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泣くな、ジョニー! -千葉ロッテ17連敗の夜-

オリックスVSロッテ 1998年7月7日(火) グリーンスタジアム神戸
 

 歴史的な試合だ。千葉ロッテは、この試合の前まで引き分け1をはさんで16連敗。 今日負ければ、プロ野球新記録の17連敗。果たして、阻止できるのか? 
 今のロッテは、決して嫌いなチームではない。 キャプテンのフランコは、球界一、二を争う闘志あふれるプレイヤーだ。 ロッテが勝ってもよし、負けても新記録が見られる、というくらいの気持ちでいた。

 

 球場に着くと、やはりロッテ応援団に気合いが入っている。 「どんなときも 俺たちがついてるぜーっ」という歌が今日ほど重みを感じさせることがあっただろうか。 
 期待を背負っての先発は黒木。連敗中、抑えに失敗していたが、完投能力充分の投手。 ストッパー失敗は黒木のミスというより、河本・成本の強力ストッパーコンビの故障が響いた形だろう。 グリーンスタジアムのDJに、愛称の「ジョニー黒木」で紹介された黒木は、この球場が似合いそうだ。

 

 ロッテがどん底状態なのにもかかわらず、スコアボードから異様な雰囲気を漂わせているのは、オリックスの方だった。 
 異形のオーダーと言ってもいいだろう。田口がセカンドを守っている。レフトはプリアム。 大島がサードにまわり、キャッチャーは若い日高。内・外野とも完璧だった日本一チーム・ブルーウェーブ、見る影もなし。 本西、馬場、中嶋らの退団が裏目に出ている。 
 しかし、僕は今夜オリックスを応援することに決めた。ピッチャーが木田だったからだ。

 

 試合開始。僕はセンター左に席をとった。 
 グリーンスタジアムの外野とグラウンドは近い。 「小坂ーっ、走れーっ!」「ジョニーーッ!行けーっ!」というレフトスタンドの声は、選手に聞こえているだろう。

 

 3回表。チャンスに福浦がレフトフライ。タッチアップの福澤が倒れ込むように気迫のヘッドスライデイングでホームイン。 ロッテ先制。フランコもライトフェンス直撃の2塁打で2点目。

 

 4回裏。イチロー技ありのレフト線2塁打などで、無死2、3塁。しかし、ジョニー黒木は、ニール、谷からストレートで連続三振を奪う。 気合い充分。しかし、ツーアウトから痛恨のワイルドピッチ。1点差。

 

 6回表。5回終了後の花火打ち上げが終わった途端、キャリオンがレフトスタンドへ花火。3-1。

 

 9回表。いつもは、外野でキャッチボールしたボールを最終回にイチローがライトスタンドへ投げ入れる。 でも、それがなかった。負けているせいか。田口とのコンビでないからか、背面キャッチもしてくれへんし。 パも審判4人制になって、線審がファールボールを子供にあげることもなくなってしまった。 どうも、2、3年前よりもグリーンスタジアムの魅力が減ってきてる気がするぞ。 
 ロッテは14安打放ちながら、結局3得点のまま最後の守備へ。 フランコ初芝、平井に守備固めが送られる。みんなそんなに守り悪くないのに。 フランコのグラブさばきなんて見事なのだ。にもかかわらず交代したのは、故障のせいらしい。 やはり、チーム事情は悪いのだ。

 

 9回裏。ジョニー黒木は、ここまで2安打に封じる最高のピッチング。 
 先頭のイチローを三振に切って取る。ワンアウト。これで大丈夫だろう。 
 しかし、ニールがヒット。1死1塁から、谷は簡単にファーストファールフライを打ち上げる。谷にはまだ5番は無理に思える。 
 2死1塁となって、バッター、プリアム。あと1人。黒木は相変わらずストレートをずばずば投げ込んで行く。 ツーストライク。あと1球。プリアムはファールを打つのがやっとだ。1球外す。簡単に三振が取れそうや・・・ 
 ところが、次の球をプリアムが気持ちよくスイング。大飛球。 切れるかどうかの問題だった。レフトポール際、まさかの同点2ラン。 
 黒木はマウンドにへたり込んでしまった。動けない。 連敗脱出まであと1球というところまで快投を続け、力尽きたのだ。 次のピッチャーがマウンドにやって来て、黒木はようやく重い足取りで3塁ベンチに向かいはじめた。 ロッテ応援団から、盛んにジョニーコールが起きる。 
 そのときだった。グリーンスタジアムのDJが、「黒木投手、ナイスピッチ」と言ったのだ! やっぱり、グリーンスタジアムは素晴らしい!敵チームであっても、いいプレイ、いい選手は認めるべきだ。 日本の野球ファンに欠けているのがそれなのだ。球場全体から黒木への拍手。 
 黒木には泣けた。僕はレフトのロッテ応援団そばまで移動した。 木田が降りたときから、内心ロッテを応援していたが、この感動で完全にロッテびいきになった。 
 泣くな黒木!ほんとうにいいピッチングやったぞ。

 

 延長戦。守備の人ばかりが並んだロッテ打線には、もはや1点も取る力はなかった。リードできないのだから、抑え登板覚悟でブルペンに立つ気力を見せたエース小宮山も使うわけにはいかない。 
 イチローは12回表が始まるときに、スタンドへボールを投げ込んだ。 ライト線の打球を捕って1回転してサードへ送球するステップや、鋭い2安打(打率3割8分!) で今日もすごさを見せてくれた。

 

 12回裏。もう、ロッテの勝ちはない。あの近鉄の悲劇にもかかわらず、いまだに引き分け制度があるのは、パリーグの怠慢である。 134勝1敗のチームよりも1勝134分けのチームの方が上位に来るばかげたやり方だ。 ファンをなめている。 
 ヒット、パスボール、エラーで無死2、3塁。こうなれば当然敬遠策。無死満塁。 左ピッチャーなので右の代打が出てくる。デカやろうと思ったが、なんとダイエーから移籍していた藤本やった。 
 貴重なもんが見られると思ったが、ピッチャーが右に変わると、あっさり代打の代打を出されてしまった。 
 広永。打ち上げた打球はライト後方へ。あー、タッチアップでサヨナラや。ロッテが負けてしまう。 
 しかし、もっと残酷な結末が待っていた。意外に伸びたボールは、ライトスタンドに舞い落ちたのだ。 
 あまりにも痛々しい。この試合、ファイトを見せていたセンター堀がゆっくりとゆっくりとベンチに向け、歩いていく。 代打満塁サヨナラホームランなんて初めて見たけど、そんな興奮はなかった。 
 この幕切れにも、ロッテ応援団は選手に声援を送り続けた。もう1回ジョニーコールの大合唱。 この応援団も、勝利への闘志を見せ続けたチームも素晴らしい。 
 確かにロッテは史上最悪の17連敗を喫した。だが、決して情けないチームではない。 これから何かにつけこの記録が話題にのぼるだろうが、この日のロッテのGUTSは最高だったと僕が保証します。 黒木をはじめマリーンズナインにはほんとうに感動させられた。 
 いつか、マリンスタジアムに応援に行きたい。 そのときもまた、いい試合を見せてくれよ!

 

 

 

 M









 0


 3
BW









 0

4x
 7x
 
 

勝 鈴木(3勝3S) 敗 藤田(2勝4敗3S)  
キャリオン8号 プリアム11号2ラン 広永1号満塁
 

 

 

MVP 黒木(M) 
優秀選手 プリアム(BW) イチロー(BW) 広永(BW) 堀(M) 福澤(M) 
ファインプレー 松本(M) 小川(BW)
 

1999年 春のセンバツ

MVP  比嘉 公也(沖縄尚学

 

ベストナイン

 

投手   比嘉   公也   (沖縄尚学)   3
捕手   池内   大輔   (今治西)   2
一塁手   杉山   勝悟   (静岡)   2
二塁手   具志堅   偉乃   (沖縄尚学)   3
三塁手   荷川取   秀明   (沖縄尚学)   3
遊撃手   比嘉   寿光   (沖縄尚学)   3
外野手   覚前   昌也   (PL学園)   3
   加藤   光弘   (海星)   3
   新垣   雄之   (沖縄尚学)   2

 

ベストチーム  沖縄尚学(沖縄)

ベスト監督  金城 孝夫(沖縄尚学

ベストゲーム  準決勝 沖縄尚学(沖縄) 8-6(延長12回) PL学園(大阪)

ベストプレー  準決勝 沖縄尚学 VS PL学園 9回裏2死3塁 サヨナラのピンチで 比嘉公也投手が覚前選手と勝負し、ショートゴロに打ち取る

ベスト応援団  高田(奈良)

 沖縄に悲願の優勝旗が初めて渡った歴史的な大会。また、準決勝の沖縄尚学-PL 学園戦は、高校野球の醍醐味を堪能させてくれた、球史に語りつがれるべき名勝負であった。 
 優勝候補がすんなり行ってしまうのかとも思えたが、番狂わせもあり、1戦ごとに 力をつけた好チームが活躍した。 
 延長戦7試合は過去最多。沖縄尚学のトリプルスチールは史上2度目。 
 村西(比叡山)、川原(峰山)という大会を代表する投手が初戦で姿を消してしまった。 ベストナイン以外の野手では、決勝で気を吐いた助川(水戸商)が印象的。

 


 

 

 

決勝 沖縄の悲願、成就! の日

 

 

 

沖縄尚学(沖縄) 7-2 水戸商(茨城)

 

 試合開始2時間以上前に甲子園に着いたが、沖縄尚学の1塁側アルプス席券売場 にはすでに長蛇の列ができていた。沖縄悲願の初優勝への思い入れが伝わってくる。
 決勝戦ならではの打撃練習をながめつつ、試合開始を待つ。すでにビールを飲んで 気合いを入れている人も多い。

 

 沖縄尚学の先発は照屋。昨日のPL戦で200球以上投げた比嘉公也は、やはり 投げられないようだ。照屋投手は好投してくれるだろうか。打線は水戸商エース三橋の 下手投げからの軟投にかわされないだろうか。PLとの死闘に気迫で勝った沖縄尚学ナイン を信じたい。

 

 先攻は水戸商。子どもによる始球式が終わって、プレーボール。1番好打者の助川 が、いきなり照屋の初球を弾き返す。やられた。右中間を破ると思われたライナーはしかし、 センター松堂が右へ走って好捕。抜けていれば立ち上がりからいやなピンチだった。 このファインプレーは大きい。松堂は、1回戦村西投手に苦しめられた比叡山戦で、相手 捕手のタッチをくぐり抜けてホームインした選手である。ポイントとなる場面でラッキーボーイ の働きをしている。 
 しかし、照屋はコントロールが定まらず、1死1・2塁のピンチを招く。打席には今大会 ホームランも打っている4番小林。ここで照屋は、自慢のカーブで小林を空振りの三振に 仕留める。強打者小林がまったくタイミングが合っていなかった。このカーブは有効だ。 照屋は次打者に四球を与えて2死満塁とするも、再びカーブで三振を奪い、ピンチを 脱した。

 

 ところが2回表、沖縄尚学はまたも守備の乱れからピンチに立たされる。ショート 比嘉寿光のエラーで先頭打者を生かし、そこから1死1・3塁に。この場面で、1番助川は 1塁前へスクイズ。ファーストが捕り、ホームはアウトのタイミングだった。が、バックホーム までに一瞬の躊躇があり、ホームはセーフ。水戸商が1点先制。さらに2番松本の当たりが 一塁手手前でイレギュラー。はじいたのを見て2塁走者が一気に3塁をまわる。セカンド 具志堅がバックアップにまわっており、これも殺せるタイミングだった。しかし、具志堅は ボールが手につかない。その間にランナーホームイン。2点目。 
 次の打者を併殺に打ち取り、 この回何とか2点でとめたものの、1塁側アルプスに不安がひろがる。PL戦で力を出し 尽くしてしまったのではないかと。対照的に盛りあがる3塁側水戸商応援団。 考えてみれば、今大会沖縄尚学がリードを許したのは初めてのことだ。 ここまで4試合、すべて接戦だったが、追いつかれたことはあってもリードされたことは 1度もなかった。不意にそのことに気がついて、僕はさらに不安になってしまった。

 

 しかし、そんな杞憂はあっという間に吹き飛んだ。2回裏先頭のキャプテン比嘉寿光弾丸ライナーで左中間を破ったのだ。守備でミスすれば、バットで返せばいい。これが 沖縄尚学の野球だ。無死2塁。5番松堂は死球で、無死1・2塁。送りバント失敗があった ものの、7番有銘がライト前へタイムリー!1点差。ここで早くも代打新垣雄之が登場。 準々決勝の市川戦では、スタメン3番に起用された左打者だ。新垣雄の当たりは強烈だった が、好守に阻まれセカンドゴロに。しかし、この間に1点追加。同点だ!アルプスだけでは おさまりきれず外野や1塁内野席にまであふれた沖縄大応援団が息をふきかえす。

 

 すぐに同点にしてくれた味方打線に勇気づけられてか、照屋は完全に立ち直った。 もう四球も出さない。リズムが出てきた。

 

 2-2のまま迎えた5回裏、沖縄尚学の攻撃。先頭の7番有銘がセンター前ヒット。 続くバッターは、代打からライトに入っていた新垣雄之。きっちり送ってくると思ったが、金城 監督の作戦はヒッティング。強攻した新垣雄の低いライナーは右中間をゴロで破る勝ち越し タイムリ三塁打!痛烈な当たりだった。3-2。 
 1死後、1番荷川取がセンターへ犠牲 フライを打ち上げて、4-2。2点差。1塁側が大いに沸く。 
 この回の得点は2点どまりだった が、この後具志堅、津嘉山が連続してセンターへ痛烈なライナーのヒットを叩き出し、三橋 投手を完璧に捉えている。「なんぼでも打てるよおっ!」確信した僕は、ブラスバンドの演奏 がもはや聞き取れない大騒ぎのアルプスからそう叫んだ。

 

 2点リードしたところでグラウンド整備。いい流れや。全くの沖縄尚学ペース。

 

 さらに6回裏。 1死2塁から、またも新垣雄がレフトオーバーのタイムリ二塁打。5-2と3点差。 沖縄尚学の勢いは止まらない。

 

 7回裏。1死から4番比嘉寿光が3塁線を破り、今日2本目の二塁打。牽制悪送球 で3塁へ進んだところで、5番松堂がライトフライ。これも犠牲フライとなって、6-2。 4点差。行ける!これでだいじょうぶや。優勝まちがいなし。1塁側はまた総立ちで大盛り あがり。 
 その真っ直中のことだ。続く6番浜田が初球を叩く。ボールは弧を描いてレフトフェンス を越えた。ホームラン!歓喜のかたまりが爆発する。こんな最高のタイミングで出たホームラン があっただろうか。まさに、優勝に華を添えるホームランだ。もうわけがわからないくらいの 大騒ぎ。それまで「タッチアップ!タッチアップ!」「まわれ、まわれえっ!」「行けーっ!」 「何点でも取れるよおーっ!」「勝てるぞおっ!」などと叫んでいた僕は、想像する間もなく 飛び出した夢のようなホームランの中、ただただ「やったーっ!やったあーっ!」と繰り返し、 その場でジャンプし続けた。感激で泣けてくる。そこへビールのシャワーが降ってくる。チェンジ になるとウェーブが起こる。これ以上のことがあるか。

 

 8回表。水戸商の打球はすべて、ショートのキャプテン比嘉寿光のところへ。テンポ よく三者凡退や。

 

 8回裏から水戸商のマウンドには安達が上がった。三橋投手は今日で3連投。 よく投げた。決勝進出の立て役者だ。2死から荷川取が打った右中間への大飛球を、この回 からライトに入った磯崎がファインプレー。ランニングキャッチした後倒れ込んで転がったが、 ボールは放さない。もともと背番号9をつけている選手だ。水戸商も最後まですばらしい。 このプレーに、1塁側からも盛んな拍手。これが高校野球のいいところだ。

 

 9回表。6番宇野の当たりはショートゴロ。キャプテン比嘉寿光が捌いてワンアウト! わき上がる歓声。 
 7番キャプテン外山の代打、根本裕はセンター前に落とし、1死1塁。 
 でも、大丈夫だ。続く代打、根本智はセカンドとライトの間に打ち上げる。セカンド具志堅が バックして捕った。ツーアウト! 
 あとひとりや。1塁側の僕らは立ち上がって「テルヤ」コール を続けている。中盤からブルペンでピッチングをしていた比嘉公也もベンチへ向かう。 最後の1人くらいは投げさせるのかと思っていたが、金城監督は動かない。今日好投の 照屋に任せるのだ。7-2。5点差、2死1塁。9番石田の打球はセンターへ。一瞬越されるか と思ったが、松堂が追いつき、そのグラブに白球が収まる。やったああああああっ!!! 沖縄県勢初の優勝や!!!沖縄の悲願、達成!!!この日をどれだけ待ち望んでいた ことか。この目で見ることができた。ついに、ついにやった!!!この現場にいられて 最高にしあわせや。ほんとうにうれしい。この瞬間を体験できた!!! 
 沖縄尚学高校、優勝。 君たちを誇りに思う。ありがとうと声をかけたい。おめでとうではなく。こんな思いをさせて もらって、心から感謝します。ありがとう!!! 
 最初と最後は松堂の好プレーやったなあ。 頭の片隅にそんなことを浮かべながら、叫び、拍手し、万歳をしてよろこびを体現する。 歓喜の中で、またビールのシャワーだ。そこここで缶ビールを思い切り振って、フタを開けて いる。頭も服も鞄も靴もビールで濡れる。それがまたうれしい。よろこびでいっぱいだ。 歓声と拍手と指笛と一体だ。甲子園に、今大会5度目の沖縄尚学校歌が流れる。

 

 

 

那覇を見渡す 祝嶺森に 
聳ゆる甍は 吾等が母校 
聳ゆる甍は 吾等が母校

 
 みんなの感情が先走ってうまく歌と合わない手拍子をしながら、感動の涙があふれて きた。もう来ないのかと思っていた沖縄悲願達成の日が来たんや。そりゃあ、泣けてくる。 
 アルプスに走って挨拶に来たナインを迎え、心から最大の拍手を贈る。もう何十年も 沖縄代表の試合に駆けつけては応援し続けた、あの名物おじさんがみんなの手で胴上げ されている。このおじさんへの感謝は、これだけでは表現しきれない。だが、おじさんにとって は最高の時だろう。どんなにうれしいことだろう。 
 歓喜の大ウェーブがわき起こる。1塁アルプススタンドから外野へ、バックスクリーン までつながって行く。何度も何度も波が押し寄せる。みんなが嬉々として加わっている。 ウェーブは次第にひろがる。1塁内野席から、アルプス、ライト、センター、レフトまで。 収まることはない。かぞえ切れないウェーブが生まれる。バックネット裏の観客たちも参加 してくれた!これは感激やった。中立の高校野球ファン、しぶく玄人っぽい人たちまで 沖縄の優勝を祝福してくれている。波はやがて3塁内野席へも。そして、3塁アルプス水戸商 応援団もウェーブしてくれた。それを見て1塁側から大拍手と歓声、指笛の音。甲子園球場 のスタンドを、ウェーブがとまらない。何周も何周も。こんな決勝戦も記憶にない。果てしなく 続きそうな大ウェーブも、表彰の準備が整い両校選手が整列し始めると、きちんとやんだ。 そして、球場じゅうからの手拍子のなか、閉会式が始まる。

 高野連会長が、講評を述べる。恒例の「印象に残った試合」に、沖縄尚学の全試合 が挙げられた。「沖縄県勢の技と気力を充分に発揮」と、堂々の優勝を讃えてくれた。 
 「優勝旗や、優勝旗。あれを沖縄へ持って還るんやあ」とため息がもれる。紫紺の 大旗が比嘉寿光主将に手渡される瞬間をしっかりと見た。信じられないほどのよろこび。 
 主催者による閉会の挨拶。「球史に残る大会で優勝旗を手渡せて、主催者として 冥利に尽きます」という言葉を沖縄初優勝にかけてもらった。

 

 手拍子の中、両校選手が場内を一周。連日の応援で、もう手が痛い。が、こんなに うれしい痛みはない。閉会式が終わり、1塁ベンチ前で記念写真に収まる沖縄尚学ナインの 姿をながめながら帰路についた。球場の外では沖縄民謡を唄い、踊る人たちが尽きなかった。  

 

 

 

水戸商  020000000  2
沖尚学  02002120X  7

 

 

 


  

 

 

準決勝 強豪に向かって行く勇気 の日

  

 

 

沖縄尚学(沖縄) 8-6(延長12回) PL学園(大阪)

 

 沖縄悲願の初優勝を目指す沖縄尚学がついにPL学園と激突。今年のPLは 走攻守投のうち、比較的投手力が弱い。ある程度は打てるはず。 問題は、あの強力打線をどうやって抑えるかだ。何とか守って接戦に持ち込みたい。 
 沖縄尚学が先攻。1番荷川取、4番比嘉寿の打順に戻している。 PLの先発は予想どおり2番手の西野。決勝をにらんでの起用だ。

 

 1回表。PL打線のことを考えると、初回から点を取っておきたい沖縄尚学。2番 具志堅が四球。3番に戻った津嘉山、4番比嘉寿の連打で先制点!しかも、5番に上がった 松堂がスクイズを決めて2点目。これは打てる!PLの猛打さえ凌げれば。

 

 1回裏。守りにつくと、PL打線はやはり恐い。何点でも取られてしまいそうな迫力だ。 しかし、1死1・2塁のピンチを無失点で切り抜けた。

 

 2回表。相手投手の制球難から1死2・3塁のチャンスを得るも、無得点。PL相手に 2点ではこころもとない。

 

 2回裏。2つのエラーにフィルダースチョイスもあって、2死満塁のピンチ。ここで 2番足立が、それまでタイミングの合っていなかったカーブをうまく流し打って、レフト前 タイムリー。PL、1点を返す。 
 さらに2死満塁のピンチが続くも、比嘉公投手が3番覚前を ピッチャーゴロに打ち取る。 
 守備が乱れて点を失い、思いっ切り押されていたが、よく 踏ん張った。弱気になると一気につけこまれる場面だったが、勇気をもって攻めの ピッチングをしている。

 

 3回。沖縄尚学クリーンアップは三者凡退に抑えられ、その裏PLの攻撃もツーアウト。 試合が落ち着きはじめるかと思われたが、そこから満塁のピンチに。点こそ取られなかった が、PL打線は息をつけない。

 

 4回表。2死1・2塁から荷川取のタイムリーで3-1。続く具志堅にこの回3つめの 四球を与えたところで、PLは投手交代。エース植山が登場。決勝進出へ、これ以上点は やれないということだ。津嘉山のファールフライを、レフトの俊足・田中一徳がおさえて チェンジ。さすがの守備だ。植山もきっちり仕事を果たした。

 

 4回裏。ツーアウトランナーなし。やっと初めて三者凡退が奪えるかと思いきや、 3番覚前・4番七野の連続二塁打が出て、3-2。またも1点差に。

 

 5回。沖縄尚学は、植山の前に三者凡退。その裏PLは、3安打でまたも2死満塁 のチャンス。しかし、ここでも比嘉公投手が無失点で切り抜ける。 
 沖縄尚学1点リードのまま 前半戦が終わる。グラウンド整備の中、甲子園の雰囲気が変わりはじめているのに 気づいた。下馬評は圧倒的にPL有利。だれが考えてもそうだろう。実際、PLは毎回ランナー を2人以上出して押しまくっている。けれども、なかなか追いつけない。球場全体に「もしか したら」の空気が流れている。PLナインもあせりはじめているのではないか。

 

 6回表。沖縄尚学の1塁側アルプスが沸く。かつての名物おじさんが、立ち上がって 応援をしはじめたのだ。ブラスバンドに合わせて腕を振り、観客の手拍子をうながす。 沖縄代表のアルプスにいわゆる応援団長はいない。友情応援のチアガールとブラスバンドの ほかは、最前列に野球部員がいるだけだ。観客の方を向いて声を張り上げるリーダーは いない。その役目は、ずっとこのおじさんが果たしてきた。会社を辞めてまで、何十年も 毎試合沖縄代表校の応援に情熱をそそいでくれていたのだ。ところが、去年から 「高校生主体の応援」とやらを高野連が義務づけたため、姿が見えなくなっていたのだ。 どうしてはるんやろうと心配していたが、やっぱりちゃんと見ていてくれたんや。強豪相手の 熱戦に、我慢できなくなったのだろう。「我が心の故郷 沖縄」と染めぬかれたかつての 黒い法被ではなく、ブレザー姿だったが、みんなはおじさんのことをもちろんよく覚えていて、 大喜び!僕もめっちゃうれしかった。

 

 6回裏。PLはまたもランナーを出しながら、得点できず。ワンアウトを取るたびに 1塁側アルプスが沸き、流れはゆっくりと沖縄尚学に向きつつある。

 

 7回表の攻撃前に、おじさんが恒例の三々七拍子。途中で扇子を放り出しても 続けるいつものパフォーマンスだ。
 それに応えるかのように、沖縄尚学打線も植山投手を 捕らえはじめる。それまでもPLの好守に阻まれてはいたものの、いい当たりは多く出て おり、打てないとは思わなかった。四球と連打で1死満塁。1塁側アルプスは大声援で 沖縄尚学を後押しする。ものすごい盛りあがりだ。PLナインにはプレッシャーだろう。とても 地元で試合しているとは思えないはずだ。植山はコントロールを乱し、押し出しの四球。 4-2。 
 そして、なおも続く1死満塁のチャンスで有銘はスクイズ。PLバッテリーは外角遠く 低めに外す。飛びつきかけた有銘がバットを引く。そこへスタートを切っていた3走・比嘉寿 がそのまま走り込んでくる。捕手はタッチに行けない。ホームイン!記録はホームスチール だ。しかもその間に1・2塁の走者もそれぞれ進塁しており、何とトリプルスチールの成立! 5-2となった。

