CRY

Twitterには長いやつ

甲斐よしひろ ROCKUMENT V

2001年11月23日(金) 渋谷AX

 迷いながらも、何とか開場時間に渋谷AXにたどり着いた。 
 低い横長の建物。左上にAXのロゴ。入り口の上には、黒地に白の文字で 「甲斐よしひろ ROCKUMENT V」の表示が出ている。 
 前はちょっとした広場になっていて、たくさんのファンがそこで待っている。 機材の関係で開場は遅れていると、発表があった。 
 甲斐友を見つけ、輪に加わる。今日何をやるかという予想が始まり、その最中 に、甲斐が「21世紀通り」で五十嵐浩晃の「ディープ パープル」をカヴァーしたい と言ってたことを思い出した。今日やるかもしれんなあ。

 開場は25分ほど遅れただろうか。中に入って、左前方に立つ。今日はオール スタンディング。整理番号は421番で、真ん中で見るのは断念していた。端でもいい から、できるだけ前にいたい。立てたところは、前からだいたい8列目。 
 ステージの両サイドに、横長のスピーカーがいくつも、前に膨らむ曲線を描いて 連なっている。照明は虹色。ステージ上方から光をそそぐ。僕のいるあたりには、左端 の紫のライトが射している。ステージ下方にも紫の照明。真横からのライトは紺色だ。 それから、客席上空をふたつの白い光が斜めに交差していた。 
 客たちの身体でよく見えなかったが、ステージ中央に、客席に張り出した部分が あることに気づいた。マイクスタンド前に少し下り坂があり、そこが小さなセンター ステージにつながっているのだ。ROCKUMENTといえば、ステージ左右にも つくった客席が特徴のひとつやったもんなあ。甲斐はこれやりたかったんやろう。見る 側にもうれしいことや。 
 ところどころに、客がもたれられるバーがあった。2階席の縁は弧を描いて いて、イスもステージ中央を向いて並んでいる。 
 BGMは洋楽。なのに、僕が中に入ってから2曲目だけが、さんまの 「サンキュー」やった。今回いちばん印象に残ったのは、女性ヴォーカルで途中から 男性とデュエットになる曲。静かないい歌やったな。 
 ギターをチェックしてるスタッフのTシャツ、蘭丸の写真かな?専属の人が 来てるのだろうか。蘭丸は左側で弾くらしい。 
 場内アナウンスも入った。開場が遅れた分、開演も遅れたけど、 いよいよ始まるぞ!

 最後のBGMが鳴った途端、僕は「おおーっ!」と声をあげていた。これまでの ROCKUMENTでずっと使われていた、あのファンタジックな曲だったのだ! 虹の照明がよく似合う。オーディエンスも沸いている。手拍子が起こるが、この曲は ところどころでテンポがゆるくなるので、その部分は手拍子をやめないとうまくいか ない。パワステで覚えたこの感覚、忘れてなんているものか。 
 曲が高鳴っていく。そのなかをメンバーが入ってくる。歓声。甲斐ももう ステージに出ているようだ。「甲斐ーっ!」の声が飛ぶ。もちろん僕もそう叫ぶ。 キーボードの前野選手が手を挙げてスタッフに合図を送る。 
 静かな前奏。「レッド スター」を予想してたけど、はっきりちがう。 左の蘭丸、右のノリオは、イスにすわっている。蘭丸のギターから、あのフレーズが 聴こえてきた。甲斐がマイクスタンドに近づいて、光を浴びる。 
 「OH MY LOVE」 
 甲斐の声が響く。サングラスをかけて、アコースティックギターを弾きながら、 うたっていく。シンプルでいて、つよい詞が、伝わってくる。 
 この歌が聴けたのは、KAI FIVEファーストツアーのアンコール以来や。 想像してなかった曲やけど、考えてみれば、今回のオープニングナンバーとして実に ふさわしい。静かなバラードや弾き語りで幕を開けることの多いROCKUMENT、 今の世界の状況を思わせる詞、そして、海の向こうで「イマジン」が放送禁止になって しまっているジョン・レノンのカヴァー。すごい。完全にやられた。 
 「OH MY LOVE 君が真実 虹を」とうたったところでひと呼吸おき、 「わたあってー」は低く下げるように。繰り返しの後も、CDとはちがうこのうたい方 をした。 
 最後の「OH MY LOVE」は口を開け放つ感じで、のびやかに。さらに もう1度「OH MY LOVE」と繰り返す。そこから後奏があった。演奏が激しく なっていく。甲斐のギターも速いストローク。熱を帯びるリズムとともに、後方からの ライトで、ステージが真っ赤に染まっていく。 
 曲がフィニッシュに入り、オーディエンスの拍手が沸く。最後の一音が叩き 出されると思った刹那、壮烈な音楽が会場を貫いた。「ウォーオオオオオオオー  オオー」という前奏。ぞくっとした。 
 「レッド スター」 
 「血まみれのおっ レッスタアー」と歌うサビが、めっちゃかっこいい!今後 「レッド スター」を歌うときは、こっちの歌い方でいくかもしれんなあ。 
 よりスリリングになったベースやギターに乗せて、誰もが今の戦争を想起せずに はいられない詞を、甲斐は正確に投げかけてくる。蘭丸が間奏で弾くひとつひとつの音 に、重みがある。最後の「いつか」の部分は、「ウォオオ」と歌った。簡単には希望を 抱けない今だからこそ、そう歌ったのか。

