めた」の後の部分で、いちばんそれを感じる。 
 甲斐が真ん中の右寄りと左寄りで、客席にあの挨拶をしてくれた。 
 甲斐のいなくなった後奏。今日は少し長めに聴かせてくれたな。

 さらに激しいアンコール。短いインターバルで出て来てくれた。

 オーディエンスの速い手拍子が続く。奏でられたバラードが、僕らの手を止める。 JAH-RAHがスティックで2回、ウィンドチャイムを揺らした。 
 「レイニー ドライヴ」 
 甲斐は黒のツアー写真Tに、黒いジャケットを着て、現れた。 
 甲斐は「スピードー あげー」の「あげー」の2音を強く歌い、続く 「すべえってーゆくーぼくーらの」からは静かに小さく響かせる。強い音が痛みを 伝え、後の部分は心に沁みる。そういうふうにうたっていく。 
 蘭丸が弾きながら歌に入り込んでるのが感じられる。頭の中にしっかり歌詞が 届いていて、それをかみしめながらの演奏に見える。 
 「ささやきー さえー かきけーさーれるあまーおと これ以上 きずつけー  あうー こーとーもない」 
 これで最後なんや。 
 「サーチラーイ」と歌う甲斐。あちこちから太い白い光がのびている。

 「ラヴ マイナス ゼロ」 
 甲斐がうたい出すところで、ライトが緑色になった。 
 今夜のオーディエンスは、この曲でも手拍子をする。僕も手を打ち、揺れながら 聴いていた。甲斐を見ていた。 
 甲斐が「サンキュー」と言う。そして間をおいてから、「じゃあね」と言った。 力強い声やった。

 松藤がJAH-RAHと前野選手を引っ張るようにして、後ろからやって来る。 全員が横にならぶ。蘭丸はギターを持ったままや。 
 甲斐はオーディエンスの声援に長く応え、挨拶してくれた。真ん中の前まで出て 来てくれる。「甲斐ーっ!」「甲斐ーっ!」と何度も何度も叫んだ。

 東京へ来る新幹線の中で1曲1曲反芻してきたのが、功を奏した。いつも以上に すみずみまで楽しみ切った感がある。 
 今日もまた、1曲ごとに「すごい!」「すごい!」と、「今日特にいい曲」が 次々更新されていく感覚を味わった。 
 最初からずっと名場面がめじろ押し。「すごい!これ絶対書き残したい!」と 思うのに、あまりにたくさんあって、覚えきれない。JAH-RAHが甲斐の目を 見て、曲をフィニッシュさせたところ。同じくJAH-RAHが、曲のラストをいろん な音でしめくくってたこと。緑地に人の顔が入ったTシャツ、あごのへんにピアスが 付けてあるのも、今日はちゃんと見えた。蘭丸がギターのヘッドをこちらに向けて 激しく弾いていた場面。ギターを持ち上げるようにまわしたアクション。脚を開いて 踵で身体を支え、腰を落としてつま先を浮かせた体勢でのプレイ。そしてそして、 数々の甲斐の声、動き、表情。めっちゃいっぱいあったのだ。

 甲斐のライヴ。このために、普段は仕事をがんばる。今日もそう思った。他の 趣味とは段違いの充実感がある。これが最高や。

 

 

2003年5月25日 東京厚生年金会館

 

三つ数えろ 
ブライトン ロック 
フェアリー(完全犯罪) 
暁の終列車 
シーズン 
ビューティフル エネルギー 
BLUE LETTER 
街灯 
メガロポリス ノクターン 
安奈 
ナイト ウェイヴ 
地下室のメロディー 
港からやって来た女 
ダイナマイトが150屯 
漂泊者(アウトロー) 
冷血(コールド ブラッド) 
破れたハートを売り物に

 

HERO 
観覧車’82

 

レイニー ドライヴ 
ラヴ マイナス ゼロ

SURPRISE GIGS IN 松藤×甲斐

2003年5月12日(月) 大阪バナナホール

 荷物を持たず、万全の態勢でオールスタンディングに備え、バナナホールへ。 
 開場の6時半ちょっと前に着くと、入り口前のスペースにファンがごった返して いた。番号順に整列せえへんとは。僕は道路に並ばざるをえず、こんな遠くから自分の 番号のときに入場できるのか、心配になっていた。せっかく10番台やのに。しかし、 人ごみを縫って前に進んで行く、早い番号のグループを発見。すかさずその後ろに ついて、前へ行くことができた。自分の順番で無事入場。ワンドリンクのチケットを 受け取る間ももどかしく、いいポジションを求めて客席へ。 
 なんとか最前列をGET!ステージに向かって左の方だ。これまでのどの記憶、 どの経験から考えても、甲斐は松藤とならんでステージに立つ場合、左側に位置する はずや。 
 イスがあるとは意外やったな。丸イスに座って開演を待つ。ステージのバックに は、「Banana Hall」のロゴ。洋楽がBGMに流れている。 
 ステージの上にはイスが3つ。左のイスのそばにはテーブルがあり、水が2本と ハーモニカがのせられている。真ん中のイスだけが、やや後方に置いてある。それらが シンプルな紺色の照明を浴びて、主がくるのを待っている。

 BGMが大きくなる。アコースティックやろうし、アルバムに静かに聴かせる感じ の曲が多かった松藤甲斐やから、僕らは立ち上がらなかった。後ろの人への配慮もある し。だが、手拍子は目一杯。 
 さて、松藤甲斐の初日。どんなライヴをやってくれるのだろうか。

 意外にも、最初に現れたのは甲斐やった。 
 上下とも黒。ステージ左に立って、話し始める。歌謡曲の司会者のパロディー で、「罪を憎んで人を憎まず。松藤を憎んで松藤の曲を憎まず」というジョーク。 
 それから松藤を呼び入れ、甲斐は左ソデへ姿を消した。

 松藤は白いシャツに黒のベスト。拍手に応え、右のイスに座る。やっぱり甲斐は 左側なんや。 
 「かなしみがすきとおるまで」 
 ギターを弾いてうたう松藤。緊張しているのか、声がうまく出なかったりする。 場内は、心配しつつあたたかく見守っているような雰囲気。

 左手から甲斐が現れる。歓声があがるがそれには応えず、一直線に左のイスに 着いて歌う態勢に入る。 
 前奏は強いストローク。松藤が歌い出して初めて、この曲やとわかった。 
 「ダイヤル4を廻せ」 
 うおお、まさかこれをやってくれるとは!初めて生で聴くことができた! 今日は甲斐バンドの曲もやってほしいなあと思っててんけど、しっかりやってくれる みたいや。 
 甲斐と松藤がハーモニーを重ねる瞬間がある。 「うまくやりなよ」からは甲斐が歌ってくれる。 
 松藤が歌い、甲斐が歌い、2人で歌う。「ダイヤル4を廻せ」はそういう曲だ。 ファンなら誰もがライヴで聴いてみたかった曲やろう。それが実現したやんなあ。

 松藤甲斐ヴァージョンの「きんぽうげ」を思わせる前奏。しかし、松藤が歌い 始めた曲はちがった。 
 「一日の終わり」 
 甲斐はサビでコーラスをする。間奏ではハーモニカも聴かせてくれた。 
 なんかぞくぞくしてくる。松藤作曲のめったに聴けないナンバーが、次々と歌わ れるねんから。貴重ないいライヴやで、ほんま。

 MCは甲斐が主にしゃべる。 
 「みんなに言っときたいのは、自由にしていいけど、無礼講じゃないからね。 俺の松藤に何かあったら、俺がすぐにそっちへ下りていくからな。「下りて来て」って 感じでしょ?そうはいくか」

 「オープニングはドアーズかけてんのに手拍子で盛りあげて、お前ら、何てこと するんだ。盛りあげても1人しか出てこないのに」と言いつつ、うれしそう。 
 1曲目をソデから見てるという甲斐にはめずらしい経験の感想を述べ、ライヴの 1曲目の大変さについて語る。 
 「前のツアーなんて、ワールドカップの テーマから、1曲目始まったら「今日もー 枯れ葉ーのーまちー」って、落差もの すごかったんだから。って、自分で決めといて。途中から出るのは楽だ。 松藤も俺の大変さがわかっただろう。ちょっと声が上ずったりして」 
 甲斐があえてそうやって触れることで、松藤の緊張は和らいでいくのだろう。

 「バナナホールは、ステージで いきなり「明日やる」と告知したGUY BAND以来だな」 
 あの日はライヴ後に急遽飲み屋から予約の電話かけたりした。休み取るのに気を 遣ったな。 
 「ここは飲み屋が近い。たこ焼き屋もあるし。俺、たこ焼きの屋台はもう何十年 も素通りしたことがなくて」

 「今日最初に松藤がうたったのは、「かなしみがすきとおるまで」という曲で。 作家の江國香織が作詞してくれた。初作詞。タイトルは全部ひらがななんだ」

 「ダイヤル4を廻せ」に出てくる電話番号について。 
 「あれは、本当にある番号だったんだよね。 いっしょに住んでる女のひと、かみさんとも言うんですけど。の、実家の番号で」 
 驚きの声があがる。その番号がなくなった今だから明かされる事実。 
 「「かかってきた?」って聞いてたんだけど、「いや、かかってこない」って。 あの通りにまわして、あとひとつなのに。1から9まで廻してみたら、つながったんだ よ」 
 実在する番号を並べ換えたのかなとは思ってたけど。03が最初なんかなとか。 そういえば、秋本治の漫画か何かで、最後の一桁だけ伏せた電話番号を載せたら、かけ てきた奴がいた、とか聞いたことがあった。でも、まさか。そんなふうにしてあちこち 電話したら、甲斐なら怒りそうにも思えたし。どっちにしろ全然考えつけへんかった。 
 もしその電話がつながったら、「ゲンカク」なお父さんが・・・というギャグに 話はつながっていく。

 2列目の真ん中あたりを示しながら、「「一日の終わり」をやったら、イントロで そのへんが「ああ、「きんぽうげ」だ」って。読めてるんだよ」 
 甲斐のライヴって、すぐにどの曲かわかるイントロでも、歌い出しまで何か わからないイントロでも、どっちも盛りあがる。ROCKUMENTのことを「マニア のイントロ当てクイズみたいになってる」と甲斐が言ったことがあったな。

 今度は最初から甲斐が歌い出す。「さーみしさーに消え入りそうな街ーのあかーり のしーた」 
 「汽笛の響き」 
 うおお!また初めて聴ける曲や!すごいぞ! 
 甲斐はこの曲でもハーモニカを吹く。 
 最後のサビを「冷たくなってゆく」と歌い終えた甲斐は、レコードと同じように そのまま「さーみしさーに」と続けようとする。しかし、松藤のギターが、ごく短い 間奏をはさむ。このライヴに向けてアレンジした部分だったのだろう。甲斐はすぐに 気づいて歌をとめ、またあらためて「さーみしさーに」と歌い直した。

 甲斐もギターを受け取る。二人のギターがあのメロディーを奏でる。 
 「バランタインの日々」 
 名古屋のダイアモンドホールで、GUY BANDとしてうたってくれたことが あった。それで、今日も期待してたのだ。ほんまにやってくれてうれしい。 
 甲斐と松藤の声と詞とギターに、ひたる。この二人でやるのにふさわしい曲や。

 「流れは月にきらめき 憶いは波にゆらめく」 
 どの曲か思い出せないまま、そこまで聴いただけで泣けてきた。甲斐の歌声と メロディー、美しくて想いが感じられる詞に、やられてしまった。思い出した。 これは、初めて聴く「ユエの流れ」や。 
 「翼あるもの」では「くーろかみー」とうたっていたところを、 「くーろーかみ」という感じにうたう。「くー」と最初にのばす部分も少し短めに なっている。語尾は切るねんけど、それが情感深く響くのだ。詞の体言止めが、より 印象的に届いてくる。こっちの方がオリジナルに近いアレンジなのだろうか? 
 最後の「淋しく帰る」は、2回目で「さーみしくー かーえーるー」とゆっくり うたい、曲が終わる。 
 「ROCLUMENT V」でも 聴けなかった「ユエの流れ」、めっちゃよかったあ。

 「今のはマリオ清藤という人の曲で。フォークルとかもやってた」 
 それから、今「翼あるもの2」をつくっているという話。みんながよろこびの 拍手。 
 「2はすごいよ。「恋のバカンス」とか入ってる」と言うと、「それ、 1じゃん」と松藤がツッコむ。それで、1のレコーディングのエピソードに。 
 「ナッシュビルに3週間いて、その間ずっとドイツレストランに行ってたんだ。 シチュー。ハンバーグ。ウインナー。ミンチ系ばっかり」 
 おいしかったそうやけど、 「帰ってきて、見るのもいやになった。B型、極端だ。チラせよ!」

 ここで、前野選手が加わる。今日はサングラスをしてなくて、パーマの髪以上に、 くっきりと大きな目が印象的だ。真ん中のイスに座る。 
 昨日もライヴの後、甲斐たちはかなり飲んだ らしい。 
 「坂井くん、コーヘイ、JAH-RAHと、昨日で帰るメンバーもいて。松藤は 「お前は明日があるんだから」とか言って、2時頃先に帰して。僕らは5時半頃、 定食屋にいました。僕は冷奴かなんかだったんだけど、イベンターの奴がいっぱい 食ってて、「お前、朝定かよ!」って」

 「前野は「前世が甲斐の妹」説っていうのがあるんだよな」と、甲斐が話し出す。 
 「俺が夜中にオネーチャンと2人で飲んでるだろ?で、奴は隣りの隣りくらい で、坂井くんや松藤と飲んでて。それで、俺がオネーチャンと次の店行くと、なぜか 前野もついて来るんだよ。3人で飲むはめになって。それで、腹立つのは、その オネーチャンが帰ると、前野も帰るんだよね」 
 「その話を松藤にしたら、「それは前世が妹なんだよ」って。それをすぐ言う 松藤もすごい」

 前野選手に関する話題で楽しんだあと、「まだ松藤甲斐の曲、1曲しかやってない じゃん」というフリから、松藤がヴォーカルの曲に入る。 
 「-サスライ-」 
 甲斐はサビのコーラス。前野選手はピアニカを奏でる。 
 雰囲気があったな。

 「今のは、松藤が16か17のときにつくった歌で。当時は学生服で照和に来て て、すぐ人にバス代借りにくるような奴だったんですが。いつか甲斐バンドで曲がない ときに使おうと言ってて、そのままになってた」 
 甲斐もこの曲かなり気に入ってるみたいや。

 「ビューティフル エネルギー」 
 松藤が歌い出し、甲斐がコーラスをする。2番からは甲斐がヴォーカル。 
 甲斐は「汗を流そうぜーぇ」と語尾を響かせる歌い方。そうしておいて、ラスト だけは、「声をあげようぜーーーっ」とオリジナル通りに歌った。

 「このところ、僕らの間では、「ビューティフル エネルギー」再評価っていうの が起こってて。松藤の前ではあまり言ってませんが」 
 それで、「Series of Dreams  Tour Vol.2」でも歌われたのか。 
 「ジャックスの歌で、早川義夫は詞書いてなくて曲だけで、女のひとが詞を 書いた「遠い海へ旅に出た私の恋人」という歌があって。それは、女性の マスターベーションを歌ってて。これぞロック、という。いつか書きたいと、僕が いくつか持ってるテーマのひとつだったんだけど。ちょうど化粧品のテーマソングの話 がきて」 
 そこで、そのテーマで書いてみた、と。 
 「「まずいかなあ、発売中止にならないかなあ」と思ってたら、「とっても きれいな曲ですね」とか言われて。「あの曲に出てくる草原っていうのはね」「雨って いうのはね」って、説明してやろうかなと思った」 
 それから客席に向かって、「みんな、こういう話できる年代になったね。3回 ぐらい傷ついて、人生やり直してそうだもん」

 「これはツアーでもやってるから。ミカバンドや加藤和彦の詞を書いてた松山猛に 書いてもらって」 
 「メガロポリス ノクターン」 
 またこの歌が聴けるしあわせ。

 今夜はやはりたっぷりしゃべってくれたので、どの曲の後に言ったのか、覚え きれてない話もある。なので、ここで残りのMCを書いておきます。

 新しいスタッフを決める面接。自分にゆかりの名字だからと、名前だけで甲斐が 密かに「あいつじゃなきゃいいな」と思ってた人がいた。けれど、「やっぱりそいつが いいんだよ。明るくて」。で、その人が選ばれた。 
 そこから名前の話。宍戸開の名前も挙がる。 
 「これ、5日ぐらいたってから、また笑えるよ。2週間で4回くらい。そういう のが好きなんです。って、俺は何なんだ」

 「ぐっさんに詞を頼んだ代償は大きかった」と、「くずアルバム」2曲参加に ついて。 
 甲斐が普段から興味を持っていろいろ見てるのが、結局歌にプラスになってるん やなあと感じる。 
 レコーディングに行くと、宮迫がぐったりしていた。前日に番組で失言をして、 落ち込んでいたそうだ。甲斐が2時間ずっとそのことをからかってたら、後日 「HEY!HEY!HEY!」でアルバムの話題になったとき、宮迫は甲斐の名前を 出さず、ダウンタウンにツッコまれてたという。でも、それは台本に書いてあった らしい。 
 「「岸和田少年愚連隊」 見て、いいなあと思ってたのに。でも、きっぱりやめた」と笑う。

 JAH-RAHの選挙カーネタ。 
 それから、このツアーのJAH-RAHのことを、「自分の顔より大きい人の 顔が入ったTシャツでね。あれにもちゃんと、鼻と耳にピアスつけてるんだよ」 
 そうやったんやあ。そこまで見えへんかった。今度よく見てみよう。

 甲斐のVol.2ツアーには、伊勢原や笠懸野など、行ったことのない街も あった。 
 そこのノリは、「あたたかくて、よかった」

 松藤甲斐では、「東京キネマ倶楽部」という会場でもやる。 
 「すごいんだよ、元キャバレーというところで。上の階も下の階もキャバレー なんだって」

 「今日は穏便で、みんな騒がないからいいよな。昨日、全然聴こえなかった。 ちょっと暴れてしまいました」 
 マイクスタンドを床に投げた「ダイナマイトが150屯」を思い出す。あれ、 めっちゃ盛りあがったで。

 松藤甲斐のライヴは、「最初はシリドリの幕前にやろうか、とか言ってたんだ けど。「LIVE AID」のディランのように。ミックとティナ・ターナーの準備中 に、白い布が下りてきて。「ディランをそんなふうに使うなよ、ミック」と思った時 みたいに」

 ソロのツアーと松藤甲斐のライヴを例えると、「国立演芸場末広亭みたいなもん だからね」 
 自分と松藤のことを、「歌丸と小円馬」とも言う。 
 他に落語関係では、志ん生も枝雀もいなくなったと話した。志ん朝と言ったのを 僕が聴き違えた可能性もあるな。

 松藤甲斐のレコーディング。 
 「「きんぽうげ」の間奏のフルートに、4時間かかった。セッション ミュージシャン入れれば早かったんだけど、松藤の頭の中にあるやりたいことを、 本人が音で表現するのがいちばんいいわけだから」

 松藤甲斐でやりたかったこと。 
 「AORっていう大人の音楽のジャンルが、もうここ10年死滅してて。AOR やっても、ソウルと呼ばれたり」 
 そういう音楽を復活させたかったという。松藤もうなずいている。 
 甲斐が小室哲哉に請われて組んだ時にも、大人が聴ける音楽をつくりたいって 言うてたな。 
 「僕は自分ではできないんで、松藤を通して。それは、今日1曲目をソデで 見てたような、いい感覚に似てるんだけど」

 「松藤と歌を半分コできるのが、松藤甲斐のウリだね」

 僕が思い出せるMCは、これぐらいです。 
 あと、「オフクロは永遠のライバル」と言ってたのも印象に残ってるな。

 「レイニー ドライヴ」 
 松藤のギター。前野選手はアコーディオン。そして、この曲でも、甲斐と松藤が 歌を「半分コ」や。 
 次は松藤の番という時に、甲斐も「スピード あげ」とうたったところが あった。曲に入り込んで思わず、なんやろうな。こういう瞬間を見るのも好きや。

 アルバム「松藤甲斐」の前奏。 
 今度こそ「きんぽうげ」やった。 
 ギターとアコーディオンで。フルートはないけど、間奏のギターもいい。 甲斐がハーモニーをつくり出す。

 「花,太陽,雨」 
 アルバムで甲斐の歌がいちばんたくさん聴けた歌や。かつてGUY BANDの 名古屋ダイアモンドホールでも、やってくれたことがある。あのときは、うたい終えて から、「(曲の終わりをわかりやすくして)この曲でも(すぐに)拍手してもらえる ようにしようよ」と、ステージ上でジョージと松藤に話しかけていた。今は僕らも 「迷える人よ」で終わるとわかっている。 
 甲斐が顔を紅潮させながら熱唱している。めっちゃ印象的なシーン。 
 「まーよーえーる人ぉよぉー」の声が響いた。その余韻が消えるまでじっと 聴いてから、僕は拍手をした。

 甲斐が前野選手を送り出す。そして、甲斐も去ってしまった。もう一度、松藤 一人でのステージだ。

 松藤は「一人でやるのも何なんで。自分でつくったオケといっしょに」と 告げる。 
 「憧憬Love Dayz」 
 アルバムの音に、松藤の生のギター。声もよく出てるぞ。

 「あいのもえさし」 
 甲斐が松藤に書いた詞がうたわれていく。真っ赤なライトで。 
 ラストは左上からの白い光と、下からの赤だけが残った。

 「サンキュー」 
 歓声に応えて、松藤が去って行った。 
 アンコールの手拍子。「まーつふじー まーつふじー」というコールが始まる。 野球の応援みたいや。「よーしのぶー」とか繰り返すときのリズム。 
 そのうち「まーつふじー まーつーふじー」の間に「かい」という合いの手が 入るようになる。「まーつふじー かい まーつふじー かい」の連呼。たしかに 松藤甲斐やけど、こんなんきっと大阪だけなんちゃうん。でも、あたたかくていい コールやったな。

 松藤が帰って来る。 
 「APRIL SONG(ぬるい時間の河を泳いで)」 
 前田さんの詞。アルバムでも特に印象が強い曲のひとつ。大人のぎりぎりの 世界。

 甲斐も出て来てくれた。白地に黒の模様がたくさん入ったTシャツになっている。 
 「破れたハートを売り物に」 
 3人で、KAI FIVEからのアコギヴァージョン。圧倒的な甲斐の歌。 オーディエンスの大合唱。完全に甲斐の空間になって行く。甲斐といっしょに大きく 大きく歌う。最高潮や。 
 甲斐が後奏で「チュルルルル」と声をあげた。

 いつの間にかみんな立っていた。僕も立ち上がる。こんなにうれしいライヴを 見せてくれた3人に、スタンディングオベーションや。ものすごい拍手。 
 松藤がピックを投げた。左の客席前の床に滑り落ちてきた。近い客が殺到する。 僕は立ち遅れてしまった。でも、いいねん。今夜のライヴを体験できただけで、 満ち足りているのだ。

 声援に応える3人。 
 甲斐は最後に「6月7日なんばHatch、よろしく」と言い残していった。 
 僕らは歓声をあげる。こういうのめずらしいけど、かっこよかったな。 もちろん、なんばも行くで!