 

 3点差をつけ、7回裏PLの攻撃もツーアウトランナーなし。あと7人。このままいける かと思われた。しかし、ここでエラーが出てしまい、チェンジにならない。リズムが崩れたか、 比嘉公は次の1番田中一に四球を与え、2死1・2塁。続く2番足立の当たりは、内野と 外野の間へ落ちる。ラッキーなタイムリ二塁打となって、5-3。 
 なお2死2・3塁で、打席 には最も恐い3番覚前。今大会屈指の強打者である。2点差、7回。バッターを考えると、 ここは歩かしのケース。が、高校野球はちがう。こういう場面でも勝負!ということがしばしば あるのだ。ここでも沖縄尚学は敬遠策を取らず、真っ向勝負に出た。結果は、ライトへ 会心の2点タイムリー。同点である。5-5。 
 この試合、ついに初めてPLが追いついた。 さっきまでのムードは一変。沖縄尚学の健闘もここまでか。やはりPL強しという思いが 球場を包む。

 

 8回はおたがいに無得点。PLはまたもや1死2塁のチャンスを逃した。 
 9回表の 沖縄尚学も0点。「逆転のPL」という言葉が重くのしかかってくる。過去に何度もあったように 、PLのサヨナラ劇がまたも演じられるのか。伝統の力。

 

 9回裏。1死から田中一がヒット。最も恐いランナーを出してしまった。超のつく俊足、 走塁センスもすごい選手だ。走られる。それが恐かった。 
 しかし、ここでPLベンチのとった 作戦は、送りバント。助かった、と思った。いや、ちがう。ツーアウトにしてもいいというぐらい、 次の3番覚前が信頼されているのだ。それだけのバッターなのである。先程の打席でも 同点打を放っている。9回裏2死2塁。サヨナラのピンチ。 
 ここでも、沖縄尚学は敬遠せずに堂々と覚前に勝負を挑んだ。ところが、 この局面で痛いミスが出てしまった。ワイルドピッチ。ボールはそれほど転がらなかったが、 田中一は好判断で3塁を陥れた。2死3塁。今大会の沖縄尚学は暴投、捕逸が多く出て しまう。それが命取りとなるのか。もう、バッテリーミスは許されない。エラーでもサヨナラだ。 
 それでも、沖縄尚学は覚前と勝負する。9回裏に入ってから1塁側アルプスは、マウンドの 比嘉公也投手に向かって、「コウヤ、コウヤ」の連呼を続けている。果たして、覚前の打球 はショートゴロに。守りきった。渾身の勝負をして、勝った!1塁側アルプスは大騒ぎ。 僕もそばの席の人たちと握手するやら、跳び上がるやら。恐いPL、恐い覚前に対して、 一歩も引かずに向かっていった。ほんとうにしびれたね。

 

 延長戦に突入。10回表沖縄尚学の攻撃は、セカンド中尾の好守に遭い、三者凡退。 その裏、比嘉公也投手は「コウヤ」コールのなか、またしても1死2塁から2死3塁という サヨナラのピンチをくぐり抜ける。

 

 11回表。3番津嘉山のレフト前タイムリーで荷川取が還り、沖縄尚学ついに勝ち越し! 6-5。 
 僕は「やったあーっ!」と叫んで、周りの人たちと握手しまくった。 アウトにはなったものの、後続も外野へ鋭い当たりを続け、植山投手を完全に捕らえている。

 

 11回裏。ここを抑えれば勝つのだ。だが、PLはしぶとい。先頭の8番植山が二塁打送りバントを決めて1死3塁。バッターは1番、センスのかたまり田中一だ。 
 スイッチヒッターの 田中一は、右打席からライト線へふらふらっと打ち上げる。これがラインの内側に落ちた。 同点。しかし、2塁を狙った田中一は返球に刺された。沖縄尚学ナインは、同点に追いつかれ たことに落胆するよりも、走者をアウトにしたことを喜んでいるようだった。いいぞ。その意気や。

 

 12回表。先頭の6番浜田がヒット。だいじょうぶ。やはり、打てる。送りバント成功で 1死2塁。途中出場の新垣雄之は凡退で2死2塁。 
 続くバッターは9番比嘉公也。左打席 から流し打ち。打球はレフトの前へ。レフト田中一、俊足をとばして前進するも、わずかに 及ばず。ボールはフェンス際へ。浜田還って7-6。またも勝ち越した!またもや1塁側 アルプスは大喜び。僕もまた「やったああーっ!」と叫んだが、もう声が嗄れていた。 9回以降はずっと、守りの間じゅう「コウヤ」コールしてるからなあ。 
 さらに荷川取の レフト前ヒットで、2塁から比嘉公也が生還。8-6。2点差をつけたのは大きい。

 

 12回裏は、最も恐いバッター覚前から。強い打球やったけど、ライトの正面。覚前は 1塁ベース上で天を仰いだ。
 しかし、PLもすがりつく。4番七野がセンター前ヒット。 
 5番田中 啓之はショートゴロ。2塁も間に合うタイミングだったが、1塁へ送球。よっしゃ、それでいい。 確実にワンアウトずつや。2点ある。2死2塁。 
 しかし、6番中尾へは四球を与えてしまう。 さすがに比嘉公也も相当疲れている。変化球でストライクが取れない状態になってきた。 2死1・2塁。同点のランナーも出てしまったわけだ。 
 バッターは7番永山。また スリーボールになってしまう。アルプスは必死の「コウヤ」コールを送り続ける。 ここへ至っても、比嘉公也投手は攻めのピッチングを崩さなかった。ストレートでツースリー まで持っていく。そして、最後もストレート!バッターは手が出ない。見逃し三振。試合終了!

 

 1塁側アルプスの歓喜が爆発する。みんな感激している。僕も周りの知らない人たち と叫び、ジャンプし、握手をし、ハイタッチを交わし、抱きあい、足を踏み鳴らした。僕の隣に すわってらしたおばさんは、娘さんが沖縄の興南高校野球部でマネージャーをしているという。 センバツの前に練習試合をして、「尚学は強い」と報告を受けていたという。みんなと「明日も 応援に来よう」と誓い合って別れた。

 

 それにしても、すごい試合やった。20年以上甲子園に通い続けているが、自分の中の ベストゲームや。これまでは、沖縄水産が天理に惜敗した決勝戦がベストやったけど。 
 強豪中の強豪PLを相手に、堂々と真正面からぶつかっていって、倒したのだ。同点のピンチ、 サヨナラのピンチにも、敬遠などしなかった。相手エースにクリーンヒットを浴びせて、打ち 崩した。前半は離されていたヒット数も13本で、2本差に迫った。 
 強豪を倒すには、守って守って、 2-1か1-0で逃げ切るパターンが多いが、こんな勝ち方ってかつてあっただろうか。 守りのミスはたくさん出るのに、打って帳消しにしてしまう。 
 ほぼ毎回得点圏に走者を進め られながらも、ねばり強く凌ぎ切った。強気の姿勢で攻め込んでいく、強力打線に立ち向かって いく比嘉公也のピッチングは、ほんとうに素晴らしかった。感動した。勇気が大事なんだと 教えてもらった。気持ちで一歩も引かなかった。少しでも弱気なところを見せれば、PL打線に つかまり、伝統の力に気圧されて、自滅してしまっていたことだろう。 
 延長12回。死闘だった。 最後の最後は気力の勝負やった。この緊迫した息詰まる試合で、PL学園はノーエラー。 これもさすがに素晴らしい。

 

 そして、沖縄尚学は決勝へ!沖縄悲願の初優勝まであとひとつ。沖水は2年続けて 涙を飲んだが、今回こそは沖縄に優勝旗を持って帰ってくれ!気を引き締めて、何とか 勝ってくれえっ!

 

 

 

尚学  200100200 012  8
PL  010100300 010  6

 

 

 

 

 

水戸商(茨城) 11-3 今治西(愛媛)

 

 沖縄尚学の決勝の相手はどちらになるのか。偵察の気分で見た。 
 打線が強く、エース越智への継投パターンができあがっている今治西の方が手強い ように見えた。ところが、2点リードされた水戸商は5回、満塁のチャンスを作って越智投手 を引きずり出すと、一気呵成に4点を奪って逆転してしまった。ここ数年ですっかり恒例と なった「水商サンバ」が何度も繰り返される。終わってみれば、7・8回にも集中打を浴びせた 水戸商の大勝であった。

 

 実際に見る水戸商は、資料とは全然ちがっていた。不安定とされた守備はノーエラー。 打線も弱いと言われていたのに、外野へ快打を連発。今大会から3番に抜擢された川上が 期待に応えているばかりか、全員がレベルアップしているようだ。いわゆる、甲子園で1戦 ごとに強くなってきたチームである。

 

 敗れた今治西は2年生の好選手も多く、層の厚さを感じる。愛媛は強豪ぞろいだが、 きっとまた甲子園に戻ってくるだろう。

 

 さて、明日の決勝戦だ。水戸商のエース三橋は、今日も緩急をつけたピッチングを 披露。アンダースローのフォームも、何パターンかタイミングを変えて投げている。9回ワン アウトでベンチへ下がり、決勝へ備えた。今日延長12回を投げた沖縄尚学比嘉公也投手 の方が疲労は濃いだろう。水戸商打線はあなどれない。沖縄尚学打線がいかに三橋投手を 攻略し、ピッチャーを楽にしてやれるかが鍵である。技巧派投手の投球に翻弄されないよう、 引きつけて白球を叩いてほしい。そして、いいゲームを。何とか、沖縄悲願の大旗を!

 

 

 


  

 

 

準々決勝 最後のアウトひとつが大変 の日

 

 

 

沖縄尚学(沖縄) 4-2 市川(山梨)

 

 沖縄尚学の打順の組み替えが成功した。1番と4番を入れ換えたのだが、どちらも 三塁打を放つなど活躍。初回から2点を奪って、試合を優位にすすめた。

 

 先発は2番手投手の右腕・照屋。再三フォームを注意されるなど不安定なところも あったが、責任は十分に果たした。6回途中からはエース比嘉公がリリーフ。ピンチを断った。

 

 最大のポイントは3-2で迎えた8回裏。市川は1死3塁からスクイズを敢行。しかし、 これがフライとなってダブルプレー。続く9回表に沖縄尚学は、比嘉公のタイムリーで1点 追加。完全に沖縄尚学の流れに。

 

 9回裏市川の攻撃。1死1塁からファーストゴロ。ダブルプレーで試合終了!・・・と 思いきや、ファーストの足が離れていたらしく、2死1塁で試合続行。続くバッターは三振。 今度こそ試合終了!・・・のはずが、捕手がボールを見失う間に振り逃げ。最後のワンアウト がなかなか取れない。同点のランナーまで出て嫌なムード。しかし、最後はファーストゴロで ゲームセット。ひやひやしたで。

 

 沖縄尚学、準決勝進出!春は沖縄勢初の4強だ。次は比嘉公の先発だろう。 4番で調子の出ていなかった比嘉寿が、1番でのびのびと固め打ちしたのは大きい。 相手は強くなるが、同じ高校生。くらいついて行けば、何が起こるかわからない。1回戦で 当たった村西以上の投手はいない。守っていけば、打ち勝つチャンスもあるはずや!

 

 

 


  

 

 

第6日 沖縄尚学 ベスト8一番乗り の日

 

 

 

高田(奈良) 7x-6(延長14回) 高崎商(群馬)

 

 一方的な高崎商ペースだったが、終盤、高田が猛反撃。8回裏に3点を挙げてついに 同点に追いつき、史上初だという4試合連続延長戦へ。一転してチャンスのつぶしあいに なったが、最後は松村がセンター前へサヨナラヒット。 
 粘りづよく逆転した高田は好チーム。評判の左腕・松本から18安打を奪ってつないだ。 目立った選手は、1番サードの白木。鋭いヒットを4本も放ち、守備もよくて、しかも俊足と きている。 
 応援団も、44年ぶりに出場できた県立校の喜びがはじけてたなあ。

 

 

 

 

 

沖縄尚学(沖縄) 5-3 浜田(島根)

 

 1回表の先頭打者にいきなり三塁打を打たれたものの、沖縄尚学・比嘉公投手は 無失点でピンチを切り抜けた。逆にその裏、沖縄尚学が先制。その後もヒットを重ね、 スクイズを決め、相手投手のボークもあって、順調に得点を追加。負ける気はしなかった。

 

 しかし、8回表に鍛冶畑が代打で登場すると、様相が変わった。鍛冶畑はケガで スタメンを外れてはいたが、本来は4番打者であり、浜田の主将である。 昨夏ベスト8入りしたときのレギュラーでもあるのだ。鍛冶畑は1死1・2塁のチャンスで 見事な流し打ち。ライト線への2点タイムリ二塁打を放った。 
 が、浜田の反撃もここまで。続く2死2塁の場面で、ショート内野安打の間にホームを ついた走者が刺されて、流れがとまった。

 

 沖縄尚学ではセカンドの具志堅が攻守走に活躍。ベースよりの打球を捕り、回転 してショートへトスしたダブルプレーでの動きは華麗だった。ベスト8一番乗りやあっ!

 

 

 


  

 

 

第5日 初出場校 延長に泣く の日

 

 

 

日南学園(宮崎) 3-1(延長12回) 峰山(京都)

 

 両エースの投げ合いで素晴らしい試合になった。峰山は防御率No.1、サウスポーの 川原。日南学園の右腕・春永は左手を振り上げる独特のフォームだ。 
 川原はすごかった。大ピンチで日南の4番吉武を直球で三振に斬って捨てたし、 完全に決まったと思われたスクイズを全く隙のないグラブトスでアウトに。 
 もう1人峰山で光ったのが岡崎。打撃はセンスを感じさせるし、記録上はエラーが ついてしまったが守備のフットワークもいい。 
 日南は今年も走れるチーム。サヨナラ負けのピンチにも動じないし、確かに優勝 候補だ。でも、内野の守備に不安もある。今年は去年の横浜のようなチームはないようだ。 
 峰山の大応援団は、バックネット裏近くまでぎっしりと。いっせいに丹後ちりめんを 振る光景は、ちょっと壮観やった。こういうの、いいやん。沖縄の民族衣装も許可してえや。 社会人野球みたいに、試合そっちのけにせんかぎりは。だいたい、高野連って何なんや? 高校野球ファンだった人間はいるのだろうか?何もわかってないぞ。

 

 

 

 

 

静岡(静岡) 7-5(延長13回) 柏陵(千葉)

 

 試合前のノックが終わると、柏陵ナインはベンチ前でラインダンス!選手名鑑の写真 は全員笑顔で写ってるし。関東大会では8点差をひっくり返したというし。このチームを 率いるのは、県立校ばかりを甲子園に導く蒲原監督。応援したくなるではないか。 
 しかし、あと一歩のところで柏陵は敗れた。ゲッツーでピンチを切り抜けたと思った ところでエラーが出て同点に。12回裏2死2塁からレフト前ヒットが出てサヨナラ勝ちかと 思ったが、走者は3塁ストップ。レフトはファンブルしていただけに、なおさら惜しかった。 結局次の13回表に決勝点を奪われた。それまでは無死3塁を切り抜けるなどよく守って いたのだが。 
 静岡の殊勲は、杉山。あと数十センチでホームランというレフトフェンス上金網直撃 の大三塁打に、13回表の決勝点を挙げたツーベース。 
 そして、何といっても両チームのエース。静岡・高木に柏陵・清水。 ともにカーブを武器とする左腕で、13回を投げ抜いた。 
 静岡は高木投手がはまれば、次の日南学園戦でも好勝負するかも。サード松山の 三塁線守備も上手い。 
 柏陵は夏にまた来てほしいチームだ。ヒットを打たれながら清水投手はよく粘った。

 

 

 


  

 

 

第2日 ヒグマ打線吼える の日

 

 

 

駒大岩見沢(北海道) 15-4 神戸弘陵(兵庫)

 

 初回から駒大岩見沢ヒグマ打線が猛爆。四球とエラーで走者をためては、痛烈な タイムリーを叩き出す。打撃の評判は本物。初回に4点、2回に5点で試合を決めた。 
 駒大岩見沢が勝つとは思っていたが、兵庫代表にここまで大差をつけるとは。 昨夏の経験者が8人もいるのも強み。弱点をあげるなら内野守備か。 
 立ち上がりに連打され、わけもわからないままにマウンドを降りた神戸弘陵の 西島投手が心配だ。立ち直ってくれるといいなあ。

 

 

 


  

 

 

初日 村西の投球は噂以上 の日

 

 

 

浜田(島根) 5-3 東海大三(長野)

 

 5-1と完全な浜田ペース。昨夏ベスト8まで行っただけのことはある。 
 が、8回裏。難しい打球を内野安打にしてしまったことから、浜田の内野陣が動揺を 見せはじめる。ここで東海大三がたたみかけ、2点差に迫る。ふいに、今年もまた甲子園に 高校野球が帰って来てんなあ、と感じる。ちょっとしたことから崩れていく守り。急変する 流れ。この試合に負ければ終わってしまうという切なさ。祈りを込めて見つめるアルプス。 あたたかいファン。これなのだ。高校野球を見るときの感覚がよみがえってくる。 
 8回裏の東海大三の攻撃は、会心の当たりが正面を突いてダブルプレーになり、 終わってしまった。が、いい試合やった。さあ、今大会も高校野球を存分に楽しむのだ!

 

 

 

 

 

沖縄尚学(沖縄) 1-0 比叡山(滋賀)

 

 比叡山の村西投手は、噂以上のピッチングを見せつけた。直球は速い。スライダー は鋭い。緩く落ちる球はナックルだそうだ。近鉄のマットソンのナックルほど遅くはなくて、 スッと落ちる。この球も有効だった。 
 対する沖縄尚学比嘉公也投手もコントロールがよく、カーブとシンカーを操る。 投手戦となった。

 

 3回、村西はピッチャー返しの打球をまともに右足に受けてしまうが、大事に至らず よかった。沖縄尚学応援団は、なかなか打てそうもないピッチャーからヒットを奪ったという ので浮かれていたが、ここは音楽を止めて村西に声援を送るぐらいの気持ちを見せた方が よかったと思う。

 

 試合が動いたのは6回裏、沖縄尚学の攻撃。2死1・3塁のチャンス。しかし、期待の 4番比嘉寿光は空振りの三振。体格のいい強打者だが、今日は村西の変化球に 全くタイミングが合っていなかった。

 

 チャンスのあとにピンチあり。7回表、比叡山は1死1・2塁と比嘉公也を攻める。 が、ここでセカンドゴロダブルプレー。両チームともほとんどヒットが打てない緊迫した 投手戦で、先に1点取った方が・・・のムードが漂っていただけに、これは大きかった。

 

 7回裏1死。完璧だった比叡山内野陣がほころびを見せる。サードのエラーで ランナーが出る。次の投球を捕手が少しはじき(記録はワイルドピッチ)、走者は2塁へ 向かう。これを刺そうとした捕手の2塁送球が高投となり、走者は一気に3塁へ。1死3塁。 最大のチャンスが訪れた。村西から点を取るには、ここはスクイズしかないだろう。 1点勝負。比叡山は満塁策まで覚悟で外しまくってくるのではないか。 
 しかし、次の球はスライダーでストライク。切れのいい球を投じれば、簡単には バントできないという自信なのか。沖縄尚学・金城監督は次の投球でスクイズを敢行。 またもバッテリーは外さない。これは決まる!と思ったが、打者・有銘のバントは転がらず キャッチャー前へ。捕手がボールを拾う。走者はまだホームから遠いところを走っている。 完全にアウトのタイミング。だが、捕手の前で一瞬停まった走者・松堂は、際どく タッチをかいくぐってホームへ滑り込んだ!捕手はタッチをアピールするも、判定はセーフ。 記録はフィルダースチョイスとされたが、これはおかしい。楽にホームでアウトにできた プレーだ。実質はエラーだろう。堅守比叡山がこの回にミスを4つ重ねてしまった。ともかく、 貴重な1点が入った。これがそのまま決勝点に。

 

 両チームともヒットは3本ずつ、四球もほとんどなく、素晴らしい投手戦だった。 守りのチームである比叡山にミスが出、内野守備が不安視された沖縄尚学がノーエラー。 機動力が自慢の比叡山は盗塁を試みることもできず、逆に沖縄尚学の方が走った。 高校生の一発勝負はわからないものだ。

 

 敗れはしたが、村西投手はすごかった。自責点0のまま甲子園を去ることになった けれど、夏もこのピッチングを見せてほしい。

 

 沖縄尚学で雰囲気がある選手は、トップバッターの荷川取。チームの課題は、 三遊間のスローイング。捕ってから投げるまで間があるので、内野安打を奪われそうだ。

 

 もうひとつ書いておくべきことがある。3、4歳の女の子がブラスバンドに合わせて 小さな太鼓を叩いていたら、腕章をつけた高野連の男が注意しに来る。一体何の害がある というのか。行き過ぎた応援規制は、アルプスのムードに水を差すだけだ。観客動員が 減っているのには、こういうことが響いているということがわからないのか。表面だけの 人気とりにばかり策を弄さずに、実態をしっかり見て応対せえっちゅうねん!

 

 

 


  

 

 

優勝予想

 

 

 

◎ 沖縄尚学(沖縄)
○ 日南学園(宮崎)
▲ PL学園(大阪)
△ 東邦(愛知)
× 今治西(愛媛)
注 駒大岩見沢(北海道)

 

 予想とはいえ、思いっ切り願望入ってます。沖縄代表の優勝が夢なので。沖縄尚学の 初戦の相手、比叡山のエースはすごいらしいけど。 
 最近常連の日南学園。いつも好感のもてるチームでしたが、なかでも今年は 九州大会を制覇。最強なのだ。 
 PLは優勝するには投手力にやや心配があるが、あの田中一徳外野手が 引っ張ってくれるだろう。横浜にも雪辱するはず。 
 潜在能力高そうなエースが化ければ、東邦の優勝も。今治西も勝ちあがる力を 秘めていると見る。 
 注目は駒大岩見沢。昨夏感動させてくれたヒグマ打線は健在。捕手から一塁手に まわった北村選手にがんばってほしい。投手もよく、初戦で手強い神戸弘陵を倒せば、 北国旋風を巻き起こす期待大。 
 横浜を無印にしたのは、いきなりPLと当たるからではない。史上初の三連覇は、 並大抵のことでは達成できないと思うからだ。水野の池田でもできなかった。あの松坂を もってしても、春夏連覇紙一重の勝利。いいチームではあるが、精神的なことも含めて 考えると、決勝まで進めないのではないだろうか。

 

大森信和(甲斐バンド リードギター) 追悼文

 2004年7月、大森さんが亡くなった。

 信じたくなかったけど、本当のことらしい。

 何よりもまず思い出すのは、ROCKUMENT II。大森さんがゲストとしてアンコールに登場した。1996年6月。「Big Night」直前のことだ。 
 まずは甲斐と二人、イスに座って、アコースティックギターで「光と影」。 
 僕は甲斐友と一緒に、ステージ左真横に立っていた。ROCKUMENT特有の 、あのスペースだ。 
 「光と影」が終わった。拍手。ステージの左側で演奏していた大森さんが、 スタッフにギターを手渡して立ちあがる。大森さんがステージ左、つまり僕らの方を向いた瞬間、僕は「大森さあーーん!」と叫んでいた。無意識に。しかも、両手まで振って。これはライヴに通ってきた中で、自分史上最高にミーハーになった瞬間やったと思う。 
 前年1月の武道館、大森さんは体調をくずして、甲斐バンド再結成に参加でき なかった。だから、僕には1986年6月、「PARTY」の大阪城ホール以来、 久々の大森さんやったのだ。 
 思い切り手を振りながら、自分でもひどく興奮しているのを感じた。 
 「俺って、こんなに大森さんのことが好きやったんや」 
 自分の気持ちの強さに驚くほどやった。 
 そして、大森さんは、こちらの方を向いて、にっこり笑いながら会釈してくれた。めちゃめちゃうれしかったな。 
 エレキギターを手にした大森さんのソロが始まる。ブルースだ。たっぷり聴かせ てくれた。その音に酔いしれているうち、バンドの演奏が加わった。甲斐バンドの曲の 前奏や。始まったのは何と、「SLEEPY CITY」! 
 この「SLEEPY CITY」が素晴らしかったのだ。激しく、気持ちよく、 熱狂した。すごいしあわせ感があった。

 それから後、会場で叫ぶときは「大森さーん!」ではなく、「大森ーっ!」って 叫んだ。 
 甲斐より年上で、「大森さん」というイメージやねんけど、ライヴ中にはそう呼ぶのは他人行儀のような気がして。わきあがる想いに親しみと敬意を込めて、「大森ーっ!」と叫んだ。

 大森さんのあの笑顔。 
 反面、曲のフィニッシュでギターを右肩の上から大きくステージに叩きつける ようにした、激しいアクション。 
 「観覧車’82」の後奏で、最後にギターを立てて置く姿。 
 音楽をかみしめるように弾いている時の表情。 
 「破れたハートを売り物に」の間奏ギター。