 この2曲が終わったところで、MC。バックには、キーボードの静かな音が 流れている。 
 「ROCKUMENT Vです。むなしくも白い数年間を経て、パワステから 渋谷AXへ。いい感じの、いいタイミングの再始動だと思ってます」 
 観客が拍手で応える。みんな、ROCKUMENTを待っていたのだ。

 甲斐がマイクスタンドを離れる。1曲目からすべて、アコースティックギターを 手にしている。 
 静かだったバックの音楽が、そのままの流れで前奏へと続いていく。一転して 激しい演奏。派手なかっこよさは、「クレイジー レイジー ラヴ」を思わせる。 それが歌入りではまた静かになった。 
 「出そうと思っていた 手紙はそのあたりに 放り出してある あの時のまま」 
 これが「CRY」やったとは!甲斐が歌い始めても、しばらくは気がつか なかった。僕のいちばん好きな歌や。曲調がふたたび激しくなる。バラードとは 言えない。新しいアレンジで生まれ変わった「CRY」なのだ。 
 「捨てられ そのままに」「あの頃のあざやかな 笑顔」と、ライヴ ヴァージョンの歌詞で歌う。1番の終わりにも2番の終わりにも、 「CRY」と歌った。 
 キーボードだけの静かさのなかで、繰り返しに入る。「たった一人の恋人だと」 から、全ての楽器がビートを放つ。「CRY」というコーラスも加わった。甲斐は 「歌いかける君の姿もなく」と、オリジナル通りの詞でしめくくる。 
 後奏。甲斐が叫ぶ。「なくすことのできない傷跡」は歌われない。激しさを 増したまま、新たな「CRY」は終局へ。JAH-RAHの最後のドラムとともに、 甲斐がギターを振り下ろして、フィニッシュ!

 話しはじめた甲斐が、思い直して、「CRYという曲をやりました」と告げる。 「好きな曲です」 
 客席から「俺も!」と声がかかる。 
 「じゃあ、いっしょだ」と、甲斐はわざと軽い調子でそう言って、 笑ってみせる。

 今回のROCKUMENTの裏キーワードは「COVERS」だ、と甲斐が 明かす。 
 ROCKUMENTにはこれまで、「Guitar of Friends」 「Urban Voices」「Female Night」 「Home Coming」とサブタイトルがついていた。それが今回の ROCKUMENT Vにないのは、「ROCKUMENTやるって言ったら、周りが 「おおーっ!ROCKUMENT Vですね!」って盛りあがって、誰もキーワードを 聞いてくれなくて」と、ジョークに紛らす。 
 それから、キーワードにしたがって、かつてのカヴァーアルバム「翼あるもの」 レコーディング秘話を公開。 
 23、4の頃、単身ナッシュビルに渡って、通訳がいると思ったらいなくて、 一週間ブロークンイングリッシュで通した。甲斐バンドとは別のレコード会社である ポリドールから出すことにも、アルバム1枚だけのワンショット契約をすることにも、 当時は反対の声がすごかったらしい。東芝の関係者を呼んで一席ぶって、説得したと いう。 
 向こうでは、食事はずっとドイツ人レストランにしか連れていってもらえな かった。 
 「でも、考えたら、シチューもハンバーグもドイツだろ? めちゃめちゃうまかった」 
 「苦労話じゃない。やりたいことができて、楽しかった」