 「What A Wonderful World」が流れてくる。それでも 手拍子は止みはしない。2度目のアンコールを求める。あと1曲!「甲斐ーっ!」の 叫びが飛び交う。動かない客席にアナウンスが入る。そんなもん、手拍子と歓声で かき消してしまえ。誰も動かない。もう一度、出て来てほしい! 
 スタッフが複数現れる。「What A Wonderful World」が またかかる。どうしても、これで手拍子をやめなあかんみたいや。 
 スタンディングオベーションした位置にずうっと立っていた僕ら。どうしようも なく、歩きはじめる。 
 もう1曲聴きたかったな。でも、ほんとは充分やってん。ほんまにいいライヴ やってんから。

 表で松藤甲斐のビアマグが売られていた。もう残り数個になっている。 「Series of Dreams Tour」のバッグと一緒に買った。

 松藤甲斐のアルバムは、思ったより甲斐のヴォーカルが少なかったけど、ライヴ ではたっぷり歌ってくれたなあ。めっちゃうれしかった。 
 しあわせな気分とともに、もうひとつの想いが生まれてきた。このライヴをもう 1度見たい!また聴きたい曲がたくさんあるのだ。 
 名古屋のチケット何とか獲られへんかな。ライヴの余韻に漂いつつ、僕はそう 考え始めていた。

 

 

2003年5月12日 バナナホール

 

かなしみがすきとおるまで 
ダイヤル4を廻せ 
一日の終わり 
汽笛の響き 
バランタインの日々 
ユエの流れ 
-サスライ- 
ビューティフル エネルギー 
メガロポリス ノクターン 
レイニー ドライヴ 
きんぽうげ 
花,太陽,雨 
憧憬Love Dayz 
あいのもえさし

 

APRIL SONG(ぬるい時間の河を泳いで) 
破れたハートを売り物に

甲斐よしひろ Series of Dreams Tour Vol.2(1979-1986)

2003年5月11日(日) NHK大阪ホール

 朝から雨。昼間は甲斐仲間たちと野球観戦。大阪ドーム近鉄オリックス。 1イニング3ホーマーなどで近鉄が圧勝、オリックスは日曜日の連敗をまた伸ばして しまった。オーティズは相変わらずすごすぎる。

 そのままみんなで、谷四にできたNHK大阪ホールへ。 
 地下鉄の最寄り出口から少し坂を上る。中学校、家庭裁判所と通り過ぎた先に、 タマゴみたいな3つの楕円形にN・H・Kと書いたあのロゴのある建物を発見。 これがNHK大阪ホールにちがいない。 
 1階はだだっ広いホール。その端にコーヒーの店。真ん中に大きなエスカレータ ーがある。客席は4階や。これで上がっていくらしい。 
 まだ時間があるので、近くをうろつく。といっても雨やから、傘差さずに行ける とこだけ。隣接する大阪歴史博物館は、床に発掘現場のショーウィンドウみたいなのが あった。外には復元された古代の建物が見える。あの横木は校倉造なんかな。 
 食事はサンドイッチにした。1曲目を意識したわけじゃないけど。

 ホールに戻ると、エスカレーター周辺にめっちゃ長い列がくねくね続いていた。 この大きなエスカレーターは上り出すと近くに何もなく、あまりいい気持ちはしない。 新しい建物っちゅうのは、なんでこうも高所恐怖症のことを考えない造りにしてある のか。 
 ロビーではアルコールも飲めるようになっていたが、僕はライヴ前に水分は 摂らない。

 新しくてきれいな客席。自分の席まで来て、驚いた。F2列というのは2列目やと 思ってたのに、前に列はなく、実質1列目だったのだ。F1列は真ん中だけに存在して るらしい。僕の席は左の方やから、自分と甲斐の間に何もないのだ。やったぞ! めちゃめちゃうれしい!

 手拍子して甲斐を呼ぶが、BGMの松藤甲斐が続く。「きんぽうげ」が始まり、 「今夜限りね」でフェイドアウトした。拍手と歓声、「甲斐ーっ!」の声。すぐにあの 「ドンドドッンッドン」というビートの曲がかかる。今日、大阪ドームでもかかって た。野球場でよく使われているようだ。曲のそこここに入る吼え声が、「甲斐ーっ!」 と叫んでいるように聴こえた。

 1曲目のイントロが大阪の客たちを興奮させる。 昨日は衝撃受けてて気づけ へんかったけど、「ウフッフー」のコーラス、最初から入ってたんや。 
 「三つ数えろ」 
 ノリオがベースを縦にするアクションをしてから、自分の最初の音を出す。 うおお、いいぞ! 
 さあ、甲斐の登場や。えんじのジャケットに黒のパンツ。髪は段になっている。 青いサングラスをしてるけど、ここからはその奥の甲斐の目も見える。やっぱり近い んや。 
 甲斐は「満足なんか できはしないさー」と歌いながら、殴るように腕を振る。 好戦的とも言われた歌や。 
 キーボードが「キュルルルルル」と明るい音色を添えている。前野選手の指が 鍵盤を一気に渡っているのか。 
 甲斐はやはり「路上」と歌った。かつては「通り」と歌うことが多かったけど、 このツアーはそっちの気分なんやろう。

 蘭丸のギター。キーボードが壮大なスケール感をつくり出す。ドラムの2連打。 
 「ブライトン ロック」 
 甲斐は右の方で「イェー!」と叫ぶ。走って左にも来てくれ、もう1回叫ぶ。 その後の演奏は短く、歌へ。 
 「俺の導火線に火がついて」と歌う甲斐は、「俺」の「れ」と「火が」の「火」 のところで、指を強く下方向に突き付けるアクション。 
 「ブライトン ロック、答はどこだ」今日は4度続けてそう歌った。もちろん 俺もいっしょに歌う。この歌はどこも大好きや。

 「サンキュー」と声援に応える甲斐。 
 「Series of Dreams Tour Vol.2へようこそ」 
 「BIG GIG」を思わせるこの挨拶に感激した。

 「フェアリー(完全犯罪)」 
 甲斐があの、両手を上げる仕草を見せる。「フェアリー」といえば、これと、 中盤の3つのビートが打たれる瞬間の身をかわす動きやんな。 
 ラストの繰り返しは短めにアレンジされていた。

 「「シリドリ2」という感じで。1979年から1986年まで、「安奈」から 甲斐バンド解散までと。目一杯やるからね。今日はもう出てきた時からみんなでき あがってる感じなんで」 
 そう言われて、大阪の客がさらに大歓声で応える。 
 「最後まで楽しんでって下さい」

 「「暁の終列車」をやるぜ!」 
 このツアーでも特に気に入ってる「暁」がまた聴ける!このビート、このホーン の音に、めちゃめちゃ興奮してしまう。 
 一心に頭を振りながらギターを弾く甲斐。ジャケットを脱いで、黒の半袖に なっている。前は下までジッパーで、それをはさむ縦のラインと肩前のT字が 切り換えになっている。 
 今日の甲斐はオリジナル通りの歌詞で歌った。ほんまに燃えた。Vol.2を 代表する曲やで。

 水のあぶくのような音が聴こえた気がした。 
 「シーズン」 
 甲斐はきびしい顔つきで歌っていく。 
 「はじけ飛ぶ 黄金に光る岸辺」からは静かになる。ここから甲斐の アコースティックギターがよく聴こえるのだ。このアレンジ、いいなあ。

 「ビューティフル エネルギー」 
 甲斐はこの曲でもアコースティックギターを弾いている。 
 上から縦にピンクと紫のライト。舞台横の上方からは群青のライトだ。 
 ステージを見ながら、しぜんにギターを弾く甲斐と同じように右手を動かした。 そうやってリラックスして聴いているのが、気持ちよかった。

 「BLUE LETTER」 
 背景にうすく曇り空が映し出される。わずかに晴れ間ものぞいているのか。 
 甲斐が左手にハーモニカを持っているのが見える。右手でマイクスタンドを 握って、うたっていく。2番でハーモニカを右手に持ちかえた。3番ではスタンドを 持ち上げてうたう。再びスタンドを置き、左手でスタンドとハーモニカを持つ。後奏で ハーモニカを吹くときに、マイクがスタンドからとれそうになってしまう。甲斐は マイクをはずし、ハーモニカといっしょに持つ。そのまま口もとにもっていって、 ハーモニカを吹く。声と音を感じながら、一連の動きに見入ってしまった。

 暗転のまま、すぐに曲がはじまる。松藤のギターによる前奏も、レコードのあの メロディーやった。 
 「街灯」 
 甲斐の声がよく聴こえる。語尾の響く余韻が素晴らしい。サビ前で特にささやく ようなうたい方はしなかった。素直な歌唱。それが心にしみてくる。 
 サビは松藤のコーラスがある部分と、甲斐が一人でうたう部分がある。最後は 一人で、「なが  していーるー」と後半を遅らせてうたった。 
 くちびるでこすってから、甲斐がハーモニカを吹く。後奏では先に甲斐の ハーモニカが終わり、松藤が静かなギターでしめくくった。聴きほれていた観客たちの 拍手。

 松藤甲斐についてのMC。 
 ヒデとロザンナの名前が出たところで松藤が「アモーレ」と言ったが、今日は やや間がずれたか。 
 ぐっさんに作詞を頼んだ代わりに、参加することになった「くずアルバム」。 
 「テキは本気じゃないからね。宮迫のナレーションのバックで「アー」って コーラスしてたり。こういう悲しい立場になって、松藤の大変さがわかった」と笑う。 
 そこから松藤がこなすいろんな楽器のことへと展開する。 
 「松藤は「松藤甲斐」の「きんぽうげ」の間奏で、フルート吹いてるからね」 
 「昔「氷のくちびる」では、たてぶえ吹いてたよね。おかしいよ!でも、それが いつしか成熟していったんだよね」 
 元々はギタリストだった松藤を、「譜面読めるから、甲斐バンドつくるとき、 僕と大森信和で騙してドラムスにしたんだ」

 明日、松藤甲斐のライヴをやるバナナホールのことをほめる。 
 「飲み屋に近いし」と、ジョークにしつつ。

 甲斐が初回に出演したNHK「夢・音楽館」の収録エピソード。 
 衣装は「くずしたフォーマルで」と指定されてたらしい。 
 いっしょに「HERO」をやったキンモクセイのことを「好きだ」と言う。 
 あの番組、よかったなあ。桃井かおりとのトークも絶品やった。

 「TVで「怪奇幻想シリーズ」とかいうのがあって。2時頃再放送してて、 水商売の人たちから、2・3年後にこの曲をほめられた。そうか、水商売の人はその 時間にTV見てるんだと」 
 そういうコメントから、「メガロポリス ノクターン」 
 キーボードの席についた前野選手が、アコーディオンをふるわせる。その音色が 曲の雰囲気にすごく合っている。夕暮れの不思議な世界。 
 最後はゆっくりと、「ふーいに きーえーたー」

 幕開けはあのきれいな音。「ナーイト ウェーイヴ ナーイト ウェーイヴ」の コーラス。ビートのはじまりとともに、満を持したオーディエンスの手拍子。蘭丸も 手拍子してる。体をひねって、左手に右手を打ちつけてる。最後のキーボードが寄せて きて、さあ甲斐のヴォーカル。みんなの大合唱。 
 甲斐はサビで「ウーー」と歌ってるのを切って、「イェー!」と叫んだ。 
 「彼方に流され 消え行く ものか」の後、「チュン!チュン!」と12インチ ・ダンスミックスのドラム音が聴こえる。それから各楽器の見せ場が到来。ドラムス。 ベース。キーボード。松藤のコーラスも今日はよく聴こえる。さらに蘭丸が加わってく る。全ての楽器と手拍子の時間。それが最後の甲斐の歌声へと収束していく。手拍子が 拍手に変わる。甲斐はラストをひざまずいて歌う。立ち上がって、早めにおじぎを する。オーディエンスの大拍手。

 「地下室のメロディー」 
 1番の前半、甲斐がマイクスタンドを離れて後ろへ下がる。歌詞が出てこないの かと思って、僕らが歌う。しかし、そういう事情ではないようだ。「地下室・・・」 らしくうねりながら、演奏が止まる。甲斐は前のモニターを指している。曲が聴こえ なかったのだろうか。 
 もう1回最初からやり直し。大歓声が沸く。分厚い音の「地下室・・・」が 生まれた。 
 1番の後の間奏から、早くもドラムスが叩きまくっている。これやから JAH-RAHのプレイ好きやねん。

 イントロのギターを聴いただけで、もう場内は大騒ぎ。 
 「港からやって来た女」 
 甲斐は3番の前半を静かにうたい、「まだまあーってるのさー」から強く低い声 を張り上げる。 
 「バイ!バイ!バイ!」は最初から、右のノリオのところでいっしょに。 「フーッ!」 
 後奏で甲斐はマイクスタンドを抱き上げるようにして、そのままスタンドの下の 方を振り廻した。 
 JAH-RAHが叩き出す煽情のビートの洪水。いつもとちがうタイミングで 迫ってくるキーボード。モニターの音が聴こえづらいのか、甲斐は前野選手の方を 見る。しかし、メドレー風で通常のアレンジとはドラムもキーボードもちがう前奏で、 甲斐はきっかけをつかめなかったらしい。いつものところでマイクスタンドを蹴り上げ なかったのだ。 
 悔しさをぶつけるように激しく歌う甲斐。1番が終わると、マイクスタンドを 後ろの床に投げつけた。ONになったままのマイクが、ボコッという音をたてた。 こういうアクシデントもまた、俺たちが燃えるポイントになる。PARTYの大阪城 ホール初日なんか、この歌で客席までマイクスタンドを蹴り飛ばしたやんな。 
 後奏。マイクスタンドを廻す前に、足をクロスさせるのが見えた。ぐるぐるぐる ぐる完璧に廻した。前奏の分を取り戻そうとするかのような激しいステップ。 マイクスタンドを持ったままで。思いっきり盛りあがった。

 「漂泊者(アウトロー)」 
 もうこのへんのスパートでは、ステージの坂の内側にある赤いライトが光を 放ちっぱなしやったように思う。僕の席から甲斐を見てると、そのライトははっきり とは視界に入らず、下の方に真っ赤に燃える玉があるという感覚。 
 甲斐はドラムスの台に上る。そこから、前へ出て間奏を弾きまくってる蘭丸を 見て、よろこんでいる。ノリオと視線を交わす。楽しそうな表情や。JAH-RAHと も顔を見合わせていた。 間奏の終わりで後ろから走り出てくる。マイクスタンドからマイクを 奪って歌い出す。前へ出て、右へ行き、ステージ最前列を横切って、左へやって来る。 
 歌い終わると、後奏が短く炸裂した。

 「冷血(コールド ブラッド)」 
 3番の前半を歌う甲斐の声がいい。興奮し手を打ちながら、その声に酔う。 
 フィニッシュの音が猛々しく響いた。

 前奏で、JAH-RAHのシンバルの音がする。 
 「破れたハートを売り物に」 
 今日は「悲しみやわらげ」からの部分を、甲斐と前野選手が歌う。「雨の日も」 から松藤もハーモニーを重ねる。 
 もちろん今夜も歌ったよ。みんなで。声いっぱいに。

 まずメンバーが先に帰って来るアンコール。「ノリオーっ!」って叫んだら、 ノリオは歩きながら、手を横に向けたままのサムアップで応えてくれた。 
 「HERO」 
 甲斐は青い袖なしTシャツだ。ステージ左、僕のすぐそばまで来て、「空はひび 割れ」からのパートを歌ってくれた。それから真ん中へ行き、マイクスタンドを 蹴って横廻し。ああ、やっぱり近いのっていいな!

 「メンバーの紹介を」 
 今夜はノリオのことを、「ベースギター、バンマス」と紹介した。 
 蘭丸の指を立てるポーズ、今夜は短く。

 レゲエヴァージョンの「安奈」 
 甲斐もアコースティックギターを弾いている。蘭丸のギターが1拍おきに 「ギャッ ギャッ」と鳴らされる。 
 最後の「燃えているかい」だけは、客席にうたわせてくれた。

 「観覧車’82」 
 虹のライトを浴びて甲斐の歌を聴く、甲斐の姿を見る、甲斐とともに歌う、 至福のとき。 
 間奏で甲斐は両手を上げる。はじけるメロディー。バンドの分厚い演奏が心地 いい。そして「ウォーオオオオオ」の叫び。 
 後奏。甲斐が右の客席に挨拶。続いて、僕の立ってる左の方にも。めっちゃ うれしい。顔につけた手をはなして掲げる、感謝をあらわす甲斐の仕草。 
 甲斐は蘭丸に対し、「ここは任せたぜ」というふうにステージを指差してから 去って行った。

 戻ってきたメンバーが、バラードを奏ではじめる。 
 甲斐の姿が真ん中に見えて、オーディエンスから大歓声。甲斐は青いTシャツの 上に黒のジャケット。 
 「レイニー ドライヴ」 
 昨日は「息がつまる街の中で君を見つけたとき」のときめき、恋に落ちた瞬間の 気持ちを感じた。でも、今日は、「忘れていたぬくもりを感じたけれど」の「けれど」 が胸を突いた。そんな気持ちにさせてくれた相手と、別れなければならなかったんや。

 「ラヴ マイナス ゼロ」 
 雰囲気のある緑色のステージ。あのときの甲斐のように揺れながら、聴いて いた。 
 甲斐もまた揺れる。そして、あの言葉を口にした。客席のひとりひとりの想いが 噴き出す。拍手となって、歓声となって、あるいは胸の痛みとなって。

 最高のライヴが終わった余韻。それに陶酔しながら聴く「What A  Wonderful World」は心地いい。 
 ああ、ほんまに充実した時間やった。この気持ちを味わうために生きてるんやと 感じる。これからも甲斐のライヴにたくさん参加できるように、 普段は仕事がんばろう。甲斐のステージはいつも、そう思わせてくれる。

 

 

2003年5月11日 NHK大阪ホール

 

三つ数えろ 
ブライトン ロック 
フェアリー(完全犯罪) 
暁の終列車 
シーズン 
ビューティフル エネルギー 
BLUE LETTER 
街灯 
メガロポリス ノクターン 
ナイト ウェイヴ 
地下室のメロディー 
港からやって来た女 
ダイナマイトが150屯 
漂泊者(アウトロー) 
冷血(コールド ブラッド) 
破れたハートを売り物に

 

HERO 
安奈 
観覧車’82

 

レイニー ドライヴ 
ラヴ マイナス ゼロ

甲斐よしひろ Series of Dreams Tour Vol.2(1979-1986)

2003年5月10日(土) 愛知県勤労会館

 4時すぎに名古屋駅着。早めに来たのは、ライヴに行く地元の方といっしょに ひつまぶしを食べるためだ。ああ、ひつまぶし。甲斐FC会報にひつまぶしの写真が 載ったのは、いつのことだったか。めちゃめちゃおいしそうで、ずっとあこがれて いたのだ。 
 老舗のお店に案内してもらう。和室に入り、待ち焦がれた末に、ひつまぶしが 運ばれてきた。おひつの中にうなぎと御飯。他に薬味と吸い物と漬物。 
 おひつの うなぎ御飯をお茶碗に移し、まずはそのまま1杯目。おいしい。このままで充分いける のだが、少しずつ手を加えて味を変えていくのだ。 
 2杯目は、お茶碗に盛ったうなぎ御飯に薬味を入れる。ネギ、わさび、のり。 いやあ、実においしい。さっきとはまたちがったおいしさなのだ。 
 3杯目は、2杯目の状態にだしをかけてお茶漬けに。これまたうまい。ずずっと かき込んで、シアワセ。 
 本来は3杯でおしまいらしい。けれど、事前に教えてもらってた通り、3杯食べ てもまだ残ってるので、4杯目をお茶漬けでいただく。 
 これにて満腹。満足。ひつまぶしはしっかり期待に応えてくれた!

 車で会場まで送ってもらった。CDで「MIDNIGHT」や「観覧車’82」を 聴いて、いよいよライヴや!という気持ちも高まる。いつもとは反対側から車で 近づく愛知県勤労会館は、新鮮やった。 
 入り口前のスペース。ここに来るといつも、92年「LOVE JACK」 発売前のツアーを思い出す。あの時はまだ学生で、昼の間にここへ来て、がらんとした 中じっと開場を待っていた。 
 今日は開場時間前から人が多い。土曜日やしね。座れる場所が空いてないから、 隣りのグラウンドへ行ってスタンドに腰を下ろす。しゃべって開場されるのを待つ。 話題はジャン=クロード・ヴァン・ダムだ。

 いよいよ開場。まずはグッズ売り場へ。 
 前回のVol.1ツアー同様、パンフレット はCDカード形式やった。それとTシャツ2種類を買う。黒のTシャツは胸に、両手を 広げて歌う甲斐の写真入り。もう1枚は白と紺のベースボールTシャツだ。胸には S.o.Dの飾り文字、バックにはツアーの日程と会場名がプリントされている。

 客席へ足を踏み入れる。流れているBGMは、松藤甲斐や。「花・太陽・雨」。 右の方の席に着いた 時には、もう開演時間が迫っていた。グッズ売り場、けっこうな列やったから。 アナウンスが入り、あとは開演を待つばかり。

 松藤甲斐の「レイニー ドライヴ」が終わる。ライヴ開始を熱望する拍手がまた 起こるが、次の曲が流れ始める。 
 が、その曲は途中で切られた。変わって、太いビートが大音量で叩き出される。 さあ、来た!みんな一気に立ち上がる。もちろん俺も。めっちゃ手拍子しやすい曲や。 途中に掛け声も入ってて、いい感じに盛りあがる。 
 メンバーの影がステージに入ってきて、歓声が起こる。ビートと手拍子に、楽器 の音を確かめている音が加わる。Vol.1では甲斐も最初から出てきてたから、僕は まだよく見えないステージ上に甲斐の姿を探した。まだ甲斐はいないようだ。

 BGMが消え、照明が変わる。その瞬間、レコード通りのあのギターが聴こえて きた。うおおっ! 
 「三つ数えろ」 
 甲斐が左から走り出てくる。さらなる大歓声。甲斐は黒のジャケットとパンツ。 シャツはモスグリーンの半袖で、前はジッパーになっている。サングラスをかけ、髪は 自然な感じにおろしている。 
 久々にやってくれたオリジナルヴァージョンの「三つ数えろ」に燃えまくる。 「LOVE MINUS ZERO TOUR」のアンコール1曲目以来や。ラップ風 のKAI FIVEヴァージョン、イントロから完全に生まれ変わった「Big  Night」ヴァージョン、アコースティックギター1本の 「My name is KAI」ヴァージョン、 どれもよかったけど、また独特の興奮がある。甲斐といっしょに歌いながら、ライヴ アルバム「100万$ナイト」の演奏が思い出されたりもする。 
 「ウフッフー」というあのコーラスが後奏で繰り返される。最後は甲斐も 「ウフッフー」と歌った。 
 1曲目は何なのかあんなに迷ってたのに、今となっては「これしかない!」と いう気になってくる。1979年からやもんなあ。「MY GENERATION」も その年発表やったのだ。 
 あ、「いつも路上に転がってるさ」の部分をその通りに歌うか「通りに」と 変えて歌うか、いつもチェックしてるのに、今日は気がつけへんかった。「路上」と 歌ったように思うが。ふだん以上に曲にのめり込んでいたということか。