 今年は甲斐のデビュー30周年。 
 きっとまた大森さんと会えると思っていた。 
 大森さんの参加がなかなか発表されなかったのは、入院なさっていたという事情からやったんかな。 
 こういうこともあるから、あらためて思う。甲斐たちの事情もわからないのに、文句を言ったりしない。重箱の隅を突つくようなあらさがしをしない。自分の好みと ちがうことがあっても、騒ぎ立てない。僕は「今」のファンでありたい。

 いつかこういう日が来ることを、考えたことがなかったわけでは、実はない。 自分の最大の趣味が永遠に楽しめるわけではない。ほんとに残念なことやけど。 
 そのことに思いをはせる時、なおいっそう自分の好きな音楽を聴きたくなる。 できるかぎり多く。できるかぎり深く。

 大森さんのステージを見ることは、もうできない。 
 しかし、大森さんの書いた曲、大森さんの弾いた音、大森さんの存在が、僕には 残っている。 
 大森さん、これからも僕は、大森さんの音楽を聴き続けていきます。 
 今までほんとうにありがとうございました。 
 心から、ご冥福をお祈り申し上げます。

 

 

大森信和作品

 

光と影

くだけたネオン・サイン

スローなブギにしてくれ

25時の追跡

エコーズ・オブ・ラヴ

JOUJOUKA(ジョジョカ)

ロマン・ホリデー

甲斐よしひろ 2012 愛のろくでなしツアー 2

2012年6月11日(月) Zepp Namba

 

 このところ毎週お笑いを見に通ってるなんばの駅で降り、かつて大阪球場だったなんばパークス横の 道を行く。いつの間にか「パークス通り」っていう名前になってるねんな。パークスから数分で、左手に Zepp Nambaが現れた。今年のゴールデンウィークにオープンしたばかり。これは近い。 Zepp Osakaにも思い出は多いし、大阪港の夕陽もきれいやったけど、 便利さが何桁も違う。移転という形でZepp Osakaがなくなったこの先、 もうコスモスクエアへ行くことはほぼなさそうや。

 Zepp Nambaの建物に沿って左折、さらに右に曲がったところに入口。チケットを見て、 「奥の左手から(客席へ)お入り下さい」と案内してくれるが、どこから入ればいいのかわからない。 ロビー奥の左は女子トイレの表示しかないねんもん。 
 グッズ売り場の列はすでに2階まで達しているようで、開演前に買うのはあきらめる。震災の被災者 の方々への募金箱は、グッズ売り場の柵の向こう側にあった。募金も終演後にしよう。 
 そんなふうにロビーを見渡しても、やはりどこから客席に入れるのかわからない。係員に聞いたら、 やっぱり奥の左手から入れるねんて。いや、あの表示、まぎらわしいって。あっちは女子トイレだけやと 思って、男は進まれへんで。

 その入口を入ると、客席右やや後方に出た。自分の席は右前やねんけど、ステージと会場全体の様子を 見たいから、あえて遠回りする。客席最後方を通って左端の通路を前へ、ステージを見ながら1列目前の 通路を右へ。今日は久々にかなり前の席や。たぶん「Classic Kai 」以来。 
 ステージ上方に、白いライトが8つ並ぶ。その光がまぶしくて、近くても舞台の様子がよく見えない。 2列目の上あたりにも、ライトが吊ってある。黄色、肌色、白桃色が、いくつかずつ。ステージの前端から 客席へ飛び出すように設置した、小さな黒い装置が真ん中の左右にひとつずつ。横長の長方形の左右に半円を 付けたような形。これもスピーカーなんかな。 
 目の上に手をかざして、舞台上を見てみる。横長の長方形の中にに赤い円が並んだライトを見つけ、 「絶対・愛」をやると確信する。舞台後方にはネットがあるようだ。 
 スタッフが出てきて、ギターからベースへと各楽器を最終チェック。ウクレレがある。ウッドベース もあるぞ。去年は「よい国のニュース」と「かりそめのスウィング」で 使われたが、今日はどの曲で音を出すのか。いろいろと想像する。 
 楽器の位置からして、メンバーの並びは去年どおりらしい。ツインギターが左右に。後方右の台に ベース渡辺等。さらに高い後方左の台にドラムス佐藤強一。 
 飲み物が配置される。右ギターの後ろの台には、ふた付きのタンブラー。うずまき模様が見えた。 甲斐が飲むと思われるものは、ドラムス台の手前右に置かれた。濃い青のキャップがついた水のペットボトル と、こちらもふたのあるタンブラー。入っているのは特製ドリンクか、はたまた酒か。 
 準備がここまで整えば、開演はもうすぐのはず。アナウンスの声は小さく短かった。BGMが終わると、 拍手。その拍手が客席じゅうに広がっていく。次のBGMが始まっていようが関係ない。拍手はやがて 大きな手拍子へ。甲斐よ、早く出て来てくれ。歌を聴かせてくれ。

 新たなBGMが高まって、開演の時を告げる。立ち上がって手拍子を打つ。客電は落ちていないようだ。 興奮のためか、BGMがよく聴こえない。ふっと 「Series of Dreams Tour Vol.3」を連想した。あのときは、「吹けよ風、呼べよ嵐」。 ブッチャーの登場テーマやった。これもプロレスの曲のような。そうか、ブルーザー・ブロディ。 「移民の歌」か?でも、はっきりはわからない。意識がそっちに向かない。思い切り手を打って、ライヴが 始まることだけを待っている。甲斐のロックを欲している。 
 左からメンバーが歩んで来る。こっち側、ステージ右に蘭丸。左に佐藤英二だ。蘭丸は黒縁のメガネ。 濃紺のジャケットには銀の縁取り。

 さあ、来るぞ。去年は「エキセントリック アベニュー」やったんや。強一のあの太いドラムを、 今回もオープニングで見せつけるはず。 
 しかし、意外に静かな曲が立ち上がった。ステージ中央奥、ドラムスとベースの台の間から甲斐が やって来る。「甲斐ーーっ!」と叫ぶ。さらなる拍手と大きな歓声。甲斐は銀のジャケット。中には灰色の ストールなのか、下の方は太く広がっている。そのさらに内は青。黒のパンツには穴を補修したような跡が いくつか。多分そういうデザイン。ゴーグルっぽいサングラスは全体が透明で、レンズの部分だけ紫 がかった色が入っている。 
 コーラスの声に聴こえるのは、サンプリングか。静かな曲の中を渡辺等のベースがうねる。 大好きな「ROCKUMENT V」以来や。あのときもごく序盤に歌われた。 
 「レッド スター」 
 ただし、「ROCKUMENT V」そのままのアレンジではないはずだ。蘭丸が刻むギターが 効いている。 
 イラク戦争時に「KAI FUND」の対象になったこの曲を1曲目に据えるには、大きな意味が あるに違いない。もちろん今の状況を考えてのことだろう。甲斐が目指す「社会が垣間見えるラヴソング」 のひとつだが、今は「社会」を描写した部分の詞が強く響く。「俺たちはニュース不感症さ」「割れたビンを 世界中が今ふみつけている」 
 後奏。甲斐が叫ぶ。その声もまた胸をつかむ。

 「ダッ!ダッ!ダダダッ!」と分厚い音がはじける。別の曲かと思った。まさかこの歌が聴けるとは。 
 「ナイト スウィート」 
 「レッド スター」から一気に激しい曲へ転じるかと思ったが、そうではなかった。オープニングに しては、どちらかといえば、静かめな曲が続いた。ますます「ROCKUMENT V」を思わせる。 もちろん、「ナイト スウィート」だからバラードではないし、蘭丸はまたギターを刻んでるし、僕も みんなもノっている。 
 ライヴで聴くと、普段よりさらに詞に敏感になる。「新聞社」とか、「竜土町」という地名にも、 意味がありそうに聴こえてくる。 
 バンドが転調し、そのとき甲斐は左前で歌っている。その姿がなぜか印象的やった。

 「甲斐ーーっ!」の声と拍手を浴びて、甲斐がマイクスタンドの前へ。 
 「魂を込めたナンバーばかりをやりましょう。」 
 そうそう、「愛のろくでなしツアー」は、こういうMCやった。 
 曲に行くためにスタンドを離れそうになった甲斐は、「最後まで楽しんでって」とつけ加えた。

 さあ、MCを挟んで再スタートのここから激しく。と思ったが、三度意表を突かれた。 明るいイントロがわきあがる。「ハートをRock」っぽいなと思った。 
 「浮気なスー」 
 うわ、この曲もやってくれるんや。ライトな曲調を楽しむ場内。甲斐は左に右に歩を進める。 
 蘭丸のギターがちょうどいい感じに、演奏を特徴づけてる。甲斐のヴォーカルの形と色ががっちり あるうえで、そのところどころに蘭丸が自分の色を塗ってるようなイメージ。甲斐の歌を染めてしまうん じゃなくて、何か所か色を塗るような。甲斐の歌もギターに押されるような個性じゃないし。 
 「そんな娘だとは 知っているけど まだ愛してる」って、わかってしまう気がする。詞は痛いのだ。 
 後奏も終わりに差し掛かる。音がわきあがって、オーディエンスが拍手。最後にあと一つ音が鳴って 曲がフィニッシュ。と思った瞬間、そこで「ダッ!ダン!」と二音が跳ねる。そこから速いリズムが 続いてくる。「おおーーっ!」って声が出た。まさか、この曲につながるなんて。 
 「ムーンライト プリズナー」 
 歌が入る直前の、二度目の「ダッ!ダン!」で俺は拳を二連打。大合唱が始まる。甲斐もどんどん 大きなアクションに。手を打ったりしながら、左右へ動く。間奏前の「アー」という声は大きめ やった。そこから蘭丸が前に出て弾きまくる。黒縁のメガネをかけて、こんな激しいプレイを見せるねんから。 本当は凶暴やからこそ、そういうメガネをかけてるという余裕ある凄みを感じた。かっこいいやんけ。 目の前で蘭丸の激しさを見て、さらに蘭丸越しに甲斐の姿も見られたりする。絶好の席やな。 
 この曲でも転調があって、特に注目してしまう。今夜はなぜかそういう感覚になる。 
 最後は「だけどあの娘が忘れられない」というニューヴァージョンの歌詞。 
 もう一度あの「ダッ!ダン!」でフィニッシュ!

 そうか、ここから激しい曲が続いていくんや。そう思ってんけど、またもや意外な展開に。 
 「「愛のろくでなしツアー」には付き物の、バラードを」 
 ああ、確かに「ストレートなロックを謳う一方で、バラードも見せ場になっている」というのが、 「愛のろくでなしツアー」の秘められた売りやった。でも、ついに激しい曲が来た、という直後に バラードとは。流れが予測不能やな。そして、そういう意外性も大歓迎や。

 ごく静かな前奏。すぐにあの痛切な名曲だとわかった。 
 「橋の明かり」 
 本当に久々に聴くことができた。もしかして、 「ALTERNATIVE STAR SET ”GUTS”」以来ではないのか。 最近カラオケでよくうたってたけど、今日聴けるとは予想できなかった。 
 「弱い太陽の下で 俺は何とか生きてる」 
 「冬の太陽の下で 俺は何とか やってる」 
 ここの詞が特に胸を突いた。本当にかなしくて、つらく、やり切れない。だけど、もしかしたら この先には望みがあるのかもしれない。そういう、ごくかすかな光が見えそうな予感だけはある。わずかに。 
 後奏の甲斐の声がまた、めちゃめちゃ切ないのだ。CDよりも1回多く、曲が消えるぎりぎりまで、 声をあげ続けてくれた。

 今日初めてのバラードに聴き入った客席は、声は発せず、しんみりした拍手でたたえた。 
 「「橋の明かり」という曲をやりました」 
 そう甲斐が言って、ふたたび拍手がおくられる。

 そこからのMCで、甲斐は震災に触れた。まだ問題は続いていると。 
 そして、こうしめくくった。 
 「仲のいい漫画家の萩尾望都は、震災の後、「なのはな」という作品を描いて。俺にはこの曲があった。 「カオス」という曲をやりましょう。」

 「カオス」 
 去年のツアーでもやるという話はあった。でも、うたわれなかった。去年だと生々し過ぎる、 辛過ぎる、あるいは、客席のことを思うと仙台ではうたえないという判断があったのかもしれない。 
 今年にしても、さっき甲斐が話したような状況なのだから、「カオス」の詞はきわめて重く響く。 
 甲斐は、あえてそうしているのだろう、リズムに合わせて、歩くように腕を振ったりしながらうたう。 
 第一期ソロのライヴでは「ラヴ ミー テンダー」とうたわれることの多かった曲名は、 発売当時のレコード通り「キリング ミー ソフトリー」やった。 
 渡辺等のウッドベースが響く。奴は「カオス」のアルバムの頃にはもう、甲斐のレコーディングで 弾いていたのだ。 
 2番の後の間奏。甲斐がハーモニカを吹く。フルートのパートを奏でているようだ。 強一が「タン!タン!タン!」とかわいた音を叩いて、3番へ。 
 甲斐はここでも「FIRST LYRIC VERSION」ではなく、「見えない嘘によごされた雨 がふる」とうたう。ほっとした。「見えない塵」やったら、あまりにも強いし、詮索や曲解もされかねない。 
 それでも、3番後半の詞は重かった。ものすごい歌やな。あらためて痛感する。 しかも、視点が偏っていない。ラヴソングとしても聴ける。さすが甲斐、という作品なのだ。 
 甲斐の「カオス」という声が、静寂に溶け込む。その後に「ザ!ザーン!」という高い音でフィニッシュ。

 拍手がやむと、甲斐はこう言って、静かな空気を破った。 
 「ロックンロールをやろうぜ。ロックンロールを」 
 そうやんな。震災のことは頭の中に置きながらも、エンターテイメントがないと。それだけを見続けてたら、 どうかしてしまいそうになる。ここからハジけたとしても、聴いた者の心に今日の「カオス」は必ず残る。

 前奏はレコードと違っていた。でも、歌入りの瞬間、完全にあの曲やとわかった。 
 「特効薬」 
 一気に雰囲気が変わってる。王道のロックンロールで燃焼や。甲斐がマイクスタンドを持ち上げて、 斜めにこっちへ向かってくる。俺は勝手にデュエット気分。歌いまくる。蘭丸は再び前で弾き尽くす。 身をよじるようにギターを抱え、ときどき靴の裏が見えそうなほど足を上げて、指から気持ちをしぼり出す如く。 
 2番に入る前の「アイーッ」というシャウトはなし。「フォークも聴きなよ」ではなく、 「フォークを聴きなよ」と歌う。欲しいものを挙げていく部分は、「名前」を2回のニューヴァージョン。 
 英語タイトルにもなってる「Drugs love you」を、今日の甲斐は低くつぶやく。 そこからの後奏では、右に甲斐とツインギターが集まる。甲斐と接するように並んだ蘭丸と英二、 「ダンッ!ダン!」のビートとともに、同じ方向へギターを振り上げる。甲斐も同調。この見せ場が目の前で見られる幸せ。 
 中山加奈子との「ROCKUMENT IV」以来かな?「特効薬」もカラオケでよく歌ってるけど、 まさか今日聴けるとは思ってなかった。

 続いて叩き出されたドラムの重低音に、意識する間もなく身体が跳ねる。そうそう!これをやってくれな! 
 「ダイナマイトが150屯」 
 前奏から蘭丸のギターが鳴り続く。あのキーボードの音を凌駕するほど。甲斐がマイクスタンドを縦に 蹴り上げる。「フーーッ!」「ヒューッ!」とオーディエンスが高い歓声を浴びせる。 
 最初の「ダイナマイトがよーホオホー」の後、早くも客に「ダイナマイトが150トンー」と歌わせて くれる。そこから1番の続きは、甲斐と俺らで代わる代わる半分ずつ歌う感じ。こんなに歌わせてくれるのは めずらしい。客席の熱が伝わってるからこそやと思う。大声で歌えるうれしさと、甲斐が自分たちを認めて くれてるよろこびと、何より「ダイナマイト」の興奮がある。 
 甲斐は後半、右へ来る。ステージの前端を歩く甲斐へ、その見えてる左耳へ向けて、「ダイナマイトが 150トンー」と全力で歌う。「ダイナマイト」で近くに来てくれて、歌ってくれて、感激や! 
 後奏。真ん中に戻った甲斐は、マイクスタンドを置く。最初の縦蹴りで絡まってたコードは、 いつの間にか解けてる。そしてそして、ぐるんぐるんスタンドを多く廻す。身体を低くし、下でしっかり 受け止める。スタンドを横にぶん廻すことはせず、もう一度右に来てくれた。 
 またしぜんに身体が跳ね、右左右と拳を突き上げ、跳びながら手を打ち続ける。 やっぱり、「ダイナマイト」最高。これまで序盤かアンコールでの披露が多かったのに、中盤に入った あたりでやるとは。この意外な感じもさらによかった。

 「ダイナマイト、ぶちかましたぜ」という言葉から、MCへ。 
 主な話題は、キャンペーンで出た「レッドカーペット」。「都合よくTVを使う男」と言われるとか。 
 スギちゃんの本番でのすごさ。サバンナの高橋さんが、むっちゃオーラあるということ。 野性爆弾の川島さんが好きだということ。 
 最後は蘭丸の参加について。もともとは去年も蘭丸で行く計画やったはず。 
 「蘭丸がいるのにこれやらないと、タダじゃおかないぞ、というのは後で。「渇いた街」をやるぜ」

 「渇いた街」 
 甲斐が今日初めてギターを持つ。茶色のボディで、縁は黒っぽい。 
 印象的な風景の描写から入る詞がよくて、「HIGHWAY25」収録の、詞が長いデモ・ヴァージョン やったらうれしいなと急に思ったが、通常の詞やった。この曲で2番が倍になるのはよくないという、 音楽的な判断なんやろうな。いつかライヴでデモ・ヴァージョンを聴いてみたい。 
 「そんなたわ言を俺に吐かせたいのかい」の一連は、今日も強烈。 
 もう一度あのイントロのフレーズが入ってから、後奏が終わっていく。

 メンバーが去って行った。残ったのは、甲斐と渡辺等だけ。 
 8月12日(日)に薬師寺で行う、甲斐バンドのライヴについて。 
 世界遺産が好きだとか、拝観料付きという程度のサービスだけどとか、奈良が好きとか言ってて、 客席に「拍手してるけど、本当に来るのか?」と問う。「行くよー」「買ったよー」というような声が 多く飛ぶ。「僕もいい大人だから疑わないけど」と笑わせる。 
 松藤が薬師寺でドラムを叩くと張り切っているそうだ。よろこびの拍手が沸く。

 さらにいくつか松藤のエピソードがあってから、「松藤の話も出たし。夏ヴァージョンでいいのができたから」 
 渡辺等がウクレレを奏でる。その音に、去年のハイライトのひとつ「よい国のニュース」の記憶がよみがえった。 
 ウクレレだけで歌われる「ビューティフル エネルギー」 
 爽やかや。音色は本当にあくまで爽やか。しかし、あまりの爽やかさに、「きれいそうに見えるけど、 詞は実は淫靡やねんなあ」と感じていた。これには裏がある。詞の本当の意味に思いを馳せながら、 甲斐の声を聴く。甲斐は語尾を下げて響かせるうたい方。甲斐はこんなふうに「ビューティフル エネルギー」 をうたうことが多い。松藤はいつも伸ばしてる。 
 2番の後に甲斐のハーモニカ。と、テンポがゆっくりになる。 
 「潮がひくように 消えていくんだろう はなしたくない 愛はもう戻らない」 
 なんと、「ミッドナイト プラスワン」がうたわれたのだ。爽やかさの背後にエッチな影を感じては いたけど、さらに悲しい別れのうたを入れ込んでくるとは。これで、例えば、初めてこの曲を聴いた人でも、 爽やかなだけじゃないと気づかされたことだろう。ひたすら幸せで全く不安のないような歌って、 甲斐には本当に少ないし。 
 メドレーに移るのかと思ったが、その一節だけで、すぐ「ビューティフル エネルギー」のサビ 繰り返しに戻った。後奏の最後に、もう一度甲斐のハーモニカ。

 再びメンバーが全員揃う。 
 「さっきの曲の前に座らせようと思ってたんだった」と、甲斐が客に一旦座ることをすすめる。 僕はずっと立っときたかったけど、後ろの人らが気の毒やから座った。「後ですごいことになるから」とも 言う。終盤、激しい曲をいっぱいやるっていう予告やんな。期待高まるで。

 「孤独になって追いつめられると、いろんなモノが寄ってくる」「子どもの頃に空を飛ぶ夢をよく 見てたけど、あのときは本当に空を飛んでいたような気がする」という系統のMCをめずらしく。 そこから、「こわいものについて書きたいなあ」と思って書いた作品のことへ。 
 「蘭丸のソロのために書いた曲を。2人でやるなら、この曲入れないと」 
 「バンドでもやったんだけど、蘭丸に負けてると思う」と言うと、右の蘭丸は「いや、いや」という ふうに手を振った。

 始まったのはもちろん、「立川ドライヴ」 
 もともとそういう曲やけど、あのMCの後やから、詞がそこもここも霊的なものを表してるように 聴こえてくる。「ウォーオーあいつが消えてしまう」というサビも。 
 強一は刷毛みたいなのでドラムを叩いてる。 
 曲が終わると、甲斐が蘭丸の名前を呼び上げる。「公平ー!」「蘭丸ーっ!」の声がなおさら増えた。

 きれいな音が湧き、みんなまたすぐ立ち上がる。蘭丸ゆかりの曲が続く。 
 「レイン」 
 今回も手拍子する感じのアレンジ。甲斐も何度か手を打ってみせる。この時いつも、両肘が直角に近い ねんな。トレーニングするみたいに腕が動く。 
 甲斐といっしょにうたい、「Call My Name」で拳をあげ、「できはーしなーいー」と コーラスする。甲斐とやり取りする感じが気持ちいい。 
 前に出た甲斐を見ると、その後方、客席横の壁に大きな甲斐の影も見えた。 
 後奏。甲斐はファルセットを聴かせる。それから、蘭丸だけにピンクのスポットが当たる。 甲斐とやるきっかけになった「レイン」を、蘭丸が弾く。それを見せる。

 イントロのフレーズに「ウォーッ!」と声をあげてしまった。 
 「メモリー グラス」 
 ただし、蘭丸が弾くあのフレーズは、オリジナル通りではない。情感を抑えた、フラットな響き。 これがロックっぽさを増して、かっこいいのだ。 
 甲斐が歌い出すと、蘭丸はギターを一音ずつ鳴らしていく。その音を長く震わせる。 こちらは逆に、情感を増してるように聴こえる。そして、サビに入る甲斐の「メモリーグラーース」と ともに、「キュキュキュキュキュキュキュキュキュキュキュキュキューーン」と高く駆け上がる。 歌もギターも最高や。 
 後奏でもう一度あのフレーズに戻ってからフィニッシュ。

 ドラムスから始まる前奏。もしかして?ギターが入ると、客席全部が確信したはず。甲斐がマイクスタンドを蹴り上げる。 
 「きんぽうげ」 
 まさかやるとは。やるなら薬師寺やろうと思ってた。こうなると、逆に薬師寺ではどうなるんやろ。 一瞬だけそんな思いがかすめ、あとは全身で「きんぽうげ」のよろこびに突撃。 
 今日は客にかなり多く歌わせてくれる。「はずーれた胸のボータン」からはしばらくずっと客。 甲斐はマイクを口から離し、左へ歩いている。「くーらやみのなかー」と甲斐が突き放した方のメロディーで歌う。 続いて客が「だーきーしめてもー」。甲斐の歌い方に対応して、同じくフラットめに。 
 甲斐はそのまま左で、あのターン。今日はマイクを腰に差すことはしない。 
 2番に入ると、甲斐が自分で歌う部分を増やす。客は「くちぐーせのようにおまーえは なんどーも つぶやーくー」。 これでもいつもよりだいぶ多い。客に多く歌わせるのは、「客がノってるから大声で歌うはずだ」と、 甲斐が確信してるからやろう。みんなの熱気が伝わってると実感できるし、信頼されてる証のようで、 これもまたうれしい。 
 間奏の後も「だーきーしめてもー」は客に歌わせてくれる。最後の部分は甲斐が多く歌う。 客にも歌わせるけど、客との詞の分け方を変えている。今夜だけ、今だけのヴァージョンなのだ。 
 後奏で再びあのギターの音。その間に入る強一のドラムのすごいこと。あの短い中に太い重低音を連打。 さらにさらに盛りあがっていくのだ。

 シンバル。ドラムの爆発。渡辺等のベースがうねる。見れば、ベースを左右に強く振りながらのプレイだ。 「ギャー!ギャー!ギャー!」とギターが煽る。甲斐はマイクスタンドを横廻し。 
 「絶対・愛」 
 バックにある赤の大きなライトが全部ついてる。新たなライティングや。とにかくずっとドラムが 「ドドドドドド」と太い音を放ってる。強一すごい、すごいぞ。 
 蘭丸が右手を挙げる。野球でツーアウトを示す時のような、人差し指と小指を立てる蘭丸お得意のサインや。 俺らは「Hey!」と叫んで拳を上げる。その瞬間、蘭丸は手を下げてギターを鳴らしてる。このやり取り、いいなあ。 
 「見えてはいても」と中央奥で歌う甲斐が、前に出てる蘭丸で見えない。「ギャン!ギャン!」と ギターを入れる蘭丸。そこから視界に甲斐が現れ、前に出てくる。「そんな愛は 嫌だろう」の後、サビに 戻るまで今日はそんなに長くない。 
 最後の繰り返し。右端まで行ってた甲斐が、左へ動く。目の前を通る甲斐へ、 「絶対あーああい ウォウウォウウォーーオーー」と全力で歌う快感。蘭丸が弾く姿をオーディエンスに 見せるためか、前半は左に行くことが多かった甲斐。「その分、終盤にこっち来てくれたら」と思っててん。 やったで。 
 後奏はもう「ウォウウォウウォー」に戻ることなく、「絶!対!愛!」フィニッシュ。