 「その、「翼あるもの」というアルバムに入ってる曲を。通称「恋バカ」」 
 それを聞いて、観客が拍手。原曲もいいけど、甲斐のスローなカヴァー ヴァージョンは、圧倒的に好きなのだ。あれがついに生で聴けるんや! 
 アルバムに忠実なイントロ。ドラムスから、甲斐の歌へ。 
 「恋のバカンス」 
 「ため 息の 出るような あな たーのく ちづけーに」 
 甲斐が言葉を切る度に、その語尾が響く。甲斐の声を堪能し、ひたる。アルバム では「金」と「銀」の中間に聴こえた「きん いーろに かーがやーく」で、はっきり 「金」と聴き取れたのも、印象的。 
 「ためいーきが出ーちゃあうー」の後、「あーああ」と声をあげ、さらに 「ハッ」とせつない吐息をはさんでから、「恋のよ ろ こびーに」と続ける。この わずかなすき間についた息の音が、めっちゃいい。 
 最後の「恋のーーーーーーーー ハッ バカンスぅ」という吐息も、もちろん あり。 
 あのレコードよりさらにすごい「恋のバカンス」が聴けて、しあわせ。

 間髪を入れず、「シュクシュクシャ シュクシュクシュクシャ」という打ち込みの 音が始まる。そこにメロディーが重ねられていく。 
 「against the wind」 
 やはりうたってくれた。このところ、ソロツアーでは必ずうたわれているのだ。 それにふさわしい名曲や。 
 最後の繰り返しで、甲斐は早めにうたを終える。そして、囁きや、ため息や、 歯を閉じて息を吸う音を聴かせる。それらが、この曲の持つ哀しさを増すのだ。

 めずらしく、この段階でメンバー紹介。 
 あの名古屋ダイアモンドホール以来、また見ることができた。ベースは坂井 ノリオ。 
 「つかの間の出会いだったのに、長すぎる。北海道大学にいればいいものを、 北海道から東京に出てきた坂井君が呼び戻した」と、親しみを込めて紹介されたのは、 ここ数年定着している、キーボード前野選手。 
 甲斐バンド「BEATNIK TOUR 2001」の 「BLUE LETTER」でも太い音を叩いてくれた、JAH-RAH。 
 「ずっと一緒にやろうって言ってて、もう十何年。その間にはいろいろあった。 「レイン」の人と呼ばれて、二人でそれじゃいけないと話してた。土屋”ツッチー” 公平」 
 蘭丸は手をあげ、人差し指と小指を立てる独自のポーズ。もう蘭丸とは名乗って ないのかなあ。でも、俺のなかではずっと蘭丸や。そう思ってたら、甲斐もそう 呼んだ。 
 「よかった。蘭丸がTV出るようになって。俺が出ても、「甲斐さん、なんで 出るんですか」って言われなくなりそうで」

 感慨深げに、「すごく、これは、やりたかったメンバーなんで」と言う。 
 この他に「M君」が、「明日とあと1回、これはどこだか言えないけど、出る」 と告げ、客席が沸く。 
 「M君」が全部出られないのは、「おさえたときには、スケジュールがすでに 入ってたわけですね」 
 そこから、松藤とやってるラジオ「セイ!ヤング21」の話題に。 
 今日は金曜日やから、ライヴをやってるまさに今この時、番組は流れている。 その分は「一昨日録った」ということやけど、その中では「ラジオが生で、ライヴが 録画だって言い張ってる」らしい。ライヴは「プラズマ映像だ」と。 
 「今日のリハを6時間、ふたまわりやって。それは楽しいふたまわりだったんだ けど。その後にラジオを録音して、終わったのが12時」 
 それで、放送禁止用語も飛び交う変な内容になったとのこと。それを聴くのも、 めっちゃ楽しみやなあ。

 次にやる曲を紹介する。 
 「CMとか主題歌はあったけど、こんなに自由でいいのかと思うくらい、いつも 自由に曲を書けてて。でも、これはプロデューサーがバーで、「こういうのがあれば なあ」と言うのを聞いて、「それ、できるかもしれない」って思って。先にシバリが あって、そこからできた曲。その曲をやりましょう。「嵐の明日」」 
 オーディエンスの拍手。曲の始まりに備えて、早めにおさまる。 
 甲斐はこの曲でもアコースティックギターをかけているので、マイクスタンドが 廻されることはない。「なぜ」という甲斐の声を皮切りに、大きなバラードへ。 
 強い決意がうたわれる。発表当時から大好きな歌や。 
 今日は後奏が印象に残った。ギターに専念する甲斐。しかし、気のせいか、 「ララララ」という甲斐の声が、ごくかすかに聴こえてくる。これは 打ち込みされていたのか、それとも、これまでの「嵐の明日」の記憶が、僕の頭の中で 鳴っていたのか。 
 長い後奏の最後の方で、ついに甲斐は「シャララララララララ  シャララララララ」と声をあげた。今日はじっと黙ったまま曲を終えるのかとも 思ってたけど。僕はこれも好きなのだ。