 蘭丸のギター。おおお!甲斐ファンの血がたぎるあのイントロや!これは絶対 やってほしかってん! 
 「ブライトン ロック」 
 ステージが真っ赤なライトに染まる。前奏が長いぞ。うれしいやんけ。甲斐は 右の方へ来て、「イェー!」と叫ぶ。「BIG GIG」を思わせるこのアレンジ。 甲斐は続いて左へ走って行き、「BIG GIG」よりは少し早めに歌に入った。 「今 銃撃の街の中」 
 サビでは曲とタイミングを合わせながら、強く下を指差すアクションだ。 
 2番は「この涙」と歌った。 
 甲斐は間奏で後ろへ下がり、蘭丸の方を示す。帽子とサングラス姿の蘭丸が、 腰のあたりでギターを弾きまくる。やがて甲斐が後ろからマイクスタンドへやって 来て、「ああ 土砂降る雨の」 
 最後のサビを歌い終えた甲斐は、客席に「来いよ!」のアピールだ。そして 「ブライトンロック、答はどこだ」の3連発。後奏でもう1度「ブライトーーーン」と 叫んで、曲が終結に向かっていく。オーディエンスの手拍子が拍手に変わる。バンドは 激しいフィニッシュ。「甲斐ーっ!」の声が降る。

 甲斐がマイクスタンドまで出てくる。 
 「サンキュー、ありがとう」 
 大歓声がそれに応える。

 コーラス。七色のライト。84年から86年まで、コンサートの序盤に歌われた 歌。今日も3曲目や。 
 「フェアリー(完全犯罪)」 
 甲斐はもうサングラスを取っている。歌いながらあちこちへ動く。早くも坂まで 出て来てくれる。 
 間奏でステージ右奥のキーボードを指差した。そこでは前野選手がサックスを 吹いていた。いろんな楽器を操れるのだ。97年「PARTNER TOUR」の 「ランデヴー」で、このサックスを聴かせてくれたなあ。

 「Series of Dreams Tour Vol.2。始まりました。 1979年から1986年、「安奈」から某バンドの解散まで。やるよ! 目一杯やるからね。楽しんでって下さい。やるよ!」 
 大歓声を受ける甲斐。もう一言付け加えた。 
 「「暁の終列車」をやるぜ!」 
 それを聞いてまた大歓声や。

 「ダッ!ダッ!ダッダッダカダッ! ダッダダカダカダッダー」というリズムに、 「タータラタラタラタラー」というホーンが突き刺さる。うわあ、めっちゃかっこ いい!この躍動と高まりがたまらない。ギターを弾いてる甲斐も、リズムと一体に なって頭を縦に振っている。 
 「ROCKUMENT II」でやった時は、半拍早く「こーころ傷つき疲れ 果てーたー」と歌い出す開放感の強いアレンジやったけど、今日はオリジナル通り 「 こころ傷つき疲れ果てたー」と歌った。 
 2番は「不意の嵐に二人倒れ 悲しみの底に倒れた」というニューヴァージョン の歌詞。 
 とにかくリズムとホーンが気持ちいい。そこに甲斐の歌声やで。 
 このツアーシリーズについて甲斐は、ファンの印象に「あの曲をやったときの ツアー」というふうに残るものにしたい、と語っていた。僕にとってVol.1の 「あの曲」は、「メモリー グラス」やった。Vol.2は「暁をやったツアー」と いうことになるんちゃうかなあ。

 「シーズン」 
 きれいな音に「ズズズ」とベースが打ち寄せる、あの前奏や。やはりVol.2 の期間に、「シーズン」は欠かせない。 
 上の方は水色に、下は黄昏色に染められたステージ。 
 甲斐のアコースティックギターがよく聴こえた。

 イントロで「BLUE LETTER」かと思う。体験したことのあるアレンジ やのに、今でも一瞬そう感じてしまうのだ。 
 「ビューティフル エネルギー」 
 途中で松藤が加わったりするのかとも思ったが、甲斐が全てを歌っていく。 
 ラストは歌詞の通り、金色の光に包まれた。

 ステージ後方の下、左右に2つの光がまわる。 
 「BLUE LETTER」 
 海の歌が続く。 
 この歌と同じ経験はないが、思い出す悲しみがある。傷が痛んだ。

 メンバーが去る。暗転中、甲斐の右にイスが用意される。前の客が沸く。 
 ライトがつく。「松藤ーっ!」の声がかかった。 
 松藤はすぐにアコースティックギターを弾きはじめた。 
 「街灯」 
 甲斐はサビの前、「あげた」「あった」の語尾をささやくように響かせる。 そこに情感が漂う。 
 「今夜ああ 報われない」と松藤もコーラス。「こいぃびとぉ たちーのー ように」は甲斐一人。「あの人は 涙を」で再びコーラス。そして甲斐がまた一人で、 「なが していーるー」とうたった。 
 間奏で、甲斐がレコードのイントロをハーモニカで吹く。淋しげな音色。 後奏でももう1度聴かせてくれた。 
 甲斐のハーモニカのあと、しばし松藤のギターだけが後奏を続け、静かに曲が 終わった。二人を拍手が包む。初体験の「街灯」アコースティックヴァージョン、 しみじみ素晴らしい。

 「松藤に拍手を」 
 ここからMCが始まる。

 「すごいよ、Vol.3は。KAI FIVEとか。もう決まってる。半年前に (曲目を)書いたその紙があるかどうか、わかんないんだけど」 
 KAI FIVEの名前に歓声もおきたが、「今の話しろよ」と自分でツッコむ 甲斐。 
 この「Series of Dreams Tour」のことを、「ザックリと 裏切りつつ、分厚く予定調和」と表現した。 
 めったに聴けないナンバーも、いつも聴きたい定番曲も、やってくれるのだ。

 松藤甲斐のライヴは、「期待しないで。(バンドの)人数が少ないんだから。 二人に、アコーディオンが入る」 
 あえてこう言うところをみると、実際は手応えを感じているのだろう。 
 松藤甲斐ライヴの会場となるライヴハウスについては、「場所知らない。京都の ライヴハウスなら知ってるんだけど。昔デヴィッド・ボウイがおねえちゃんといるのを 見たりして」 
 京都のライヴハウスって、磔磔(たくたく)のことかな?甲斐が直筆した 「風の中の火のように」の歌詞が飾ってあるというので、見に行ったことがある。詞は CDと少しだけちがっていた。作詞したときに書いたものだったのか。他に、賞を もらったアルバムの記念ディスクも飾られていた。 
 松藤甲斐名古屋ライヴの日程も、「覚えてない。今日に集中してるから」

 「松藤のアルバムをつくって。松藤が全部作曲とアレンジをやって、楽器も全部 弾いて。(僕は)プロデューサーとして、曲にいいことは何でもやろうと。作詞は 作家の江國香織、mcAt、ぐっさんに頼んだり。結局2曲デュエットしたりして、 じゃましてるんだけど」 
 「ISSAのプロデュースもあってめちゃくちゃいそがしい時に、くずの アルバムで2曲やらないといけなくなって。1つは「安奈」って言ってるだけだけど。 サンプリングしてって言ったのに」

 松藤と甲斐の「どっちがポール・サイモンなんだ?と。当然松藤なんだけど、 なりたがらない」 
 じゃあ、狩人ではどっちか、ヒデとロザンナでは、チェリッシュでは、と話が 転がっていく。チェリッシュのえっちゃんの名前が出ると、すかさず松藤が甲斐のこと を「よっちゃん」と呼ぶ。 
 「サンデーフォークの社長は元チェリッシュのドラムなんだよね。引退した人な のに、松藤、ドラム教えられたりしてんの」 
 松藤が「もっと思い切って叩いた方がいいよ」とアドバイスされたと告白。 
 「これは明日は言わない」と甲斐。 
 サンデーフォークのお膝元・名古屋限定のネタが聞けた。

 新たにスタッフに加わった人の名字のことから、名字と名前が同じになる チャンス(?)についての笑い話。 
 高校時代に「よしひろ」という名字の男子がいたそうだ。

 「中日の結果、知りたい?」と野球の話題。 
 阪神は勝ったと報告。伊良部は好きだという。 
 そして、明日から大阪で2日間ライヴをやった後、神戸にオリックスを見に行く と告げた。理由は、吉井が好きで、見たいから。「仕事にした」とのことで、文化放送 のゲストとして「ライオンズ ナイター」に出演するという。 
 すごい!僕のいちばん好きな野球場に甲斐が来る!グリーンスタジアム神戸に 通ううちに愛着のわいてきた、ブルーウェーブを見に。僕はめっちゃうれしくて、 拍手をした。が、ここで拍手したのは僕だけやったみたい。 
 甲斐には是非、グリーンスタジアム神戸のよさを感じてもらいたい。僕の イチオシ加藤投手の投球をもし甲斐が見ることになったら、最高やねんけどなあ。

 「東京は慎太郎が強気で、国のようになってきてる。名古屋の知事も強気だった から、区画整理どんどんやったんだよね。「そうしないと、大阪みたいになってしま う」とか言って。大阪は弱気で。博多も、弱気かな」 
 というフリから、選挙カーの話。 
 「あれって、ちょっと道ゆずったり、目が合っただけでも、反応すれば必ず マイクで言うだろ」 
 ある日甲斐たちが集まったとき、ただ立ってるだけなのになぜか「ありがとう ございます!ありがとうございます!」と選挙カーに連呼された。 
 「なんでかなと思って振り返ると、後ろでJAH-RAHがこうやって手振って んの。子どもみたい。ああいうの、手振りたがる奴っているよね。俺は子どもの頃から 嫌いだった。石投げたかった感じで」

 たくさん話してくれたMC。みんながいちばんうれしかったのは、途中で甲斐が すっと言った、この言葉やったんちゃうかなあ。 
 「今日は、すごく出来がいい気がします」

 松藤のギターで甲斐がうたう。 
 「メガロポリス ノクターン」 
 しかし、1番の途中にキーボードの方から一瞬音が入った。 
 甲斐はうたをとめる。「変な音がしたから」と。 
 「オフにしとけよ。前野、てめえ」と言って笑う。 
 もう1度初めから。甲斐の歌声を堪能する。途中から前野選手のアコーディオン も加わって、実にいい雰囲気。 
 「前野知常に拍手を」

 蘭丸、ノリオ、JAH-RAHも戻ってくる。松藤がキーボード台の奥に移る。 パーカッションとコーラスで参加してくれるみたいや。 
 「ナイト ウェイヴ」 
 いざ、大合唱。甲斐はサビで「ナーイト ウェーイヴ ナーイト ウェーイヴ」 と歌った後、「ウーウーウーウーウーウーウーウウー」とも「ウウーウウ」とも あまり続けない。「ウーーーーーウーーーーウー」というコーラスが聴こえる。 
 間奏。まずはJAH-RAHのドラムソロ。次にノリオのベース。前野選手の キーボード。続いて松藤にスポットが当たるが、コーラスがあまり聴こえない。2度目 の「ナーイト ウェーイヴ ナーイト ウェーイヴ」から、はっきりと聴くことができ た。それを待っていたかのように蘭丸のギター。この流れでオーディエンスの合唱が いっそう大きくなる。

 独特の前奏に客席が沸く。これ聴くの久しぶりや。ライヴでやってくれるときは、 アンプラグドヴァージョンがほとんどやったもんな。 
 「地下室のメロディー」 
 甲斐はアコースティックギターを弾きながら歌っていく。 
 間奏では、ギターを縦にして弾いてみせる。フラメンコのような、勇壮な音楽が できあがっていく。

 蘭丸のギター!これも最初のフレーズだけで会場中を熱狂させる歌や! 
 「港からやって来た女」 
 甲斐はサビで、左の蘭丸のマイクへ行く。そこで二人で「こーおりついた  カモメたちーよ」と歌うのだ。 
 3番の前半は静かになるヴァージョン。それから最後のサビへ。さらに、みんな の大好きなお楽しみや。今は右に動いてきてる甲斐が「バイ!バイ!バイ!」と叫ぶ。 「フーッ!」と叫んで指を突き上げる俺たち。甲斐がノリオのところへ行って、今度は そこで。ラストは前に出て来て、もう1回。 
 狂乱の「港・・・」が終わっていく。みんなの拍手。しかし、音は途切れない。 白いスポットを浴びたJAH-RAHがドラムを連打!かっこよく、すさまじい。この ビートはあの曲や!キーボードが改めて襲ってくる。甲斐がマイクスタンドを蹴り 上げる。 
 「ダイナマイトが150屯」 
 またも歌いまくり、歓声あげまくり、拳を上げての大騒ぎや。 
 甲斐はラストでも「恋なんて吹き飛ばせーっ」と歌った。 
 ぐるぐる廻るマイクスタンド。容赦ないビート。バンドのうねり。猛るギター。 最後の二音で左右の拳を突き上げるのが快感や。

 間髪入れず、あの低い音。熱が弾ける。 
 「漂泊者(アウトロー)」 
 バックのライトが混沌を表す。甲斐が歌う。動く。「愛をくれよ」「愛をくれ」 とオーディエンスに歌わせる。 
 「長く暑い夜の海を」のドラムが、ギターが、すごい。甲斐は最後だけ 「誰か俺に」の方を歌わせ、自分で「愛をくれ」と歌った。

 「冷血(コールド ブラッド)」 
 今度はバックのライトが横に走る。上方から、ビートとともに白い光線が縦に 廻る。かつては数個の照明が一体になっていたが、今夜は一つずつの光が動く。それら が全て下を照らした時、甲斐が歌い出す。 
 3番は肘のアクションから。白い光は羽根のように回転する。

 暗転。闇のなか、4本のマイクスタンドが並べられる。それを見た観客の歓声。 美しいメロディー。みんなの拍手。甲斐が「最後の曲になりました」と告げる。 そして、パーカッション。 
 「破れたハートを売り物に」 
 甲斐は左から2番目のスタンド。松藤がその右。右端はノリオ。両手にシャカ シャカとシェイクする銀の楽器を持っている。左端にはギターの蘭丸と、タンバリンを 手にした前野選手が二人でついた。JAH-RAHはドラムの位置でカウベルを叩いて いる。 
 会場全体が声をかぎりの大合唱。甲斐と前野選手が、甲斐と松藤が、ハーモニー を聴かせる。蘭丸がマイクスタンドをはなれ、後ろの定位置でギターを掻き鳴らす。 パーカッションの連打が放たれる。「悲しみやわらげ」と甲斐が歌う。それから再び 5人が横に並んでのサビだ。 
 見に行けなかった黒澤フィルムスタジオの名場面を、目の当たりにした気が した。

 熱烈なアンコールを受けて、ステージに照明が戻る。 
 帰って来たメンバーたちがビートを生み出す。アンコール1曲目にメドレーを 予想してた僕には、どの曲かわからなかった。「ランデヴー」?「ジャンキーズ ・・・」?「どっちみち・・・」? 
 鮮やかなピンクのTシャツで飛び出して来た甲斐が歌ったのは、そのどれでも なかった。 
 「HERO」 
 うわあ、わからんかった。最初の「ヒーロー」で拳あげられへんかった。今回も やってくれるんや。 
 「月は砕け散っても」と歌った甲斐が、マイクスタンドを廻す。蘭丸が 「ギュイン!ギュイン!ギュイン!ギュイン!」と激しく攻め込んでくる。いいぞっ。

 「ドラムス、紹介します。JAH-RAH!」の言葉から、メンバー紹介。 
 前野選手。ノリオ。蘭丸は、指を2本立てる例のポーズをし、そのまま腕を 振った。

 「安奈」 
 レゲエヴァージョンや。花園ラグビー場の時このスタイルでやったと話して くれた、4年前のMCを思い出す。 
 テンポは速い。今まで聴いた「安奈」のなかで、いちばん速かったかも しれない。

 虹。僕はその青の中にいた。 
 「観覧車’82」 
 歌い終えた甲斐が、客席に手を振り、おじぎをする。これ好きやねん。初めて 行ったコンサートで感激した。 
 甲斐が先に去る。メンバーが後奏を弾き続ける。でも、曲は早めに終わった。 すぐに僕らのアンコールが始まる。さらに熱く激しく。

 2回目のアンコールに現れた甲斐は、ピンクのTシャツの上に黒い皮のジャケット をはおっていた。 
 「レイニー ドライヴ」 
 PARTYを思い出した。甲斐は青いタンクトップじゃないけど。両拳を握り 締めはしないけど。 
 「息がつまる街の中で君を 見つけたとき 忘れていたぬくもりを 感じた けれど」が胸に迫った。 
 「サーチライト」からの部分は低くうたうヴァージョン。甲斐はそこの前半で、 マイクスタンドを持ち上げ、右後方の松藤を見ながらうたった。 
 曲が終わると、「松藤英男に拍手を」

 あのリズムが流れてくる。おお、まさかそう来るとは。 
 「ラヴ マイナス ゼロ」 
 PARTYの2回目のアンコールと同じ曲順になった。 
 今夜の甲斐は、「君から愛をとれば・・・」という問いを僕らに投げ掛けない。 レコード通りの詞でうたった。 
 後奏。演奏が静まる。誰もが期待するなか、甲斐はそれを口にした。 
 「サンキュー、じゃあね」 
 あの日よりも強く、そう言った。歓声が起こり、拍手が甲斐を包む。音楽が 高鳴っていった。

 バンドが前に出て来る。JAH-RAHはスティックを右の客席に、続けて左の 客席に、投げ入れた。 
 全員が肩を組んでの挨拶。その後も甲斐がステージにとどまってくれる。客席に 向かって手を上げ、長く歓声に応えてくれた。「甲斐ーっ!」僕は何度も叫ぶ。甲斐の 姿が見えなくなると、「What A Wonderful World」が流れて きた。

 

 

2003年5月10日 愛知県勤労会館

 

三つ数えろ 
ブライトン ロック 
フェアリー(完全犯罪) 
暁の終列車 
シーズン 
ビューティフル エネルギー 
BLUE LETTER 
街灯 
メガロポリス ノクターン 
ナイト ウェイヴ 
地下室のメロディー 
港からやって来た女 
ダイナマイトが150屯 
漂泊者(アウトロー) 
冷血(コールド ブラッド) 
破れたハートを売り物に

 

HERO 
安奈 
観覧車’82

 

レイニー ドライヴ 
ラヴ マイナス ゼロ

甲斐よしひろ Series of Dreams Tour Vol.1(1974-1979)

2002年9月28日(土) 愛知県勤労会館

 鶴舞の駅から、公園の周りを進んで行く。図書館や名古屋市公会堂もある広い公園 や。初めての名古屋遠征も、この愛知県勤労会館やった。隣りにあるグラウンドの 照明灯には、もう灯が入っている。

 今日の席は左側。僕の席より少し前、10列目のあたりまでは、ステージの両端が 伸びている。この形は燃えるのだ。

 昨日と同じ夢のある曲で立ち上がる。昨日のライヴ後に聞いたところによると、 ワールドカップのアンセムらしい。全然知らなかった。結局ワールドカップは1試合も 見いひんかったからな。 
 メンバーの影がステージを横切り、歓声が沸く。アンセムが流れるなか、 メンバーは自分の楽器を鳴らして音を確かめる。そうそう、昨日もこうやった。 こういうスタイルのオープニングはめずらしいのでは。 
 BGMは断ち切られた。さらなる大歓声。甲斐がアコースティックギターと ともにマイクスタンドへ。 
 「吟遊詩人の唄」 
 今日の甲斐は深い青緑色のジャケットだ。 
 大合唱から甲斐の「サンキュー」、それからもう1度サビ。今日は 曲がすべて終わってからJAH-RAHがドラムを叩くことはなかった。

 「カーテン」 
 新しいアレンジやけど、イントロではレコードのあの音も鳴っていた。 
 甲斐は身体を斜めに倒し、それと同時にマイクスタンドを逆方向へ傾ける アクション。ROCKUMENTヴァージョンの「ダイナマイトが150屯」でよく 見せていた動きだ。昨日披露した、 ビートにノって両手をひらひらさせるアクションもあり。 
 「カーテン」の後でも、JAH-RAHは音を追加しなかった。やっぱりこう いうのは、その日そのステージその瞬間の感覚やねんなあ。ライヴは本当に生きている のだ。

 「きんぽうげ」 
 今回は青紫の照明から。それから、「きんぽうげ」らしい赤・黄色・オレンジの ライトも舞台を飾る。 
 甲斐はギターを弾く仕草を見せた。いつの時も、甲斐が動く曲、客が燃える 曲や。

 MCから新曲「牙(タスク)」。 
 ラストはビートの連打。甲斐がそれに合わせて両の拳を交互に突き上げ、 フィニッシュ。

 「メモリー グラス」 
 あのイントロ。赤紫っぽいピンクの照明の下で。 
 僕にとっては、「Series of Dreams Tour Vol.1」 といえば「メモリー グラス」!というふうに、このツアーを思い出すとき真っ先に 浮かぶ曲になるだろう。こうやって生で聴くと、音も歌も実に甲斐らしい。長い間 ライヴで歌われてなかったにもかかわらず、甲斐の代表曲だとさえ思えてくる。 めちゃめちゃいい!