 「風の中の火のように」 
 ドラムスも初めから激しい、このメンバーでの「風の中の火のように」だ。 
 1番の序盤、蘭丸は一音ずつ弾いてるようだ。その後どんどん音を入れてくる。 
 甲斐が「愛な のに」と歌う瞬間、照明が青になる。いつもは赤くなる場面。ライティングもだいぶ 変えてきてるな。そこから赤の世界になっていく。 
 今年も最後の「火のように」を3回と、以前より1回多く歌ってから、「火のーーーーっ」と伸ばした。

 考える前に身体が跳ねてる。 
 「漂泊者(アウトロー)」 
 甲斐は1番の途中から2番の詞で歌う。1番から「愛をくれーよー」も「愛をくれーー」も両方客に 歌わせる。また客に多く歌わせてくれてる。 
 2番。歌わなかった1番の詞を入れ換えて歌うかなとも思ってたけど、全部2番の詞のまま歌う。 いざその部分が来ると、俺もしぜんに2番の詞を大声で歌ってた。興奮してて、そういうの意識から消えててんな。 
 「バクハツ」の後のタメは短め。でも、その直後のドラムがものすごいねんなあ。強力なメンバーやで。

 興奮の客席に、甲斐が感謝の言葉を伝える。 
 「平日にも関わらず、こんなに来てくれて」 
 それから、甲斐は、こう言ったのだ。 
 「君たちに向けて。「マッスル」をやるからね」 
 「マッスル」はギターの曲という印象がある。大森さんと一郎が「サンスト」で話してたから。 しかし、1番の前半、ギターは少なめ。ベースのうねりを聴かせる感じだ。 
 甲斐は最初だけ、「マッスル」を滑らかに速めに歌う。次からは演奏に沿うように力強く「マッ スル」。 俺らにも何度か「マッスル」と歌わせてくれる。 
 いつの間にかギターがガンガン鳴っている。後奏になると特にすごい。やがて長く湧き上がる音。 ドラムスの台に上がった甲斐が強一の顔を見る。アイコンタクトから飛んだ甲斐が拳を握ってフィニッシュ。

 ついにバンドヴァージョンの「マッスル」が聴けた。今年の2月と3月に、アコースティックで 久々に「マッスル」が聴けた訳やけど、こんなに力強いのはいつ以来か。もしかして、 初めて見た84年暮れのツアー以来ちゃうんか。 
 感慨に浸る間もあまりない。去っていく甲斐たちに目一杯「甲斐ーーっ!」と叫び、拍手をおくる。

 手拍子から甲斐コール。メンバーが戻ってきて、拍手。拍手が止んでから演奏が始まるまで間ができて、 「手拍子した方がいいかもな」と思った頃。静けさの中から、あのイントロ! 
 「ティコーン!」と高い音が響いた直後、「ディデュデュデュン!デュン!ディデュデュデュン!」と 強一の太く分厚く低いドラムが轟く。俺は「ウォーー!」と叫んでしまう。去年のツアーを代表するこの曲、 もう聴けないかと思ってた。 
 「エキセントリック アベニュー」 
 コバルトブルーのVネックTシャツを着た甲斐が登場し、歌っていく。そうやんな。 去年のハイライトやからって、今年やったらあかんってわけじゃない。むしろ、このメンバーでやらない なんてもったいない。音も歌も圧倒的なのだ。 
 強一のドラムが、3番に入る前もすごい。太い。重い。とにかく強い。甲斐が「ウォーーーーーッ」と叫ぶ。 
 「ダダダダダッダダッダダッ」のビートに続けて、甲斐が「ヨオーーオッ」と声をあげる。 それを繰り返した後奏から、「ダダダダダッダダッダダッ ダダッ」で曲が消えた。

 「メンバーの紹介を」という甲斐の声。そこからバンドが奏で始める。おお、曲に乗せてのメンバー紹介や。 「ストレート・ライフ ツアー」のアルヴィンとトレヴァーによる、ラップのメンバー紹介を思い出す。 
 ドラムス佐藤強一、ギター佐藤英二、ベース渡辺等の順に、甲斐が紹介していく。名前と楽器名の 他にも曲に合わせてコメントするが、全部は聴き取れない。各メンバーがソロを披露し、最後は 「もう一人のギター」。蘭丸こと土屋公平だ。甲斐は名前を呼び上げる前に、「4年ぶりに会いたかったぜ」 と言った。4年もライヴに参加してなかったなんて、意外な感じ。 
 蘭丸のソロから全員参加になり、最後の音が湧き上がる。そこで甲斐が言った。「オーケー、「HERO」をやるよ」 
 曲はそのまま途切れずに、「HERO」の前奏へなだれ込んで行く。 
 もう盛りあがって、歌いまくり。甲斐が左耳にイヤモニをしてることに気づいて、右耳めがけて 思い切り歌う。甲斐がマイクを向けて、俺らに歌わせてくれるとこもある。 
 バックの赤いライトも白いライトも全部ついてたのって、この曲やったっけ?熱狂のうちに1回目の アンコールが終わっていった。

 手拍子と甲斐コールに応え、左から歩いて出て来たのは、今度は甲斐一人。大歓声。「甲斐ーーっ!」の叫び。 
 灰色に黒の豹柄がところどころ見えるTシャツ。豹柄でもこういうのはかっこいいな。 
 楽器は持たず、オケだけでうたう態勢。始まったイントロに、また「ウォーッ」と声をあげてしまった。 
 「スマイル」 
 この曲もまた久々や。やるとは想像してなかったなあ。 
 ストリングスによる演奏は、オリジナルより速めのテンポ。このツアーのために新たに録ったのだろう。 きれいな音のバラードで、甲斐の声を堪能する。 
 「胸を切り裂いてく」で甲斐は手を胸のあたりに。2番の後には「エーーイ」と声をあげる。客席から拍手が起こる。 
 終わりの音も、以前のライヴヴァージョンとは違ったように思えた。

 すでにメンバーが帰って来てる。 
 甲斐が最後の曲だと告げる。今回も壮大なバラードでしめくくるんやろうと思ってた。ところが、またしても意表を突かれた。 
 「涙の十番街」 
 うおお!最後にこの曲とは! 
 甲斐は銀のジャケットを着る。そして、今日初めて、サングラスを外す。 
 歌詞に合わせて、髪に櫛を入れるような仕草。蘭丸が刻んでる。今夜の序盤もそうやったな。こうしてライヴが終わっていくんや。 
 「こんなふうに 君を失う ために生まれてきちゃ いないさ」 
 甲斐の大きなテーマの一つでもあるこの詞が、胸の傷をえぐる。 
 「ハーートブレイカーー」と女声コーラスが力強く。これも新たに録った声のように聴こえた。 
 3番のサビの後、最後の繰り返し。「破裂しーそーなー 夜のなーかーでー 君をだーいていーる 十番街 こんなふうにー 君をうーしなうぅ ためにうーまれーてきーちゃ いないさ」 
 甲斐はそう歌った!オリジナル通りの詞で。これ、好きやねん!これまでライヴで聴いたどの「涙の十番街」でも、ライヴアルバムでも、最後は「バックミラー……」と最初の歌詞に戻る形やった。初めて聴けた。いちばん沁みる詞をもう一回聴けた。感激やあ。 
 後奏がゆっくりになっていく。甲斐は何度も「サンキュー!ありがとう!」と俺らに言ってくれた。

 甲斐とメンバーが、あるいはメンバー同士が、握手をする。抱き合う。手をつないでおじぎをする。その間、俺らは拍手をし、「甲斐ーーっ!」と叫んでいる。 
 メンバーが左へ去り、最後に残った甲斐もやがて行く。「甲斐ーーっ!」の声を浴びせた背中が、スタッフが広げた大きなバスタオルにつつまれた。

 

 蘭丸越しに甲斐が見えたり、めちゃめちゃいい席やったな。甲斐がドラムスやベースの台から飛んでフィニッシュの曲がいくつかあったけど、甲斐が強一を見てる時、蘭丸も甲斐を見てタイミング計ってるのが感じられた。 
 何より近いのがいい。甲斐がオフマイクで叫ぶ声も聴こえたし。「カモン!」が多かったな。 
 顔の赤みや、腕の血管まで見えた。バラード以外では、「もし歌詞忘れそうになっても、俺が教えるでー」くらいの気持ちで歌った。

 それにしても、ものすごいライヴやったな。このツアーは、ROCKUMENTを超えた。僕は通常のツアー以上にROCKUMENTが大好きで、再開を待ち望んできた。だけど、「愛のろくでなしツアー」は、それを超えたシリーズになってる。 ROCKUMENTは、甲斐が「マニアのイントロクイズになってる」とジョークにしたことがあったように、どの曲も大幅にアレンジを変えていた。 でも今は、大きくアレンジを変える曲もあれば、ストレートに原曲通りの曲もある。原曲通りと言ってももちろん、細かい部分には手が加えられ、「今の曲」になっているし、それを最強のメンバーが弾くねんから。 どんな曲でもやってくれそうやし、曲順も予測がつかない。 
 「愛のろくでなしツアー」はこれからも続くと確信できてる。早くも来年が楽しみや。いや、その前にもう一回このツアー、東京で見られるもんね。

 

 

2012年6月11日 Zepp Namuba

 

レッド スター 
ナイト スウィート 
浮気なスー 
~ムーンライト プリズナー 
橋の明かり 
カオス 
特効薬 
ダイナマイトが150屯 
渇いた街 
ビューティフル エネルギー 
~ミッドナイト プラスワン 
~ビューティフル エネルギー 
立川ドライヴ 
レイン 
モリー グラス 
きんぽうげ 
絶対・愛 
風の中の火のように 
漂泊者(アウトロー) 
マッスル

 

エキセントリック アベニュー 
HERO

 

スマイル 
涙の十番街

甲斐よしひろ 2011 愛のろくでなしツアー

2011年7月2日(土) Zepp Nagoya

 

 巨人の二軍が今週は関西に遠征に来てる。イースタン・リーグウエスタン・リーグのファーム交流戦だ。 神戸で3試合見て、今日は滋賀の皇子山球場。大田や、このシリーズ絶好調の隠善ら、若手の奮闘を試合終了まで 見届けてから、いよいよ甲斐のツアーに向かう。6月25日の横浜BLITZからスタートしたこのツアー、 僕は今日が初参戦や。 
 皇子山球場はJRの最寄り駅が大津京。滋賀といっても京都から2駅なので、名古屋へ向かうには一旦 京都へ戻って新幹線に乗るのが最も速い。駅弁を食べ終えたら、すぐ名古屋に着いた。十数分しか変われへん はずやけど、新大阪から向かうよりだいぶ早く感じたな。

 名古屋からは、初めて乗る「あおなみ線」。Zepp Nagoyaへのアクセスを調べたとき、これが JRなのか地下鉄なのか名鉄なのかわからず戸惑ったが、そのどれでもないらしい。単独の路線やったんか。 表示が多くてJRからの移動もすんなり。往復切符を買って、1駅先のささしまライヴ駅へ。 
 出口から長く曲がる階段を下りる。何もない道路に下り立ったが、たぶん左だろうと見当をつけて 歩き出す。こっちの方が遠くに大きな建物が見えるし、他の甲斐ファンらしき人々もこちらへ向かっている。 万一違ったとしても、引き返して間に合う余裕もある。 
 Zeppらしき建物が見えずちょっとだけ不安だったが、すぐに着いた。熱中症対策のスポーツ ドリンクを求めてそばのコンビニに入ったけど、ライヴ前の客で列ができていたので、自動販売機で済ませる。 臨戦態勢は整った。Zeppの中へ入って行く。

 まずは自分の席をチェック。思ったより真ん中や。いいぞ。 
 グッズは明日の地元大阪で買いたい。でも、CDだけは別や。甲斐のニューアルバムがツアー会場で 先行発売されているのだ。これは1日でも早く手に入れたい。しかし、グッズ売り場の列は長く、開演前の 購入は断念した。

 自分の席に戻る。場内のBGMはフラメンコやジャズ。洋楽のみが選ばれている。 
 ステージの上には、マイクスタンドが3本並ぶ。甲斐とツインギターのものだろう。後方には二つの台。 向かって左にドラムセット。右のやや低い台がベースのものらしい。今回はキーボードレス。甲斐の歌声をむきだし でぶつけて来るという。パーカッションもサックスもない。キーワードはロックンロール。 
 ステージの上方から、乳白色のライトが照らしている。横に8つ並んでる。気になるのは、舞台の床 に据えられて下から上へ向いてるライト。左右の端に数本ずつ。垂直ではなく、少し外向きに立っているのだ。

 いきなり大音量の声。「パワー トゥ ザ ピープル」だ。立ち上がり、手を打ちながら考える。 今日の大ラスは「破れたハート・・・」やな。ライヴに通い始めた84年 ・85年は、終演後の音楽がこれやった。そして、その前には「破れたハート・・・」が歌われるのが定番 やったから。 
 左手からメンバーが現れ、それぞれの位置に就く。左に英二、右に一郎。左奥のドラムに佐藤強一、 右奥にベースの渡辺等。僕は、観客は、「甲斐ーーっ!」と叫んで、甲斐の登場を待ち構える。 
 曲が始まる前に、甲斐は登場した。左手から歩いてくる。銀のロングジャケットは、襟の部分が 光を反射する。中は黒。えんじっぽい赤と黒が混ざったズボン。サングラスはゴーグル風で、藤色がかって いる。増し続ける「甲斐ーーっ!」の叫びと歓声に応える甲斐。そして、熱狂は始まった。

 「ディデュン!ディデュデュデュン!デュン!ディデュデュデュン!  ディデュン!ディデュデュデュン!デュン!ディデュデュデュン!」 
 真っ赤な照明とともに、驚くほど太く強いドラムスが響く。ほんまにめちゃめちゃ太い。それに、 何というか、音が粒立ってる。ぷるっぷる。そして、この音は「エキセントリック アベニュー」では ないか!まさかの1曲目や!「おおーーーっ!」って叫ばずにいられない。 
 ドラムスにかぶさって他の楽器が弾け、湧き上がる。その瞬間、甲斐は正面を向き、両の掌と指を 上へ向ける。客席から歓声と手を打つ音が爆ぜる。 
 歌い出し前のあのリズムがやって来て、俺らは手拍子を始める。上からの照明はピンク。背後からは 紫紺。妖しい世界。たしかに「愛のろくでなし」の歌か。 
 「ストレート ライフ」ツアーではピアノの上に腰掛けて歌ったりしてたけど、今日は強く動きながら 歌っていく。マイクスタンドの横に出て、スタンドを傾けて歌ったり。靴が見えるほど足を上げる。 ビートに乗って。 
 あれは、この前に「エキセントリック アベニュー」が歌われた「ROCKUMENT III」 だっただろうか。客席には、「エキセントリック」の「トリ」あたりで開いた片手を上げ、「アベニュー」 の寸前で肘を落とすアクションをする者が多かった。しかし、今日はほとんどいない。でも、俺は腕を低め にしながらやってしまう。気持ちいいのだ、これ。 
 間奏で甲斐は「ヨオオーーッ」と吠える。むき出しの声を聴かせるというツアーの旗標を最初から 叩き込んで来てるのだ。ベースも激しい。ドラムスはずっと太い音を叩き出してる。この曲をこれほどまで 表現できるとは。一郎が早くも前へ出る。 
 異色の1曲目やった。甲斐がちょっとした時に名前を挙げる、きっと自分でもお気に入りのソロ曲 「エキセントリック アベニュー」。しかし、まさか1曲目とは。このツアー、すごいことになってるぞ!

 きれいな前奏に、またも意表を突かれた。2曲目もアップテンポの曲ではない。 
 「レイン」 
 歌い出すまでに、甲斐は右へ左へ動いて観客にアピールする。静かに聴くべきかという俺らの思いを 見透かしたように、身振りで「歌っていいぜ」。最初からみんなでうたう。 
 サビでは客席がメンバーとともにコーラス。「できはしなーいー」。いつもは語尾を縮めてすぐに 甲斐といっしょに続きをうたうねんけど、今回は全員でコーラスするのが心地いい。「レイン」の新たな 魅力に気づいた。 
 今度は英二が前に出る。甲斐は後奏でファルセット。生のヴォーカルをここでも体感させる。 
 この2曲でメンバー個々の、そしてこのバンドの力量を知らしめた。新しいバンドの自信に満ちた宣言 とも言うべきオープニングやった。ライヴでは初めて聴く佐藤強一と渡辺等の音は、とっくに俺の心を 掴んでた。

 「甲斐ーーっ!」の声に応えてから、最初の短いMC。 
 「3年振りのソロツアー。目一杯やります。身も心も捧げられるナンバーばかり。目一杯やるぜ!」

 去年、プロになって初めて照和でライヴをやったこと。その映画 「照和 My Little Town」 のDVDが出たこと。その二つに触れてから、照和でも歌った曲を次にやると告げる。 
 このタイミングでやると思ってたで。最初のMCの後に。抽選にことごとく外れて行けなかった照和 ライヴでも、1曲目やったというし。ここがステージの第二のスタートでもあるもんね。 
 後ろを向いた甲斐の右手に、黒いものが見える。おお、ハーモニカ吹くんや! 
 「黒い夏」 
 曲の幕開けからわくわくしてくる。めっちゃロック!甲斐に黄色いライトが当たってる。ハーモニカが いっそう「黒い夏」を燃え立たせる。 
 映画でもそうやったように、甲斐はオリジナルとは譜割を一部変えて歌う。 「君がそっとうーつむーいーて」というように。 
 ほんまにめっちゃよくて、笑顔になってしまう。間奏もすごい。そこへ入るハーモニカがまた最高や。 甲斐も自ら参加するコーラスが挟まる。ここからさらに楽器が増えたように高まっていく。再び甲斐の ハーモニカ。この昂揚感。燃える燃える。しかし、甲斐はハーモニカを持ったままマイクをスタンドに 戻そうとして、落としてしまう。マイクは甲斐の左に。すぐに拾って3番へ。 
 僕が「黒い夏」を生で聴けたのは、これまで「ROCKUMENT II」だけやったけど、 あのときはゲストと半分ずつ歌ってんなあ。ずっと、甲斐のヴォーカルだけで聴きたかった。念願が叶ったぞ。

 イントロに興奮しすぎて、一瞬どの曲かわからんかった。 
 「港からやってきた女」 
 ここで来るか。まだ4曲目やで。 
 3番に入るところから静かになるヴァージョン。「まだまあーってるのさあ」から再び甲斐は強く歌い、 演奏も激しくなって、会場がなおいっそう沸き立つ。大騒ぎのサビを経て、最後はあのお楽しみ。甲斐たち が「バイ!バイ!バイーッ!」と叫ぶ。語尾は上げず、突き放し気味の、あくまで強く乾いた叫びだ。 俺らは右手を上げて応える。「フーーッ!」。このやり取りが3回で終わると見えたが、もう1回やって くれる。めっちゃうれしい。これ、甲斐ファンみんな大好きやろ。

 甲斐がアコースティックギターをかける。NTTのCMソングだった曲をやると言う。 「最近までこの曲のよさをわかってませんでした」というジョークを交え。ほんまは自分でも気に入ってる くせに。発表当時から、「書いてよかった」って言うてたし。 Series of Dreams Tour Vol.3でも 取り上げかけ、2年後のアコースティックツアーでは、松藤と クラッシャー木村とともに1曲目にうたってくれた。名曲やで。 
 「スウィート スムース ステイトメント」 
 「君がむ ねーに灯をとも すまで」と、甲斐はリズムに合わせて少し切るようにして歌う。 この詞は一行ずつ息継ぎなしだと歌いにくいやろうから、そのためなんかな。 
 静かめの曲やけど、今日の甲斐は強く歌っていく。低音を効かせるように。 
 「君の代わりなんかー いやしなーいー」というニューヴァージョンの歌詞も使った。 
 最後の「君のものー」の繰り返しは少なく、後奏へ。そのまま終わると思いきや、再び「君のものー」 のリフレインが戻ってきた。 
 このツアーは第一期ソロが多く聴けるのもうれしいな。

 ギターのあのフレーズ!「スウィート スムース・・・」に聴き入ってた観客に、一瞬でまた火がつく。 
 「ジャンキーズ ロックンロール」 
 甲斐はAメロを少し変えて歌う。「とってもいかーしーてる」とか。ここでも乾いた感じ。 ブルースっぽい聴こえ方もする。かっこいいぞ。詞もときどき花園ヴァージョンになるし。 
 2番のサビで、甲斐が一郎のそばへスタンドを持って行く。一郎は来ないかと見えたが、サビ後半で 自分のマイクスタンドから甲斐のスタンドへ移動。一緒に「ジャーンキーズロックン ジャーンキーズロックンロール」。 
 何かノってるうちに、気がつけば2番まで終わってた。いつの間にか間奏や。もうノドカラカラ。 ベースが比喩ではなく胸を叩いてくるし。ものすごい迫力。 
 最後の繰り返し。終盤は「ジャン ジャン ジャンキーズロックンロール」を2回続けた。 
 ああ、それにしてもこの緩急よ。「港・・・」から「スウィート スムース・・・」行って、 また「ジャンキーズ・・・」って。俺らはバンドに引きずりまわされてるようなもんやな。 いや、どんどん引きずってくれ。

 ギターとともに高まるビートは、またもや意外な曲。 
 「裏切りの季節」 
 「甲斐よしひろ 早川義夫 パワステ夏祭り」で、 オリジナルのロングヴァージョンを早川義夫と分け合って歌うのは見たが、甲斐が1人で歌うのを見るのは 初めてや。自分のライヴで歌うのって、ほんまに久々なんちゃうかな。 
 今日はライヴアルバム「サーカス&サーカス」のサイズ。このアレンジにこだわりがあるのだろう。 
 歌い終わると、「23…のとき以来? 甲斐バンドの最初のライヴアルバムに入ってる。ジャックスの カヴァー。紙ジャケで出てるから買うように」と言っといて、「「ハイ」って言うな。買ってないってこと だな」とオトす。

 「このツアーのテーマは、”ロックンロール”。と言いつつ、見せ場は今のようなロッカ・バラード であったりもする。」 
 甲斐は「裏切りの季節」をバラードとして認識してるんや。激しいイメージもあるけど。甲斐の バラードには、絶唱する激情のバラードも多いもんね。まさに、ロッカ・バラード。初のバラード・ベスト のアルバムタイトルにもなってるこの言葉、あらためていいなあと思う。

 「自分が自分にしたことは覚えてるけど、ひとが自分のためにしてくれたことは覚えてない」 
 そううそぶいてから、「歌手で俳優の、竹本孝之くんに書いたナンバーを」。 
 「Weekend Lullaby」 
 これはもう、正真正銘、ライヴでやること自体、初めてのはず。 
 この曲も甲斐は、低音を効かせてうたう。「コンプリート リピート&フェイド」や 「HIGHWAY25」、あるいはサンストのカラオケ大会で聴いたのより、歌がたくましく響く。 「都会」はやはり、「まち」とうたった。

 「Weekend Lullaby」は、「行列のできる……」TV番組のスタッフからリクエストが あったそうだ。みんな甲斐の性格を知ってるから、きつく頼むのではなく、「……あれは、やりま…せん…よねー……」 とか言うらしい。 
 チェッカーズを書いてた売野雅勇に詞を書いてもらったと説明。リクエストを受けて、 「聴いてみたら、いい曲で」。そらそうやで。今までライヴで取り上げなかったのがもったいない名曲や。 聴けてうれしい。

 甲斐はイスに座っている。誰かに言われたのか、「松藤がいなくてもMCできる」と改めて宣言するのがおもしろい。 「松藤の呪縛」とも言ってたけど、これは松藤甲斐の曲名「ju-ba-ku」に掛けていたのか。 
 たしかに、松藤のいないツアーは久々な気がする。ノリオも前野選手もJAH-RAHも。 前野選手は、偶然同じ新幹線に乗っていたらしい。それで、一郎は、このZepp Nagoyaに来るように 誘ったとか。

 このツアーのプロモーションのために出たTVの話。バラエティ番組から。 
 「アカン警察」の収録後には、浜ちゃんが抱きついてきて「100点」と言われたという。 あの放送では、ひいき目なしに甲斐がいちばん面白かったもんなあ。「こんなんダウンタウンの番組で見たいか?」 と思える、泣かせるコーナーに、甲斐一人だけがダメ出し。一斉にツッコまれながらも、容認に回った松本に対し、 「君は子どもが生まれてから、どうして変わってしまったんだ」と訴えた。予定調和に見える部分が多く、 「これだけのメンバーがおってなんでやねん」と歯がゆかった空気が変わったもんね。 
 「深イイ話」についても一言。 
 「愛のろくでなしツアー」にふさわしい人物として、雨上がり決死隊の宮迫をツアーパンフでの 対談相手に選んだこと。もちろん、最高のほめ言葉です。 
 最近、ピース綾部フットボールアワー後藤らと飲んだりしてるらしい。

 そうやっていろいろな話をしてから、話題を震災へと踏み出す。 
 あの状況を見て、「歌は二の次だ」と感じたという。「まずは、被災された人たちが普通の生活が できるように」 
 そう考えて、米100キロとか、Tシャツを大量にとか、送ったそうだ。 
 そうして、二ヶ月ほど経ったとき、ラジオから「安奈」が流れてきたという。きっと、ミュージシャン として印象的なできごとやったんやろうな。歌の力とか、音楽にできることについて想ったんやろう。 でも、今夜の甲斐はそういうことは声高に主張せず、ただこう言った。「いろんな曲書いとくもんだなあ」

 「安奈」 
 僕はうたわず、聴くことに徹した。観客の多くもそうやったし、甲斐もいっしょにうたうように 伝えてはこなかった。 
 渡辺等の奏でる楽器が特徴があって。あれは、エレキのウッドベースとでもいうのだろうか。 どこまでが楽器なのか、銀の棒にウッドベースが刺さったみたいになってて。でも、途中でボディが 切れてて、下の方は銀の棒だけという。そのベースの音も生かした、温かな演奏やった。

 渡辺等を残してメンバーは去り、甲斐はマイクスタンドの前に立つ。それだけでもう笑ってる人が 客席にいる。すでにこのツアーに参戦して状況を知っているのか。僕にはその笑いの意味がわからない。 甲斐が後ろ手に何か変なものを持っているのか?