 メンバーが引きあげる。一人残った甲斐は新たに、蒼いジャケットを着る。 サングラスはオープニングからつけたままだ。アコースティックギターをかけ、 そして、真ん中の坂を下りて、今夜初めてセンターステージに立った! 
 大歓声。客席の中にまでやって来た感じなのだ。 
 すぐに歌い出すのかと思ったが、少ししゃべってくれる。 
 それから、JAH-RAHを呼び入れた。ボンゴというのか、小さな円い太鼓が 二つつながった楽器を持ったJAH-RAHが、左ソデから小走りに出てくる。坂の上 にすわった。 
 「ROCKUMENTというと、実験的な匂いが強かったけど、俺は今日から 変える。わかりやすい自由なアプローチで」と、甲斐が表明する。 
 しばらく話し続けてから、JAH-RAHに向かって、「俺はしゃべってるから いいけど、恥ずかしいでしょ?」と問いかける。JAH-RAHは、「いいえ、大丈夫 ですよ」というふうに微笑む。

 「次の曲は、僕が他の人に書いた曲なんだけど。その人は、EからEまで、 1オクターブしか出ない」 
 観客が沸く。始まる前のBGMは、このためやったんか。 
 アコースティックギターとボンゴの「THANK YOU」 
 「ほそ い肩を抱き締めて」とか、「おれ は虹を追いかける」に入るところ で、ブレイクがある。「少し」と歌った後には、「スココココン」とボンゴだけが 響く。 
 全体に、かわいた明るさを感じる。映画で言うと、西部劇で、馬に乗って昼の 荒野をゆっくりと進む場面でかかりそうな。みんなで表のタイミングで手拍子する。 甲斐は客席に「サンキュー」と歌わせてくれる。 
 「ブルーウィンドウに」で、甲斐は声を張り上げる。ラストは、「サンキュー」 と繰り返す。いちばん最後はメロディーを変えた「サンキュー」だ。 
 甲斐は自分の右後ろのJAH-RAHを振り返り、見つめ合いタイミングを 合わせて、やさしく曲を終わらせた。左にいる僕からは、このときの甲斐の笑顔がよく 見えた。いい終わり方やったなあ。 
 甲斐はJAH-RAHに歩みよって握手をし、「JAH-RAHに拍手を!」と 言って送り出した。 
 その姿が見えなくなってから、「いいなあ、どこにすわっても似合って。すごい ことだ」と、感心した口ぶり。

 ここで、甲斐がギターをかき鳴らす。前奏で客席が沸きに沸く。今回もやって くれるとは。 
 「テレフォン ノイローゼ」 
 今日の出だしは、「 出会ってーひと月め どれーほどー」と、ずらして入る方 やった。みんな大合唱。バラードの続いた展開を破る曲に、一気に会場が弾けた。 
 甲斐は「愚にもつかぬ甘い歌は」など、中盤を高い方で歌う技も披露。この 新しい試みもよかったなあ。 
 間奏ではもちろん、「BEATNIK TOUR 2001」で見せたように、 ネックの端から端まで指を動かす。 
 曲が終わった瞬間の、歓声のすごかったこと。

 今度は蘭丸の登場だ。センターステージまで下りて来る。アコースティックギター を持ってるぞ。蘭丸のアコースティック見るの、初めてちゃうかなあ。 
 甲斐が左で、蘭丸が右。ハの字に置かれたイスにすわり、ふたりが向かい合って ギターを弾く感じ。 
 「やせた女のブルース」 
 甲斐がリズムを刻み、蘭丸がフレーズを聴かせる。ときにはささやくような、 あるいは振り絞るような、甲斐の声。「冷たく笑ってさあ」に続いてふたりが 合わせる、「ザ ザーン」というストロークが心地いい。 
 じっくりと聴き入った。至福の時間。思えば、 「ROCKUMENT」にゲストとして参加した蘭丸 が最初に弾いたのも、「やせた女のブルース」やったなあ。 
 センターステージの横に位置している僕らは、身体の向きを変えて、甲斐の方を 見てる。甲斐のギターの裏側で、銀色のカポが、ライトを受けて輝くのが見えた。 
 曲の終わりも、「ザ ザーン」というストローク。蘭丸に笑み。心から満足 そう。甲斐と蘭丸の、アコギの名シーン。いいもん見られたなあ。