 「ダニーボーイに耳をふさいで」 
 「君」が去った後の痛み。赤いライトが血のように感じられた。 
 甲斐はサビで、左手で耳をふさぐ仕草をする。

 「シネマ クラブ」 
 優しくうたうだけにはしない。甲斐は言葉を切りながら、情感を込めたり。 声を張り上げたり。サビでは特にタイミングを遅らせてうたう。キーボードの高い音。 泣ける。 
 後奏で「ウォー イェー」と吼える甲斐。ラストは両手を腰のあたりで広げて、 おじぎをした。

 一人きりの甲斐よしひろ。生ギター。 
 「感触(タッチ)」 
 歌詞はオリジナル通り。「タッチ 今触れたいのさ」からの細かいダウンスト ロークの中にも、ところどころ「ザカザン!」とアクセントをつけている。 
 演奏を終えると、「汗でピックがすべる。20回くらい持ち直したの、 わかった?」

 「6月の末にROCKUMENT BOXを出したんだけど。5月のうちに つくって。6月は働かなかった」と、ワールドカップを巡った時の話題。 
 大分はアルゼンチン-フランスかどこかのつもりが、スウェーデンセネガルに なったという。 
 「僕はセネガル見たかったからいいけど、前野くんは・・・」 
 同行した前野選手はアルゼンチンが見たかったらしい。

 「名古屋は(ワールドカップ)とばされたんだよね。グランパスにピクシーがいた のに。何事もなかったかのように」 
 「(グランパスは)いいチームなのに、(君たちは試合を見に)行ってない だろ!行けよ、お前!」 
 東京には甲斐のお気に入りのチームはなく、名古屋がうらやましい様子。

 試合を見に訪れた韓国での話。 
 「向こうの人はピッチ(音程)がいい。「ブルーライト ヨコハマ」を日本語で 歌うんだよ。暗い感じだと思ってた曲が、ポップで」 
 その店では、カラオケセットとともにギタリストも1人ついていた。 
 「小さいアンプで。多分、音量7くらいでやってると思うんですけど」 
 ここで客席から「ききたい」と叫ぶ声があがる。左の僕より後ろの方の席、 ライヴ序盤からマナーの悪かったおばはんの声らしい。 
 「(歌ってたのは)俺じゃない」と甲斐。 
 それでもしつこく「ききたい」の声。 
 「俺じゃないって言ったの、聞こえなかった?」 
 甲斐が苛立つ。俺も腹が立つ。情けない客やで、ほんま。

 甲斐は話題を変えて、マリナーズを見に行ったときのことから、ジャイアンツの 話へ。 
 「ごめんね。野球のハナシして」と、ドラゴンズファンが多いであろう名古屋の 観客に。

 松藤が登場。大きな大きな拍手。 
 甲斐は「(松藤の)集中力は認める。途中から出てくるのは大変だから。でも、 時間は短いから、夜の接待は松藤が全部やる」

 「ツアー前に歌いたい曲を書き出すんだけど。そうすると多いから、まず歌いたく ないのから書いてみようと。何をおいても、「アップル パイ」だろ?」 
 客席がウケる。 
 「松藤関係ないから、「一日の終わり」も外すだろ」 
 松藤が「一日の終わり」のイントロをちょっと弾いてみせる。 
 「とにかく「アップル パイ」だけは」 
 他に歌いたくない曲が浮かばなかったのか、もう1度それでまとめる。 
 「もう一つは、みんなが「これはやらないだろう」と思ってる曲をやろうと。 かといって、そこで「アップル パイ」って書いちゃいけない。「アップル パイ」 歌うくらいだったら、「ブルーライト ヨコハマ」歌う」 
 さらに大ウケ。 
 「いいなあ、今日。これ、東京で使お」 
 「そういうのがめでたく見つかって。「ガラスの動物園」というアルバムの 中の・・・」 
 ここで客席から拍手。 
 「今のは本物の拍手だね」と甲斐。 
 そうして、レコードとちがった前奏の「男と女のいる舗道」へ。

 うたい終わった「男と女のいる舗道」について。 
 「今まで全部で2か月くらいしかやったことない。ツアーでやったときも、 途中であきてやめちゃったから」 
 松藤がオリジナルのイントロを弾く。 
 「そのイントロが好きなんだよね」と甲斐。 
 松藤はさらに弾き続ける。 
 「弾けるのわかったから」と止める甲斐。 
 「教えようか?」 
 「教えてもらっても、できない。弦が逆だから」 
 めっちゃ楽しい掛け合いや。

 次回のVol.2ツアーは、「79年から解散まで。でも、「リピート& フェイド」は最後のアルバムって感じじゃないから、あれは外して」と言ってから、 「そんな、説明の要るような」と笑う。 
 「Vol.2、Vol.3と、どこまで続くか。ワールドカップは飛ばしても、 俺は(名古屋を)飛ばさないから」 
 みんな、よろこびの拍手。

 「これも同じのに入ってるんだよね」というフリ。 
 「東京の一夜」 
 最後のサビの繰り返し。「消ーしてしまうー」と甲斐がうたい、松藤が「とー きょーの」と重ね、それから甲斐が「いちーやは」とうたっていく。

 バンドと松藤のアコースティックギターによる「裏切りの街角」。 
 「松藤に拍手を!」という甲斐の声と、それに続く拍手や歓声を受けて、松藤が 右ソデへ。 
 しかし、今日は気をつけて見ていたら、やはり続く「嵐の季節」でも松藤は キーボードの奥にいてくれた。 
 拳を突き上げながらの大合唱。オーディエンスだけに歌わせる部分、1回目は ドラムのみで。そして2回目は完全に楽器なし。会場にファンの歌が響く。

 「氷のくちびる」 
 イントロですでに、甲斐は赤の、蘭丸は青の光に映し出されている。 
 歌が入ると、照明は黄色になる。サビからは青白いライティング。 
 甲斐は昨日と同じ金色のギターだ。1番の終わりでもう弦が切れている。構わず 激しいプレイを続ける甲斐。俺はさらに燃えてしまう。 
 後奏。「あああ あああ あああ あああ あああ」が2回繰り返されるロング ヴァージョン。これ、盛りあがって大好き!

 JAH-RAHの刻むカウントが聴こえる。「タンタンタンタンタンドン!」と 6拍目でドラムが入る。続けて「ディー!ディー!ディー!」とビートの3連打。 「ズキャ!ズキャ!ズキャ!ズキャ!」と蘭丸のギターが掻き鳴らされる。閃く白い 光。 
 「ポップコーンをほおばって」 
 サビの3連打でライトは赤、緑、赤、ややあって青、白と変わる。 
 間奏は蘭丸のギターとキーボード。JAH-RAHもときどきドスン!と低い音 を響かせる。 
 サビから拳で空を3!連!打!それを繰り返しての熱狂。甲斐と蘭丸はステージ 前へ出てギターを弾きまくる。その後ろ、ステージ真ん中ではノリオのベースプレイ だ。JAH-RAHのドラムはオリジナルより細かくビートを叩き出してる。すごい、 すごいぞ!

 「翼あるもの」 
 バンドとオーディエンスの攻撃はさらにヒートアップ。こっちの武器は、歌と 拳と手拍子や。 
 蘭丸とノリオが前へ出てくる。甲斐はステージ右奥のキーボードの台の上から、 タオルを下に投げつけ、前に飛び出してくる。「俺の海に翼ひろげ」

 「HERO」 
 JAH-RAHがドラムをまたも通常のヴァージョンより細かく叩きまくる。 すごいビートや。 
 間奏で甲斐は左奥のドラムスの台に乗る。右のキーボード台に高く飛んで下り、 さらにステージへも高くジャンプ。そしてマイクスタンドを奪いに来る。「ヒーロー  空はひび割れ」の部分へ。ライトがステージを真っ赤に染めた。

 興奮さめやらぬアンコール。 
 僕らの前に帰ってきてくれたメンバーたちが、楽器の音を確かめる。演奏が 始まる前から客席は手拍子。ノリオが「フーッ」とひとつ叫んだ。 
 「マドモアゼル ブルース」 
 イントロが放出されるなか、甲斐が左ソデから走り出て来る。熱狂の第2幕が 切って落とされた。 
 激しく動く甲斐。間奏では蘭丸を指し示し、次は前野選手をアピールする。 マイクスタンドを持ち上げ、身体に巻きつけるようにしていっしょにまわってみせる。 この曲でもJAH-RAHがまたまた細かく叩きまくってくれる。ビートのうねりに 任せて甲斐は腕をまわしたり手を振ったり、存分のステージング。

 「ちんぴら」 
 「BEATNIK TOUR 2001」 ヴァージョンで、歌入りの直前に「ダダッ!」と一瞬のブレイクがある。甲斐はそこ でマイクスタンドの脇に身を沈め、立ち上がると同時に歌い出す。 
 蘭丸が独自の音を弾いている。バンドが変わる度に、いや、もっと言えば ステージで歌われる度に、「ちんぴら」も生まれ変わっていくのだ。どの曲だって そうだ。 
 最後のサビの前でも、甲斐は一瞬しゃがんでから、歌いはじめた。

 2度目のアンコールで、甲斐は明るい紫紺のツアーイラストTを着て現れた。

 「安奈」 
 メンバー全員がステージの前方へ出ての演奏。 
 甲斐は間奏で後ろへ行き、ドラムスの台に腰掛けて「ふたりで泣いた夜を  おぼえているかい」とうたう。太鼓のそばへ移って、JAH-RAHと寄り添う。 続いて蘭丸のもとへ。

 「シングルとして10月10日にリリースする曲、もう1回やるよ。祝! 松井三冠王、やるよ!」 
 福留がいるドラゴンズファンの人は、反応も複雑か。 
 しかし、「やるよ!」と甲斐が再び叫んで、そういうのも全て吹き飛ばす。 
 「牙(タスク)」 
 今日はあまり前まで出て来ない。客席を指差したり、今度はノリオのそばへ行っ たりしながら歌っていく。フィニッシュはまたちがうアクションや。

 「最後の夜汽車」 
 紫紺のステージ。長方形のパネルの一部が光って、黄緑の正方形を浮かびあがら せている。後ろからの白いライトを浴びて、ところどころに虹ができている。 
 その下で、最後のバラード。 
 「白いつきー明かりのー」と甲斐が声を振り絞ると、ライトが白に転じる。 
 後奏で甲斐は「ララララララ」とうたわない。そう思っていると、間をおいて から、「シャラララララ」とうたった。

 甲斐は今日もステージ上に長くとどまり、僕らの声援に応えてくれた。こっちの 方を指差してくれたのが、特に自分に向けたものじゃないとわかっていても、 うれしい。 
 「最後の夜汽車」からはおったジャケットの、両側の裾を持つようにして、 甲斐はターンをした。そして、もう1度手を上げてから、左のソデへと走っていった。

 帰り際、ロビーに飾られた「オロナミンC ロイヤルポリス」からの花に気が ついた。いい香りが漂っていた。

 

 

2002年9月28日 愛知県勤労会館

 

吟遊詩人の唄 
カーテン 
きんぽうげ 
牙(タスク) 
モリー グラス 
ダニーボーイに耳をふさいで 
シネマ クラブ 
感触(タッチ) 
男と女のいる舗道 
東京の一夜 
裏切りの街角 
嵐の季節 
氷のくちびる 
ポップコーンをほおばって 
翼あるもの 
HERO

 

マドモアゼル ブルース 
ちんぴら

 

安奈 
牙(タスク) 
最後の夜汽車

甲斐よしひろ Series of Dreams Tour Vol.1(1974-1979)

2002年9月27日(金) 大阪厚生年金会館大ホール

 開場時間の6時半ぎりぎりに大阪厚生年金会館に着いた。ここはけっこう久しぶり やな。 
 中に入ってグッズを買う。PCで見られるという新式のCDカードパンフレットが うれしい! 
 席はD列。今日は甲斐友5人で見るねんけど、5枚のチケットでくじ引きしたら、 残りくじでド真ん中の席になった。ラッキー。 
 「Series of Dreams Tour」と題された、年代別に曲目を 決定する夢のツアーシリーズ。その第1弾として、今回は1974年から1979年まで の曲が歌われる。どの歌が取り上げられるのか、ステージを見つめながらあれこれ想像 してみる。今日まで待ち遠しかったなあ。ツアー終盤に入って、やっと参加することが できた。福岡と広島のチケットも取ってたのに行かれへんかったし。でも、その待ちに 待ったステージがもう間もなく見られるんや!

 明るいBGMが高らかに響き出す。途端にみんな立ち上がる。夢のある曲やな。 その音楽の中を、メンバーがステージに歩み出てくる。おお、甲斐ももう出て来てるぞ! マイクスタンドの前へ寄り、アコースティックギターを強く奏で始める。すぐにどの曲か わかる前奏。最初にこれで来たかあ。大合唱になるぞ。 
 「吟遊詩人の唄」 
 甲斐の衣装は上下とも黒。上着は灰色っぽいか。中にエンジのシャツを着ている。 髪は短めで、左右の端を後ろに流している。青紫がかったサングラスが似合ってる。 
 甲斐のギター1本の演奏から、バンドでの演奏へ。客はもちろん最初からずっと、 甲斐といっしょに歌ってる。今日も「つかみきれない虹を 見つけるために」は 歌われない。「愛を奏でながら 街から街へと」で声を合わせる。 
 「そうさおいらはーっ」と声をあげた甲斐は、その後を客席にゆだねる。 うれしい合唱が続く。甲斐もまた歌う。再び、甲斐のギターだけが奏でられ、客たちへ の「サンキュー」の声とともに曲が終わった。 
 と思ったら、キーボードが「タラタラタラタラタラタラタラタラ」とあの メロディーを運んできた。バンドも加わって、そこからもう1度サビを聴かせてくれた。 
 全ての演奏が終わり、ステージが暗転してから、JAH-RAHがひとつふたつ ドラムを叩いた。

 2曲目はアップテンポの曲ではなかった。 
 「カーテン」 
 あの妖しい音がうねる。アレンジは新しい。「ROCKUMENT II」の ヴァージョンに近いか。 
 甲斐はもうサングラスを取っている。「ROCKUMENT II」でも見せた、 腕で身体の前の空間をかく仕草。 
 手拍子をするよりも身体を揺らしながら聴く感じ。僕らはそうしながら、甲斐と ともに歌った。 
 JAH-RAHがまた、曲が終わりきってから、ドラムを鳴らす。こういうのを 聴くのも好きや。生のノリが感じられて。

 蘭丸のギター。それだけでもう会場中が熱狂する。そこにドラムとパーカッション や。 
 「きんぽうげ」 
 甲斐は「くーらやみのなか」を突き放した感じで歌う。今日はそっちで行くねん な。一緒に歌う僕も、その歌い方をする。 
 ビート渦巻くステージを動く甲斐。両手を伸ばして手のひらをひらひらさせる 新しいアクションが目立つ。身体を揺すらずにはいられないというように。

 「Series of Dreams Tour。最後まで目一杯やるからね。 楽しんでってください。 やるよ!」 
 みんなの大好きなあの挨拶や。

 「松井のCMのバックに流れてるやつをやるよ。「牙」と書いて「タスク」と読む。 10月10日にリリースされる」 
 やっぱり新曲は特別にやってくれるんや!客席が歓声と拍手で「牙(タスク)」 を迎える。 
 ごく短いイントロからヴォ-カルへ。照明は爽やかな水色と白。青空の歌 「牙(タスク)」にぴったりや。 
 甲斐は「タスク!」と叫ぶのと同時に、親指と人差し指を立てた右手を突き上げる。 おお、こういうアクションが出来てたんや。徳島の ときはなかったもんなあ。客席には甲斐に合わせて同じアクションをしてる人が けっこういる。今日以前からこのツアーに参加してきた人たちなんやろうなあ。 うらやましいぞ。そして、もちろん僕もすぐにそのアクションを始めた。「タスク!」

 衝撃のイントロ!音が太い。 
 「メモリー グラス」 
 この曲の旋律が、これほどまでに劇的やったとは。歌詞の間や間奏であの部分が 流れる度にしびれた。 
 甲斐はアコースティックギターを弾きながらうたう。その語尾が切なく響く。 Singer以来の「メモリー グラス」、 めちゃめちゃいいぞ! 
 しかも、今日は3番まで全部うたってくれる。泣けるよ。新曲に興奮した直後 に、今度は久々の曲で感動。ほんま、甲斐のライヴはすごいのだ。 
 「メモリー グラス」が終わっていく。しかし、JAH-RAHのドラムだけは 細かいビートを叩き続けてる。そこへまた別のイントロが重なる。このメロディーも 僕らに歓喜の叫びをあげさせる。「うおお!「ダニーボーイ・・・」や!」 
 青紫のライト。その真ん中で、甲斐は赤紫のライトを浴び、アコースティック ギターを弾き、「ダニーボーイに耳をふさいで」をうたっていく。 
 これも大好きや。うたが沁みてくる。 
 音が静まり、甲斐が「いーくつーかのー」とうたいはじめる。「パーパパーパパー」 という哀しいコーラスが重なる。ライヴでこのコーラスがここまで生かされたアレンジ、 初めて聴いた。きっと相当久々なはず。 
 後奏。甲斐が叫び声をあげる。あのメロディーがゆっくりになっていき、曲が 終わった。 
 オリジナルアルバムには収録されず、ベストアルバム「甲斐バンドストーリー」に 入った2曲。人気は高いがなかなかライヴで聴くことのできないその2曲を、メドレー にするとは。うれしすぎる。やられたで、甲斐!

 前野選手のピアノだけが聴こえる。静かな空間が浮かびあがる。ステージの上方に は、いつの間にか長方形のパネルがいくつか吊られていた。横に長いのや縦に長いの。 それらを眺めながら、前野選手が奏でる曲を聴いていく。レコードに収められた、あの メロディーだ。だから、曲の終わりはわかっている。他の楽器たちが鳴り、甲斐が叫ぶのだ。 「もう おしまいさ」 
 「シネマ クラブ」 
 激しいバラードだ。引き裂かれた想いを絞り出すようなヴォーカル。演奏は 思いきり高まるが、静かな悲しみが伝わってくる。甲斐のバラードだ。 
 「メモリー グラス」からの別れの3曲。どれも甲斐の声がよく聴こえた。 僕は切なさで一杯になった。

 メンバーが去り、甲斐一人がマイクスタンドの前に立つ。アコースティックギター で歌ってくれるのだ。 
 「感触(タッチ)」 
 「HERO」を思わせる明るいイントロから、最初のサビなしの徳島ヴァージョン。 今日は1番を「お前がすがる俺の 胸はこんなにも」と歌った。 
 「タッチ 今触れたいのさ」からは細かいダウンストロークを重ねる。ギターが 高鳴って、再びサビへ。「ウォーーーっ」の叫びもしっかりあった。

 MCはワールドカップから野球へと話題が移る。佐々木とはブルペンで立ち話した そうだ。そういえば、「21世紀通り」でも、佐々木についてしゃべってたな。 
 スタンディングあり、大都市ありのツアー構成が気に入ってるということ。そして、 松藤を呼び入れる。このツアーにも参加してくれるんや! 
 松藤と衣装が似ててペアルックのようになってしまった日のことを悔やんでいる、 というジョーク。 
 10月からも「セイ!ヤング21」が続行されると知らせてくれるが、大阪は ネットされていない。そのことを「FM-COCOLOでいい思いをしてから、呪われて る」と表現する。確かに「21世紀通り」が聞けたのは、めちゃめちゃしあわせやった なあ。

 松藤がアコースティックギターの弦をはじく。静かな前奏。甲斐がうたい始める 直前に、どの曲かわかった。 
 「男と女のいる舗道」 
 ついに初めて聴くことができた! 
 短い間奏で甲斐がハーモニカを聴かせる。「そんなふうに」のところで松藤が コーラスを重ねる。 
 「このさんざめく」からも二人のハーモニー。長い間奏への入り際、レコードの ように「あー、あー」と切ない声を出すかどうか注目していたら、甲斐はそこでも ハーモニカを吹いた。これがまたいい感じ。 
 ラストは「んーんんーんんーんんー」のハミング。そしてもう1度ハーモニカ。

 このツアーをやるにあたって、各地のイベンターの人から、「その年代ならあの曲 が聴きたい」というリクエストがいろいろあったらしい。マニアックなのが多かった そうだ。 
 甲斐は観客に「まだ1曲あるんで、座って」とすすめた。「ひらに」と付け 加える。それで、みんなイスに座った。こういうのめずらしいな。 四国のライヴハウス以来や。ホールツアーでは初めて なのでは。

 「僕、知らなかったんですが。いまの曲と偶然カップリングで」 
 松藤が2音ずつのイントロを弾く。「BIG GIG」のアルバムの興奮を 思い出す。 
 「東京の一夜」 
 タイミングを変えて、「僕は僕だけの道を歩こうとし」はうたい切らず、間を とってから「君は僕だけのために ただ生きようとした」をうたう。自分よりも相手の ことばかりを想って過ごす日々。その悲しみが不意に胸を突いて、泣けた。

 メンバーが戻ってくる。 
 「この曲が売れたから、グリーン車に乗れるバンドになった」という甲斐の紹介。 
 「裏切りの街角」 
 松藤もアコースティックギターで参加している。

 松藤が拍手に送られて右ソデへ去る。 
 蘭丸があのイントロをエレキで、ところどころ切りながら奏でる。 
 「嵐の季節」 
 大合唱や。思い思いの拳が揺れる。

 衝撃的な音がはじける。甲斐は金色っぽく光って見える黄緑のギター。 
 「氷のくちびる」 
 間奏。蘭丸には青い照明が当たる。赤い照明を浴びた甲斐は、客席に背中を 向けている。大森さんとの時のようにセンターに並ぶことはしない。 
 たてぶえの音が聴こえてきた。見ると、松藤がステージ右奥のキーボード台の上 で、吹いているではないか。もしかして、「嵐の季節」でもそこにいたのだろうか。 アコースティックコーナーが終わっても、いっしょにやってくれるんや。 
 キーボードの高音が襲ってくる。後奏が長い!いいぞいいぞっ!

 ストロボが光る。ギターがうなる。 
 「ポップコーンをほおばって」 
 パーッカッションで2曲をつなぎこそしなかったが、王道まっしぐらの曲順に、 オーディエンスが熱狂する。 
 激しい演奏の中で、甲斐の歌声は二十歳の痛みを投げつけてくる。 
 間奏の静かな部分は蘭丸のギターで。客席の手拍子はやまない。甲斐の歌。2番 の後半から再び会場が燃える。拳の3連打。

 「翼あるもの」 
 こうなったら、当然次はこの曲。熱い興奮は続く。 
 ラストで組んだ両手を上げ、身体を伸ばす甲斐のポーズ。音楽が止まり、一瞬 キーボードだけが、それから全ての楽器が、音を放出する。ドラムのビート。 フィニッシュした瞬間、大歓声。「甲斐ーっ!」の叫び。

 ドラム。ベース。「最後の曲になりました」の言葉。 
 突き上げる拳とともに始まる「HERO」。 
 後奏で最初に「ヒーロー!」と入るところで、僕はタイミングがずれてしまった。 また新たなアレンジに仕上げられていたのだ。 
 甲斐はラストで何度も「サンキュー!」と叫ぶ。「サンキュー、オーディエンス」 とも言ってくれた。

 客たちの、アンコールを求める手拍子、甲斐の名前を叫ぶ声が、甲斐たちを ステージへと呼び戻す。 
 いきなりの激しいイントロ。 「ROCKUMENT V」ですごかった、あの曲や! 
 「マドモアゼル ブルース」 
 甲斐は白いシャツ姿になっている。間奏では、その裾を持って振るアクション。 「Big Night」の前後によく見せた動きだ。ステージを動きまわり、客席に 近づき、また、各楽器の見せ場ではそっちを指差して示したりする。 
 まさかやってくれるとは思ってなかった。でも、確かにソロアルバム「翼あるもの」 も1974年から1979年の間に発表された作品や。そうかあ。また聴けてうれしい。

 メンバー紹介。JAH-RAH、前野選手、ノリオ、蘭丸。このツアーシリーズを ずっと通して、ものすごい演奏を聴かせ続けてくれるであろう男たちや。 
 「Series of Dreams」というタイトルは、シリーズとして 続いて行くツアーであることを示すと同時に、「夢の連なり」という意味もあるんだと、 甲斐が説明してくれた。

 この曲も、やってくれるとは思ってなかった。 
 「ちんぴら」 
 「甲斐バンド BEATNIK TOUR  2001」ではオープニングにも抜擢された歌。このメンバーでのサウンドも、 またいいのだ。 
 「あー あー あー」と叫びながら沸騰する客席。甲斐もシャツの前をはだけて 走る。歌う。

 大合唱の「ちんぴら」が終わると、メンバーがまた帰っていく。甲斐は左ソデへ 去るときに、もう1回正面を向いてくれた。

 2度目のアンコールに、甲斐は黒のツアーTシャツを着て現れた。 
 何よりも先にオーディエンスへ「サンキュー!」と叫ぶ。 
 「今夜は最後まで熱烈な歓声を、ありがとう」 
 ツアータイトルについて、もう1度触れる。「歌い手の甲斐と作家の甲斐」が テーマだという。

 「流行り歌は季節関係ないらしいから。最後にみんなと一緒にうたえるやつを」 
 「安奈」 
 黄昏色の灯りの中で。蘭丸と松藤はアコースティックギター。前野選手は アコーディオン。JAH-RAHは細く背の高い太鼓を叩く。ノリオはベース。 甲斐は最後まで観客に委ねずに、すべてうたっていく。客席のみんなは口ずさむ感じ。 あたたかい雰囲気の「安奈」だ。

 1974年から1979年までやから、ファーストアルバムに入ってる「吟遊詩人 の唄」から始まって「安奈」で終わるんやなあ。そう思って納得しててんけど、ステージ を去ったのは松藤だけやった。「安奈」のために前に出てきていた他のメンバーたちは、 元の自分の位置につく。わあ、まだやってくれるんや!