 しかし、甲斐が話し始めたのは、真剣な話だった。 
 このツアー会場で先行発売しているニューアルバム「ホーム カミング」について。 「MINORITY TRACKS SERIES Vol.1」と銘打たれたこのアルバムは、以前 リリース寸前まで行きながら発表されなかった音源がもとになっている。おそらく、「ホーム・カミング」 がサブタイトルになっていた、「ROCKUMENT IV」の頃に製作されたものだろう。当時のMC でも、そのようなことをしゃべっていた。 
 震災後、甲斐は「ホーム カミング」というタイトルがいいなあと感じ、新曲を3曲加えて出すことに 決めたそうだ。新曲には当然、震災を契機に書いた曲もある。 
 「自粛してる場合じゃないんで」 
 「大阪に行ったら、(街の灯かりが)明るくて。東京は、蛍光灯2本に1本が消されてて、 本当に暗いんだよ」 
 やがて、話はあるTV番組のことになる。BSで放送中のニュース番組で、「よい国のニュース」 というらしい。 
 甲斐は以前から「よい国のニュース」を見ていたというが、とりわけ引き付けられたのが、震災後の ある回で。その日は、こんな特集だった。 
 震災から何ヶ月か経ったら、被災地の子どもたちが、「地震あそび」や「津波あそび」 というものを始めるはずです。神戸の震災でデータが出ています。そして、そのとき、大人は 子どもたちを叱ってはいけません。震災のストレスはさまざまな形で子どもたちに現れてきます。 「地震あそび」や「津波あそび」はガス抜きなんです。大人は叱らずに見守ってやり、そのあそびが 終わったら、抱きしめてあげたり、手を握ってあげたりしてください。 
 その特集を何十分も放送した番組を、甲斐はすごいと思った。それから、曲を書いた。曲名はズバリ、 「よい国のニュース」だ。

 その新曲をうたってくれるという。ただし、「歌詞をまだ覚えていない」。そう言って、甲斐は ファイルを持った手を前に出した。さっき笑ってる人がいたのは、このせいか。驚く場内に甲斐は、 「間違えずに歌いたいんだ。これは、俺のステイトメントだ」。納得させたところで、新曲を始める。 
 楽器は、一人残った渡辺等のウクレレのみだ。 
 「よい国のニュース」 
 曲はウクレレの調べとともに、口笛で幕を開ける。甲斐が吹いているのかと思ったが、渡辺等も 口笛を吹く口をしている。でも、きっと、アルバムの音源も使ってるんやろうな。 
 「たおやか」という語が特徴的やと感じているうちにも、希望の詞がうたわれていく。 希望をうたった語尾が「ますよう」と聴こえる。何度も。「ますよ」とうたっているのか、「ますように」 と祈りを込めた「ますよう」なのか、甲斐がどちらの詞を書いたのかが知りたくなる。いずれにしても、 震災後の、今の日本にふさわしい歌や。勇気がわいてくる。希望が見えてくる。素晴らしい歌をつくって くれた。さすが甲斐!

 出演したTVのこと。今度は音楽番組。NHKの。 
 「普通は、俺たちが今やりたい曲、マニアックな曲を言って、局側はヒット曲をやってほしいと言う。 それが、そのときは逆で。スタッフが「ダニーボーイ・・・」を、とかって言ってきたんだよね」 
 聞いてみたら、その人は「ダニーボーイ・・・」で止まってる。「HERO」以降は認めないとか 言い放ったようだ。 
 そこで、自分たちがこの新メンバーでできることをと考えて、初期のある曲をやった。

 そんなMCに続いて歌われたのは、「かりそめのスウィング」。 
 渡辺等のウッドベース。シンバルが印象的でドラムスを見たら、強一は刷毛のようなのでたたいていた。 
 間奏で甲斐は身体を完全に横向きにする。左を向いた状態でステップを踏む。客たちに「軽くダンス してね」と呼びかけたナンバーやもんね。

 「ヒット曲は時を越える。季節関係なくなる」 
 一瞬、さっきの「安奈」のことを言ってるのかと思ったが、甲斐はやはり「かりそめのスウィング」 の話をしていた。 
 「ヒットと言われなかったけど、30万枚売れたらヒット曲と言っていいと思うんだけど」

 甲斐がアコースティックギターを持ってる。曲が始まると、俺はまた「おおーーっ!」って叫んでしまった。 
 「ダニーボーイに耳をふさいで」 
 MCで触れただけで、歌わないのかと思ったら。やった! 
 甲斐はサビの語尾を張り上げずに歌う。「明かりをけーしてー」も「ドアをとざーしてー」も 「鍵をおろーしたー」も。最後の「あーの日ーー」だけは強く上げる。ライヴでこの歌い方は初めて聴いた かもしれない。 
 2番が終わると、あの高い単音の繰り返し。なんと、いつの間にか英二の右側に小さなキーボードが、 縦に置かれていた。英二がギターを持ったまま、右手だけはその音を叩いているのだ。 
 甲斐が「いーくつーかのーー」と歌うと、「パーパパーパパー」とコーラスが入る。オリジナル ヴァージョンの「ダニーボーイ・・・」や。ところが、そこからさらに曲調が変化していくではないか。 「いつものよーうにー いつものよーうにー ドアをとざーしてーー」。「悪いうわさ」からのメドレーで 歌われたときのアレンジになったのだ。さらにもう一度、「いつものよーうにー いつものよーうにー いつものよーうにー  ドアをとざーしてーー」。 
 2つの形を合体させ、繰り返しを増やした新ヴァージョン。うれしいとこだらけやで。

 甲斐が一人でアコースティックギターを奏ではじめる。「昨日鳴る鐘の音」かと思った。初期の歌 3連発かと。しかし、甲斐がうたい出したのは、早くもあの曲やった。 
 「翼あるもの」 
 弾き語りの「翼・・・」を聴くと、「STORY OF US」のビデオがよみがえる。あのシーン、 好きやねんなあ。映像も含めて。マックの最高のパーカッションなしでどうするのかと思ってたら、 こう来たか。 
 静かなギターとうたい方に聴き入って、俺は拳を上げなかった。上げる人もいるが、やはりいつもより だいぶ少ない。甲斐は1番で「翼濡らし」とうたった。 
 最初のサビが終わったところで、ドラムスが高らかに参戦を告げる。二人のギターとベースも続く。 甲斐はギターをとる、マイクをスタンドから外す、動いて強く歌い出す。いつもの「翼あるもの」へ。 照明も派手な白・赤・青・黄。俺らはもちろん、みんな拳を上げる。 「おーれのー うーみーいにつーばさひろーげー」。そこで甲斐が自分の正面に来た。めちゃめちゃ燃える っちゅうねん。 
 後奏。両手を上げるポーズを長く、じっと。甲斐の指の組み方もしっかり見える。影が甲斐の腕から 手へ、そして指先まではい上がってから、甲斐は身体を折った。 
 いやあ、バラードからいきなり「翼・・・」に来るとは。いつもなら盛りあがる曲で橋渡ししてから やのに。 
 さっきのMCで言ってたテレビ人の言葉を思い出す。「ダニーボーイ・・・」から先へ進んだ、 甲斐バンド中期最初のアルバム「誘惑」の曲やで。後にもいい曲あるやろ。どうや。

 しぜんに「漂泊者(アウトロー)」を待つ態勢になる。が、鳴らされたのは他の、しかしめっちゃ 盛りあがる曲の前奏やった。 
 「三つ数えろ」 
 「ウフッフー」のコーラスが最初からある。「誘惑」からさらに次のアルバム「MY GENERATION」 へ進んだな。 
 「俺の車をけとばしーたー」で、甲斐はスタンドを殴り倒した。歌詞に合わせたアクションなのか、 それとも、実際に今イライラしてるのか。そういえば、持ち上げたマイクスタンドをステージに叩きつけて 置いた場面が何度かあった。右ソデへ強く指示を飛ばしたことも。どこかに甲斐をいら立たせるものが あったのかもしれない。歌や演奏やMCでは、そんなところは少しも感じられなかったが。 
 今日はタイミングを変えて、「満足なんかー できはしないさー」と歌っていく。これは1番から 最後までずっとやった。 
 後奏には「ウフッフー」がなかった。甲斐自身が「ウフッフー」と歌うと、渡辺等も声を合わせた。

 ここであのイントロ!俺は跳ねる。 
 「漂泊者(アウトロー)」。 
 また一つアルバムを進んだぞ。「地下室のメロディー」へ。 
 熱狂のうちに「漂泊者(アウトロー)」が進む。いつものように左から右へ光が走っていたような 気もするが、そんな気がしただけかもしれない。間奏で英二と一郎が前へ。甲斐は一旦、後ろの台に置いた 飲み物を口にして、やがて前へと躍り出る。「バクハツ」で今夜の甲斐は、少ししゃがみかけるだけ。 そこからさらにドラムスが激しさを増すニューヴァージョンだったからか。どんどん熱を高めながら終局 まで突っ走る。「誰か俺にー 愛をくれーよー」客席にマイクを向ける。俺らはそこへ向かって全力で歌う。 最後の「愛をくれ」は甲斐が歌う。いつものこだわりや。

 たたみ掛ける前奏に、「おおーーっ!」と狂喜する。リズムはややゆっくり目か。ここに持ってきて くれるとは!「漂泊者(アウトロー)」の後に。甲斐がマイクスタンドを縦に蹴上げる。 
 「絶対・愛」 
 一気に飛んでFIVEの曲や。そういえば、今日FIVEは初めてか。ソロの曲とか多かったから、 全然そんな気せんかったけど。 
 甲斐は、指を突き出した拳を思い切り投げるように「HEY!」。一郎たちも同じように。 俺も一緒にやってみる。いつもは握り拳やけど、同じ指の形にして。いつもは「ヘイ!」って短く叫んで、 すぐに続きを歌うけど、「ヘーーイッ!」て完全にコーラスする。やってみたら甲斐との掛け合いが めっちゃ気持ちいい。 
 「そんな愛は嫌だろう」の後は新たなアレンジ。スタンド横廻しは変わらず健在や。 
 サビの繰り返しから曲が絶える瞬間は「絶!対!愛!」。

 甲斐が「最後の曲になります」と告げ、「もっと聴きたいよ」という想いの歓声が湧く。甲斐は アコースティックギターを手にしている。そして、静かに曲がたちあがる。 
 「嵐の季節」 
 前奏で、甲斐はギターを背中にまわし、ハーモニカを吹く。つらいときを励ますための歌。 今年は特に。その思いからのこの曲であり、このアレンジなんやろう。静かな曲でも今日は低音を目立たせ、 強く歌ってきた甲斐が、ここでは独特のハスキーな声を聴かせる。高音が沁みる。僕はゆっくりと拳を上げる。 思いを込めて。 
 しぜんに起こった拍手につつまれてから、2番へ。甲斐は後ろ手で、背中のギターのネックを握る。 歌詞の合い間にさっとギターを前へ。それを弾き始めたところがサビの頭だ。 
 「そうさコートの襟を立て じっと風をやり過ごせ みんな拳を握り締め じっと雨をやり過ごせ」 
 繰り返しが客席にゆだねられる前、甲斐はギターを手渡す。メガネのローディに。ギターを指して 何か告げた。それからステージを左へ右へ。叫び、歌い、バンドに指示し、観客の声を引き出していく。 
 再びバンドとともに歌い、甲斐が最後の詞を歌う。今度は爆発的な拍手になる。しかし、見せ場は ここで終わらない。静かに戻った後奏に、甲斐のハーモニカがもう一度重なるのだ。万感の思いが聴こえて くる。やがて、強一のシンバルが震える。間をとってから、ものすごく太い音が「ダーーーーーン!」と 轟いた。

 メンバーが去り、甲斐も左ソデへ行ってしまうと、アンコールを求める手拍子。「甲斐ーーっ!」の叫び。 熱心な甲斐コール。 
 スタッフがマイクスタンドをさわっている。「破れたハート・・・」をここでやるのか?英二の左手に キーボードが再び出てきた。こうして見ると、特別小さいわけでもないみたい。この形で何をやる? それよりも、手を打ち、「甲斐ーーっ!」と叫ぶ。甲斐に伝えたいのだ。燃えてるぞ、早く戻ってきて 歌ってほしいぞと。

 現れたメンバーが跳ねるビートを叩き出す。俺も跳ねる!跳ねる!白いジャケットに着がえた甲斐が、 真ん中の後ろから登場や。マイクスタンドを蹴り上げる。 
 「ダイナマイトが150屯」 
 同じライヴで「絶対・愛」と「ダイナマイト・・・」両方やってくれるんがまたうれしい。 
 もう興奮して跳んで歌って手打って拳上げて。甲斐ばかり見ていて、結局キーボードが使われたかどうか わからんかった。

 メンバー紹介。英二。強一。等。一郎。今日一回でこのバンドの虜や。ほんまに太い音やねんもん。

 「風の中の火のように」 
 その太い音で駆けて行く。みんな手拍子で着いていく。 
 甲斐が「愛な のに」と歌った瞬間、バックでライトが真っ赤に燃える。縦4つ横2つ並んだ、大きな 8つの赤だ。甲斐の姿はしかし、青で貫かれている。「風の中の火のように 風の中の火のように」。 繰り返していくにつれ、バック下方から赤が増してくる。こちらは馴染みのある2×3個の赤玉で、 小さめながら並んでいくつも。新しいライティングもまたよし。

 2度目の甲斐コールに応えた甲斐は、白いTシャツになっていた。黒い写真のプリントで、左に 外国人女性の裸の背中が見える。写真の上に銀の文字。最初の単語は読み取れないが、「NUDE」という 文字が続いてるのはわかる。

 前奏に、そうかなとは思ったものの、確信が持てず、最初の拳を上げられなかった。 
 「HERO」 
 激しくて、かっこいい。この新たなメンバーでの「HERO」や。 
 シンプルな肌色がかったライトが軸になってる。そこへ「翼・・・」の白、赤、青、黄。よく見ると 他にいろんな色も使われている。でも、よく見る暇なんかないもんね。甲斐たちとともに、緩むことのない このスピードを感じて行く。

 震災について、甲斐が再び口を開く。 
 ようやく、いい方へ向かいつつある。そう感じられるようになってきた、と。そりゃあ、まだまだ だけど。ほんとに少しずつかもしれないけど。 
 そういうことを言った後、語気を強めて付け加える。「政府は、ぜんっぜん、だめですよ」 
 元の口調に戻って、「その分、周りの、自衛隊なり、地元なりががんばっている」とたたえた。 
 会社や政治家の名前を少し挙げ、ちょっとほめたり、鋭く刺したり。

 「(当初は)アンコールは1回で、さっと3曲やって終わりにしようかという話も出たんだけど、 自粛自粛じゃしょうがねえだろ」 
 「「おひさま」見て泣いてる場合じゃねえなとも思いつつ泣いてしまう。日本人がいちばんつましい 暮らしをしてた時代の話だからね」

 それから、グッズ売り場近くに置かれた、募金箱について語る。 
 「ポケットの小銭でいいんで。ちゃんと、ねえ、持っていく。僕らは(このツアーで)仙台にも行くんで。 僕は、釜石まで足を延ばそうと思ってます」 
 長いラグビーファンでもある甲斐は、釜石につながりがあるのかもしれへんな。

 5月の末から、 JOYSOUNDの着うたフルのサイトで、甲斐はチャリティ配信を行っている。収益は全て 被災地のために寄付される。その歌をうたうという。「役者で歌手の、吉岡秀隆くんに書いた曲」とも紹介された。 
 「光あるうちに行け」 
 甲斐はこのバラードも、低音を中心に強く歌ってゆく。 
 この歌で伝えたいことが凝縮されている詞のひとつが、「君を失うために 生まれてきたんじゃない」 やと思う。演奏も高まるクライマックスで歌われる。甲斐はその後半を、フェイクして高く歌った。 「生まれてきたんじゃなーい」。この一行に込めた思いをあふれさせるように、「き」の音から高く上げたのだ。 甲斐のテーマとも言える詞でもあるもんな。甲斐は、「君を守るために生まれてきた」とは歌わない。 「君を失うために生まれてきたんじゃない」と、ほとばしる切ない痛みを叫ぶのだ。

 全ての歌を終えたバンドが前へ。甲斐たちは並んで、挙げた手を握り、みんなでお辞儀をする。2回。 次に手が挙がったところで動きをとめる。甲斐がメンバー一人一人と握手し、ハグをする。いい笑顔や。 その間ずっと観客からの拍手につつまれている。「甲斐ーーっ!」の声が飛び交う。メンバーがそれぞれ ちょっと控えめに歓声に応え、最後に残った甲斐が客席すべてに応える。 
 かつて終演後に流された「パワー トゥ ザ ピープル」が始まりを告げたこのライヴ、 今聴こえるのは、このところ続けられている「アヴェ・マリア」だ。

 ロビーに出て、ドリンクのコインを交換する。ペットボトルにZeppのストラップが付いていた。 開演前に客席で何人かが持ってるのを見かけ、こういうのがハヤってんのかと思った。 
 並んでニューアルバム「ホーム カミング」を買う。売り場の脇に人だかりができてるのは、 アルバムの曲順が掲示されてたからやった。なにしろ緊急リリースのため、CDにはジャケットも歌詞カードも 付いてないのだ。僕も携帯で写真に収める。これがないと新曲のタイトルさえわかれへんし。 
 募金箱には、ささやかながらお札を入れた。自分の好きなものを見に来て、そこで募金に協力するのが、 自分らしい義援金の送り方やと思う。

 英二と一郎がギターバトルしてたのがどの曲か、思い出せない。前半やったと思うねんけど。 
 一郎の髪がたなびいてることが多かった。あのあたり、風が送られてたのだろうか。 
 そんなひとつひとつの場面を思い起こし、ライヴの流れを振り返る。そうして感じたのは、 「このツアーは、今までのどのツアーにも似ていない」ということやった。そんな気がする。 1曲目といい、激しい曲とバラードを行ったりきたりする展開といい、取り上げた曲目といい、 後半盛りあがりへの入り方といい、そこでの曲順といい。 
 それと、予告された通り、甲斐の生の声も堪能した。

 次は続けて明日見られる。しかも、地元大阪でや。

 

 

2011年7月2日 Zepp Nagoya

 

エキセントリック アベニュー 
レイン 
黒い夏 
港からやってきた女 
スウィート スムース ステイトメント 
ジャンキーズ ロックンロール 
裏切りの季節 
Weekend Lullaby 
安奈 
よい国のニュース 
かりそめのスウィング 
ダニーボーイに耳をふさいで 
翼あるもの 
三つ数えろ 
漂泊者(アウトロー) 
絶対・愛 
嵐の季節

 

ダイナマイトが150屯 
風の中の火のように

 

HERO 
光あるうちに行け

Utsubo Park Music Forestaurant

2008年10月18日(土) 靱公園センターコート特設ステージ

 

 大阪で生まれ育ってずっと住んでるけど、靱公園って名前も聞いたことなかった。「うつぼ」って 読むねんな。調べたら、本町あたりにあるらしい。地下鉄四つ橋線の本町から行くと、すぐやった。

 かなり本格的な公園で、広い。花も樹も多い。そんで、女性の像も多い。「緑と芸術の公園なのです」 と言ってるみたいに。 
 縦長の園内を行く。ベンチや、広げたビニールシートで食事をとってる人たちも多い。けっこう みなさんに親しまれてる公園やねんな。 
 噴水の周りで親子連れがたわむれてる。けど、なんか異様。と思ったら、服着たブロンズ像やった。 こんなんに服着せるか。ちょっとすごいぞ。噴水のとこ一周ぐるっと、いろんなブロンズ親子が。

 やっぱ遠い。まだ歩くんか。駅から公園の入口までは近かったけど、センターコートにはなかなか たどり着かれへん。 
 目の前に道路が現れた。公園を横切ってるんや。どんだけ広いねん。これ渡って進まなあかんのか。 まだまだやな。そう思いながら道路の向うを見ると、交番があった。そして、そのすぐ後ろに会場らしき 建物が。アリーナはどっちとかスタンド○席はこっちとか、表示が貼ってある。もう着いてたんやね。

 センターコートの建物に入ると、まずトイレが目に入った。テニスコートでライヴっていうから、 トイレとかあるんかとちょっと心配してたけど、きれいなのがちゃんと。まあ、当たり前か。 
 弁当など食べる物やビールなんかも売っている。ただ、現金では買えないらしい。チケットと交換 してからやって。まどろっこしいな。人多いのに時間かかるだけちゃうの。開演も近いから、何も買わずに コートの方へ出た。

 1時25分。開演5分前にFM802のDJが登場。吉村昌広という人らしい。このイベントは、 「FLYING POSTMAN LIVE」で「produced by FM802」なのだ。 
 普段の、テニスコートとしてのセンターコートの紹介。ここでライヴをやるのは初めてで画期的だ ということ。 
 エコに配慮したイベントだってことで、ごみ担当のマツイさんという女性を呼び入れる。今日ごみ は8分別。ペットボトルのふたを集めると換金でき、それでワクチンを購入していることなどを説明。

 ステージはテニスコートの真ん中。正方形。床は緑で、四隅に鉄柱。 コート上につくられたアリーナ席も、スタンドも、 ステージをぐるりと取り囲んでいる。アーティストは全方向から視線を受けるわけだ。「360度VIEW!」 ってのが、今日の売りの一つでもある。甲斐は「ROCKUMENT」 シリーズで三方客席のライヴを続けてきたから、全然問題ないやろう。 
 僕の席はスタンド上段やった。左寄り。予想してたよりステージが遠いな。アリーナの人たちが うらやましい。

 最初のアーティストは、吉村さんが「まさかの」と形容した宮沢和史。 
 僕の席から見て、左手前からの入場。斜めに伸びた花道をステージへ。むこうを向いて座る。こちら はステージの裏側にあたるのか。残念やけど、仕方ない。たとえ甲斐の顔が見えへんかっても、絶対 楽しみ尽くしてやるもんね。 
 「宮沢・クルム・和史です」と名乗る。後で「今日はみなさんに”エア宮沢”をお見せしたい」とか も言ってた。トップバッターの強みやな。テニスコートならではのネタ、後の人はもう使われへん。 
 聴けたらいいなと思ってた「中央線」が1曲目。 
 客席はだいたい埋まっている。のに、前の方がところどころ空いてたりして。遅れて入ってくる お客さんもいるし、明るいから全部見えるし、歌いにくくないかなと気を遣う。それだけやったら仕方ない ねんけど、まだお客さんが少しざわついている。けっこうしゃべる人がおるのだ。松藤見たさに以前1度 だけ行った、ゴールデンウィーク服部緑地の「春一番」もそうやった。野外のアコースティックイベント って、本当に音楽が好きな人が集まるみたいなイメージで宣伝されたりするけど、あのときなんか ライヴ中に1列目ど真ん中で携帯でしゃべり続ける奴さえいたし。歌の最中にしゃべる神経が 信じられへん。 
 もっとも、宮沢は落ち着いていた。もう1つの難題、右後ろのビルでやってる工事の騒音にも、 「さすがの802も、工事までは止められなかったみたいで」と、客を和ませる。 
 歌はゆったり。聴かせどころでは狙って甘い声を出す感じ。 
 2曲終わると、宮沢がこちらに向き直る。寄って来て、こっちに近い方のマイクにスタンバイ。 どちらも正面にしようと、半分ずつ歌うようだ。こっち側のみんなが拍手。 
 映画「ナビィの恋」にインスパイアされたという曲も うたってた。曲前のMCで、何十年の恋愛を成就する物語だと要約してて、それはその通りやねんけど、 おじぃにも触れてほしかったなあ。僕にとっては、おじぃの映画なのだ。 
 最後の4曲目。「神よ。命よ」というふうに続く詞から始まったから、知らない歌やと思ってたら、 「島唄」やった。拍手が高まった。