 拍手を受けた蘭丸が坂を上る。他のメンバーが戻ってくる。と、蘭丸がまた センターステージに引き返して来た。どうやら、続けてここで弾くのを、まちがえて 後ろのステージへ行きかけたらしい。蘭丸側、右サイドの客がざわめく。蘭丸は照れた ように、腕で空をかく。 
 「ごめんね。まちがえた」 
 意外にかわいい声や。蘭丸の声を聞いたのは、これが初めてかもしれない。 
 甲斐は、「そうか。そろそろ弾きたいと、エレキの方へ。本能が」

 蘭丸のアコースティックギター。2曲目は、「安奈」 
 前野選手がアコーディオンを奏で、照明も演奏もあたたかな雰囲気。 Singerでのアレンジに近いだろうか。甲斐といっしょにうたう。 
 高校生の頃を思い出した。当時はライヴで「安奈」は聴けなかった。あの頃の ように、ひとつひとつの詞が新鮮に、心に沁みた。ほんまにいい詞やなあ。

 しみじみとしたムードに染まった場内。甲斐が後ろのステージに帰っていく。 蘭丸も、元の位置に立ってエレキを持った。 
 甲斐がひとこと。 
 「この雰囲気をさらうために」

 そう言って始まったのは、激しい曲だ。「ベイビー ビーマイ フリーダム」の コーラス。 
 「マドモアゼル ブルース」! 
 分厚いビート。手拍子とともに客席が燃えあがる。甲斐は両手でマイクスタンド を持って、ステージ上を動きまわりながら歌う。アクションがすごい。今日初めて サングラスをはずしている。生き生きした表情が、最高にいい。そんな甲斐を見て、 ファンもますます熱狂していく。 
 それに、この歌がいいねんなあ。「翼あるもの」のなかでも、特に好きな曲の ひとつや。 
 「たとえ どんなに 僕がつらくても シルクの ドレスを 着せてあげたい」 
 恋をすれば、こんな想いに胸が焦がれるではないか。 
 「ブルースーーっ!」と叫ぶ甲斐。自らも「ベイビー ビーマイ フリーダム」 と歌う。蘭丸のギターの音が伸びて、曲のエンディング。甲斐は片手で傾けた マイクスタンドを支え、もう片方の手を上げて、彼方を指差す。オーディエンスの 拍手の嵐。ほんとうに1曲で全部さらって行ったなあ。 
 ところが、曲はそこで終わらなかった。音が絶えたと思った瞬間、劇的な キーボードが会場を射抜いたのだ。拍手をやめ、動くことさえできずに、ただただ ステージを見まもる観衆。JAH-RAHの太いドラムス。ふたたび蘭丸のギターが うなる。甲斐はあのせつない想いを、もういちどゆっくり歌い上げる。 ああ、最後のこれもやってくれるとは! 
 「マドモアゼル ブルース」の全てのサウンドが終わると同時に、派手なリズム が弾けた。またファンが燃え立つ。「ダッ ダッ ダダダッ」と 跳ねるこのイントロ、たしかに聴き覚えがあるが、 なかなかどの曲かわからない。 
 「グッドナイトベイビー」 
 すごい骨太な音になってる。特にJAH-RAHのドラムがすごい。これほど までに盛りあがる曲だったとは。甲斐がまたマイクスタンドを持って、よく動く! 蘭丸は身体を上下に揺すりながらのプレイだ。コーラスにも加わっている。 「涙に ぬれた 冷たい 頬を ふいて あげよう」という、レコードでは聴け なかったオリジナル通りの歌詞も登場。 
 初めて生で聴く「グッドナイトベイビー」、思いきり楽しんだ。

 ドラムの入りで、僕は「おおーっ!」と叫んで狂喜した。すぐに手拍子。ギターの 三連打がたたみ掛け、あちこちから歓声があがる。この曲だと気づいたのだ。 
 「ウォウウォウウォウウォウウォウウォウウォウウォウウォーっ!」 腹からありったけの声を放つ。 
 甲斐がマイクスタンドを横に蹴上げて廻す。歓声が飛ぶ。 
 「絶対・愛」 
 甲斐はマイクスタンドの前。腕を振り、その場で歩くような動きをして見せ、 「HEY!」で拳を挙げる。蘭丸も拳だ。もちろん俺たちも、久々の「絶対・愛」の拳 を突き上げ、叫ぶ。渾身の力を込めて。 
 一度蘭丸のギターで「絶対・愛」を聴いてみたいと、長いこと願っていた。それ が実現したのだ。見ろ、期待通りにすごいやんけ! 
 今回も、「悲しみにー 溺れ死ぬのはいやだーぜー」と、ライヴヴァージョンの 歌い方。 
 後奏も激しい。FIVEヴァージョンより凶暴。大音量のかたまりが飛び交って いる。その中で手を打ち、頭を振る。甲斐も動いてる。バンドも攻めている。甲斐が また「ウォウウォウウォーオーっ!」と吼える。その勢いで、最後の「絶対愛!」に なだれ込んだ。