 「祝!松井三冠王!」と甲斐が高らかに告げる。蘭丸がよろこぶ。僕は松井ファン としてうれしくて拍手をしながらも、(まだシーズンが終わって完全に獲得したわけじゃ ないからな)と、少し心配になっていた。決まる前にうかれていると、足元をすくわれる かもしれない。甲斐も気がかりなのか、首位打者争いで松井に迫る福留の名前を挙げた。 
 ともかくもう1回「牙(タスク)」が聴けるんや! 
 今度はもちろん最初から「タスク!」で手を上げ、指を立てる。甲斐はステージ のいちばん前まで出て来る。うおお、近いぞ! 
 甲斐は動く。「タスク!」の2連打からサビの繰り返しへ。曲の終わり、甲斐は ドラムの前にいた。最後の音でフィニッシュを決める。

 なるほど、最後は新曲やったか。再び納得していたが、バンドは1人も動かない。 ライヴはまだ続くんや!! 
 あのパネルセットが再び姿を見せる。ピアノの音。静かな曲。ウインドチャイム のメロディーも流れてくる。 
 「最後の夜汽車」 
 やはりこの年代でこの名曲ははずせない。かつてこうやってアンコールのいちばん 最後にうたわれていた歌。

 オーディエンスへの挨拶のために、メンバーが全員前に出て来る。しかし、甲斐は まだ今うたった曲の世界に入り込んでるような目をしている。蘭丸がそんな甲斐の手を 取って、高く掲げる。みんなの拍手が甲斐たちを包む。 
 メンバーが去ってからも、甲斐はステージの上に長く残ってくれた。手を振り、 おじぎをし、最後はくるっとターンをして見せ、手を上げた。客席から「ヒューッ!」 と声が飛び、拍手と「甲斐ーっ!」の叫びが続いた。

 甲斐は若かったな。PARTYっぽかった。 
 そして、いちばん感じたのは、「とにかく歌がうまい」ということ。甲斐の声を 堪能した。 
 ROCKUMENTや過去のいろんなシーンが思い浮かぶライヴやった。曲を 聴いて、その時代その時代の自分を思い出したりした。 
 けれど、もちろん今夜も、どの曲にも新しい息吹きが吹き込まれていた。 それが甲斐なのだ。 
 ああ、早くもVol.2が待ち遠しいぞっ!

 

2002年9月27日 大阪厚生年金会館大ホール

 

吟遊詩人の唄 
カーテン 
きんぽうげ 
牙(タスク) 
モリー グラス 
ダニーボーイに耳をふさいで 
シネマ クラブ 
感触(タッチ) 
男と女のいる舗道 
東京の一夜 
裏切りの街角 
嵐の季節 
氷のくちびる 
ポップコーンをほおばって 
翼あるもの 
HERO

 

マドモアゼル ブルース 
ちんぴら

 

安奈 
牙(タスク) 
最後の夜汽車

阿波踊りサウンドフェスティバル 2002

2002年8月11日(日) 徳島中央公園鷲の門広場

 昨日の午後は大阪ドーム近鉄-西武を見た。それから京都へ移動して、 バカ映画覆面上映オールナイト。4本立てのはずが、急遽中篇が1本追加され、5本 立てになった。その分オールナイトの終映時刻が遅くなり、寝る時間が減って しまった。家に帰ってちょっとだけ寝てから、徳島へ出発。

 まずJRで舞子まで。そこから高速バスに乗り換える。これだと渋滞の心配が ない。高速舞子-徳島の往復切符を買うと安くなるし、明日の夜はグリーンスタジアム 神戸で野球を見るから、舞子で降りると便利なのだ。 
 この作戦は成功やった。舞子からだと徳島駅前まで1時間半もかからなかった。 明石海峡大橋大鳴門橋を渡っての旅は快適。運転手さんの愛想がよくて、ますます 気持ちがいい。車内のテレビでは「懐かしの歌謡曲」みたいな番組が流れていたが、 僕はラジオ高校野球を聞いていた。青い海と空を眺めながらの高校野球もいい。 ちょうど今向かっている先の徳島代表・鳴門工業の試合やった。鳴門工業は快調に 打っている。

 バスを降りると、すぐに会場を目指す。今日のイベントは自由席だ。徳島中央公園 は駅の反対側にあるはず。駅の地下に店がたくさんあるらしい。きっとその地下街が 駅の下をずっとのびていて、通り抜けて反対側に出られるんやろう。そう見当をつけて 下りてみたが、地下街は意外に狭かった。駅の向こうへは通じていない。 
 しばらく駅の周りをうろうろしたものの、近くにあるはずの公園へ行く道が わからない。少しでも早く行っていい席で見たいのに。だんだんあせってくる。年配の 駅員さんを見つけて、「徳島中央公園はどう行ったらいいんですか?」と尋ねた。 
 「徳島中央公園?お城のある公園のこと?」と、逆にきかれる。 
 地元の人は徳島中央公園って呼べへんのかな。「お城の公園」で通っているの か。ともかくその公園への道を教えてもらった。駅ビルに向かって右に進んでいき、 線路の上にかかった小さな歩道橋を渡る。すると、もうそこが公園やった。

 左手に売店。右手にはTV関係らしき車両が何台か停まっている。車の横には 臨時の救護室がつくってあった。その奥を右に折れると、小さな橋がある。それを渡る と視界が開ける。会場や。客席の右横から会場に近づく形になる。右に見えるステージ のバックには、ピンク・黄色・ブルーで「SOUND FESTIVAL 2002」 のロゴ。「オロナミンC」と「オロナミンC ロイヤルポリス」の広告もある。 
 客席の前半分はパイプ椅子席。後ろは立ち見や。ゆっくり会場を眺める間も 惜しんで、会場後方のファンの列に急ぐ。早くから来てる人たちも多かったのだろう、 すでにかなりの人数が並んでいる。列に沿って鷲の門と思われる門をくぐる。門の外は すぐ道路。 その端の歩道を、まだまだ列が伸びている。ずっと歩いて最後尾についた のは、高校野球の第4試合、樟南(鹿児島)-一関学院(岩手)の試合が始まった頃 やった。 
 8月中旬のイベント。しかもアコースティック。ということで、今日のライヴは 3年前の那智勝浦シンボルパークをイメージして いた。でも、こうやって道路沿いに長い列をつくって待っていると、似てるのは 高知葉山村酒蔵ホールの方やと思えてくる。あのとき も道に並んだなあ。歩道もない国道の端やった。思えば、同じ四国やな。 
 道路の反対側はお城の堀で、白鳥が泳いでたりする。そういう景色を見ながら 待っていると、雨が降ってきた。めちゃめちゃ晴れてたのになあ。そういえば、 葉山村の日も、晴れから一転して土砂降りやった。

 5時半開場。雨もあがったようだ。 
 門のところでチケット代わりのうちわを受け取る。白地に黒で、「SOUND  FESTIVAL 2002」という、ステージと同じロゴが入っている。 「オロナミンC」「オロナミンC ロイヤルポリス」のマークも同じ。「阿波踊り」と も書いてある。裏には大きく赤い「オロナミンC ドリンク」の印。その上のキャッチ コピーはもちろん「元気ハツラツ」。 
 門をくぐって、会場の鷲の門広場に入る。今度は客席後方から進んでいく形だ。 並んでた列の長さからして、イスに座れるか微妙なとこや。後ろの方でもいいから、 とにかく座席確保を目指すことにした。「できるだけ前を」なんて言って探してたら、 その間に座るとこがなくなってしまいそうや。急いで立見席との仕切りを抜ける。ほぼ 最後方ながら、ど真ん中のイスに座ることができた。ぎりぎりやったな。 
 会場の右側には、お城の堀や石垣がある。客席の後ろは、さっきくぐった鷲の門。 左後方では、オロナミンCやオロナミンCロイヤルポリスを売っていた。せっかくや から、甲斐がCMソングを歌っているロイヤルポリスを買うことにする。あのCMが 始まってから、ほとんど毎日飲んでるのだ。イス席を離れるときに、輪ゴムつきの出場証 を渡された。これで立見席のお客さんと区別するねんな。チケットがうちわやったし、 こういう野外イベントらしい風情に、お祭り気分がさらに高まってくる。

 6時半になり、まずは「FRIDE PRIDE」の登場。女性ヴォーカル SHIHO、ギタリスト横田明紀男、2人のジャズユニット。サポートメンバーとして パーカッションのメグちゃん(小柄なおじさん)も加わって、10曲ほど演奏。 
 SHIHOはショートヘア。パワーを感じさせる発声と声量。すごく高い声も出し てた。 
 パーマの横田氏は、SHIHOから「誰かに似てると思いませんか?」と紹介され ていた。答はクリスタルキングの高い声を出す人。あと、外国のミュージシャンの名前も 言っていた。「ハイ フィデリティ」で、 「あのパーマ!」って書かれてた人かな? 
 お洒落ないい音楽やったけど、曲調は手拍子するのがむずかしかった。ジャズや もんな。本人たちが「踊ってほしい」と言ってたように、その方が合うんやろう。 いちばん盛りあがったのは、「ジャンピング ジャック フラッシュ」。 
 FRIDE PRIDEがいるステージの上空には、ちょうど新月すぎの細い月が かかってて、いい感じ。でも、すぐに姿を隠してしまい、月明かりの下で甲斐の歌を 聴くことはかなわなかった。

 FRIDE PRIDEが去って、セッティングの間、休憩に入る。この インターバルが長い。客席には「オロナミンCいかがですかあ」と歩き回る売り子も 現れた。 
 ステージでは、赤いTシャツのJAH-RAHが楽器のチェックをしてる。 タオルをかけた名鏡さんの姿も見えた。 
 「橋の上や石垣に上っている方は、危険ですので下りてください」なんていう アナウンスが何度か入る。観客の数がよほど増えてきてるらしい。 
 地元局の女子アナが「みなさん、お待ちかね」と、甲斐の出番が近いことを 告げる。一気に立ち上がる客席。甲斐を呼ぶ手拍子が始まる。それでも、なかなか出て こない。僕らはどきどきしながら手拍子を続けた。

 ROCKUMENTのテーマ曲。歓声があがる。右側から甲斐が現れる。白い シャツに黒のベスト。アコースティックギターをかき鳴らす。オーディエンスは手拍子。 明るい曲だ。「HERO」なのか。 
 「俺を素敵だと思うなら そっと」 
 甲斐はそこから歌いはじめた。「感触(タッチ)」や! 
 アコースティックヴァージョンを聴けたのは初めて。感激や。甲斐といっしょに 歌っていく。会場も大いに盛りあがってる。 
 今日は1番2番ともに「とわに続く 口づけ交わしながら」と歌った。「タッチ」 の声は低く抑えて、でも味わい深く響いて。「走り続けよう」の後は 「ウォーーーっ」と叫ぶ。これ、好きやねん。 
 ラストはライヴアルバム「100万$ナイト」のそれを思わせるコード展開。 これもまためっちゃ好き。ここの音が楽譜に載ってなくて、ギターで探したことも あったなあ。 
 「甲斐ーっ!」の声が飛び交う。すでに会場全体が興奮してる。

 「ここで、相棒の松藤英男を」と、甲斐は早くも松藤を呼び寄せる。 
 松藤は髪を短くしていた。メガネをかけている。いっしょにノリオとJAH- RAHもやって来る。甲斐をはさんで左にノリオ、右に松藤、左奥のパーカッションの セットにJAH-RAHがつく。

 静かな前奏。 
 「裏切りの街角」 
 手拍子に包まれて。甲斐は間奏でハーモニカを吹く。 
 ベースとパーカッションも入っているが、 「My name is KAI」に近い演奏。あのシリーズではメドレーやった けど、今夜は最後まで聴くことができた。

 「シーズン」 
 おお!今日来るときに海を見て、聴きたいと思っててんなあ。最高の タイミング。 
 コーラスが心地いい。そういえば、アコースティックの「シーズン」で、バック コーラスが入ってるのは初めてかもしれない。 
 「お前は幻だと言う」のところで音は静かになり、ステージの後ろから白い光が 射す。 
 この曲でも、甲斐は間奏でハーモニカを吹いた。 
 やっぱり夏の、海の、「シーズン」はいいよなあ。

 メンバーがカウントを刻むのが聴こえる。 
 「ビューティフル エネルギー」 
 紫紺のライト。「オーロラが」の前で緑に変わる。 
 2番は松藤がうたう。サビからはまた甲斐のヴォーカルだ。 
 最後の繰り返しは「金色の汗を流そうぜ」「爪をたてようぜ」の2回やった。 
 気持ちいいハーモニーを聴かせた甲斐は、曲が終わると、「どうだ」と言い 放った。出来映えが誇らしいって顔。観客が拍手と歓声で応える。

 MCは高校野球の話題から。 
 「今日はハッピーだね。鳴門工業、勝ったもんね。バンザイだね。福岡の柳川も 勝ったんだ」 
 地元のみなさんがうれしそうに拍手をする。 
 「ワールドカップを、日本と韓国で10試合見て。その後遺症を振り払うよう に、シアトルへイチローと佐々木を見に。イチロー巻きと佐々木巻き、食べて。・・・ 結局遊んでんじゃん」 
 「今年はサッカーより以上に野球、という感じで」

 次の歌について。 
 「季節感ない。いいんだろうか、阿波踊りの前夜に」 
 いいねんいいねん。会場全体の雰囲気も僕も、そんな気持ち。 
 「みなさんといっしょに歌うコーナーです。英語の響きなんだけど、漢字で 書ける。それでタイトルを決めた。知ってたら、歌って」

 「安奈」 
 1番の後で、拍手が起こる。やっぱりこの歌聴きたかった人が多いねんなあ。 ファンも同じや。 
 この歌でも甲斐のハーモニカを聴くことができた。

 「今年は東京ドームに行くことが増えそうで」と、再び野球に関するMC。 
 途中、近くの道路を走るバイクの爆音が聞こえると、「燃焼してるねえ。俺も 燃焼してるけどね」 
 好きなプロ野球チームについて。 
 「西鉄っていう幻のチーム・・・いや、もうほんとに幻のチームだよね」 
 西鉄がなくなって、東京に出てきてからは、「郷に入りては、ってことで」巨人。 
 そして、松井の話へ。甲子園の5打席連続敬遠にも触れ、「その松井が、今年は 素晴らしいことに三冠王で。土屋公平っていう、いっしょにレコーディングしてる男が ジャイアンツ狂いで、めちゃめちゃ喜んでる」 
 そこからいよいよ、松井出演のCMで流れてる新曲の紹介や。 
 「「牙(タスク)」という曲を。牙というグループが歌ってると思ってる人が いるらしいけど、あれ、僕ですから。そのうち知れわたっていくでしょう」 
 最後の言葉はシングルとして出ることを示してるんやろう。客席から喜びの拍手。

 「牙(タスク)」 
 曲はカウントから始まった。すぐに「もう誰も愛せないというのかい」という 感じの詞で歌い出す。 
 CMでしか聴いたことがなかったから、全部を聴くのはもちろん初めて。知らな かった部分の詞が切なくていい。 
 そして、「青空の中放つセンセイション」という、あのサビへ。他にも晴れ わたった空を感じさせる詞があって、まさに青空の歌や。ほんまにあの映像にぴったり の歌やってんなあ。爽快や。 
 「タスク!」と叫ぶタイミングが、ちょっとずらしてあるところもある。そこ がまたかっこいい。めっちゃ気に入った!

 「牙(タスク)」が終わった瞬間、僕は感激を込めて「甲斐ーっ!」と叫んだ。 他にもたくさん「甲斐ーっ!」の声が飛ぶ。それに続けて、子どもが弱い声で甲斐の名 を口にした。 
 甲斐はそっちを見て「なめんなよ、テメエ」と言ってから、「ほんとにびびっ ちゃった。ごめんね。大丈夫、大丈夫」と笑ってみせた。

 「風の中の火のように」 
 松藤のギターに赤いライトが映ってる。バックでは火が揺れている。 
 アコースティックではあるけど、パーカッションが効いていて、最初からずっと 力強い演奏や。 
 甲斐のヴォーカルもまた強い。間奏の「オー、イェー」をはじめ、叫びが多い。 ラストは「火のーーーーーーーーーーっ」と長く声をあげた。

 「漂泊者(アウトロー)」 
 後方の火はつけられたまま。 
 「やり切れないさ」を甲斐は、1番では低く歌った。2番からは高く張り上げる。 曲が熱を帯びてくる。 
 ダークな演奏やった。「風の中の火のように」の後に、この「漂泊者(アウトロー)」。 「明るい曲の裏の曲も書く」と言った、テリー伊藤との対談を思い出した。対極に あるもの。それに、甲斐は発表当時から言っていた。「「風の中の火のように」は 90年代の「漂泊者(アウトロー)」だ」と。

 クライマックスは続く。 
 「破れたハートを売り物に」 
 松藤のギターに、今度は紫のライトが当たっている。 
 アコギヴァージョンやけど、いつもより力強く。パーカッションも鳴っている のだ。 
 この曲が最後かもしれない。そんな思いもよぎって、ありったけの声を出して 甲斐たちといっしょに歌った。

 甲斐はまだステージにとどまってくれた。 
 「みなさんと歌いたい。盛大にやりたいんで、FRIED PRIEDの諸君に も入ってもらって」 
 FRIED PRIEDの2人とメグちゃんが、再びステージに。 
 「HERO」 
 アコギとパーカッションによる那智勝浦ヴァージョンやけど、それがさらに進化 していた。「ザザザザザッ ザザザザザッ」と、同じテンポの中でストロークが1回増え ている。このアレンジ好きやあ。ステージの両端からは、横田氏とメグちゃんの タンバリンも。 
 歌い出しは今日も、「生きるってことは」から。大合唱や。ファンといっしょに、 左端のメグちゃんも、右端のパーマ横田も拳を突き上げる。間奏もひたすら燃え上がる。 SHIHOが吼える。得意の高音を放つ。そして、甲斐が歌う。みんな歌ってる。 めっちゃ楽しい。

 拍手に送られて、メンバーたちが去っていく。FRIDE PRIDE、メグ ちゃん。それに、松藤も。ノリオも。メンバー紹介のときピースを突き出してた JAH-RAHも。 
 しかし、甲斐はステージに残ってくれた! 
 もう1度一人になって、ギターを奏でる。その後ろではいつの間にか、また炎が 揺れていた。 
 「翼あるもの」 
 静かな、高い声で歌いはじめる。「翼あるもの」の切なさをかみしめながら聴く。 「STORY OF US」のヴァージョンを思い出す。 
 甲斐の歌い方が昂まってくる。2番の後の間奏は激しい。すごい。こうなると、 完全に「My name is KAI」だ。 
 最後のサビを歌い終えると、また静かになっていくギター。曲が果てたと思えた 時、一瞬の静寂を待って、再びかき鳴らされるストローク。音がわきあがってくる。 両手を高く伸べる甲斐のポーズが見えてくるようだ。あの感覚をギター一本で表現する。 これをじっくりと目一杯やってくれた。 
 最後の一音を弾く前に両手を広げる甲斐。それから、アップストロークひとつで フィニッシュを決めた。

 大歓声。拍手。手拍子。「甲斐ーっ!」の叫び。それらに応えてから、甲斐が行く。 
 流れてきたBGMは「牙(タスク)」やった。ここを離れるのは、この曲を最後 まで聴いてからや。

 いいライヴやったなあ。新曲「牙(タスク)」もほんまにいい。 
 気分よく駅の方へ歩いていると、みんなの声が耳に入ってくる。「生「安奈」が 聴けるなんて」と、感激してる人もいる。みんなよろこんでくれてるなあ。僕はさらに 気分がよくなってきた。

 一夜明けた徳島の街。通り沿いにはたくさん、阿波踊りの観客席が作られていた。 昼を過ぎると、あちこちからお囃子が聴こえてくる。こんなにたくさんの鉢巻きと ハッピとうちわを見たのは、初めてやなあ。 
 阿波踊りの街に後ろ髪を引かれつつ、神戸行きのバスに乗り込んだ。

 

2002年8月11日 徳島中央公園鷲の門広場

 

感触(タッチ) 
裏切りの街角 
シーズン 
ビューティフル エネルギー 
安奈 
牙(タスク) 
風の中の火のように 
漂泊者(アウトロー) 
破れたハートを売り物に 
HERO 
翼あるもの

甲斐よしひろ ROCKUMENT V

2001年11月23日(金) 渋谷AX

 迷いながらも、何とか開場時間に渋谷AXにたどり着いた。 
 低い横長の建物。左上にAXのロゴ。入り口の上には、黒地に白の文字で 「甲斐よしひろ ROCKUMENT V」の表示が出ている。 
 前はちょっとした広場になっていて、たくさんのファンがそこで待っている。 機材の関係で開場は遅れていると、発表があった。 
 甲斐友を見つけ、輪に加わる。今日何をやるかという予想が始まり、その最中 に、甲斐が「21世紀通り」で五十嵐浩晃の「ディープ パープル」をカヴァーしたい と言ってたことを思い出した。今日やるかもしれんなあ。

 開場は25分ほど遅れただろうか。中に入って、左前方に立つ。今日はオール スタンディング。整理番号は421番で、真ん中で見るのは断念していた。端でもいい から、できるだけ前にいたい。立てたところは、前からだいたい8列目。 
 ステージの両サイドに、横長のスピーカーがいくつも、前に膨らむ曲線を描いて 連なっている。照明は虹色。ステージ上方から光をそそぐ。僕のいるあたりには、左端 の紫のライトが射している。ステージ下方にも紫の照明。真横からのライトは紺色だ。 それから、客席上空をふたつの白い光が斜めに交差していた。 
 客たちの身体でよく見えなかったが、ステージ中央に、客席に張り出した部分が あることに気づいた。マイクスタンド前に少し下り坂があり、そこが小さなセンター ステージにつながっているのだ。ROCKUMENTといえば、ステージ左右にも つくった客席が特徴のひとつやったもんなあ。甲斐はこれやりたかったんやろう。見る 側にもうれしいことや。 
 ところどころに、客がもたれられるバーがあった。2階席の縁は弧を描いて いて、イスもステージ中央を向いて並んでいる。 
 BGMは洋楽。なのに、僕が中に入ってから2曲目だけが、さんまの 「サンキュー」やった。今回いちばん印象に残ったのは、女性ヴォーカルで途中から 男性とデュエットになる曲。静かないい歌やったな。 
 ギターをチェックしてるスタッフのTシャツ、蘭丸の写真かな?専属の人が 来てるのだろうか。蘭丸は左側で弾くらしい。 
 場内アナウンスも入った。開場が遅れた分、開演も遅れたけど、 いよいよ始まるぞ!