 テニスウェアを着た女性が花道に現れた。ラケットと、スーパーのやつみたいなかごを持っている。 かごの中身は、何とサインボール。テニスコートにちなんで、アーティストがラケットでステージから 客席へサインボールを打ち込むという。ギターを置いた宮沢が、まんべんなく四方遠近に黄色いボールを 打っていった。

 40分ほどのステージが終わると、次のアーティストのためのセッティングが始まる。肘掛け椅子は 宮沢のものだったようで、スタッフが運んで行った。 
 アコースティックやからさくさく進むかと思いきや、そうもいかないようで。特に休憩だという アナウンスもなく、客自身がステージの様子を見て、トイレに立つなり何か買いに行くなりしろということ らしい。何組か続けてやってから1回長い休憩が入るような形ではないんやね。

 2組目は、peridots。 
 僕は全くの初めて。ギター弾き語りの男性と、キーボードの男性。キーボードの人は「ウラ」という らしく、ヴォーカルが「うーら、うーら、うーら」とコールしていた。 
 MCで「10月に熱中症なんて、しゃれにならない」と気遣ってくれたけど、ほんまに暑い。 よく晴れたのはいいけど、陽射しがきついのだ。僕はもうこの頃にはTシャツになっていた。1曲ごとに 水を飲んで聴いている。女性で帽子のない人は、アーティストのマフラータオルを頭に乗せたり、入口で もらったチラシをかざしたり。2時過ぎやもんな。今がいちばん暑いときか。 
 近年ファルセットを多用する若いミュージシャンが増えてる気がしてたけど、peridotsも そうやった。普通に歌ってて、やや唐突にファルセットに入る。曲を初めて聴く僕には、そう感じられた ところもあった。もちろん、自分の声の特性を活かしての曲づくりなんやろう。 
 太い芯のある詞を書く人みたいや。「労働」という歌もあった。「春一番」で「先端」という曲を 歌ってた青年を思い出しもしたな。peridotsの方が洗練されてて聴きやすいけど。 
 いちばん気に入ったのは、「リアカー」という曲。全体的にも好印象。peridotsは5曲の ステージやった。 
 テニス経験がほとんどないということで、サインボールは下から弱く打っていた。

 次が甲斐かどうかステージを注視する。「波」と入ったTシャツを着たスタッフが目立つけど、あの 人はずっといてるし。甲斐のスタッフらしき人は見つけられない。 
 このときのステージチェンジが最も時間がかかった。陽は照りつけたまま。左上空に見えていた 太陽は、どうやら少し向こう側へ移動している。そういうことか。左が南で、正面が西、僕の席は東側 なんや。陽が沈むまで西陽を浴びるねんな。もう覚悟した。 
 客席はさらに埋まっていた。最上段には銀のバーがあって立ち見スペースになっているが、そこに いる人の多くは関係者なのか、首からパスを提げているようだ。 
 南と北にスコアボードがある。右背後のビル工事は続いている。右奥のマンションのベランダから 覗いてる人たちも見えた。

 次に姿を見せたのは、真心ブラザーズ。僕が最も印象にあるのは、「拝啓、ジョン・レノン」。生で 見るのは初めて。甲斐以外は全員初めてなわけやけど。 
 MCはゆるい雰囲気。勝手なイメージやけど、みうらじゅんとかのノリもわかってくれそう。 黒いメガネTは、僕も持ってるつじあやののTシャツに似てた。歌はザックリ。 デビュー曲も披露してくれた。 
 前2組と同じく、2曲やった後はこちらを向いて歌ってくれる。さらに、その後は1人ずつ逆方向 を向いてのステージ。いいなあ。 
 ニューアルバムに入るという「傷だらけの真心」、よかった。 
 「テニスコートですが、野球場でよく流れる歌を」と言って、「どか~ん」。たぶん今日初めての 手拍子。「どか~んと景気よく」の後の「チャチャチャ!」も、みんなばっちり合ってた。僕も高校野球の 応援ノリそのままで。普段のライヴでもこの手拍子なんかな。「知らんぷり」の後の「ぷりぷり」は省略。 楽しかった。 
 真心ブラザーズ全5曲。ぶっきらぼうな感じで歌うねんけど、胸に響く。詞もいい。甲斐の他では いちばん気に入った。

 真心の次に甲斐を続けへんやろう。甲斐の後に静かな安藤裕子という流れも考えにくい。安藤裕子を はさんで甲斐というのが、コントラストが映えるのでは。 
 順番はだいたいわかったから、あとは甲斐がどの曲を歌ってくれるのか。本命は「破れたハートを 売り物に」。爽やかなムードのアコースティックイベントで、あえてやりそうなのが 「BLUE LETTER」。松藤といっしょやろうから、「甘いKissをしようぜ」はどうか。 「翼あるもの」のアコギヴァージョンもいいねんなあ。甲斐よしひろとしてのライヴやけど、 甲斐バンドツアーのアコースティックライヴでやる曲を歌う のだろう。前野選手のキーボードは加わるのか?ノリオは?JAH-RAHは?わくわくするなあ。

 売り子が客席をまわり出してる。野球場みたいに。チューハイとか。陽はまだまだ照っている。 飲み物売りに来るの、みんなありがたいやろうな。僕は甲斐のライヴ前やから、もちろん酒は飲まない。

 4組目は、やはり安藤裕子。写真と違うぞ。髪を短く切ってんな。ヘッドバンドしてる写真から、 Superflyの越智志帆みたいな雰囲気を想像してたけど、今日はヘッドバンドなし。 かわいらしい感じのファッションやった。客席には、ヘッドバンドして幼い子を追い掛けるお母さんの姿も あったけど。 
 見た目は本上まなみを連想した。MCの声は小さく、弱い。頼りなげな話し方。「もへ」とか 「ふみゅ」みたいなイメージ。いや、もちろんそう声に出すわけじゃなくて、全体のイメージが。 
 北側のファンから、「タンブラー使ってくれてありがとう」と声が掛かる。え。ファンがプレゼント したタンブラーをステージで使ってるってこと?そりゃあ、あげた娘はうれしいやろうなあ。 
 歌声は高くてきれい。唯一知ってる「のうぜんかつら」も聴けた。 
 お母さんがここでテニスの試合に出たことがあるって言うてたな。それで、みんなに「ここでプレー したことのある人?」って聞いてた。だからかどうか、サインボール打つのはなかなかうまいねんな。ただ、 北側に向く前に全部打ち込んでしまって、頭を下げていた。

 さあ、いよいよ次が甲斐じゃないのか。ステージ上のスタッフたちをよおく見る。遠目には、 見覚えのある人の姿は確認できひんかった。 
 しかし、1人のスタッフが左でギターを弾くのを見て、確信した。やっぱり甲斐や。いっぺんに ドキドキしてくる。甲斐が出て来るぞ。

 DJから甲斐の名前が呼び上げられると、「おお~お」という低いどよめきが起こった。 「ついに来たぞ!」という僕らファンの興奮に、「大御所の登場や」「じゃあ、トリは誰なんや」 「このアコースティックライヴに異質なアーティスト、どんなステージを見せるのか」という観客たちの さまざまな思いが入り混じった声だ。 
 花道を行く甲斐は、黒い長めのコート。ズボンも黒。サングラス。松藤がその後に続く。やっぱり 松藤もやってくれるんや。 
 僕の近くには、女性4~5人のグループがいた。甲斐のライヴを見るのは初めてらしい。反応が 気になるとこや。彼女たちの第一声は、「黒ずくめやー」やった。 
 「甲斐さーーん」「甲斐ーーっ!」の声が飛ぶ。会場の雰囲気が変わる予感や。

 ステージに上がった甲斐の第一声は、「サンキュー」。 
 どのアーティストのときも、1曲目が始まる頃は客席の出入りが多く、ちょっとざわついている。 そんな雰囲気にも、「今日はいいねえ。みんなビールとか飲んで」と、意に介さない。 
 甲斐が左の立ち位置。松藤と2人でアコギを弾き始める。最初はやはり向こう側をむいて。 
 「風の中の火のように」 
 おお、ツアーでやる曲以外も歌ってくれるんや!おそらく今年聴ける最後の「風の中・・・」ちゃう かな。うれしいやん。 
 間奏。甲斐も松藤も、「ララララ ララララ」と歌わない。あれなしで叫ぶんやと思ったが、 「ウォーーイェーーー」もなし。思う間もなく「なぜみんな」に入っていった。間奏ショートヴァージョン や。時間が限られてるからか、アコギだけで初めての客をつかむためか。いずれにしても、この ヴァージョン初めて聴いたな。 
 近くの女性たちは、「これ、ドラマの主題歌やったやんな?」「何ていうドラマやっけ?」 「ギター左で弾いてるー」 
 僕は「『並木家の人々』やがな」と思いながら、甲斐に集中。

 「甲斐バンドのドラマーで、今日はギタリスト。松藤英男。拍手を」 
 そうして松藤を讃えてから、「今は甲斐バンドのツアーの真っ最中なんで。ここで、甲斐バンドの ギタリスト田中一郎を呼びましょう」 
 花道から一郎が歩いて行き、拍手で迎えられる。 
 今まであまりこちらを見てくれなかった甲斐が、ステージのこちら側へやって来る。向こう側の ことを、「こっちばかり優遇されることはないよね」。こっち側の僕らは、よろこんで大きな拍手。 
 「ただ、こっちで歌うには問題がある。バンドの音が聴こえない」 
 見ると、これまでのアーティストはたいてい東西両側に2つずつ計4つモニターを置いていたが、 今はあっち側の2つしか置かれていない。 
 「でも、俺はやるから」 
 うれしい約束に、僕らは再び拍手。

 「「裏切りの街角」という曲を」 
 「おおー」という反応が、けっこうあった。甲斐ファンも思った以上に来てるのか。 
 あの前奏を、松藤と一郎のアコギ2本だけで、忠実に再現。 ソロのアコギツアーでやるときとまた違うのだ。甲斐バンドの「裏切りの街角」だということを 明確に意識してのアレンジやと感じる。 
 短い間奏でも、「チュッチュルル」の音を抒情的に弾き切って、聴かせる。 
 甲斐はこちら側にも配慮しながらうたっていく。 
 「チュッチュルル チュルルッチュッチュチュチュ」

 「1曲目は甲斐よしひろで、(松藤の方を示して)セッションミュージシャン。2曲目からは 甲斐バンドとして・・・」って言っといて、「それはもう、いいね」と自ら打ち切ってみせる。観客の顔が ほころぶ。初めての人たちもどんどん打ち解けてくるみたい。 
 「さっき真心とも話してたんだけど、今日はもう何でもありだなって」 
 また空気が和み、それと同時に期待が高まる。さっき、サインボールを捕った人がファンに譲って あげたことがDJに紹介されたりして、だんだん馴染んできたこの会場の雰囲気。それをほめられたようで うれしいし。また、何でもありやったら何やってくれるんやって楽しみになってくるし。

 関西やから、タイガースの話題も。 
 「岡田監督が辞めて、真弓になるんだよね。僕、全く同い年なんで」 
 「ほー」というような声があがる。近所のおねえさんたちは、「え。じゃあ、50代半ば?」 
 「ということで、「安奈」をやりましょう」 
 甲斐は言葉にせえへんかったけど、真弓が女性の名前でもあるから、そのつながりという流れ やったんやろう。「裏切りの街角」以上に反応があった。

 「安奈 寒くはないかい お前を包むコートは ないけどこの手で暖めてあげたい」 
 「二人で泣いた夜を覚えているかい わかち合った夢も虹のように消えたけど」 
 好きな部分の詞が、今日はことさらに沁みてくる。 
 大きな拍手。おねえさんたちも、「泣いてしまいそう」「生「安奈」が聴けたあ」と感激の様子。 みんなに伝わってるで。

 ここまでは静かな曲が多い印象や。「ブライトン ロック」でもアコギでやってしまう、 アコースティックでも激しい甲斐を、見たことない人に知らしめてもほしいな。 
 そんな欲を感じてた時、甲斐が言った。 
 「今日は何やってもいいんで。「漂泊者(アウトロー)」を」 
 この言葉に、一気に燃える。他の甲斐ファンも同じに違いない。 
 「安奈」でイスに座ってた甲斐が立ち上がる。あのアコギでも強靭な「漂泊者(アウトロー)」の 前奏が、2本のギターで掻き出される。この太い音。一郎が立ち上がる。松藤も呼応するようにすぐ立ち 上がる。 
 甲斐は動きまわって歌う。ステージこっち側の縁からはみ出さんばかりに。角の支柱のそばまで。 歌い方も当然ブルースヴァージョンじゃない。バンドでやるときと同じだ。「SOSをおー 流してるうー 」と猛々しく上げていく。サビでステージ真上の赤いライトが点滅する。いつの間にか夕方になってる らしい。甲斐はしきりに動く。こっちにモニター置かなかったのは、甲斐が好きに動きまわるためやった のか。コードを持ってマイクを投げ、弧を描かせてキャッチ。客席が沸く。めっちゃ反応がいい。 間奏じゃ甲斐のハーモニカ。さっきまでは抒情的に吹いてたけど、この曲では別。音を切って激しく強く。 そして「誰か俺に愛をくれよ」と歌う。「誰か俺に愛をくれ」。「爆発 しそう」は、一郎・松藤と絶妙の 間で。 
 燃えたで「漂泊者(アウトロー)」。センターコートの空気も一変してる。

 立て続けに、「今日は自由だから、「HERO」をやりましょう」 
 歓声があがる。立ち上がる人々もどんどん増えて行く。ギターの前奏、今日はシンプルなリズムで。 みんなノりまくり。掛け値なしに今日いちばんの手拍子とスタンディングで「HERO」や。 
 甲斐はもちろん動きまわる。こっちのスペースを縦横無尽。めちゃめちゃ盛りあがってる。みんな 甲斐の世界に引き込まれてる。甲斐が北側を向いて歌いながら、コートを後ろにずらして両肩を出し、 すぐに戻す。ファンにはおなじみの動作やけど、南側を中心にどよめくような歓声が起こる。もう完全に 甲斐のペース。間奏もマイクスタンドを持って動き続け、スタンドを広いスペースに置いて再び歌い出す。 そっちを向いて。あっちを煽りながら。「海は枯れ果ててえ月は 砕け散ってもー」甲斐はそこで マイクスタンドを蹴り廻す。ひときわ大きな歓声。バンドヴァージョンのようにはっきり間を空ける アレンジじゃなかったのに、あのわずかな時間でマイクスタンドを廻すとは!今日はせえへんのやと 思ったから、ことさら興奮する。一郎も松藤も再び弾き始めるタイミングをばっちりずらしてたな。 
 歌い終えた甲斐は後奏のなか、サインボールを投げる。右で投げてる。小さいボールは右やっけ? 四面ともに投げ付けるようなアクションで。全部投げると空になったかごを足下に放して転がす。 向こう側に戻り、もう一度マイクスタンドを左足で外側に蹴る。弧を描きかけたスタンドは、しかし廻り 切らない。左の一郎に当たったのかと思った。一郎に当たりかけたのか、それともコードがからまった のか。廻らないとさとった甲斐は、スタンドが左に水平になった時点ですぐに右に真っ直ぐ引き戻した。 これがまた絵になる。歓声のなか、甲斐は「サンキュー!」ともう一度繰り返した。

 この日最高の盛りあがり。出て来たときとはまた違う、「すごいもん見たあ」という大きなどよめき のなか、甲斐たちが花道を引き揚げて来る。「甲斐ーーっ!」の声。拍手。 
 曲の間にも何度もあったけど、女のひとたちがため息まじりに「かっこいいー」と声に出している。 近くのおねえさんたちも、「かっこいいー」「めっちゃ楽しめた」「「HERO」って聞いて、 「キャー!」言うてもうた」 
 僕は「見たか!」っていう気持ちで満たされていた。甲斐を初めて見る人たちにも、強烈な インパクトを与えられたと思う。

 甲斐の余韻を楽しみつつ、食べ物売り場を覗いてみる。「ホットドッグ、サンドイッチ、パニーニ、 全部100円でーす。現金でもお求めいただけまーす」開演前とえらい違いやな。お得になったパニーニを 買う。 
 席に戻って、空の下で食べる。もう陽は沈んでいた。パニーニって、グリーンスタジアム神戸で おいしいのをよく買うけど、あれとはかなり違ってた。野球場のはハンバーガー状で、鶏肉とチーズや トマトやレタスなんかがはさんである。今日のは、白くて長いやわらかいコッペパンで、具はきんぴら ごぼう。もはやイタリア風サンドイッチの面影なし。でも、これはこれでおいしかった。きんぴらドッグ って感じで。

 次のアーティストを呼び入れる前に、DJ吉村さんは客席のあちこちに出現してインタビュー する。今回は「甲斐よしひろさん率いる甲斐バンド、ものすごいことになってましたね?」って質問。 吉村さんはこの後も、甲斐に触れる度に、「すごかった」と言っていた。

 秦基博の入場。黄色い歓声がたくさん飛ぶ。おねえさんたちは、「秦基博って、「キャー」なんや」。 僕ももっとアーティスティックというか、静かなファンが多い人のような想像を勝手にしてた。北側の 右端あたりは、スタンディングオベーションで迎えてたな。 
 曲は静かめのをじっくりという感じ。やはりファルセットを聴かせる。ファンも曲が始まると 落ち着いて聴きに入る。 
 「後頭部がもっさりしてるんで、見ないでください」とか、穏やかなMCにも、ファンに 愛されてるんやろうなというのが滲み出てる。 
 もう暗くなってるから、本格的にライトが使われ出してる。 軽く手拍子を合わせる曲も。 
 サインボールは間奏の間に。

 最後は森山直太朗。客席にちらほら見えてた、イーグルスカラーのエンジに黄色で「Q・O・」とか 入ってるマフラータオル、直太朗グッズやったんや。 
 1曲目。途中で止める。カポを付け忘れたという。「みなさんの拍手も足りなかったんじゃないかと」 
 曲は話題になった、「生きてることが辛いなら」。最後まで聴いたら、いい詞やって思う。反感を 持つ人もいるということ自体は、わからないでもないけど。 
 2曲目。ラストでハーモニカホルダーがマイクにぶつかったような。「反ってうたい上げてたら、 立ちくらみがして」。ジョークなんやろうと思いつつ、もしかしたらほんまなのかとも。カラオケで 歌いまくってて酸欠になるときあるけど、プロでもそうなることがあるのだろうか。 
 森山直太朗こそファルセット満載なわけやけど、3曲目は初めから。1番が半分くらい終わってから 止める。何か間違えたらしい。もう1度うたい直し。「僕よりも、僕をトリにしたFM802が悪いんじゃ ないかと」 
 マンションから覗いてる人らに手を振ってみせる。その後で、「金払えよ~」 
 サインボールを投げ入れるのは嫌だとも。「これからもみなさんと仲良くしてもらいたいから、 やりますけど」。この場合のみなさんって、すでに投げ入れた他のアーティストたちのことなのか、 サインボールを欲しがるファンのことなのか、判断がつかなかった。 
 ファルセットなしの4曲目で、森山直太朗終了。最初と最後の人が4曲ずつやったな。他の組は みんな5曲歌ったはず。宮沢和史森山直太朗は1曲ずつが長かったのかもしれない。 
 森山直太朗、嫌だと言いながらも、サインボール思い切り投げて遠くまで届かせていた。

 簡単なアナウンスがあっただけで、イベントはあっさり終わってしまった。最後に全員で1曲やったり せえへんの?DJの一言さえなかった。そんなもんなんかな。終了時刻は6時半をまわってたと思う。 
 アナウンスでは、ロビーでCD等を販売してるとも言うてたけど、売ってるとこっていうか、ロビー すらどこかわからんかった。北か南の方まで遠回りすればよかったのだろうか。CD見たい人もたくさん いそうに思ってんけどな。

 本町駅へ戻る道は混雑してた。歩いてると、「甲斐さんが」とか「甲斐バンド」とか言ってる声が 頻繁に聞こえる。ファンとして誇らしい。 
 駅が近くなっても混んでるから、御堂筋線の本町まで足を延ばすことにする。でも、御堂筋に着いて から思いなおした。2駅先まで、歩こう。気分いいねんもん。

 

 

2008年10月18日 靱公園センターコート特設ステージ

 

風の中の火のように 
裏切りの街角 
安奈 
漂泊者(アウトロー) 
HERO

甲斐よしひろ TOUR of ”TEN STORIES 2” 2008

2008年5月6日(火) 愛知県勤労会館

 

 ゴールデンウィーク最終日で混みあう駅。でも、俺のゴールデンウィークはまだまだこれからや。 
 選んだひかりは米原岐阜羽島でのぞみに抜かれまくり。名古屋まで各停やったとは。前に 岡山のアコギライヴ行ったときも、 こんな目にあったな。 
 名古屋で甲斐友と合流。相変わらず中津川や多治見がどっちの方角なのかわからず、調べながら 鶴舞へ。ちょっと久し振りやけど馴染み深い駅に降りる。 
 腹ごしらえをしようと、改札を出て右、つまり会場とは逆の方へ出て店を探す。どうもちょうどいい とこが見つからず、会場のある公園の外をまわって図書館の前を通り、結局遠回りして会場に来ただけに なった。 
 愛知県勤労会館にも店はあるねんけど、こういうとこって、何か高いイメージがあって。大阪の 厚年やったと思うけど、甲斐のライヴ前に入ってミックスサンドを頼んだら、レタスと何かを切らしてる とかで、ものすごくみすぼらしいサンドイッチを食べさせられたこともあったし。 
 そんな話をしてたから、いざ入った普通の喫茶店では、ミックスサンドを頼んでみる流れになった。 となると、飲み物はホットコーヒーに限定されてしまう。ちょっとした「三つ数えろ」ゲームや。アイス ココアを飲みたい気分やったし、コーヒーなんてめったに飲めへんねんけど、ここはノっとかんと。 
 店は開場を待つ甲斐ファンでいっぱい。だから待たされたけど、うんざりする程ではなく、 サンドイッチはひからびてなかったし、コーヒーも苦いばかりのぬるいものじゃなかった。おいしく いただきました。ごちそうさま。

 開場時間の数分前に会場に戻ると、すでに入場の列ができていた。っていうか、その列が動いてる。 予定より早くもう開場してるんや。さっそく列について中へ入る。

 ロビーの左右に人だかりができてる。グッズ売り場は右のようだ。左はCDやDVDだろう。グッズ を確認して何を買うか決めた頃には、買い物の列は階段の上まで伸びていた。帰りに買うとするか。客席に 入ろう。

 全体を見渡して雰囲気を味わいつつ、自分の席へ行ってみる。え!ど真ん中やん!マイクスタンドの 正面!やった!めちゃめちゃラッキー! 
 ステージが近い。勤労会館って、こんなに近かったっけ?ますますうれしい。 
 甲斐のマイクスタンドの左に、メンバーのマイクが1つ立ってる。右には2つ。やはり左が蘭丸で、 右に西村とノリオが並ぶのか。 
 ステージ後方の下に、ライトが見える。黒い横長の長方形の中に、円い小さめのが縦に2つ横に4つ 並んだおなじみの。シンプルな円い大きいライトも、一定の間隔で並んでいる。 
 BGMは洋楽。歌がないのもあるのも、両方。やがて気づいた。これ映画音楽ちゃうん。「TEN  STORIES 2」の選曲テーマが、映像が見える曲ってことやったもんな。「スティング」の テーマも流れたし、きっとそうや。よく聴くフランス映画の歌もかかったが、タイトルが思い出せない。 いつ聴いてもいい「What a Wonderful World」は、数多くの映画で使われてる はずやけど、いちばんに思い浮かぶのは 「12モンキーズ」やな。 
 甲斐のライヴが数分後に迫った今、名曲を聴きながら心に想うことは。「前のツアーから今まで、 俺は何をしてきたか」「もっとがんばれたんじゃないか」そんな、自分と向き合う気持ち。意識過剰かも しれんけど、甲斐のライヴには、そういうことを考えさせる力がある。

 ギターやベースの音チェックが始まったのが、もう開演時間5分前。予定の6時には始まりそうに ないな。でも、全然いいで。 
 6時を何分か過ぎてから、ブザーと2回目のアナウンス。そこからは曲が終わるたびに、音が大きく なったかもと思うたびに、ドキッ!とする。もうすぐ始まる。この曲が終わった後か。この曲を途中で 切ってか。タオルを用意し、シャツを脱いで待つ。準備はいいよ。

 BGMが大きく、手拍子しやすいものに変わる。幕開けに違いない。すかさず立つ。 
 オーディエンスの手拍子。客電が落ちる。左手から白い光。そこからメンバーが入って来る。拍手に 応えてそれぞれの位置につく。でも、蘭丸がいない。蘭丸が出て来てから、最後に甲斐が出て来るのか。 「甲斐ーーっ!」と叫び、手拍子をしながら、待ち構えて左をずっと見ていたら、歓声が大きくなった。 甲斐が真ん中の奥から現れたのだ。わあ、真ん中見てたらよかった!