 この熱気に向かって蘭丸が投げつけたフレーズは、 なんと「ブライトン ロック」! 
 いつ聴いてもものすごい前奏。キーボードが恐いほどの迫力で、戦慄の世界を 描き出す。 
 そこへ甲斐のヴォーカルだ!オーディエンスも声をかぎりに。 
 「絶対・愛」に「ブライトン ロック」を続けるなんてすごいこと、考えも しなかった。「ブライトン ロック」を後半盛りあがりの場面で歌うこと自体、初めて のことやろう。「ROCKUMENT IV」 をのぞけば、いつも1曲目かアンコール で歌われてきた曲だ。もちろんAXは最高潮!僕にはそのうえ、特に大好きな歌が続い た感激も加わっていた。ああ、ほんまにうれしい!そして、甲斐たちも最高に 楽しそうにプレイしている! 
 今日は1番2番ともに、「おまーえは俺を売りー」と歌う。 
 そして、「My name is KAI」 では歌われなかった、「ブライトン ロック、答はどこだ」を繰り返す。これにも 燃えたぞ。 
 曲が果て、大歓声。「甲斐ーっ!」の声が降り注ぐ。

 甲斐はアコースティックギター。最初の音が湧きあがる。 
 「風の中の火のように」 
 手を打って、甲斐といっしょに歌う。そうしながら歌詞の意味をかみしめる。 
 「ララーラーラ ララーラーラ ララーラーラ ララーラーラ  ララーラーラ ララーラーラーアーっ」と叫ぶと、甲斐はギターに打ち込む。マイク スタンドに戻って「ウォーイェー!」と叫ぶことはない。 
 ラストは「火のーようにーーー」と繰り返す。いつもは「火のーーーーっ」と 叫んで切るところも、そう歌う。ステージは赤一色になっている。この歌にはその詞の とおり、火の照明こそがふさわしい。

 「サンキュー!」と、甲斐が声援に応える。 
 「今夜の最後の曲になりました」

 「ウー ウー ウー」という澄み切った高い音。それで全てがわかる。初めて 蘭丸と組んだこのステージ、「レイン」がその最後を飾るのだ。 
 聴き入ろうとしていた観客に、甲斐が手拍子を要求する。それで、たくましい 「レイン」になる。 
 打ち込みの高音の連打が、やけに胸に響く。「Call my name」で、 拳を挙げる。「あたためることは」とうたった甲斐が、マイクから口をはなし、 オーディエンスが「できはしなーいー」とうたう。そこにまた甲斐がうたを重ねる。 
 蘭丸の間奏。ずいぶん前のインタビューで「レイン」を「いい歌だ」と 言っていたことが、不意に浮かんできた。今夜もその想いで弾いているのだろう。 
 甲斐はいちばん最後の「照らす」だけを、タイミングを遅らせ、低く下げて うたった。

 歓声を浴びて、バンドと甲斐が去る。 
 アンコールの手拍子。僕は何度も「甲斐ーっ!」と叫ぶ。前半静かなバラードに 耳を傾けていたとは思えないほど、汗が出てくる。すごい本編やったなあ。アンコール への期待で胸がふくらむ。