 最後のBGMが鳴った途端、僕は「おおーっ!」と声をあげていた。これまでの ROCKUMENTでずっと使われていた、あのファンタジックな曲だったのだ! 虹の照明がよく似合う。オーディエンスも沸いている。手拍子が起こるが、この曲は ところどころでテンポがゆるくなるので、その部分は手拍子をやめないとうまくいか ない。パワステで覚えたこの感覚、忘れてなんているものか。 
 曲が高鳴っていく。そのなかをメンバーが入ってくる。歓声。甲斐ももう ステージに出ているようだ。「甲斐ーっ!」の声が飛ぶ。もちろん僕もそう叫ぶ。 キーボードの前野選手が手を挙げてスタッフに合図を送る。 
 静かな前奏。「レッド スター」を予想してたけど、はっきりちがう。 左の蘭丸、右のノリオは、イスにすわっている。蘭丸のギターから、あのフレーズが 聴こえてきた。甲斐がマイクスタンドに近づいて、光を浴びる。 
 「OH MY LOVE」 
 甲斐の声が響く。サングラスをかけて、アコースティックギターを弾きながら、 うたっていく。シンプルでいて、つよい詞が、伝わってくる。 
 この歌が聴けたのは、KAI FIVEファーストツアーのアンコール以来や。 想像してなかった曲やけど、考えてみれば、今回のオープニングナンバーとして実に ふさわしい。静かなバラードや弾き語りで幕を開けることの多いROCKUMENT、 今の世界の状況を思わせる詞、そして、海の向こうで「イマジン」が放送禁止になって しまっているジョン・レノンのカヴァー。すごい。完全にやられた。 
 「OH MY LOVE 君が真実 虹を」とうたったところでひと呼吸おき、 「わたあってー」は低く下げるように。繰り返しの後も、CDとはちがうこのうたい方 をした。 
 最後の「OH MY LOVE」は口を開け放つ感じで、のびやかに。さらに もう1度「OH MY LOVE」と繰り返す。そこから後奏があった。演奏が激しく なっていく。甲斐のギターも速いストローク。熱を帯びるリズムとともに、後方からの ライトで、ステージが真っ赤に染まっていく。 
 曲がフィニッシュに入り、オーディエンスの拍手が沸く。最後の一音が叩き 出されると思った刹那、壮烈な音楽が会場を貫いた。「ウォーオオオオオオオー  オオー」という前奏。ぞくっとした。 
 「レッド スター」 
 「血まみれのおっ レッスタアー」と歌うサビが、めっちゃかっこいい!今後 「レッド スター」を歌うときは、こっちの歌い方でいくかもしれんなあ。 
 よりスリリングになったベースやギターに乗せて、誰もが今の戦争を想起せずに はいられない詞を、甲斐は正確に投げかけてくる。蘭丸が間奏で弾くひとつひとつの音 に、重みがある。最後の「いつか」の部分は、「ウォオオ」と歌った。簡単には希望を 抱けない今だからこそ、そう歌ったのか。

 この2曲が終わったところで、MC。バックには、キーボードの静かな音が 流れている。 
 「ROCKUMENT Vです。むなしくも白い数年間を経て、パワステから 渋谷AXへ。いい感じの、いいタイミングの再始動だと思ってます」 
 観客が拍手で応える。みんな、ROCKUMENTを待っていたのだ。

 甲斐がマイクスタンドを離れる。1曲目からすべて、アコースティックギターを 手にしている。 
 静かだったバックの音楽が、そのままの流れで前奏へと続いていく。一転して 激しい演奏。派手なかっこよさは、「クレイジー レイジー ラヴ」を思わせる。 それが歌入りではまた静かになった。 
 「出そうと思っていた 手紙はそのあたりに 放り出してある あの時のまま」 
 これが「CRY」やったとは!甲斐が歌い始めても、しばらくは気がつか なかった。僕のいちばん好きな歌や。曲調がふたたび激しくなる。バラードとは 言えない。新しいアレンジで生まれ変わった「CRY」なのだ。 
 「捨てられ そのままに」「あの頃のあざやかな 笑顔」と、ライヴ ヴァージョンの歌詞で歌う。1番の終わりにも2番の終わりにも、 「CRY」と歌った。 
 キーボードだけの静かさのなかで、繰り返しに入る。「たった一人の恋人だと」 から、全ての楽器がビートを放つ。「CRY」というコーラスも加わった。甲斐は 「歌いかける君の姿もなく」と、オリジナル通りの詞でしめくくる。 
 後奏。甲斐が叫ぶ。「なくすことのできない傷跡」は歌われない。激しさを 増したまま、新たな「CRY」は終局へ。JAH-RAHの最後のドラムとともに、 甲斐がギターを振り下ろして、フィニッシュ!

 話しはじめた甲斐が、思い直して、「CRYという曲をやりました」と告げる。 「好きな曲です」 
 客席から「俺も!」と声がかかる。 
 「じゃあ、いっしょだ」と、甲斐はわざと軽い調子でそう言って、 笑ってみせる。

 今回のROCKUMENTの裏キーワードは「COVERS」だ、と甲斐が 明かす。 
 ROCKUMENTにはこれまで、「Guitar of Friends」 「Urban Voices」「Female Night」 「Home Coming」とサブタイトルがついていた。それが今回の ROCKUMENT Vにないのは、「ROCKUMENTやるって言ったら、周りが 「おおーっ!ROCKUMENT Vですね!」って盛りあがって、誰もキーワードを 聞いてくれなくて」と、ジョークに紛らす。 
 それから、キーワードにしたがって、かつてのカヴァーアルバム「翼あるもの」 レコーディング秘話を公開。 
 23、4の頃、単身ナッシュビルに渡って、通訳がいると思ったらいなくて、 一週間ブロークンイングリッシュで通した。甲斐バンドとは別のレコード会社である ポリドールから出すことにも、アルバム1枚だけのワンショット契約をすることにも、 当時は反対の声がすごかったらしい。東芝の関係者を呼んで一席ぶって、説得したと いう。 
 向こうでは、食事はずっとドイツ人レストランにしか連れていってもらえな かった。 
 「でも、考えたら、シチューもハンバーグもドイツだろ? めちゃめちゃうまかった」 
 「苦労話じゃない。やりたいことができて、楽しかった」

 「その、「翼あるもの」というアルバムに入ってる曲を。通称「恋バカ」」 
 それを聞いて、観客が拍手。原曲もいいけど、甲斐のスローなカヴァー ヴァージョンは、圧倒的に好きなのだ。あれがついに生で聴けるんや! 
 アルバムに忠実なイントロ。ドラムスから、甲斐の歌へ。 
 「恋のバカンス」 
 「ため 息の 出るような あな たーのく ちづけーに」 
 甲斐が言葉を切る度に、その語尾が響く。甲斐の声を堪能し、ひたる。アルバム では「金」と「銀」の中間に聴こえた「きん いーろに かーがやーく」で、はっきり 「金」と聴き取れたのも、印象的。 
 「ためいーきが出ーちゃあうー」の後、「あーああ」と声をあげ、さらに 「ハッ」とせつない吐息をはさんでから、「恋のよ ろ こびーに」と続ける。この わずかなすき間についた息の音が、めっちゃいい。 
 最後の「恋のーーーーーーーー ハッ バカンスぅ」という吐息も、もちろん あり。 
 あのレコードよりさらにすごい「恋のバカンス」が聴けて、しあわせ。

 間髪を入れず、「シュクシュクシャ シュクシュクシュクシャ」という打ち込みの 音が始まる。そこにメロディーが重ねられていく。 
 「against the wind」 
 やはりうたってくれた。このところ、ソロツアーでは必ずうたわれているのだ。 それにふさわしい名曲や。 
 最後の繰り返しで、甲斐は早めにうたを終える。そして、囁きや、ため息や、 歯を閉じて息を吸う音を聴かせる。それらが、この曲の持つ哀しさを増すのだ。

 めずらしく、この段階でメンバー紹介。 
 あの名古屋ダイアモンドホール以来、また見ることができた。ベースは坂井 ノリオ。 
 「つかの間の出会いだったのに、長すぎる。北海道大学にいればいいものを、 北海道から東京に出てきた坂井君が呼び戻した」と、親しみを込めて紹介されたのは、 ここ数年定着している、キーボード前野選手。 
 甲斐バンド「BEATNIK TOUR 2001」の 「BLUE LETTER」でも太い音を叩いてくれた、JAH-RAH。 
 「ずっと一緒にやろうって言ってて、もう十何年。その間にはいろいろあった。 「レイン」の人と呼ばれて、二人でそれじゃいけないと話してた。土屋”ツッチー” 公平」 
 蘭丸は手をあげ、人差し指と小指を立てる独自のポーズ。もう蘭丸とは名乗って ないのかなあ。でも、俺のなかではずっと蘭丸や。そう思ってたら、甲斐もそう 呼んだ。 
 「よかった。蘭丸がTV出るようになって。俺が出ても、「甲斐さん、なんで 出るんですか」って言われなくなりそうで」

 感慨深げに、「すごく、これは、やりたかったメンバーなんで」と言う。 
 この他に「M君」が、「明日とあと1回、これはどこだか言えないけど、出る」 と告げ、客席が沸く。 
 「M君」が全部出られないのは、「おさえたときには、スケジュールがすでに 入ってたわけですね」 
 そこから、松藤とやってるラジオ「セイ!ヤング21」の話題に。 
 今日は金曜日やから、ライヴをやってるまさに今この時、番組は流れている。 その分は「一昨日録った」ということやけど、その中では「ラジオが生で、ライヴが 録画だって言い張ってる」らしい。ライヴは「プラズマ映像だ」と。 
 「今日のリハを6時間、ふたまわりやって。それは楽しいふたまわりだったんだ けど。その後にラジオを録音して、終わったのが12時」 
 それで、放送禁止用語も飛び交う変な内容になったとのこと。それを聴くのも、 めっちゃ楽しみやなあ。

 次にやる曲を紹介する。 
 「CMとか主題歌はあったけど、こんなに自由でいいのかと思うくらい、いつも 自由に曲を書けてて。でも、これはプロデューサーがバーで、「こういうのがあれば なあ」と言うのを聞いて、「それ、できるかもしれない」って思って。先にシバリが あって、そこからできた曲。その曲をやりましょう。「嵐の明日」」 
 オーディエンスの拍手。曲の始まりに備えて、早めにおさまる。 
 甲斐はこの曲でもアコースティックギターをかけているので、マイクスタンドが 廻されることはない。「なぜ」という甲斐の声を皮切りに、大きなバラードへ。 
 強い決意がうたわれる。発表当時から大好きな歌や。 
 今日は後奏が印象に残った。ギターに専念する甲斐。しかし、気のせいか、 「ララララ」という甲斐の声が、ごくかすかに聴こえてくる。これは 打ち込みされていたのか、それとも、これまでの「嵐の明日」の記憶が、僕の頭の中で 鳴っていたのか。 
 長い後奏の最後の方で、ついに甲斐は「シャララララララララ  シャララララララ」と声をあげた。今日はじっと黙ったまま曲を終えるのかとも 思ってたけど。僕はこれも好きなのだ。

 メンバーが引きあげる。一人残った甲斐は新たに、蒼いジャケットを着る。 サングラスはオープニングからつけたままだ。アコースティックギターをかけ、 そして、真ん中の坂を下りて、今夜初めてセンターステージに立った! 
 大歓声。客席の中にまでやって来た感じなのだ。 
 すぐに歌い出すのかと思ったが、少ししゃべってくれる。 
 それから、JAH-RAHを呼び入れた。ボンゴというのか、小さな円い太鼓が 二つつながった楽器を持ったJAH-RAHが、左ソデから小走りに出てくる。坂の上 にすわった。 
 「ROCKUMENTというと、実験的な匂いが強かったけど、俺は今日から 変える。わかりやすい自由なアプローチで」と、甲斐が表明する。 
 しばらく話し続けてから、JAH-RAHに向かって、「俺はしゃべってるから いいけど、恥ずかしいでしょ?」と問いかける。JAH-RAHは、「いいえ、大丈夫 ですよ」というふうに微笑む。

 「次の曲は、僕が他の人に書いた曲なんだけど。その人は、EからEまで、 1オクターブしか出ない」 
 観客が沸く。始まる前のBGMは、このためやったんか。 
 アコースティックギターとボンゴの「THANK YOU」 
 「ほそ い肩を抱き締めて」とか、「おれ は虹を追いかける」に入るところ で、ブレイクがある。「少し」と歌った後には、「スココココン」とボンゴだけが 響く。 
 全体に、かわいた明るさを感じる。映画で言うと、西部劇で、馬に乗って昼の 荒野をゆっくりと進む場面でかかりそうな。みんなで表のタイミングで手拍子する。 甲斐は客席に「サンキュー」と歌わせてくれる。 
 「ブルーウィンドウに」で、甲斐は声を張り上げる。ラストは、「サンキュー」 と繰り返す。いちばん最後はメロディーを変えた「サンキュー」だ。 
 甲斐は自分の右後ろのJAH-RAHを振り返り、見つめ合いタイミングを 合わせて、やさしく曲を終わらせた。左にいる僕からは、このときの甲斐の笑顔がよく 見えた。いい終わり方やったなあ。 
 甲斐はJAH-RAHに歩みよって握手をし、「JAH-RAHに拍手を!」と 言って送り出した。 
 その姿が見えなくなってから、「いいなあ、どこにすわっても似合って。すごい ことだ」と、感心した口ぶり。

 ここで、甲斐がギターをかき鳴らす。前奏で客席が沸きに沸く。今回もやって くれるとは。 
 「テレフォン ノイローゼ」 
 今日の出だしは、「 出会ってーひと月め どれーほどー」と、ずらして入る方 やった。みんな大合唱。バラードの続いた展開を破る曲に、一気に会場が弾けた。 
 甲斐は「愚にもつかぬ甘い歌は」など、中盤を高い方で歌う技も披露。この 新しい試みもよかったなあ。 
 間奏ではもちろん、「BEATNIK TOUR 2001」で見せたように、 ネックの端から端まで指を動かす。 
 曲が終わった瞬間の、歓声のすごかったこと。

 今度は蘭丸の登場だ。センターステージまで下りて来る。アコースティックギター を持ってるぞ。蘭丸のアコースティック見るの、初めてちゃうかなあ。 
 甲斐が左で、蘭丸が右。ハの字に置かれたイスにすわり、ふたりが向かい合って ギターを弾く感じ。 
 「やせた女のブルース」 
 甲斐がリズムを刻み、蘭丸がフレーズを聴かせる。ときにはささやくような、 あるいは振り絞るような、甲斐の声。「冷たく笑ってさあ」に続いてふたりが 合わせる、「ザ ザーン」というストロークが心地いい。 
 じっくりと聴き入った。至福の時間。思えば、 「ROCKUMENT」にゲストとして参加した蘭丸 が最初に弾いたのも、「やせた女のブルース」やったなあ。 
 センターステージの横に位置している僕らは、身体の向きを変えて、甲斐の方を 見てる。甲斐のギターの裏側で、銀色のカポが、ライトを受けて輝くのが見えた。 
 曲の終わりも、「ザ ザーン」というストローク。蘭丸に笑み。心から満足 そう。甲斐と蘭丸の、アコギの名シーン。いいもん見られたなあ。

 拍手を受けた蘭丸が坂を上る。他のメンバーが戻ってくる。と、蘭丸がまた センターステージに引き返して来た。どうやら、続けてここで弾くのを、まちがえて 後ろのステージへ行きかけたらしい。蘭丸側、右サイドの客がざわめく。蘭丸は照れた ように、腕で空をかく。 
 「ごめんね。まちがえた」 
 意外にかわいい声や。蘭丸の声を聞いたのは、これが初めてかもしれない。 
 甲斐は、「そうか。そろそろ弾きたいと、エレキの方へ。本能が」

 蘭丸のアコースティックギター。2曲目は、「安奈」 
 前野選手がアコーディオンを奏で、照明も演奏もあたたかな雰囲気。 Singerでのアレンジに近いだろうか。甲斐といっしょにうたう。 
 高校生の頃を思い出した。当時はライヴで「安奈」は聴けなかった。あの頃の ように、ひとつひとつの詞が新鮮に、心に沁みた。ほんまにいい詞やなあ。

 しみじみとしたムードに染まった場内。甲斐が後ろのステージに帰っていく。 蘭丸も、元の位置に立ってエレキを持った。 
 甲斐がひとこと。 
 「この雰囲気をさらうために」

 そう言って始まったのは、激しい曲だ。「ベイビー ビーマイ フリーダム」の コーラス。 
 「マドモアゼル ブルース」! 
 分厚いビート。手拍子とともに客席が燃えあがる。甲斐は両手でマイクスタンド を持って、ステージ上を動きまわりながら歌う。アクションがすごい。今日初めて サングラスをはずしている。生き生きした表情が、最高にいい。そんな甲斐を見て、 ファンもますます熱狂していく。 
 それに、この歌がいいねんなあ。「翼あるもの」のなかでも、特に好きな曲の ひとつや。 
 「たとえ どんなに 僕がつらくても シルクの ドレスを 着せてあげたい」 
 恋をすれば、こんな想いに胸が焦がれるではないか。 
 「ブルースーーっ!」と叫ぶ甲斐。自らも「ベイビー ビーマイ フリーダム」 と歌う。蘭丸のギターの音が伸びて、曲のエンディング。甲斐は片手で傾けた マイクスタンドを支え、もう片方の手を上げて、彼方を指差す。オーディエンスの 拍手の嵐。ほんとうに1曲で全部さらって行ったなあ。 
 ところが、曲はそこで終わらなかった。音が絶えたと思った瞬間、劇的な キーボードが会場を射抜いたのだ。拍手をやめ、動くことさえできずに、ただただ ステージを見まもる観衆。JAH-RAHの太いドラムス。ふたたび蘭丸のギターが うなる。甲斐はあのせつない想いを、もういちどゆっくり歌い上げる。 ああ、最後のこれもやってくれるとは! 
 「マドモアゼル ブルース」の全てのサウンドが終わると同時に、派手なリズム が弾けた。またファンが燃え立つ。「ダッ ダッ ダダダッ」と 跳ねるこのイントロ、たしかに聴き覚えがあるが、 なかなかどの曲かわからない。 
 「グッドナイトベイビー」 
 すごい骨太な音になってる。特にJAH-RAHのドラムがすごい。これほど までに盛りあがる曲だったとは。甲斐がまたマイクスタンドを持って、よく動く! 蘭丸は身体を上下に揺すりながらのプレイだ。コーラスにも加わっている。 「涙に ぬれた 冷たい 頬を ふいて あげよう」という、レコードでは聴け なかったオリジナル通りの歌詞も登場。 
 初めて生で聴く「グッドナイトベイビー」、思いきり楽しんだ。

 ドラムの入りで、僕は「おおーっ!」と叫んで狂喜した。すぐに手拍子。ギターの 三連打がたたみ掛け、あちこちから歓声があがる。この曲だと気づいたのだ。 
 「ウォウウォウウォウウォウウォウウォウウォウウォウウォーっ!」 腹からありったけの声を放つ。 
 甲斐がマイクスタンドを横に蹴上げて廻す。歓声が飛ぶ。 
 「絶対・愛」 
 甲斐はマイクスタンドの前。腕を振り、その場で歩くような動きをして見せ、 「HEY!」で拳を挙げる。蘭丸も拳だ。もちろん俺たちも、久々の「絶対・愛」の拳 を突き上げ、叫ぶ。渾身の力を込めて。 
 一度蘭丸のギターで「絶対・愛」を聴いてみたいと、長いこと願っていた。それ が実現したのだ。見ろ、期待通りにすごいやんけ! 
 今回も、「悲しみにー 溺れ死ぬのはいやだーぜー」と、ライヴヴァージョンの 歌い方。 
 後奏も激しい。FIVEヴァージョンより凶暴。大音量のかたまりが飛び交って いる。その中で手を打ち、頭を振る。甲斐も動いてる。バンドも攻めている。甲斐が また「ウォウウォウウォーオーっ!」と吼える。その勢いで、最後の「絶対愛!」に なだれ込んだ。

 この熱気に向かって蘭丸が投げつけたフレーズは、 なんと「ブライトン ロック」! 
 いつ聴いてもものすごい前奏。キーボードが恐いほどの迫力で、戦慄の世界を 描き出す。 
 そこへ甲斐のヴォーカルだ!オーディエンスも声をかぎりに。 
 「絶対・愛」に「ブライトン ロック」を続けるなんてすごいこと、考えも しなかった。「ブライトン ロック」を後半盛りあがりの場面で歌うこと自体、初めて のことやろう。「ROCKUMENT IV」 をのぞけば、いつも1曲目かアンコール で歌われてきた曲だ。もちろんAXは最高潮!僕にはそのうえ、特に大好きな歌が続い た感激も加わっていた。ああ、ほんまにうれしい!そして、甲斐たちも最高に 楽しそうにプレイしている! 
 今日は1番2番ともに、「おまーえは俺を売りー」と歌う。 
 そして、「My name is KAI」 では歌われなかった、「ブライトン ロック、答はどこだ」を繰り返す。これにも 燃えたぞ。 
 曲が果て、大歓声。「甲斐ーっ!」の声が降り注ぐ。

 甲斐はアコースティックギター。最初の音が湧きあがる。 
 「風の中の火のように」 
 手を打って、甲斐といっしょに歌う。そうしながら歌詞の意味をかみしめる。 
 「ララーラーラ ララーラーラ ララーラーラ ララーラーラ  ララーラーラ ララーラーラーアーっ」と叫ぶと、甲斐はギターに打ち込む。マイク スタンドに戻って「ウォーイェー!」と叫ぶことはない。 
 ラストは「火のーようにーーー」と繰り返す。いつもは「火のーーーーっ」と 叫んで切るところも、そう歌う。ステージは赤一色になっている。この歌にはその詞の とおり、火の照明こそがふさわしい。

 「サンキュー!」と、甲斐が声援に応える。 
 「今夜の最後の曲になりました」

 「ウー ウー ウー」という澄み切った高い音。それで全てがわかる。初めて 蘭丸と組んだこのステージ、「レイン」がその最後を飾るのだ。 
 聴き入ろうとしていた観客に、甲斐が手拍子を要求する。それで、たくましい 「レイン」になる。 
 打ち込みの高音の連打が、やけに胸に響く。「Call my name」で、 拳を挙げる。「あたためることは」とうたった甲斐が、マイクから口をはなし、 オーディエンスが「できはしなーいー」とうたう。そこにまた甲斐がうたを重ねる。 
 蘭丸の間奏。ずいぶん前のインタビューで「レイン」を「いい歌だ」と 言っていたことが、不意に浮かんできた。今夜もその想いで弾いているのだろう。 
 甲斐はいちばん最後の「照らす」だけを、タイミングを遅らせ、低く下げて うたった。

 歓声を浴びて、バンドと甲斐が去る。 
 アンコールの手拍子。僕は何度も「甲斐ーっ!」と叫ぶ。前半静かなバラードに 耳を傾けていたとは思えないほど、汗が出てくる。すごい本編やったなあ。アンコール への期待で胸がふくらむ。

 白く照らされたステージに、メンバーが帰ってくる。自分の名前を呼ぶ声に、 甲斐が「サンキュー!」と応える。 
 アンコールは蘭丸から始まった。リズムを取りながら鳴らしたギターが、ファン に歓喜の叫びをあげさせる。 
 「ジャンキーズ ロックンロール」! 
 オーディエンスの視線を一身に受け、甲斐がステージを動きまわる。左右の端 にもやって来て歌う。センターステージにも出ていくぞ。客席へマイクを向ける。 「ジャーンキーズロクン,ジャーンキーズロクンロール」の大合唱だ。 
 前野の両手が鍵盤を端まですべって、楽しいロックンロールのピアノを激しく 叩き出す。大騒ぎのうちに2番も終わる。と、そこでJAH-RAHのドラムが 変わった。新しい歓声の数々。メドレーへの突入だ! 
 「3秒間で惚れたのさ お前と出会ったその時」 
 「どっちみち俺のもの」や! 
 甲斐が蘭丸を前へうながす。ベースのノリオも前へ出る。ステージの右奥からは 何度も華麗なあのピアノ。高音連打の波も寄せ来る。JAH-RAHのビートは あくまで太い。 
 2番が終わると、長い間奏。曲の色が変わる度に歓声があがる。「ランデヴー」 かと思える音も飛び出した。僕は興奮し、手を打って、よろこびの声をあげる。 めっちゃ楽しい! 
 「いーたみをやわらげーる」と歌った甲斐が、続くビートの二連打で空を打つ 動作。 
 今度は「夜にもつれて」だ! 
 「真夜中のむーこうがーわ」と表の拍子で歌うライヴヴァージョン。あけすけ で開放的に聴かせる。 
 狂乱のロックンロールメドレーがひとまわり。ふたたび「ジャーンキーズ  ロックンロール」につながっていく。 
 甲斐とともに「ジャーンキーズロクン,ジャーンキーズロクンロール」と 歌ったり、「ジャーン,ジャン,ジャーンキーズロクンロール」と歌ったり。そのうち 甲斐はバックに合図して演奏をとめ、オーディエンスの歌声だけが場内にこだまする。 そして、ビートがよみがえり、もう一度楽曲に乗せて大合唱。 
 ついにメドレーも終焉を迎える。甲斐が跳び上がって拳を繰り出し、 フィニッシュを決めた。