 音が静かに起ち上がる。「TEN STORIES 2」の音だ。 
 「駅」 
 マイクスタンドに近づく甲斐。アルバムジャケットのイメージ通り、赤のジャケット。黒のパンツ。 横に長めのサングラスも、アルバムのジャケットと同じか。少し縦が細いかもしれない。 
 スタンドからマイクを取る。去年 はカヴァー曲を歌うとき、クラシカルなマイクを使ってたけど、今日はいつもの丸いマイクだ。 マイクスタンドの前に出て来てうたう。立ち上がってみると、マイクスタンドからステージ前端までの スペースが目に入って、開演前に見たときより遠く感じたけど、これなら甲斐が近い。後半の激しい曲に なったら、さらに前に出て来てくれるんやろうな。 
 「懐かしさの一歩手前で」から演奏が大きくなる。甲斐の右に西村。その右にノリオ。後方右の台に 前野選手。JAH-RAHは後方左の台。松藤はその左でアコギを弾いている。西村はエレキギターを肩に かけつつ、弾ける高さに設置された別のエレキも弾いている。FIVEのライヴで「風の中の火のように」 のとき、アコギがスタンドに固定されてあって、エレキを持ったヤッチが前半はそのアコギを弾いていた。 あの形だ。 
 バックの右側。ちょうど西村の後方あたりに、縦長の網があり、照明で緑に染め抜かれている。 
 「言葉がとても見つからないわ」の「ら」。竹内まりやのオリジナルから変えたメロディが、 アルバム以上によくて感激。 
 「思わず涙あふれてきそう」。他の言葉ではなく、「あふれて」なのが、今日は印象的や。 
 間奏のメロディオンは前野選手がやっているのか。そう思って見てみたけど、うつむいていて口元が 見えず、確かめられなかった。 
 後奏。甲斐は「ラララララ」だけじゃなく、「Mmーー」や「アーー」という声も聴かせる。 
 再び最初の静かな音が戻ってくる。バラードをうたい終えた甲斐は、上げた腕を下げていく。

 聴こえてきた静かなビートは、アルバムの曲順通り。この名アレンジを披露しないはずがない。 
 「I LOVE YOU」 
 この曲はマイクスタンドで歌う。赤いジャケットの下の黒いシャツが、きらきら光る。ベルトの バックルや、左腰のチェーンも見える。曲前に、飲み物などを置いたドラムの台へ行ったとき、ジャケット のボタンを外したのか。途中でスタンドからマイクを取る。少し左右に動きながらうたう。 
 「子猫の様な泣き声で」の後のファルセットがいい。ここも甲斐ヴァージョンにアレンジされている のだ。 
 「生きてさえゆけないと」の「さえ」に感慨がわく。 
 曲の終わりで甲斐は、両手を広げておじぎをし、片手をすくい上げた。

 「サンキュー」 
 甲斐が拍手と歓声に応えるが、まだMCには入らない。バラードが続く。 
 「めぐり逢い」 
 今度は首元に銀のチョーカーが見える。黒いシャツの上のボタンを外したか。 
 甲斐のヴォーカルに合ったコーラスが人気の曲。松藤の高い声に加えて、遊麻沙亜万のコーラスも 聴こえているようだ。確かめたくて、左奥の松藤を見る。松藤はこの曲でもアコギを弾いている。右には 鍵盤も置かれていた。 
 サビの繰り返し。甲斐はコーラスに委ねたり、いっしょに小さめにうたったり。そして、再び 本格的にうたい出す。そのときの強い声がいい。 
 ラストは身体の傍で腕を下げていく。バラードの最後によく見せるポーズ。この3曲それぞれ違う 動きやったな。

 3曲目までアルバムの曲順通りや。これはアルバムのように、初めバラードを続けて、後で一気に ハジケると見た。次は「桜坂」なのか?

 違った。この前奏は、「タイガー&ドラゴン」。 
 「ここで、ギターの土屋公平を」 
 甲斐の言葉で蘭丸が左から登場。歓声に迎えられる。紫のロングコート。SGか、くわがたみたいな 形の黄色いギター。 
 「ダッダッダダッダダン」のフレーズが分厚い。甲斐は左右に動いて歌っていく。 
 「お前だけに本当の事を話すから」とか、低音がいい。貫禄のヴォーカル。そして、「ノー!」の シャウト。 
 のっけからバラード3曲でじらしといて、ここで激しい曲。しかも、蘭丸投入。この構成にうなる。

 甲斐が拍手や叫び、自分の名前を呼ぶ声に応える。「サンキュー」 
 「今夜も目一杯最後までやります。楽しんでって下さい」 
 「「TEN STORIES 2」を続けよう」

 「別れましょう私から消えましょうあなたから」 
 大黒摩季のコーラスが聴こえる。じゃあ、やっぱり「めぐり逢い」でも、遊麻沙亜万のコーラスが 使われててんな。 
 サンストで初めて聴いたときから、甲斐の声が活かされると思ってた。その通り。 
 蘭丸は同じ形の紫のギターを弾いている。 
 曲が終わると、近くの席から「マイナスだらけの未来はいらない」という詞に賛同するつぶやきが 聞こえてきた。

 あのスピード感のあるイントロ。白い光が走る。カラフルなライトの点滅は「漂泊者(アウトロー)」 を思わせる。 
 「Marionette」 
 「You’ve got easy day」は蘭丸もコーラス。 
 この盛りあがりは、カヴァー曲の最後を飾るものなのでは。去年の「すばらしい日々」みたいに。 後奏で甲斐が何度も「サンキュー」と言う。やはり、ここでカヴァーが終わるのだろう。

 アルバムのSEみたいな音がする。カヴァーが続くなら、「戦国自衛隊のテーマ」だろう。あのSE を使うのなら、その後は「涙そうそう」や。いや、これは「嵐の明日」かもしれない。とにかく、バラード の前奏。そこへ、あの音がわき上がる。甲斐がマイクスタンドを蹴って横廻し。うたい始める。 
 「嵐の明日」 
 去年の「I.L.Y.V.M.」の役割や。一気に甲斐オリジナルの世界へ。 
 通路を動く影がある。カメラマンだ。帽子をかぶってる。マイクスタンドを斜めに倒して持ち、左を 向いた甲斐を、撮ってる。 
 甲斐はいつの間にかサングラスを外してた。赤いジャケットの襟とポケットの縁が黒い。普通の 素材と違うようにも見える。ライヴでも暑くないとかかな。逆に、暑いけどステージ映えするとか。 
 1番で「ずっと君といるよ」とうたった甲斐は、2番を「でも君といるよ」と入れ代えてうたった。 
 壮大な甲斐のバラード。演奏も激しい。「涙をこらえ」の歌に、蘭丸の間奏ギターの最後がかぶる。 
 そして、あの後奏。「イェーー」甲斐が叫ぶ。「ウォーーー」は強く短めに。最後はやはり 「シャララララララララ」。これが聴けてうれしい。 
 甲斐の声にひたるとこやけど、こらえ切れず、曲が終わってすぐ「甲斐ーっ!」って叫んでもうた。

 ステージにイスが用意され、「「TEN STORIES 2」のプロモーションツアーです」の 言葉からMCに。

 「名古屋のイベンターは、ちょうどいい頃を取るよね。誰とは言わないけど」 
 客席から「サンデーフォーク」の声があがる。 
 去年・今年と名古屋のライヴはゴールデンウィーク中やから、そのことを言ってるのかと思ったが、 ツアーの中での位置のことやった。 
 「初日は原石をぶつける。(名古屋のイベンターは)甲斐がノってるツアー中盤頃にって」 
 そこから、去年Zepp Tokyoで行われた追加公演の話題に。 
 「Zepp Tokyoのライヴ、みんなから「いい、いい」って言われて」 
 自分でも手応えを感じてたみたいやけど、後でテープを聴いたら気に入らないとこがあったという。 
 では、なぜみんながすごくほめたのか。考えた結論は、「酸欠」。 
 「客席もステージ上も酸欠だから。どっちも酔っ払って」 
 今日も「イクときは一緒」。

 アルバムのプロモーションでは、名古屋にも来たみたい。でも、詳しくは話さず。 
 NHKの「SONGS」に続いて出た、朝早い「とくダネ!」に関する話。 
 翌朝に生放送を控えたホテルでは、穏便な人と暴れん坊にミュージシャンのタイプが分かれると。 
 「穏便な方に成り下がって。12時まで地下のバーで飲んで、1時に寝た」 
 「浴槽にお湯を張って、伯方の塩を入れて」っていうのは、のどのためなんやろうな。

 「スマスマ」の収録は、このツアーのリハーサル初日とかぶったそうだ。 
 「このバンドが行けない。ボクも夕方には戻らないといけない」 
 そこで、初めてつくったという「HERO」のオケの出番。去年「甲斐バンド ストーリー II」 でリミックスしたときにつくられたもの。「HERO」発表当時は、曲が完成したらヴォーカルなし ヴァージョンも録っておくということが、まだ行われてなかったそうだ。 
 「そのオケを使う。で、ガールズバンドを用意して。それだけじゃ、あれだから、公平にも 「来ない?」って声掛けて」 
 幕が開く前のMCで、キムタクが花園ラグビー場の話とかをして。それで、客が男っぽいバンドを イメージしてるとこへガールズバンドで出たから、客は一瞬驚いてたという。 
 キムタクも2番から参加。「2人で打ち合わせた通り、間奏で交差して、俺が公平と絡んで。 キムタクは女性SEX奏者のとこへ行って。その女性はとろけてたね」

 「これくらいでいいか。長くしゃべりすぎた。今回はMC少なくしてるのに。しゃべってしまう」 
 観客は歓迎の拍手。MCへの反応も大きかったな。

 「レゲエでやるから、みんなでやろう」 
 「安奈」 
 そうか。レゲエヴァージョンだと、蘭丸がエレキ弾けるねんな。 
 間奏では甲斐がハーモニカを聴かせる。 
 終盤のワンパートを、まるまるオーディエンスにうたわせてくれた。「サンキュー」と言ってから、 続きへ。甲斐と声を合わせて。

 甲斐はもう立ち上がってる。 
 「甲斐バンドで1回しかやったことない曲を。「胸いっぱいの愛」を」 
 おおおお!「ROCKUMENT」 以来や!オーディエンスもみんな沸いてる。 
 「BIG GIG」よりすごい、またレコードとも違うヴァージョンや。ちょうどいい高さで バッチリ合う「Go!」が最高。アルバムの少し軽く跳ね上がるような「Go」ではなく、 「BIG GIG」での低いコーラスでもない。強くて太い「Go!」やねん。 
 スピード感があって燃える。蘭丸も早くも前へ繰り出して来る。 
 充実感を逆説した「今夜お前と死にたい」という歌詞が、「こんなすごいライヴを体験してんねん から、もうどうなってもいい」と感じさせる甲斐ライヴ真っ只中の今と重なる。 
 後奏。甲斐と一緒に吼える。「ゴーオオーオオーオーオーオーーオー」

 蘭丸のイントロ!来たあっ! 
 「港からやって来た女」 
 1番のサビから、甲斐が左の蘭丸のもとへ行く。ギター弾きにくいんちゃうかと思える程ひっついて、 蘭丸の首の後ろからマイクをまわし、いっしょに歌う。 
 今度は西村が前へ出る。甲斐はジャケットを後ろにずらして肩を出したりしつつ、動きまわる。 
 3番の前で演奏はやや静かになるが、手拍子は続く。メッケンヴァージョンよりは静かではなく、 ドラムも効いている。甲斐はわずかに「み、見つーめ」と歌う。 
 いざ後奏。オリジナルのように一拍ためず、早めに「バインバインバイーン!」「フーッ!」 跳び上がる俺ら。3回目の前に甲斐が「ワンモア」と叫んだ。全部で4回の炎。 
 ここ数日、やりそうな予感しててんけど、やっぱり「港」はすごい。大騒ぎ。

 叩き出されるビートと低い唸り。俺は「ウウォーーオ!」と叫んでしまう。やがて蘭丸のギターが 「ギャン!ギャン!ギャーン!」と3連発。俺は「フーーッ!」って声をあげる。歓声が捲き起こってる。 西村は細かく強く弾いている。ステージ後方下、あの長方形に詰め込まれた8つの円が白く閃く。甲斐が マイクスタンドを蹴り上げる。歓声がまだ大きくなる。 
 「絶対・愛」 
 久し振りやで。燃える燃える。 
 「ウォウウォウウォウウォウウォウウォウウォウウォウウォーーっ!」そう叫びながら、「いつも カラオケではb2で歌ってるから、それよりキーが高いな」という意識がよぎる。もはやちょっとした カラオケ病か。でも、しっかり高い声が出せて気持ちいい。 
 「Hey!」の拳。蘭丸は振り下ろすように。そして、その右手で次のフレーズを弾いていく。 
 2番前で甲斐は、「ウォーっ!」と叫んでから「ウォウウォウウォウウォウ ウォウウォウウォウウォウウォーーっ!」へ。もちろん俺も一緒に叫ぶ。 
 「火がついたように赤く」。そう歌いながら甲斐は、赤いジャケットの向かって右側を開いて見せた。 
 甲斐が途中で2回右耳を押さえる。スタッフに対する合図にしては短く、ほんまに音を聴き取ろうと するように。 
 「そんな愛は嫌だろう」の後がニューヴァージョン。音も光もアクションも。スピードを落とさず サビへなだれ込んで行く。この速さ、いい! 
 サビの最後。甲斐は「絶対あーああーい」の歌い方を2回繰り返す。3回目で「絶対愛さ」。 「絶対あーーいっ」って突き放すのも。 
 後奏の「ウォウウォウウォーーオー」復活は2回。ラストは「絶対愛!」でフィニッシュ!これも 久々で感動した。かっこいい!

 「風の中の火のように」 
 最初から激しいヴァージョン。甲斐がジャケットを脱いだのはこの曲だったか。演奏の強さにたまら ず、僕は「そんなとき君の名を呼ぶ」と「寒さに目が覚め自分を抱く」の前のビートに合わせて拳を突き 上げた。 
 1番ラストの「君なんだ」で、詞の世界を突き付けられた感じがした。「君」と「僕」の関係が 胸の奥まで届いてくる。「かけられたコート」が「君」で、「射し込む光」が「僕」なんだと、改めて 細かいところまでかみしめる。 
 「激しい叫び押し隠し」に続く「アアアーーーー」という叫びには、繰り返すエフェクトなし。甲斐 は最後のサビの後、「火のようにーーー」と3回歌い、4回目に「火のーーーーー」と伸ばしていった。 
 ステージに炎はなく、また新たなライティング。長方形の中の8つの球は真っ赤に燃えていた。

 JAH-RAHのカウントから、あのビートと大音量が放たれる。 
 「翼あるもの」 
 甲斐が前へ右へ左へ。1番から2度目の「ゆ!こ!う!」を俺らに歌わせてくれる。 
 燃える蘭丸のギター。ノリオはイった顔をしてる。それから、隣の西村の方を向いて笑顔。西村は 後ろにとどまりながら、ギターを掻き上げて曲を跳ねさせてる。 
 間奏。ツインギターが前へ出て来る。ノリオだって動く。甲斐はキーボード台に上る。曲がどんどん 高まってくる。甲斐が前へ飛び出して来る。 
 「俺の声が聞こえるかい」と右端で歌い出す。それから走って左端へも。俺は甲斐といっしょに 歌いつつ、甲斐の声を聴き逃すまいとしてる。 
 「フラウウェイ  ハウウェイ   フラウウェイ」 
 甲斐が両腕を広げる。客席は水を打ったよう。前に身体を倒した甲斐を目で追ったとき、甲斐が 黒い靴をはいてることに初めて気づいた。

 蘭丸ヴァージョンのイントロ!そうそう、蘭丸のときはこうやねん。 
 「漂泊者(アウトロー)」 
 いつも目を引く「漂泊者(アウトロー)」の照明の印象がない。それぐらいのめり込んでたんや。 
 やはり1番の2回目から、客席に「愛をくれえーよおー」と思い切り歌わせてくれる。 
 「命の値段も下がったと」という詞が、社会を映してるように響く。「世の中すらさえも信じられ なくなりそうさ」が心に残る。 
 「爆発」はあまりためなかった気がする。後奏は「キューキュキュルル」と軋むより、 JAH-RAHの激しいドラムが押して来る。そのビートでフィニッシュ!

 メンバーが右へ去って行く。来たときと逆やんな。甲斐もそちらへ行きかけたが、戻ってきて長めに 残ってくれた。 
 場内には「かーい!」コールが起こってる。もうずっと前から、めちゃめちゃのどが渇いてる。 「胸いっぱいの愛」からの激しい曲6連発、すごすぎる。

 ステージに白く照らされ、メンバーが戻って来る。甲斐も再登場。グレーのベストに、下はグレーの タンクトップだ。 
 JAH-RAHのドラムに全員が熱狂。ステージ後方の薄い幕が上がって、壁がむき出しになる。 その手前全面にネットが張ってある。前野選手のキーボードが迫る。ステージ上は白いライト。 甲斐たちの影を壁に映す。オーディエンスの視線を一身に受け、甲斐がマイクスタンドを蹴り上げる。 
 「ダイナマイトが150屯」 
 俺はサビの後に入るJAH-RAHのビートに合わせて拳を2連打!!3番に入る前に、ノリオも 拳を2連打!! 
 甲斐は3番の最後を、「ちくしょう恋なんて吹き飛ばせ」と歌う。 
 後奏に入る。熱いドラムと、キーボードのあの音。JAH-RAHと前野選手にだけ白い光が 当たってる。甲斐は暗いなか、長いコードを足で払う。甲斐から発せられる迫力が、マイクスタンドを 蹴り上げるんじゃないかと感じさせた。が、やはり。スポットを浴びた甲斐はスタンドをぐるぐる廻す。 胴の右側、脇腹の少し上あたりにコードが当たっててもおかまいなしや。俺らは最高に沸騰する。 フィニッシュも熱狂や。 
 アンコールの最初が「ダイナマイト」って、めちゃめちゃいい!

 「ここで、メンバーの紹介を」 
 ベースのノリオを皮切りに。キーボード前野選手、髪は短くして、片側だけボリュームを持たせて いる。ドラムスJAH-RAH。松藤は「キーマン」と紹介された。蘭丸が松藤に前へと促したが、松藤は 口の動きからして、「後で」答えたようだ。アルバムの共同プロデューサーでもあるギター、 SING LIKE TALKINGの西村。ギター土屋公平、クリーム色のボディに花が描いてあるのも 使ってて、今回はギター3本なんかな。

 「ブギをやるぜ」 
 甲斐のその言葉で、大急ぎで考え始める。もちろん真っ先に浮かぶのは「スローなブギにしてくれ」。 だが、他には何がある?必死に思い出そうとする。 
 続く一言でやっとどの歌かわかった。 
 「浜省からもらった曲を」 
 おお、ライヴで聴くのは初めてや。 
 「あばずれセブンティーン」 
 甲斐は2番で「ヴァージン」って言葉を歌わなかった。これはわざとなのか。左へ行きながら 「食べたいものはあるけれど」と歌っていく。 
 サウンドも詞も、3番の後に繰り返しがなくテンポが落ちないことも、「翼あるもの」ヴァージョン だと感じさせる。甲斐のヴァージョンや。 
 後奏。甲斐とツインギター、ノリオ、松藤もステージ前の端までやって来る。左から松藤、蘭丸、 甲斐、西村、ノリオ。ビートに合わせ、全員同じ方向へギターやベースを振って見せる。甲斐は曲げた両腕 を、下から弧を描くように振る。1回。2回。3回。メンバーが動きを合わせるのって、「どっちみち 俺のもの」以来か?「ストレート ライフ ツアー」の「夜にもつれて」大騒ぎも思い出す。松藤が 「後で」って言ってたのは、これのことか。今回のスペシャルのひとつやな。前野選手のキーボードが 「キュルルルル」と高鳴って、フィニッシュへ。

 甲斐が一言。「明らかに俺たちが勝ってる」 
 俺らもノってんで。甲斐のライヴのために鍛えて来てるもんね。負けへんぞ。 
 「レイン」でもっと来なかったら置いていくぜというような言葉で、甲斐がさらに挑発。 
 「公平が帰って来たから、「レイン」をやるぜ」 
 甲斐の歌声を聴く。「Call my name」で拳をあげる。蘭丸はまた、右手を振り下ろす アクション。 
 最後の「できはしなーいー」はブレイク。オーディエンスがさらに歌える新アレンジや。みんなの声 を受けて甲斐がうたっていく。 
 後奏。甲斐はファルセットを聴かせた後、蘭丸に「ここだ」とステージを示すようなアクションを して、先に左へ去って行く。「観覧車」を思わせるシーン。甲斐のいないステージで、バンドが「レイン」 を奏でる。オーディエンスが手拍子でそれを包む。 
 アンコールの「レイン」って、久々の気がする。第1期ソロでは、大ラスもあったなあ。

 2度目のアンコール。メンバーが位置につく。みんなが熱い手拍子で曲を求める。でも、メンバーの 反応を見ると、次はバラードっぽい。流れてきた前奏は、やはり静かなもの。甲斐は黒のツアーTの上に 黒のジャケットを着て現れた。 
 「光あるうちに行け」 
 うたってくれたのは「Singer」 以来じゃないか。あのときは、「希望の歌を」と言ってから曲が始まったんやった。切ない詞や けれど、甲斐は「まだ間に合う」って俺らに伝えてるんや。じっと甲斐の声を聴く。名曲やな。

 MCに入りかけた甲斐が、何気なくふっと「もう1回」って、再びメンバー紹介を始める。いきなり 予定外のことみたい。紹介されたメンバーおのおののプレイはなく、甲斐が「一言ずつ」と何か言うように 促す。 
 ノリオはすぐに対応して何か言ってくれたけど、僕は聴き取れなかった。前野選手はたじろいで、 無言の間ができてしまう。甲斐は催促して待つが、言葉が出ないうちに締め切って次へ進んでみせる。 JAH-RAHは立ち上がって、両手で「グー」。ギャグをやるとは意表を突かれた。かわいい感じで 場が和む。中に赤いシャツを着てるのが、初めて見えた。「業師・松藤英男」と紹介された松藤は、 「3の倍数と・・・」と言い出して即刻甲斐に止められる。西村も何か言ったが、聴き取れず。残念、 ノリオと西村がなんて言うたか知りたい。蘭丸に対しては、甲斐もクールなキャラクターを尊重して、 しゃべらせるようには持っていかない。蘭丸はオーディエンスにピースで応えた。

 甲斐が観客に話し始める。 
 「座ってもいいんだから。俺たちは職業だから立ってるけど。勝負かよ」 
 自分だってさっき勝負みたいに言ってたのにと、楽しくなってくる。 
 「君たちはいい。お世辞抜きで」と客のノリをほめておいてから、「「絶対・愛」、全然聴こえ なかったじゃねえかよ」 
 やっぱり、あのとき聴こえにくかったんや。だって、歌いたいねんもん。燃えるねんから。

 「秋は甲斐バンドで動くことになるでしょう」 
 この発表は、あくまでさり気なく。 
 今秋はアコギツアーじゃないねんな。来年はオリジナルアルバムも出すそうやし、突然に新しい 展開を繰り出して来る。うれしいで。

 「1回、2回トライして、夢の途中で倒れてうまくいかなかったり。それでも、何回もトライする んだ。そうやって、形になっていく。そういう歌を」 
 「嵐の季節」をやるのかと思ったが、ちがった。あのイントロや。甲斐バンドヴァージョン。 ギターの狭間、甲斐は「カモン!」じゃなく、「AHーー!」と叫んだ。 
 「ティーンエイジ ラスト」 
 ゆっくりめのテンポでの演奏。ライトは緑。「BIG NIGHT」の頃に甲斐友と考えた、 振付のことが一瞬よみがえったりした。 
 最近あらためてハマってた歌だ。熱い気持ちを忘れず、挑戦したいと。この歌を歌ってくれるとは。 
 「十代の熱気が」「十代の炎が」と甲斐が歌うたび、その声が胸を打つ。

 「ティーンエイジ ラスト」がしめくくりか。それにふさわしかった。いや、蘭丸がギターを換えて る。まださらに歌ってくれるんや! 
 「HERO」 
 ジャケットを脱いでいた甲斐は、前奏で黒Tシャツをめくり上げる。1番の途中まで上げてたかな。 
 「スマスマ」とは違うライヴヴァージョン。アレンジも歌い方も。「愛してるううーうさ」もあり。 
 西村から蘭丸の方へ近づいて行って、2人でプレイ。甲斐は前で動きまくる。 
 間奏。去年のステラボールでは明男のサックスが派手に冴えわたったが、今夜はもちろん蘭丸の ギター。鋭く強力や。 
 オーディエンスはなんか、みんなスッキリして「HERO」を楽しんでる感じ。いろんな曲が聴けた もんね。そのうえで最後にもう1回盛りあがれるねんから。

 甲斐たちがいちばん前まで出て来てくれる。全員で肩を組んで、おじぎを2回。俺らは拍手で讃え、 感謝を表現する。思いを込めて、「甲斐ーっ!」って叫ぶ。 
 甲斐は蘭丸やノリオらとハイタッチ。それから、ノリオの背に手を当てていっしょに帰りかけたけど、 戻ってきて長く声援に応えてくれた。 
 主役のいなくなったホールに、「アヴェ・マリア」。さらなるアンコールをと手拍子するけど、 あれだけのライヴを見せてくれた甲斐たちにかえって失礼かもという気もして。

 とにかく「胸いっぱいの愛」からの6連打はすごかった。本編が14曲やったから期待してたら、 その通りアンコールを6曲やってくれた。今年のツアーでも、いろんな曲をやってくれた。この感じ、 すごくうれしい。 
 「みんないろんな事情を背負ってるだろう」と思ってのことやろう。はげましの歌を歌ってくれた。 心を叩くMCとともに、「ティーンエイジ ラスト」。こんな時代やけど、年を重ねてきたけど、希望を 持てと。現状維持と守りだけでは、気持ちがスカッと晴れへんもんね。つらい状況であっても、希望を 抱けた瞬間、目の前が明るくなって心が軽くなる。僕にもいろいろあったから、そう思う。