 白く照らされたステージに、メンバーが帰ってくる。自分の名前を呼ぶ声に、 甲斐が「サンキュー!」と応える。 
 アンコールは蘭丸から始まった。リズムを取りながら鳴らしたギターが、ファン に歓喜の叫びをあげさせる。 
 「ジャンキーズ ロックンロール」! 
 オーディエンスの視線を一身に受け、甲斐がステージを動きまわる。左右の端 にもやって来て歌う。センターステージにも出ていくぞ。客席へマイクを向ける。 「ジャーンキーズロクン,ジャーンキーズロクンロール」の大合唱だ。 
 前野の両手が鍵盤を端まですべって、楽しいロックンロールのピアノを激しく 叩き出す。大騒ぎのうちに2番も終わる。と、そこでJAH-RAHのドラムが 変わった。新しい歓声の数々。メドレーへの突入だ! 
 「3秒間で惚れたのさ お前と出会ったその時」 
 「どっちみち俺のもの」や! 
 甲斐が蘭丸を前へうながす。ベースのノリオも前へ出る。ステージの右奥からは 何度も華麗なあのピアノ。高音連打の波も寄せ来る。JAH-RAHのビートは あくまで太い。 
 2番が終わると、長い間奏。曲の色が変わる度に歓声があがる。「ランデヴー」 かと思える音も飛び出した。僕は興奮し、手を打って、よろこびの声をあげる。 めっちゃ楽しい! 
 「いーたみをやわらげーる」と歌った甲斐が、続くビートの二連打で空を打つ 動作。 
 今度は「夜にもつれて」だ! 
 「真夜中のむーこうがーわ」と表の拍子で歌うライヴヴァージョン。あけすけ で開放的に聴かせる。 
 狂乱のロックンロールメドレーがひとまわり。ふたたび「ジャーンキーズ  ロックンロール」につながっていく。 
 甲斐とともに「ジャーンキーズロクン,ジャーンキーズロクンロール」と 歌ったり、「ジャーン,ジャン,ジャーンキーズロクンロール」と歌ったり。そのうち 甲斐はバックに合図して演奏をとめ、オーディエンスの歌声だけが場内にこだまする。 そして、ビートがよみがえり、もう一度楽曲に乗せて大合唱。 
 ついにメドレーも終焉を迎える。甲斐が跳び上がって拳を繰り出し、 フィニッシュを決めた。

 2度目のメンバー紹介をはさんで、次なる曲へ。 
 重量感のあるドラムの連打。それに合わせて身体が弾む。おお、なんという ことや!ここでこれを持ってくるとは!場内の熱気がさらに度を強めて渦巻いてくる。 甲斐がマイクスタンドを蹴り上げた! 
 「ダイナマイトが150屯」 
 「BEATNIK TOUR 2001」 で歌った曲のうち、権利の関係で唯一、ライヴCD「THE BATTLE OF  NHK HALL」に収録できなかった。その復讐戦という意味もあるのだろうか。 いや、何より甲斐は、蘭丸と、このメンバーと、「ダイナマイト」がやりたかったん やろう。 
 甲斐のアクションが強力。縦に蹴り上げられて弧を描くマイクスタンドを見つめ て下で受けとめ、そのまま横に廻し、さらに頭の上で振り廻してから、こちらに背を 向けた体勢で両手で持ったスタンドを上下させる。この一連の動きを、ビートに乗って ステップを踏みながら。後奏でぐるぐる廻すのも、もちろんありや。

 客席に応えてから、甲斐たちが左のソデへ入っていく。 
 激しい曲の後やから、甲斐を呼ぶ客の熱気もひときわすごい。強い手拍子が 続く。 
 それにしても、ほんまに強烈なアンコールやったなあ。こんなに盛りあげる曲 ばかり連発したアンコールは、記憶にないぞ。ロックンロールメドレーの後に 「ダイナマイト」とはなあ。

 メンバーが入ってくる。客席に手を振って。 
 最後に現れた甲斐が、マイクスタンドの前に立つ。 
 「これは、何らかの形で画として出るでしょう」 
 そう告げられ、みんなよろこんで拍手。 
 甲斐は言葉を続ける。 
 「今夜は来てくれて、感謝してるよ。サンキュー。ありがとう」 
 「そのとき歌いたい歌を、旬のテイストでやる。それがROCKUMENT」

 静かな音。悲しく痛いキーボードが入る。壮大な、凄絶な、バラード。 
 「冷たい愛情」 
 アコースティックギターを弾いて、甲斐がうたう。その声を聴き、響きを感じ、 詞に打たれる。 
 「孤独な 砂漠を道ゆく 兵士のようだった」 
 一語だけ変えられた詞。うたの狭間から社会がかすめる。 
 3番はライヴヴァージョンの詞で。「空は満天の星」と二度うたった。そして、 最後に甲斐が吼える。 
 「おーーれと お前の愛は 生まれ変わることなく 夜の 輝きの中  冷たく落ちて ゆく」 
 孤独で気高いサックス。前野のプレイだ。それに交わる蘭丸のギター。後奏も 圧倒的だ。 
 「ウォーーーー」 
 甲斐が声をあげる。 
 やがて、音楽が消えてゆく。その最後の瞬間、甲斐はギターを見つめ、 ピックを入れた。