 2度目のメンバー紹介をはさんで、次なる曲へ。 
 重量感のあるドラムの連打。それに合わせて身体が弾む。おお、なんという ことや!ここでこれを持ってくるとは!場内の熱気がさらに度を強めて渦巻いてくる。 甲斐がマイクスタンドを蹴り上げた! 
 「ダイナマイトが150屯」 
 「BEATNIK TOUR 2001」 で歌った曲のうち、権利の関係で唯一、ライヴCD「THE BATTLE OF  NHK HALL」に収録できなかった。その復讐戦という意味もあるのだろうか。 いや、何より甲斐は、蘭丸と、このメンバーと、「ダイナマイト」がやりたかったん やろう。 
 甲斐のアクションが強力。縦に蹴り上げられて弧を描くマイクスタンドを見つめ て下で受けとめ、そのまま横に廻し、さらに頭の上で振り廻してから、こちらに背を 向けた体勢で両手で持ったスタンドを上下させる。この一連の動きを、ビートに乗って ステップを踏みながら。後奏でぐるぐる廻すのも、もちろんありや。

 客席に応えてから、甲斐たちが左のソデへ入っていく。 
 激しい曲の後やから、甲斐を呼ぶ客の熱気もひときわすごい。強い手拍子が 続く。 
 それにしても、ほんまに強烈なアンコールやったなあ。こんなに盛りあげる曲 ばかり連発したアンコールは、記憶にないぞ。ロックンロールメドレーの後に 「ダイナマイト」とはなあ。

 メンバーが入ってくる。客席に手を振って。 
 最後に現れた甲斐が、マイクスタンドの前に立つ。 
 「これは、何らかの形で画として出るでしょう」 
 そう告げられ、みんなよろこんで拍手。 
 甲斐は言葉を続ける。 
 「今夜は来てくれて、感謝してるよ。サンキュー。ありがとう」 
 「そのとき歌いたい歌を、旬のテイストでやる。それがROCKUMENT」

 静かな音。悲しく痛いキーボードが入る。壮大な、凄絶な、バラード。 
 「冷たい愛情」 
 アコースティックギターを弾いて、甲斐がうたう。その声を聴き、響きを感じ、 詞に打たれる。 
 「孤独な 砂漠を道ゆく 兵士のようだった」 
 一語だけ変えられた詞。うたの狭間から社会がかすめる。 
 3番はライヴヴァージョンの詞で。「空は満天の星」と二度うたった。そして、 最後に甲斐が吼える。 
 「おーーれと お前の愛は 生まれ変わることなく 夜の 輝きの中  冷たく落ちて ゆく」 
 孤独で気高いサックス。前野のプレイだ。それに交わる蘭丸のギター。後奏も 圧倒的だ。 
 「ウォーーーー」 
 甲斐が声をあげる。 
 やがて、音楽が消えてゆく。その最後の瞬間、甲斐はギターを見つめ、 ピックを入れた。

 メンバーが前に並ぶ。甲斐はまだ魅入られたような目をしてる。全員で肩を 組んで、おじぎをする。オーディエンスの歓声と「甲斐ーっ!」の叫び。JAH- RAHはスティックを2本とも投げ入れた。 
 僕も何度も「甲斐ーっ!」と叫ぶ。いちばん最後に甲斐が左ソデへ帰って行く ときにも。こういうとき、甲斐は決して振り返らない。わかってる。でも、 叫ばずにはいられないのだ。

 悲しげなオペラ調の音楽。のびゆく女性の歌声。終了後のBGMも、これまでの ROCKUMENTとおんなじや。 
 感慨を胸に、センターステージの方へ行ってみる。思ったより横に長い ステージの周りに、柵があった。柵とステージの間をスタッフやカメラマンが 通れるようになっている。

 ステージの様子を目に焼き付けてから、ロビーへ向かう。出口のそばには、 花が飾られていた。ダウンタウンや、「セイ!ヤング21」などの番組関連、白山眼鏡 など。 
 グッズは大阪でと思っていたが、今日買うことにする。めっちゃ汗かいたのに 着換えのTシャツを忘れてきてたのだ。 
 2002年のカレンダーも買う。全ての写真が展示されてたけど、それは見ない ようにする。毎月どんな写真が見られるのか、楽しみにとっておくために。 
 Tシャツは黄色いメッセージTにした。開演前にスタッフが着てるのを見た 黒Tシャツは、蘭丸Tではなく、甲斐Tやった。髪を逆立たせた写真やったから、遠く からではわからなかった。

 今日のライヴを思い返す。めちゃめちゃよかったなあ! 
 「CRY」「絶対・愛」「ブライトン ロック」「ダイナマイトが150屯」 「冷たい愛情」 
 こんなに大好きな曲たちが次々と聴けるなんて。「翼あるもの」に入ってる カヴァーも、初めて生で体験できたし。FIVEの名曲も歌ってくれた。 
 甲斐のライヴさえ見られれば、他の趣味はどうでもいい!というあの感覚に、 また襲われた。そして、この楽しみのために、普段は仕事がんばろう、と思うのだ。 
 センターステージへ走る。マイクスタンドを後ろ向きに置いて、ステージの奥に 向かって歌う。間奏でドラムスの前へ行き、左の肩越しに振り返って、蘭丸のプレイを 見る。さまざまなシーンが浮かんでくる。 
 ああ、照明が思い出せない。そのときどきはめっちゃいいと感じてるのに、 終わってみると頭に残ってない。けれど、赤がいちばん強烈だったことは覚えてる。 
 キーボードがこんなに強い楽器だということを、初めて思い知らされた。 
 テロや戦争に対するコメントはなかった。しかし、1・2曲目の選曲を 見ればわかる。甲斐がよく言うように、ライヴそのものがメッセージなのだ。

 ROCKUMENTは進化している。確実に。 
 IVまではアレンジを一新したナンバーが、かなり多かった。もちろんそれも 楽しみやってんけど、甲斐はハードな作業だと言ってた。今回アレンジが大きく 変わったのは、「CRY」と「THANK YOU」の2曲。そのままで歌いたい ときは、そのままで行く!ということやろう。もちろん、どの曲にも今の息吹きを 込めることは忘れていない。甲斐は「ある意味では盛りあがらないライヴになる」 なんてツアー前に言ってたけど、とんでもない。めちゃめちゃ盛りあがったっちゅう ねん!甲斐がそんなふうに言うときは、その実すごいラインアップが待っているという ことだ。ファンは知っている。 
 今夜の甲斐は最高に楽しそうやった。本当にこのメンバーでやりたかったん やろうなあ。念願のメンバーで、自分のやりたいことをやって、心からうれしいって いう表情をしてた。そんな甲斐が見られて、俺らもめっちゃうれしい。

 かつてジョージが言ったセリフで、甲斐が「その通りだ」とうなずいてた言葉が ある。 
 「ゲストを呼ぶ必要がなくなった時が、本当のROCKUMENTだ」 
 「ROCKUMENT V」は、その境地に達している。

 

2001年11月23日 渋谷AX

 

OH MY LOVE 
レッド スター 
CRY 
恋のバカンス 
against the wind 
嵐の明日 
THANK YOU 
テレフォン ノイローゼ 
やせた女のブルース 
安奈 
マドモアゼル ブルース 
グッドナイトベイビー 
絶対・愛 
ブライトン ロック 
風の中の火のように 
レイン

 

ジャンキーズ ロックンロール 
~どっちみち俺のもの 
~夜にもつれて 
~ジャンキーズ ロックンロール 
ダイナマイトが150屯

 

冷たい愛情

甲斐バンド BEATNIK TOUR 2001 ーDo you beat?ー

2001年7月24日(火) クラブ・ダイアモンドホール

 一昨日と同じく、仕事を終えて新幹線に。名古屋からは地下鉄で、98年夏の GUY BAND以来となるクラブ・ダイアモンドホールへ。 
 ここはビルの5階にある。僕が着いたときには、すでに建物からたくさんの 甲斐ファンがあふれていた。 
 今日は「BEATNIK TOUR 2001」の追加公演。小さめの会場で オールスタンディングなのだ。僕のチケットの整理番号は123番。先行予約の朝、 ローソンのロッピーへ走って手に入れた番号だ。 
 ファンの列は、階段を5階から1階まで伸びて、さらに続いている。 その狭い階段を、100番台前半のところまで上っていく。暑い。とてつもなく暑い。 太陽に灼かれる暑さなら、僕は大好きなのだが、これは閉め切った場所でのいやな暑さ や。誰もが不快なんちゃうかなあ。1人がやっと通れるだけのスペースを残して、 あとは全部人が立ってる。汗がとまらない。狭いところにこんなに大勢いてるのに、 もうちょっと何とかならんのか。どっか開けて、風通してくれえ。ほんまに倒れる人が たくさん出るかと思った。

 待ちに待った開場。入り口で配られているうちわを受け取る。名古屋公演が早々に 完売した、その記念グッズだ。赤地に白で「大入」と染め抜かれてある。縦に 「復活!甲斐バンド」、横に「名古屋公演 SOLD OUT 記念!!」の文字。 下の方には黒で、4人の写真と、「KAI BAND BEATNIK TOUR  2001 DO YOU BEAT?」のロゴが。そして、「2001.7.24  at Nagoya Diamond Hall」の日付け入りだ。こういうの、 うれしいなあ。

 広いライヴハウスといった趣の場内。当然真ん中が混んでる。123番では、 真ん中の前は望めない。今日は端の方でも仕方ないから、できるだけ前で見たいと 思ってた。 
 その希望通りに、かなり左やけど、前から2列目に立つことができた。 スピーカーのすぐ内側だ。甲斐の正面でこそないが、めっちゃ近いぞ! 
 みんなもステージまでの距離が短いのを感じて、すごく興奮してる。よく声が 飛び、ギターの調子をみる音がしただけで歓声があがる。 
 時々うちわであおぎながら、開演を待つ。階段で待ってる間に渡されたら、 このうちわ大活躍してたやろうなあ。 
 マイクスタンド正面の、1~3列目くらいの客席の上に、大きなミラーボール が吊るされている。これは「100万$ナイト」で使うものなのか、それともこの ホールに備えつけてあるものなのか。前に来たときはあったかなあと記憶をたどって みる。

 速い手拍子がわいてはしずまっていく。もうすぐ甲斐のライヴが見れる!はやる 気持ちをおさえられない。まだ時間はありそうやけど、すでにうちわはジーパンの前 ポケットに差している。準備万端。手拍子打つのも拳上げるのも、思いきりできる 態勢や。 
 BGMが変わった。歓声。最後からひとつ前の曲。今日は「キサス キサス  キサス」とも「イサス イサス イサス」とも聴こえる。どっちも歌ってるんかな。 
 そして最後のBGMが響き渡る。いっそう大きな歓声と手拍子。ミラーボール に、虹色のライトを浴びたオーディエンスの姿が揺れている。 
 ものすごい歓声。照明は客席に向かって放たれ、ステージ上は照らされていない のだが、それでもメンバーが入ってくるのが見える。なんせ近いのだ。濃密な空間、 この熱気。小さめの会場の醍醐味やなあ。 
 マイクスタンドが4本並ぶことはない。1曲目が変わるんや!初日の広島で見た ように、「ちんぴら」で幕を開けるのか? 
 ふたつの激しい音が印象的な前奏。たしかに聴き覚えがある。だが、まだどの曲 かわからなかった。 
 「アナログ レザー」 
 客席から悲鳴があがる。ついに新曲がオープニングに選ばれたのだ。 
 左の方から体を斜めに向けて甲斐を見る。右の壁に、緑のライトに浮かびあがっ た甲斐の影が映っている。 
 「また一緒に楽しもうぜ」 
 生で甲斐に歌いかけられて、みんな狂喜する。ああ、めっちゃうれしい歌や。 
 ラストは「アナローグ レザー」と歌う甲斐の声が轟いた。

 曲が終わって、拍手と「甲斐ーっ!」の叫び。今日のオーディエンスの燃え方は、 ほんまにすごい。もちろん僕も熱狂や。 
 ライトが落ちてるインターバルの間でも、甲斐の表情が見えるぞ。 
 そこへピンクのライト。一郎のギター。 
 「ちんぴら」 
 「あー あー あー」の初め二つは、客席にマイクを向けてくれる。三つめの 甲斐の声は「オーーッ」と聴こえる。

 熱に包まれたまま、「ダイナマイトが150屯」 
 蹴り上げて廻したあと、コードがマイクスタンドの下にからまる。甲斐は かまわず横に振り廻す。 
 いいぞ!大好きな「ダイナマイト」やけど、今夜はまた特にいい! 
 甲斐はドラムスの台に飛び乗った。そこから下りてきて、フィニッシュ!

 「今夜も最後までやります、目一杯。やるよ!やるぜ!」

 イントロで一郎が叫んでる。左前の客席に、その生の声が届いてる。 
 「きんぽうげ」 
 歌い動く甲斐。ノリまくる一郎。オーディエンスは大合唱。今日はいつもと ちがって、「指でーえ たどって」を客席に歌わせてくれた。うおお、「きんぽうげ」 もまた特別いいやんけ!

 ステージ奥へ行ってた甲斐が、歌い出しぴったりにマイクスタンド前に来た。 
 「フェアリー(完全犯罪)」 
 めっちゃいいノリ。歌の合い間の甲斐の笑顔が満足そう。 
 「彼女」を「あのコ」と歌うことが多いのは、このツアーの特徴やな。 
 後奏はレコードより多かった。うれしいなあ。

 「新曲をやります」の声に拍手。 
 1曲目の「アナログ レザー」に続いたのは、 「眩暈のSummer Breeze」 
 甲斐は真ん中の前へ。ステージから身を乗り出して歌う。会場に入っていた カメラを挑発するように、「暑いぜ」の表情をしてみせる。

 MCで、甲斐は今夜のことを「大うちわパーティー」と言って笑った。 
 客のものすごい歌声と歓声に、「うるさい、てめえら」 
 「曲が鳴って、松藤のカウントさえあったらいんだろ。あと、前に字幕が出て、 俺が動いてれば」 
 いつもに増して、甲斐とともに歌う客席の声がでかいのだ。 
 「ロックの恐そうなやつら、たくさんいるだろ?(俺たちは)本当は もっと恐いんだから。話聴くように」 
 ここで、「かっこいいー」と女性ファンの声が飛ぶ。 
 「今説明してんのに。ほめ言葉はいいと思ってるだろ。ほめ言葉、嫌いなんだ。 気が弱いから、その裏に何かあると思ってしまう(笑)」

 このツアーでは、リハーサルの段階から歌詞カードを見てないという。 
 「それが正しいとの確信もなく。初日のみんなの口の動き見て、これでいいんだ と。4日目ぐらいでやっと完成」 
 「だったらすごいね」と、一郎とウケる。 
 「そんなわけはない」とジョークをしめくくった。

 ライヴの選曲について、「多めにリハーサルやって削っていく」と明かす。 
 次にやる曲は、「最後の最後まで当落線上に。オールスターの新庄みたいに」と 言ってから、「全然当落線上じゃないじゃん」

 「シーズン」 
 一転して、場内は曲の色に染まっていく。 
 甲斐のせつない声。いたそうな表情でうたうのだ。

 前奏のコーラスの間も、オーディエンスの手拍子はとまらない。 
 「ナイト ウェイヴ」 
 「ウーウーウーウ ウーウーウーウー ウーウウー」と甲斐は歌い、後半からは 「ウウウウ」とPARTYヴァージョンを増やして、曲の間を自由に漂う。 
 甲斐が「JAH-RAH!」とささやいて、間奏の始まりだ。 
 ベースの番が来ると、甲斐は坂井ノリオの後ろから、膝の裏に膝を入れて、 ステージの前へと送り出す。 
 それから英二、一郎のギターソロ。 
 ああ、今夜は「ナイト ウェイヴ」も、とびきりやった。

 「松藤英男が歌ってくれる」 
 「ビューティフル エネルギー」 
 松藤はカーキ色のタンクトップ。今夜も「タン タ タン」の手拍子がある。 
 甲斐のコーラスはなしやった。 
 曲が終わると松藤は、素早く客席のあちこちを指差しながら、「サンキュ! サンキュ!サンキュ!サンキュ!サンキュ!」と叫んだ。

 松藤がくだけた感じで、ウィンドチャイムの端をいじる。 
 だが甲斐は、すでに曲の世界に入っていた。 
 「BLUE LETTER」 
 ところが、このバラードにあっても、客の多くは何と大合唱をやめない。 特に「ブルー レター」というサビでは、甲斐のうたがほとんど聴こえない。何考え てんねん!情けない。どういう曲かも考えずに、ただ大きい声を出せばいいのか。 こんなんやったら、さっきのMCがシャレですまんようになってるやんけ。素晴らしい 熱狂の一夜にキズがついてしまった。 
 せっかく、せつない声の名演やったのに。 
 甲斐の声だけを聴きたくて、必死に耳をすませた。

 甲斐はサングラスをかけた。MCなし。 
 「テレフォン ノイローゼ」 
 2番に入るところで、ギターの音が聴こえなくなる。甲斐はちゃんと弾いて いる。トラブルらしい。みんなで手拍子で支える。甲斐は右ソデを見ながら、2番の イントロを弾いた。

 イスが用意され、「田中一郎を」と甲斐が呼び入れる。 
 暑くてうちわを使ってるファンがいる。 
 「この甲斐バンドうちわは、酸素が出るようになってるから」と笑わせてから、 「(客席の)後ろの方であおぐのはいいんだけど、前でやられるとハラ立つよね」と 甲斐が言う。 
 「見えるからじゃない?」一郎が答える。 
 「なんか、野球場の売り子になった気分。なんで俺だけ働いてんだ、って」と 甲斐。

 「今回は「夏の轍」からは1、2曲のつもりだったんだけど。ツアーやってる うちに、どんどんやりたくなって」 
 なるほど。それで、日替わりのところで、新曲を歌ってくれるようになった のか。 
 「毎日同じ曲をやってるわけではなくて。「荒野をくだって」とか」 
 「おおーっ」と、どよめきが起こる。 
 「すごく暗い「地下室のメロディー」とか」 
 ここで一郎が笑う。その日の演奏を思い出したのだろう。 
 「あの曲はほんとはB1なのに、B3くらいだった」と甲斐が続ける。 
 「僕、急に、(その日どの曲をやるかを)言うんで。1時間前とかに」 
 すぐに一郎が大きな声で、「それなら早いですよ。8分前とか」 
 「一郎に言ったときは、10分くらい前だったか。一郎は僕と同じで逆境に 強いから、直前にいきなり言うんだ。前野君も強いよね」 
 「強いね」と一郎が同意する。 
 「って、しみじみ語ってても、なんなんで」と、今からやる曲の紹介へ。

 「一郎の曲を。最初にできてきて、これは絶対にいい詞つけたい、と。それで、 あがったのは結局、いちばん最後で。本人は今回は入らないんじゃないかと、 思ってたと思うんだけど。本人のスタジオで録ったギターを、そのまま使ったという。 何というレコーディングだ。だって、よかったんだもん」 
 それから、「いろいろやったけど、結局いちばん最初のがよかったじゃん、 っていう、「フェアリー」みたいなこともあって」と、裏話を披露。 
 一郎が吹き出す。 
 「そんな20年前の話を」と、甲斐も笑った。

 「VIOLET SKY」 
 甲斐は今夜は、あまり曲にとらわれずに、想いをぶつけるように自由に ハーモニカを吹く。 
 一郎のギターは激しく。 
 甲斐が書いた「いい詞」、誰もに伝わったことやろう。

 一郎に代わって、3人登場。 
 左から、坂井ノリオ、前野選手、甲斐、松藤、と並んですわる。ノリオは もちろんベース、前野選手はアコーディオン、松藤はアコースティックギター。 
 甲斐がメンバーを紹介していく。 
 「アコーディオン横森良造です」 
 僕はすかさず、「前野!」と叫んだ。彦根の分を言うことができたな。 
 坂井ノリオのことは、「太ったいかりや長介です」と紹介。 
 ノリオが何か言う。 
 「誰なんだよ!」と、甲斐たちがウケる。 
 松藤の紹介は、「殿堂入りした桂枝雀です」 
 どう反応していいか困る松藤。 
 それを見て笑っていた甲斐が、「殿堂入りしたんだよ」と言っといて、 「死なないと入れないんだけどね」とオトす。 
 ノリオがめっちゃウケる。 
 甲斐はよろこんで、「ツボ入った?何がうれしいって、坂井君にウケるのが いちばんうれしい」

 「昨日この近くで5時まで飲んでて。そのままホール入ろうかと思った。ホテル 帰ると、めちゃめちゃ遠いじゃない?俺、何やってるんだろう、って思って」

 それから、出身地の話をする。このツアーのメンバーの中に、「九州VS北海道」 の構図ができているという。 
 「バンドは九州。坂井君と佐藤英二は、北海道。前野君は東京人なんだけど、 親から離れて北海道の大学に8年?」 
 前野選手が「10年」と訂正する。 
 「えっ!」と驚く甲斐。あらためて「北海道かぶれ」と紹介する。 
 「JAH-RAHと、マネージャーのコザキは名古屋」と言いつつ、 「どっち?」と左ソデを覗いて、その姿を探す。

 こういうフリに続いて、「松藤の曲を。ご当地ソング」と、小さな声で。

 「矢場町あたりの」 
 たしか、そううたい始めたように聴こえた。 
 「Jasmin again」 
 新しいアルバムの中でも、特に好きな曲や。ついに聴くことができた! 
 松藤の方にマイクスタンドを傾け、「異邦人」とハモる。 
 歌声と作品世界にひたって聴き入る。 
 と、1番の終わりで、一郎が小さなビデオカメラを手に、撮影をしながら 左から登場。至近距離の下からメンバーを撮り、4人の後ろを通って右へ。そして、 左ソデへと戻っていった。 
 たしかに、こういうの、ライヴハウスならではやろう。舞台上から撮影した 貴重な映像として、のちに発表されることになるのかもしれない。それにしても、 これがなかった方が集中して「Jasmin again」にひたれたのでは、という 感は否めない。静かで、独特の雰囲気がある歌やもんなあ。 
 僕は一郎の方は見ず、ひたすら甲斐だけに視線をよせた。その声やうたい方と いった、ニュアンスを聴きのがすまいとした。 
 「しあわせじゃなきゃ、もう死んでてくれ」 
 甲斐が声をあげ、間奏が高まる。詞の情感が伝わってくる。 
 「ジャズマン」というコーラスが響いた。 
 会場が完全に、「Jasmin again」の世界と化した。

 拍手を浴びて、松藤が去った。 
 ステージには、甲斐とノリオと前野選手が残る。イスは片づけられ、前野選手は キーボードに。ノリオも後ろの定位置につく。甲斐はアコースティックギターを手に、 マイクスタンドの前に立っている。 
 高い前奏から。 
 「STARS」 
 NHKホール以来、聴けるのは2回目や。あのときはベースあったかなあ。 全く意識になかった。 
 甲斐は2番で「流せる涙 すべて流した」とうたい、その後歌詞をトバして しまう。「幾千万の 死んだ星のした」から、ふたたびうたい始める。 
 3番でもう一度、「流せる涙 すべて流した」とうたい直す。 
 短い間隔でサビへ入る。壮大なバラードが上がっていく。 
 曲が終わって、甲斐は後ろへ行く。ノリオに「失敗しちまった」というふうな ことを告げているようだ。ノリオがそれに目で答える。

 甲斐がマイクスタンドに近づいてくる。 
 「大森信和を」 
 やった!やっぱり今日は出てくれるんや!誰もが大歓声で迎え入れる。 
 大森さんはスーツではなく、青いジージャン系の上着。深々と一礼をする。 
 「安奈」 
 早くも2番から、客席に「安奈」とうたわせてくれる。 
 今日は甲斐のハーモニカが多かった。

 「裏切りの街角」 
 英二のアコギが印象的だ。今夜のこの曲では、僕はみんなと声を合わせる気持ち にはならなかった。ひたすら、甲斐のうたを聴く。蒼い少年の痛みが刺さる。 
 最後の演奏がゆっくりになる。甲斐の声だけがそこに残った。

 甲斐は銀のジャケットを受け取る。 
 「LADY」 
 詞が次々と胸に迫る。 
 「人はいつも僕を嘲って」 
 「だけど心の 中のアンブレラ もう たたんでも いいんだろ?」 
 「僕のてのひらは とても小さ すぎるけど」 
 泣ける。そして、つよい決意へとつながってゆく。

 「嵐の季節」 
 いつもよりひとまわり早く、甲斐がバンドの演奏を静める。マイクで左右の メンバーに指示。その後は、指で意思を伝えていく。オーディエンスの大合唱。拳。 甲斐はステージを動き、シャウトし、観客のエネルギーを受けとめようとしている ようなアクション。表情。一郎がマイクの外で「ラララ」と叫び、「ギャーン!」と 下からギターをかきあげて、音へ! 
 すごい。今、生の迫力を体感してる。

 「氷のくちびる」 
 「悲しき恋の」と歌い始めて、歌詞がトぶ。甲斐が客席にアピールして、みんな が歌う。それから、甲斐と声を重ねる。 
 激しいプレイ。甲斐はギターを弾きながら後ろへ。松藤はマイクをどけて、 叩きまくる。甲斐はギターを縦にして、叩きつけるように殴りあげるように弾く。 そして、あのフィニッシュ。

 「翼あるもの」 
 ドラムスの台へ上がった甲斐は、シャツをずらす。飛び下りて、走る。 僕のすぐそばまでやって来る! 
 曲が静かになった後のアクション。腕を下げてから、翼のように広げる。 肘をぶつけるようにして、強い勢いで後ろへ振り向く。と、同時に曲が終わる。 
 すぐに「漂泊者(アウトロー)」のギターがうなる。僕は跳ぶ!跳ぶ!周りの やつらも跳んでいる。 
 甲斐はタオルを投げ、シャツを脱ぎ捨てる。右端最前列へ行き、マイクを客席へ 突き出してるようだが、間に多くのファンの身体が揺れていて、よく見えない。 歌いながらステージのいちばん前を通って、甲斐が来る!左端で足を止め、 「長く暑い夜の海を」は、そこへしゃがみ込んで歌う。おおお!すぐ右前に甲斐が いる! 
 歌い終えた甲斐は、立てた親指で自分の背後を指し、一郎に「前へ出ろ」と 示して、ステージ左へと消えて行った。

 大きなKAIコールが続く。 
 メンバーが戻ってくる。ライトは当たってないけれど、よく見える。 手を振ってくれる。 
 甲斐は一度出て来かけて、一旦ソデへ。すぐに姿を見せる。 
 マイクスタンド。テープ。拍手、から手拍子。 
 松藤が何か振ってる。向かい合ったノリオも同じ動き。最後に物を渡していた。 
 「破れたハートを売り物に」 
 英二が気合いの入った顔。穏やかな人というイメージだったが、今はたくま しい。 
 2番。甲斐と松藤が歌うところで、英二が二人の後ろを通って一郎のもとへ 行く。何か話して、笑ってる。 
 大森さんのギター。「破れたハート」で聴けたのは、初日の広島以来やなあ。 英二と一郎も、持ってないギターを弾くポーズ。その表情が実にいいのだ。

 メンバー紹介。 
 JAH-RAHは指を組む。スティックをまわす。 
 坂井選手のとき、僕は「坂井ーっ!」と叫んだ。この夏を通して、すっかり お気に入りなのだ。今日はステージが狭いから、左奥で弾いてても、距離が近くて うれしかった。 
 フルメンバーの紹介は、今日は一郎、大森さんと続いた。松藤を最後にとって おいたのだ。 
 松藤は音を三つ鳴らしてから、前へ出てスティックを投げ入れる。客席のかなり 前の方に届いた。 
 甲斐が驚く。「今、見てなかったんだけど、あそこまでしか行かない コントロールってある?どこか当たってはね返ったわけじゃないよね?」 
 一郎が「スティックのフォークボール」と評す。 
 「1回忘れた日があって、あれよりいいけど」と笑う甲斐。

 甲斐が合図して、松藤のドラム。 
 「HERO」 
 「タン タ タン」という手拍子と「タンタンタンタン」の手拍子が交差 してる。「H」「E」「R」「O」の紙を掲げるファンもいる。ヒットしたうんぬんに 関わらず、いい曲なのだ。 
 大森さんが左上からギターを叩きつけるアクションで、フィニッシュ!

 2回目のアンコール。 
 「今日はみんな、こんなに来てくれて、感謝してる。サンキュー」 
 「毎年アルバム出すのは無理だとしても、ゆっくりと長いスタンスで、 やっていきたいなあと」 
 「来年アルバム出ないのは確実でしょう」と笑う。「今日終わったら、松藤が 3か月くらい寝込みそうな気がする」

 「100万$ナイト」 
 甲斐の黒いTシャツの、首まわりが切って開いてあるのが見えた。襟のように 少し立っている。こうしておかないと、とても暑いのだろう。2番が終わるとそれも 脱ぎ、タンクトップになる。 
 かすれた甲斐の声がひびく。大森さんのギター。 
 客席の上にあったミラーボールがまわる。それを横から見る形で、走る光の 球もいつもとちがって感じられる。 
 声をあげる甲斐は、左手でマイクの上方を握り、右手はその上。親指を支え、 人差し指は左手の上に。また、手の位置を変え、左手を上にし、右手でマイクスタンド を持つ。身体を前後に激しくゆする。声を振り絞る。祈るように両手をマイクの上で 組む。曲が終わる瞬間は、動きを止めて、うつむいていた。

 ツアーの全ての曲が終わり、ステージに明かりが戻る。 
 坂井選手が万感の想いでどこかを見上げている。目が潤んでいるようにさえ 見える。 
 全員が肩を組む。オーディエンスに挨拶だ。 
 今日はライヴの間じゅう、メンバーみんな楽しそうやったなあ。マイクの外でも 曲をくちずさんでるのが直に聴こえて、感激やった。 
 甲斐はタンクトップをめくり上げる。JAH-RAHが先に毛のついた スティックを客席に投げ入れた。 
 メンバーのいちばん左、近くにいる坂井ノリオに、僕は「ノリオーっ!」と 叫んで、思わず手を振る。下の名前で呼んだのは、「坂井ーっ!」と叫んだら、 「甲斐ーっ!」の歓声にかき消されそうやったからだ。 
 ノリオはこっちを見てくれる。 
 ステージ奥に下がった後、もう1度「ノリオーっ!」と叫ぶ。 
 わかってるというふうに、目でうなづいてくれた。 
 長くファンの歓呼に応えてくれたメンバーが、やがて行く。 
 僕はもちろん最後に目一杯、「甲斐ーっ!」と叫んだ。

 「アナログ レザー」が流れてくる。 
 この曲から始まって、この曲で終わる。甲斐バンドが完全復活した 「BEATNIK TOUR 2001」を象徴する歌やなあ。思い出の曲になった。 
 手元に残った甲斐バンドうちわ。よくあるうちわに見えるかもしれへんけど、 今日このライヴに参加した証し。俺には大切なものや。 
 肌色のライトだけをつけた、シンプルな姿でいるステージ。何度も振り返った。 また、ツアーに戻ってくるぞ!ほら、甲斐の声も、「戻って来いよ」と歌ってる。

 

2001年7月24日 クラブ・ダイアモンドホール

 

アナログ レザー 
ちんぴら 
ダイナマイトが150屯 
きんぽうげ 
フェアリー(完全犯罪) 
眩暈のSummer Breeze 
シーズン 
ナイト ウェイヴ 
ビューティフル エネルギー 
BLUE LETTER 
テレフォン ノイローゼ 
VIOLET SKY 
Jasmin again 
STARS 
安奈 
裏切りの街角 
LADY 
嵐の季節 
氷のくちびる 
翼あるもの 
漂泊者(アウトロー

 

破れたハートを売り物に 
HERO

 

100万$ナイト

甲斐バンド BEATNIK TOUR 2001 ーDo you beat?ー

2001年7月22日(日) 名古屋市民会館

 午後の仕事を終え、新幹線に飛び乗った。名古屋に着いてから、金山へ行くには どの電車に乗ればいいのか少し迷う。金山駅に降りたときには、もう開場時間が迫って いた。 
 僕の甲斐Tシャツを見たからか、ホームで「甲斐のライヴに行くのだが、会場へ の道がわからない」という人から声をかけられる。前にGUY BANDのライヴで ダイアモンドホールに向かってるときにも、こんなことがあったなあ。 
 というわけで、その人といっしょに行くことにする。名古屋市民会館には、 Singerのツアーなどで、何度か来たことが ある。地下から行けるという記憶があってんけど、人を連れて迷うわけにはいかない ので、駅前の表示どおりに地上から向かう方を選んだ。 
 駅からは基本的に真っ直ぐ。渡りにくい道路もあったが、無事に会場到着。開場 は遅れているようで、正面玄関前の大きな階段に、ものすごく長い列が曲がりくねって いた。その中に甲斐ライヴ初体験の加藤酒店さんを発見、早速しゃべりに行く。

 今日の席は13列目。ステージ左のスピーカーと対面する感じ。 
 ここは天井が高い。4階席まであるのだ。ステージ左からわき出るスモークが、 その広い空間を渡っていく。 
 これまでずっと「イサス イサス イサス」と聴こえていたオープニング前の 曲。今日は「キサス キサス キサス」に聴こえる。実際は、何て歌ってるんやろう。 そんなことを思いながらも、ライヴ開始直前の緊迫感が極限まで高まってゆく。

 あの前奏が流れてきた時から、もう会場全体がずっと手を打ち続ける。 
 大手拍子の「破れたハートを売り物に」!歓声がさかんに飛び交う 「ちんぴら」!大阪と同じように中くらいの速さで燃えあがる「ダイナマイトが150 屯」! 
 いやあ、すごい。めっちゃしびれる。「ダイナマイト」はことさら よかったなあ。

 「目一杯やります。楽しんでってください。やるぜ!」

 大好きな熱い挨拶から、「きんぽうげ」 
 今日はパーカッションの演奏がちがう気がする。これまでで特にいい感じ。 客の声のすごいこと。

 異変に気づいたのは、「フェアリー(完全犯罪)」のときだったか。 
 甲斐がよく前に出てきてくれるのだが、ステージ上を動きながら音を探してる 感もある。心なしか、細かい音のことはよくわからない僕にも、音のバランスが 安定していないように思える。 
 ラストのビート3連打。甲斐は前の方まで出てくれて、両腕を挙げ、指を交差 させた。 
 それから、右のソデへ入って行った。スタッフに音の注文を出しにいったのか。

 松藤のカウント。「7、8」のタイミングで最初のドラム。 
 うねるライト。スモークにも波形が映っている。 
 「眩暈のSummer Breeze」 
 最後は緑色に染まった。

 「シーズン」 
 甲斐のアコースティックギターが今日はよく聴こえる。甲斐はまだ音が気になる 様子。スタッフも最高の音を求めて今必死に調整してるんやろうなあ。

 「ナイト ウェイヴ」 
 最初の「ウーウー」を強く、それから「ウーウ ウーウーウーウー  ウーウウー」と歌っていく。 
 間奏で甲斐は右ソデへ。懸命に打ち合わせしてるんちゃうかな。

 「松藤英男が歌ってくれる」と言ってから、甲斐はさらに右ソデに行く。 
 「ビューティフル エネルギー」 
 今日はコーラス部分が終わってから戻ってきた。作業が難航してるのだろうか。 
 松藤は彦根同様、「サンキュ」と客席に声を投げた。

 「BLUE LETTER」でも、甲斐は音に納得がいかないようだ。 
 間奏のハーモニカを吹き終わり、手を下ろす時にそのままハーモニカを床に 投げた。相当いら立っているのだろう。こんなに機嫌が悪いのは何年ぶりだろうか。

 ステージに甲斐だけが残る。 
 アコギ。前奏から激しく、ネックに指を這わせ、ドュクドュクとかき鳴らす。 
 「テレフォン ノイローゼ」 
 「出会ってひと月めー」と、オリジナルのタイミングで歌に入った。そのまま 力を込めて歌い続ける。オーディエンスに歌わせるのは、サビのコーラスと終盤だけ やった。貴重なヴァージョンを聴けて、うれしい。

 しかし、甲斐は怒っていた。かなり。 
 スタッフが舞台前に置いたボード(弾き語りの途中で忘れたときのために歌詞を 書いたものか。僕の想像ですが)を、何か言ってから蹴りとばした。 
 それでも、MCをしてくれた。 
 「笑う犬の冒険」の収録が、とても短くてすんだこと。 
 「(甲斐ファンは最近)朝はTV見てる層が多いから」と出演した「はなまる マーケット」では、あれだけ出演時間が長かったのは「俺と高橋尚子だけっていう、 よくわかんない話があって」

 コーラスの3人を呼び入れ、「甲斐よしひろとその***です」と言ったが、 残念ながら僕は聴き取れなかった。みんなにはウケてたなあ。 
 「しゃべらないとこが腹立つよね」と言ってから、「最後だから、何か ひとことずつしゃべってもらおう」 
 ツアー最終日のサービスに、客席は大よろこびで拍手。インターバルを取って 自分の気持ちを落ち着かせよう、という考えも甲斐にはあったんかな。

 まずは甲斐からいちばん遠い、左端に立っている前野選手から。 
 「暑い」 
 と、ひとこと。 
 甲斐は大いに同意し、「名古屋むちゃくちゃ暑いよね。冗談じゃないくらい」 
 たしかに、名古屋のライヴでは、前からよく「暑い」って言うてるなあ。 
 「名古屋場所見たら、むちゃくちゃたくさん座布団飛んでるし。名古屋場所だけ でしょ?あんなに座布団飛ぶの」

 次はコーラス隊の真ん中にいる松藤。 
 「フルメンバーだから、気の利いたこと言ってくれると思うよ」 
 と、甲斐がプレッシャーをかける。 
 松藤はそこで、「このマイク、一郎のだから(位置が)高い」 
 大きくウケた。 
 「そうだよね。どうやって歌ってんの?」と甲斐。 
 「こうやって、手前に倒してる」 
 「ハードロックみたいになってるわけやね」と引き取った甲斐は、「MC慣れ してるところが好かん」と笑った。 
 「松藤は10キロ以上やせたから、病気説が出て。人間、極端なことやると、 言われてしまうってことだよね」

 最後は佐藤英二。 
 おとなしそうに見えるし、松藤があれだけウケた後で大丈夫なのかと、僕は ちょっと心配になる。 
 甲斐が「花園ラグビー場、BIG GIGにもいた。今回のアルバムですごく よかったんで、ツアーにも誘った」と、盛りあげる。 
 そして、いよいよ佐藤英二が何か言いかけると、すぐ止めて、「ありがとう ございました」 
 これで、しっかりオチた。

 すっかり楽しい雰囲気になっている。 
 その間にスタッフは、さっきのボードを置き直した。 
 そして、「円舞曲(ワルツ)」のハーモニー。

 コーラスの3人が去り、ギターをかけたままの甲斐がマイクスタンドへ向かう。 新たなボードを持ってきたスタッフに、「いらないよ」と、やわらかな声をかける。 腹を立てていた人間が、もう怒ってるわけじゃないと伝えるときの口調だ。 まちがいない。甲斐はいら立ちを静めている。 
 今日のスペシャルは、甲斐のアコギ一本。 
 細やかに弾かれるイントロで、どの曲かわかった。 
 「荒野をくだって」 
 静かな声で。 
 今日は「家に帰る車の流れ」とうたわれる。 
 後奏を、途中からすごく強く弾き、それから静かに弾いて、曲が終わった。 
 これまでキーボードが使われることが多かった「荒野をくだって」。 アコースティックギターだけでは初めてちゃうかなあ。心酔。

 「ギタリストの大森信和を」 
 大森さんの姿に、観客は大歓声。 
 甲斐はその間に後ろへ行って、坂井選手、一郎と何か話している。音の状況を 説明しているのだろうか。 
 大森さんに沸き立つムードのなか、「安奈」 
 「裏切りの街角」のイントロでの歓声もすごかった。人気のある曲なのだ。

 緑の光線が集まって、独特の形を成す。 
 「LADY」 
 「外は終わりそう」という歌詞でうたう。 
 甲斐の身体とマイクスタンドは、斜め横を向いている。そちらが正面であるかの ように、顔を向けてうたい上げていく。

 最初は右上からの黄昏色のライトのみ。 
 「嵐の季節」 
 「耳をすますと 足音がする」とうたいながら、甲斐は左耳をおさえる。 
 静かに甲斐のうたに聴き入っていた観衆が、サビで声を上げ、拳を挙げ。 「今は嵐のきせーつ」と歌い終えたところで、大拍手。

 ドラムは速い2連打から、一転してゆっくりしたリズムをうねる。 
 「氷のくちびる」 
 これぞ甲斐バンド、というプレイ。 
 「こんやーも」から照明が黄緑になり、客のボルテージがさらに高まる。

 曲のアタマで音が爆ぜ、一瞬リズムがわからなくなる。この激しいイントロで、 僕はときどきこの感覚に陥る。 
 「翼あるもの」 
 松藤がビートを叩き出す。キーボードが吼えてる。 
 甲斐はラストの前、「ウォー イェエエー」と思い切り叫ぶ。それから、静かで せつない声を三つあげた。両手を組んで頭上へ伸ばし、その腕を影が上りきってから、 下へ。空を指差したところで最後の明かりが消える。

 「漂泊者(アウトロー)」 
 甲斐は1番から客に「愛をくれーよ」と言わせてくれる。 
 僕はいつものように跳びあがる。 
 しかし、2番からは「ひとりぼっちじゃあ」で跳ばなかった。思い切り拳を 突き上げることに専念したくなったのだ。そんな気分やった。足を踏ん張って、 熱気をこめた拳で宙を打つ。 
 甲斐は脱いだシャツを振りまわしてる。 
 最後の軋りはあまり聴こえなかった。

 今日のアンコールは、甲斐コールが多かった。 
 僕の心の中には、甲斐の怒りは完全におさまっただろうかという不安が、まだ 少し残っていた。 
 しかし、戻ってきたメンバーの顔は、とても晴れやかだった。一郎と大森さんが 話して笑っている。甲斐の表情にもくもりなし。僕はめちゃめちゃうれしくなって しまった。 
 ここで、「HERO」! 
 最高やった。「明日へ走りだそう」とてつもない開放感や。 
 間奏。一郎は両拳を突き上げてから、弾きだした。「ギュイーン!」とうなる ギター。一郎を赤の、甲斐を紫のライトがとらえる。マイクスタンドが弧を描く。

 メンバー紹介。 
 甲斐が松藤のことを、「15年振りのドラマー。本人は叩いてないと言い張って るけど、練習してたはずだ。減量だけでは、ここまで戻らん。上手すぎる」 
 松藤は音をふたつ叩き、前へ出て客席へスティックを投げ入れた。左右に1本 ずつ分けて投げたので、特に客が沸く。 
 一郎がその様子を確認していた。ほかの会場でスティックを忘れて前へ行った ことがあったんだと、甲斐が明かした。

 太いドラム。 
 「観覧車’82」 
 痛みが伝わってくる歌。 
 虹色のライトが、高い天井へ伸びている。まわっている。 
 3番の一郎のギターがいい。 
 歌い終えた甲斐は、バスタオルを今日は「昔ながらのギタリスト」佐藤英二に かける。コーラス隊コーナーのフォローの意味もあったんかな。二人の気持ちが感じ られる。 
 甲斐はマイクスタンドの左右で、客席にアピールする。はるか上の方にまで。 
 そうして、一郎に「前へ」と示してからステージを去る。 
 大森さんはドラムスの台に上がっている。一郎が前へ出る。坂井選手が真ん中 で弾いてくれる。 
 やがて後奏も終わる。大森さんは帽子に手をあて、オーディエンスへの想いを 表現してくれた。

 2度目のアンコールに現れた甲斐。今夜はここでも話してくれる。 
 「今日はみんな来てくれて、たくさん。感謝してる。サンキュー」 
 「チケットなんでこんなに売れてるんだ?今日が(このツアー)最後だから?」 とおどろいてみせる。 
 そして、甲斐バンドについて、「1年に1枚は無理だとしても、ゆったりと 長いレンジで続けていければと思ってます」と約束してくれた。  

 「100万$ナイト」 
 1番が終わると、甲斐は親指を下に向け、右ソデに何かを下げるように指示 する。2番の途中にもその仕草が見られた。プロの耳からすると、完璧ではないと 感じる部分があるのだろうか。 
 でも、甲斐のうたはよく聴こえていた。「俺は」を遅らせてうたう。 「ふたりだけの誓い」という詞が刺さる。僕は圧倒されていく。 
 ミラーボールの光。4階の隅まで届いている。

 オーディエンスに向かって手を挙げ、甲斐たちが去っていく。大森さんは 左手で敬礼のポーズだ。 
 「アナログ レザー」 
 誰もいなくなったステージを、うすいオレンジのライトが照らしていた。

 今日は音響上のトラブルもあったみたいやけど、終盤に向かうにつれ、どんどん よくなった。とりわけアンコールの爽快さは最高やったなあ。

 

2001年7月22日 名古屋市民会館

 

破れたハートを売り物に 
ちんぴら 
ダイナマイトが150屯 
きんぽうげ 
フェアリー(完全犯罪) 
眩暈のSummer Breeze 
シーズン 
ナイト ウェイヴ 
ビューティフル エネルギー 
BLUE LETTER 
テレフォン ノイローゼ 
円舞曲(ワルツ) 
荒野をくだって 
安奈 
裏切りの街角 
LADY 
嵐の季節 
氷のくちびる 
翼あるもの 
漂泊者(アウトロー

 

HERO 
観覧車’82

 

100万$ナイト