 メンバーが前に並ぶ。甲斐はまだ魅入られたような目をしてる。全員で肩を 組んで、おじぎをする。オーディエンスの歓声と「甲斐ーっ!」の叫び。JAH- RAHはスティックを2本とも投げ入れた。 
 僕も何度も「甲斐ーっ!」と叫ぶ。いちばん最後に甲斐が左ソデへ帰って行く ときにも。こういうとき、甲斐は決して振り返らない。わかってる。でも、 叫ばずにはいられないのだ。

 悲しげなオペラ調の音楽。のびゆく女性の歌声。終了後のBGMも、これまでの ROCKUMENTとおんなじや。 
 感慨を胸に、センターステージの方へ行ってみる。思ったより横に長い ステージの周りに、柵があった。柵とステージの間をスタッフやカメラマンが 通れるようになっている。

 ステージの様子を目に焼き付けてから、ロビーへ向かう。出口のそばには、 花が飾られていた。ダウンタウンや、「セイ!ヤング21」などの番組関連、白山眼鏡 など。 
 グッズは大阪でと思っていたが、今日買うことにする。めっちゃ汗かいたのに 着換えのTシャツを忘れてきてたのだ。 
 2002年のカレンダーも買う。全ての写真が展示されてたけど、それは見ない ようにする。毎月どんな写真が見られるのか、楽しみにとっておくために。 
 Tシャツは黄色いメッセージTにした。開演前にスタッフが着てるのを見た 黒Tシャツは、蘭丸Tではなく、甲斐Tやった。髪を逆立たせた写真やったから、遠く からではわからなかった。

 今日のライヴを思い返す。めちゃめちゃよかったなあ! 
 「CRY」「絶対・愛」「ブライトン ロック」「ダイナマイトが150屯」 「冷たい愛情」 
 こんなに大好きな曲たちが次々と聴けるなんて。「翼あるもの」に入ってる カヴァーも、初めて生で体験できたし。FIVEの名曲も歌ってくれた。 
 甲斐のライヴさえ見られれば、他の趣味はどうでもいい!というあの感覚に、 また襲われた。そして、この楽しみのために、普段は仕事がんばろう、と思うのだ。 
 センターステージへ走る。マイクスタンドを後ろ向きに置いて、ステージの奥に 向かって歌う。間奏でドラムスの前へ行き、左の肩越しに振り返って、蘭丸のプレイを 見る。さまざまなシーンが浮かんでくる。 
 ああ、照明が思い出せない。そのときどきはめっちゃいいと感じてるのに、 終わってみると頭に残ってない。けれど、赤がいちばん強烈だったことは覚えてる。 
 キーボードがこんなに強い楽器だということを、初めて思い知らされた。 
 テロや戦争に対するコメントはなかった。しかし、1・2曲目の選曲を 見ればわかる。甲斐がよく言うように、ライヴそのものがメッセージなのだ。

 ROCKUMENTは進化している。確実に。 
 IVまではアレンジを一新したナンバーが、かなり多かった。もちろんそれも 楽しみやってんけど、甲斐はハードな作業だと言ってた。今回アレンジが大きく 変わったのは、「CRY」と「THANK YOU」の2曲。そのままで歌いたい ときは、そのままで行く!ということやろう。もちろん、どの曲にも今の息吹きを 込めることは忘れていない。甲斐は「ある意味では盛りあがらないライヴになる」 なんてツアー前に言ってたけど、とんでもない。めちゃめちゃ盛りあがったっちゅう ねん!甲斐がそんなふうに言うときは、その実すごいラインアップが待っているという ことだ。ファンは知っている。 
 今夜の甲斐は最高に楽しそうやった。本当にこのメンバーでやりたかったん やろうなあ。念願のメンバーで、自分のやりたいことをやって、心からうれしいって いう表情をしてた。そんな甲斐が見られて、俺らもめっちゃうれしい。

 かつてジョージが言ったセリフで、甲斐が「その通りだ」とうなずいてた言葉が ある。 
 「ゲストを呼ぶ必要がなくなった時が、本当のROCKUMENTだ」 
 「ROCKUMENT V」は、その境地に達している。

 

2001年11月23日 渋谷AX

 

OH MY LOVE 
レッド スター 
CRY 
恋のバカンス 
against the wind 
嵐の明日 
THANK YOU 
テレフォン ノイローゼ 
やせた女のブルース 
安奈 
マドモアゼル ブルース 
グッドナイトベイビー 
絶対・愛 
ブライトン ロック 
風の中の火のように 
レイン

 

ジャンキーズ ロックンロール 
~どっちみち俺のもの 
~夜にもつれて 
~ジャンキーズ ロックンロール 
ダイナマイトが150屯

 

冷たい愛情