 ツアー前のキーワードやった「このところ演っていなかったインパクトのある曲」って、どの曲を 指した言葉やったんやろな。「港」か、「嵐の明日」か、「絶対・愛」か。「光あるうちに行け」も 「ティーンエイジ ラスト」も。「翼あるもの」だって、去年は甲斐バンドの1回だけしか歌っていない。 思えば、どれもインパクトあるもんな。甲斐の歌は。

 「今日の一曲」がどれとは、決めがたい。みんな同じようによかったからなあ。あえて言うなら、 「胸いっぱいの愛」かな。

 パンフレットとTシャツを買う。マフラータオルは売り切れていた。大阪で早めに入手するとしよう。

 ライヴが終わった今ではどの曲のことだったかわからない、さまざまなシーンを思い起こす。 
 甲斐が歌い終わりを、マイクを持った肘から下を横に振りながら歌った曲があった。1番から3番 まで、少しずつ動きを変えてやっててんけど。あれ、どの歌やったかなあ。 
 ライティングは紫が多い印象。曲の途中で、真横から黄緑の光が射してくるのもあったな。去年の 暮れから青緑がいちばん好きな色になってんねんけど、その色のライトも使われてた。「絶対・愛」より 先に、長方形に並んだ8つのライトをともしたのは、どの曲だったか。 
 甲斐が前奏で「タン タタン」のリズムを取ってる曲もあった。オフマイクで「カモン」と言ってる のが、何度か見えた。マイクをズボンの前に差した場面もあったな。 
 メンバーみんな、表情がいい。演奏しながら歌ってる感じ。甲斐が前へ出ると、蘭丸が中央後方で 弾くという形も数回。 
 甲斐が誰の方を見て、いきいきうれしそうな表情をしたとか。照明の色の移り変わりとか。もっと 覚えときたいことがいっぱいあったのに。感動が多すぎて、記憶しきれない。それでもいい。大阪と福岡 で、またしっかり焼き付けてやる。

 

 

2008年5月6日 愛知県勤労会館

 

駅 
I LOVE YOU 
めぐり逢い 
タイガー&ドラゴン 
別れましょう私から消えましょうあなたから 
Marionette 
嵐の明日 
安奈 
胸いっぱいの愛 
港からやって来た女 
絶対・愛 
風の中の火のように 
翼あるもの 
漂泊者(アウトロー

 

ダイナマイトが150屯 
あばずれセブンティーン 
レイン

 

光あるうちに行け 
ティーンエイジ ラスト 
HERO

甲斐よしひろ 20 TWENTY STORIES

2007年4月14日(土) なんばHatch

 

 ツアーグッズを乗せたワゴンが運ばれていくのが、ガラス越しに見えた。いつもの位置、入って右の 端へ移動している。開場を待つファンの列には、パンフらしきものを持った人も。開場時間が近づくまでの 間、先にグッズの販売を行っていたのかもしれない。ファンは早くグッズを手に入れることができるし、 売り場の混雑も緩和される。いい試みやんな。

 開場。まずパンフとTシャツを買う。Tシャツは黒と白とピンクがあった。おねえさんに聞くと、 黒のみLサイズがあるという。大きいサイズをつくってくれるの、めっちゃうれしいな。でも、どの色も デザインが気に入ったし、結局黒のLと白とピンクのMを買った。

 客席には「タイガー&ドラゴン」が流れていた。ステージ上を紺のライトが照らし、客席へは白っぽい 肌色の光が斜めに伸びている。今日の席は右端に近いから、その光は僕には当たらない。 
 BGMに洋楽は少ない。「宙船」と「青春アミーゴ」が流れ、去年と今年の センバツ行進曲が両方使われてるなと思う。ジャニーズが多い気がする のは、「夜空ノムコウ」への布石か。あれはスガシカオのカヴァーって言ってたけど。

 アナウンスが流れ、開演は近づいてるのに、まだ甲斐のマイクがセットされていない。左奥のドラムス 台の左端に、アコギが見える。松藤の位置はあそこやな。ドラムが前のツアーとは違うように見える。 右奥にキーボード台。甲斐をはさんで左右にツインギター。ベースのノリオは右端らしい。 
 バックに、赤いライトが2段に並んでるライトを見つけ、「絶対・愛」で使うんじゃないかと予想 する。 
 ようやく甲斐のマイクが用意された。いつものと違うやん!マイクスタンドに乗せられたのは、 クラシカルな、丸みのある縦長の直方体。このマイクに合う曲を考える。「歌舞伎町の女王」や。今回は かなりの確率で「今宵の月のように」が1曲目と予想しててんけど、違うかもしれない。

  電話のベル。「もしもし、工藤探偵事務所ですが」と、松田優作の声。「バッシティ バッバッ シティー」の速く強い波。僕がいちばん好きなドラマ「探偵物語」のオープニングテーマや。そのかっこ よさにしびれながら、「ボリュームも大きくなったし、これで幕開けやんな」と手拍子しつつも確信が持て ないでいると、客電が落ちた。やっぱりこれで始まるんや! 
 メンバーが左手から歩んでくる。拍手と歓声。おおっ、その中に甲斐もいるぞ!いつもより早く出て 来て、後ろの方で背を向けている。気づいてない観客も多いかもしれない。

 アルバム通りのイントロ。青緑のライト。やっぱり1曲目はこれやったんや! 
 「今宵の月のように」 
 甲斐のサングラスは、「10 STORIES」のジャケットとは 違うやつ。ジャケットの中のシャツには、銀の飾り。黒のパンツの左側に三重のチェーン。鋲のあるベルト。 
 甲斐は体と逆の側にマイクスタンドを傾けたりしながら、歌っていく。ツインギターは右に西村、 左が亮。 
 「あーたーらしーいーーっ」など、語尾の伸ばし方がアルバムと違う。こういうところにも、ライヴ を感じるのだ。 
 「夜空にー 声も聞こえない 声も聞こえない」と、同じ詞を繰り返しもした。 
 最後のパートでも、「見慣れてる」の部分の詞をなくして歌った。歌い終えてからの「ウーーッ」の タイミングも、CDと変えている。やっぱり、ステージならではのアレンジとか、その瞬間の感覚によって 、同じ歌でも変わるもんやんな。

 やっぱりこの曲順で来たか! 
 「歌舞伎町の女王」 
 「ママはそこの女王様」と、甲斐は歌った。「そこ」が当然のように聴こえてくる。 
 間奏。CDより早く、あのフレーズより先に「Ah-」の吐息。そして、甲斐はマイクスタンドを 離れ、ステージの奥へ。楽しみにしてた間奏後半のギターが記憶にない。前奏のサックスもや。興奮して てんな。 
 「全てを失うだろう」で語尾を上げない。と思ったら、「東口を出たらああーーあ」で張り上げた。 このヴァージョン違いも聴けてうれしい。

 イスが用意され、甲斐たちが座る。 
 カウントはなく、静かに曲が立ち上がる。「コンコン」という打ち込みの音で。 
 「くるみ」 
 甲斐の歌声に聴き入る。ライヴでは松藤がコーラスや。右端の僕からは、うたう甲斐越しにコーラス する松藤が見える。ベストポジションやな。この角度で見られてしあわせ。

 「ハナミズキ」 
 前奏のキーボードが、歌に影響しないぎりぎりまで過激なことをやってると感じた。CDでは気づけ へんかったな。これもまた、生ならではの発見。 
 この歌でもまた、ひたすら甲斐の声を聴く。深い詞が甲斐の声でしっかり届けられるのだ。 
 最後の部分。「よに」をうたわずに、「僕の我慢が」の繰り返しに入っていく。 
 全ての音が終わり切ってから、拍手が起こる。みんなじっくり聴いているのだ。

 「サンキュー」と観客に応えて、MCに入る。

 「大阪が、このツアー2番目の場所になります。この街に来たらいつも暴れるんだけど、今回は文珍 師匠からの電話もなく、静かな感じで」 
 でも、静かなまま過ごすつもりなんかないはず。そう聞こえるで。

 「座っていいんですよ。君たちの自由だ」と客に呼び掛け、ジョークも交えつつ話していく。吉本の 話題も出た。 
 すると、客席から甲斐に話しかける声があがる。大阪では特によくあることや。 
 「うるさい。殺す。なんでお前と一対一で会話しなきゃいけないんだ」 
 そこで子どものかわいらしい声がかかった。 
 甲斐もさすがにすごんでみせる訳にいかず、笑い出してしまう。

 自分のスタジオについて。 
 「使ったのが桜井くんと、長瀬くん。・・・・・・2組だけじゃん」と自分でツッコむ。

 「「10 STORIES」というカヴァーアルバムが出て。J-POPの若いアーティストの名曲を 10曲取り上げて。今回はそのプロモーションツアーです」 
 そして、「共同プロデューサーの西村智彦」と紹介。西村が立ち上がる。みんなで拍手。 
 この紹介は予定にはなかったみたい。 
 「西村が座ってほっとしてるのがむかついて、いきなり紹介してやった」なんて言ってみせる。

 「最新アルバムの曲が1曲目なのは、花園の「破れたハート・・・」以来。80年振り?」 
 もちろんそんなわけはないけど、1曲目からカヴァーが続くのは初めてかな。ここまでの4曲、 アルバムの1曲目から4曲目までをそのままの順番で歌ってる。このまま曲順通りに10曲やるのだろうか。

 と、思ってたら曲順が変わった。 
 「Swallowtail Butterfly~あいのうた~」 
 この歌はもとから好き。甲斐のカヴァーもめっちゃ好き。Gyaoで見たライヴヴァージョンはまた さらによかった。今日は生で聴けて最高に感激。甲斐の声が、うたい方が、ほんまにいいねんなあ。 
 松藤がコーラスしてる。甲斐は歌詞を違えもしつつうたう。 
 最後の「響きだして」の後、甲斐は「イェー ウォウウォー」と声をあげた。アルバムとは順序を 変えた感じ。ライヴではこっちでうたうねんな。

 甲斐たちが立ち上がり、イスが持っていかれる。短い前奏がわきあがる。ステージ奥に行ってた甲斐が 、急いで戻って歌い出す。 
 「接吻kiss」 
 アルバムの通り、演奏も歌もなめらかな感触。でも、CDで聴くよりずっといい。めっちゃ心地いい のだ。 
 2番が終わると、すぐにサビの繰り返し。あれ?CDでもこんなに短かったっけ?終わってしまうの がもったいないよ。 
 でも、曲は最後まで早くなめらかに流れ、「ジャジャッ」というビートでフィニッシュ。

 ようやくわかってきた。中村哲がアレンジに加わった2曲、「恋しくて」と「色彩のブルース」は やれへんのや。今日は西村しかおれへんもんね。となると、残りの曲は・・・思わず考えてしまうけど、 先に思いついてしまうのも惜しい気がする。 
 そんなことを思ってる間に細かいリズムが刻まれ始めた。 
 「すばらしい日々」 
 たくましいビートに燃える。やっぱりこの曲はノレるで。 
 甲斐のヴォーカルも、この歌を完全に自分のものに、甲斐よしひろのロックにしてる。 
 盛りあがりまくった曲が収束していくなか、甲斐は何度も「サンキュー!」と叫ぶ。まるでここで ライヴが終わってしまうかのように。

 暗転したステージ。マイクスタンドにいつものマイクが置かれた。きっとここからカヴァーじゃない、 甲斐自身の曲が始まるんや。いちだんとわくわくしてくる。さっきまでのカヴァー曲もめっちゃよかった のに。 
 聴こえてきたフレーズに、会場が大いに沸く。久々のあのバラードや! 
 「I.L.Y.V.M.」 
 「悪かったーよーーお はなーれていて」 
 その詞が、この曲から離れていたこと、長くライヴでうたっていなかったことをも意味してるように 響いた。なかなか聴かれへんかったもんね。 
 甲斐は語尾を伸ばさずにうたっていく。甲斐の声を堪能し、詞をかみしめ、演奏のすみずみまで耳を 傾ける。カヴァーもめっちゃいいけど、やっぱりオリジナルは特別や。最高やなあ。めちゃめちゃ感激する。 
 最後の音が消えていく前に、先走った拍手が沸き起こった。みんなが「もうたまらん!」と言ってる みたいに。

 前奏を聴いて、意外やと感じた。いつの間にか、蘭丸のいない今回はやれへんのやろうという気に なってしまってたから。 
 「レイン」 
 今日の「レイン」はずっと手拍子をしながら。「もっとうたっていいぜ」という甲斐のジェスチャー で、みんなでうたう。 
 「Call my name」で拳をあげる。「抱きしめて」の後でも。そうしたい力強さやった から、衝動に正直に。 
 「できはしなーいー」はもちろん、オーディエンスがうたうのだ。 
 間奏のギターがいい。西村だ。すごい技の披露。テクニックの細かいことまではわからなくても、 その音に感動する。蘭丸のイメージとは違う、新たな「レイン」のギターをつくり上げたね。おそれ入った。 
 この腕があるから、甲斐は西村をツアーメンバーに起用したのだろう。名刺代わりと言うには、 あまりに強烈な一曲。甲斐はあえて初参加のツアーで西村に「レイン」を弾かせたかったんやろう。西村の ギターで「レイン」をうたいたかったんやろう。 
 後奏。甲斐のファルセット。それだけにとどまらず、地の声での叫びもあげる。今夜もまた、今夜 だけの独特の「レイン」やった。

 「I.L.Y.V.M.」と「レイン」。「カオス」と「ストレート ライフ」から1曲ずつや。 もしかしたら、ソロとFIVEのアルバムから1曲ずつ歌っていくのだろうか。 
 そこへ襲って来た衝撃的なイントロ。この歌もやってくれるんや。そういえば、これもソロの曲 やもんね。そんなことに気づく前に、歓声をあげていた。 
 「マドモアゼル ブルース」 
 「ROCKUMENT V」と 「Series of Dreams Tour Vol.1」で 感激させられた曲や。今夜もすごいぞ。高いキーボードが「ヒュルルルルルルルールルルー」って、甲斐の 歌の間にあのフレーズを注ぎ込む。他の楽器も加わって、すごい分厚い音ができてる。 
 甲斐はサビで新しい歌い方だ。「シル クのー ドレ スをー」と間を空け、ずらしている。 
 間奏。今度は左の亮が前に出る。いいぞ、いいぞ。久々のツインギター、二人ともすごいもんね。 
 そして、今回もやってくれた!曲が終わったかに見え、拍手が沸いても、キーボードの心を刺す音色 がつながってる。JAH-RAHのドラムが太いビートを叩き出す。ギターがわきあがる。甲斐はその間に ドラムス台のグラスに口をつけたようだ。そして。 
 「たとえ どんなに」 
 甲斐がもう一度サビを歌い上げるのだ。強く。ほとばしる激情を、まさに振り絞るように。これぞ、 「マドモアゼル ブルース」

 激しいイントロ。野性味のある男っぽいビートが続く。ハードボイルドに違いない。けど、とっさに タイトルが出てこない。「キラー ストリート」か? 
 いや、同じアルバム「ラヴ マイナス ゼロ」でも違う曲やった。「野獣」だったのだ。 
 今夜初めての甲斐バンドナンバー。もう何でもありやもんね。楽しくってしかたがない。今日の 「野獣」がまた、めちゃめちゃかっこいいのだ。アルバムヴァージョンは久々ちゃうかな。 
 甲斐が吐息や唸りを聴かせる。「BEATNIK TOUR 1984  FINAL」で初めて聴いた野獣もそうやったやんな。 
 ライティングはピンクと赤。前野選手のサックスも俺らをますます駆り立てる。 
 このアレンジなら、フィニッシュはビートの2連打や。確信がある。いくら久々でも、 「ラヴ マイナス ゼロ ツアー」とか、体験が体に記憶に埋め込まれてるのだ。 
 「タララララララダダッ!」って果てるビートに合わせ、左右の拳で空を殴った。

 「おおーーーっ!」前奏で声をあげてしまった。これはほんまにめちゃめちゃ久々や。 
 「BLUE CITY」 
 「ストレート ライフ」から2曲目。アルバムから1曲ずつじゃなかった。そんなことはもうどうでも いい。すごいやん。すごいやん。「BLUE CITY」やで。「ストレート ライフ ツアー」より後に 聴けたことはあったのだろうか。 
 こんなに激しい曲やったんや。ライヴ終盤で歌われるのもさまになってる。改めてこの曲の魅力を 思い知らされた。甲斐の「カモン、ベイベー」も激しい。歌も詞も音も熱いのだ。

 前奏でさらにオーディエンスが燃える。 
 「三つ数えろ」 
 「Big Night」ヴァージョンやけど、ひときわ激しい。今の音になってるねんな。甲斐の ライヴはいつもそうや。めっちゃ攻撃的な「三つ数えろ」。昔ミニコミの名前にこの曲のタイトル使った ことを、勝手に誇りたくなる。それくらいいいぞ! 
 2番と間奏前にはキーボードの「キュルルルルル」がなかった。今日はもう無いんやと思ったら、 3番で2回やってくれた。これ、好きやねんな。前野選手の手が鍵盤の上を往復するところも見た。 
 甲斐はやはり「路上」と歌った。このヴァージョンでは「路上」で行くことにしてるのか。

 音が鳴った瞬間、また「おーーーっ!」って叫んでしまった。 
 「冷血(コールド ブラッド)」 
 白い大きな円いライト。途中から青に変わる。そして、甲斐が腕を振ると、ナイフで切ったように 赤に染まる。 
 3番に入るところは、もちろん肘を落とすアクション。今日は左肘から。 
 あのライトが斜めに回転する。右端にいる俺まで、白い光に顔を照らされた。いいなあ、この ライティング。 
 後奏。西村が前に出て弾きまくる。俺の位置からだと甲斐にかぶさるくらい出てる。ライティングを 尊重するイメージのある「冷血(コールド ブラッド)」で、ここまで前に出るギタリストは初めて。 ええぞお。遠慮なくガンガンやってくれえ。

 前奏で「最後の曲になりました」と甲斐。 
 「風の中の火のように」 
 初めから激しいヴァージョン。というより、今まででいちばん激しい「風の中・・・」じゃないのか と感じる。ビートが弾んでる。甲斐はアコギを弾くことなく、強く歌っていく。 
 JAH-RAHのビートが後半、さらに密度濃く強くなる。甲斐はそれに合わせて跳んでいる。 
 「愛なのに」で、赤一色の照明に。揺れる火は、今日はなかった。

 メンバーが左手へ去る。甲斐はマイクスタンドの右まで来て、長く残ってくれる。「甲斐ーっ!」の 叫びをふりそそぐ。 
 甲斐の姿が見えなくなると、すぐに速い手拍子。甲斐とバンドから浴びた熱を帯びたまま。

 バンドが戻って来る。音を出して確かめるようにしてから、いきなり激しい曲を生み出す。 
 甲斐はステージの奥から現れた。サングラスをドラムスの台に置き、前へ進んで来る。ボタンのある 灰色のベストになっている。 
 「漂泊者(アウトロー)」 
 カラフルな大きいライトが点滅してる。スリリングな電子音と激しい演奏がいっしょになって迫って 来る。甲斐はステージの前の端を動きまわる。甲斐の影がどこかに映るのが目に入る。手を打って一緒に 歌っている。燃えて燃えて、今日はもう思いっ切り反動をつけて大きく跳んでやった。そして拳で宙を 打つ。甲斐は俺らにマイクを向ける。「愛をくれえーよーー」「誰か俺に」そこへ向けて、甲斐の方へ、 全力で歌う。このバンドの「漂泊者(アウトロー)」、すごいで。

 JAH-RAHのドラムとカウベルが響く。この入り方、好きやねん。「ギャーギャッ ギャギャ ギャーギャッ」あのフレーズの前半だけを、右の西村が弾く。それからまたJAH-RAHのビートと俺ら の手拍子だけが続く。今度は左の亮が弾く。「ギャーギャッ ギャギャギャーギャッ」またそこまでで ギターは止まる。それから、ツインギターであのフレーズをフルに弾いていく。待ち焦がれてた オーディエンスが熱狂する。甲斐がマイクスタンドを蹴り上げる。 
 「きんぽうげ」 
 歓喜の騒ぎになってる。甲斐が動き歌い、俺らは手を打ち歌う。壁に甲斐の影が映ってる。「くーら やみのなか」甲斐は語尾を突き放して歌う。今日はそっちか。すぐに合わせて俺もその歌い方で声を出す。 甲斐は2番の後では、体を回転させなかった。ギターが動く。ノリオも動く。甲斐が歩み、煽り、手を あげる。「ひびー割れたガラス窓」の途中から、客席にマイクを向ける。いっそうの大声が会場全体から 放出される。

 「メンバーの紹介を」 
 右端。ベースギター、坂井紀雄。 
 右奥。キーボード、前野知常。 
 左奥。ドラムス、JAH-RAH。 
 左奥端。松藤英男。アコギやキーボード。ほかにも。 
 左。元Do As Infinity。ミサイルイノベーション大渡亮。 
 右。SING LIKE TALIKING。西村智彦。 
 ほんまにすごいバンドや!もうずっと感動させられっぱなし。

 今日の流れからしたら意外やった。 
 「HERO」 
 でも、やってくれたらうれしいもんね。今回の「HERO」もめっちゃかっこいいのだ。歌って 拳あげて、盛りあがる盛りあがる。 
 間奏。西村が前に出て弾きまくる。やっぱりいいよお。一郎の間奏もいいけど、西村のもすごいっ。 
 甲斐は「月は砕け散っても」でマイクスタンドを蹴って横廻し。しゃがんでスタンドをキャッチ した。

 甲斐バンドの3曲で、1回目のアンコールは終わり。 
 でも、しっかりもう一度戻って来てくれた。 
 西村が位置についてギターをかけるのを待って、「西村ーっ!」って叫んだ。プレイを讃えたい 気持ちと、ツアー参加に対する歓迎の意思を伝えたくて。ちょっとだけとまどったようにも見えたけど、 手を挙げて応えてくれて、うれしかった。

 そして甲斐がやって来る。左手から歩いて。ピンクのツアーTシャツを着ている。やっぱりピンクも 買うといてよかった。 
 オーディエンスに感謝の言葉を届けてから、MCに入る。

 「ソロになって20年目ということで。今回はソロとFIVEの曲がかなり入ってて」 
 そうか。「20 STORIES」というツアータイトルは、ダブルミーニングやったんや。物語の 見える歌を20曲歌うということと、ソロ20周年ということ。今気がついた。 
 KAI FIVEの曲はまだ「風の中の火のように」1曲しかやってないけどな。甲斐本人から すれば、いつどの形態で発表したかはそんなに意味がなくて、あまり覚えてないのかもしれない。「自分の CDを、自室の棚の目に付きやすいところに置いておくようなことはしない」って言ってたし。書いた時期 とリリースした時期が違うこともけっこうあるようやし。

 「影のプロデューサー」松藤は「HERO」をやることに反対したらしいけど、「やらなくちゃいけ ない状況になったんで」と甲斐が述べる。カヴァーされてCMで使われたりしてるからな。 
 今回は久々の曲とか特にいろいろ聴けてめっちゃうれしいねんけど、松藤もそれに貢献してくれた みたいや。ありがとう。

 「これはやったことあんのかな。わかんないんだけど」 
 甲斐はそう言って間をおいてから、曲名を告げた。 
 「「ノーヴェンバー レイン」を」 
 やったことあるで、甲斐。”Singer”で確かに聴いた。 あの時は大久保のドラムやった。今日はJAH-RAHが重量感のある音を響かせてくれる。 
 この歌が聴けて感激や。FIVEやソロのバラードの中でも、特に人気のある歌。もっともっと ライヴでうたわれていいやんな。詞が沁みるのだ。 
 間奏のあと。「バスが横切る」から、甲斐は前に出てうたっていく。切なさがこみ上げてくる。 
 最後のサビ。「抱きしめる夏の秘密」という詞に、不意に胸をつかまれた。今夜はなぜかその部分が 特別に刺さった。久々に生で聴いたからなんかな。曲の感じ方って、ほんまに毎回毎回ちがうもんやなあ。

 「最後の曲になりました」 
 それから、甲斐はその言葉を口にした。信じられへんぐらい、うれし過ぎる言葉を。 
 「「GUTS」をやるぜ」 
 「オオオオオオーオッ!」 
 俺はもうめちゃめちゃ叫んでしまった。大好きな歌。リリース前に甲斐が「「翼あるもの」と 「漂泊者(アウトロー)」を足したくらいのスケールがある」と言ってた名曲。それなのに、ずっと 聴きたかったのに、このところ歌われてなかったナンバー。それがついについに聴けるんや! 
 ギターのあのフレーズ。カウベルも響いてる。飛び跳ねずにはいられない。続くビートの連打に、 俺は足を踏み鳴らした。 
 甲斐が歌っていく。タフなメッセージを投げ付ける。俺はそれを全身で受け止める。 
 「ガーアーーッツ」甲斐は低い方で歌う。後奏では「ガッツ ガッツ」と繰り返す。 
 その後奏が長い。めっちゃうれしいぞ。西村が初めてステージ左へ行く。亮のもとへ。 「ギャーギャーギャギャー ギュンギュン」の繰り返し。西村が「ギャーギャーギャギャー」と弾くと、 すぐ左にいる亮が、西村のギターのアームを使って西村のギターで「ギュンギュン」と続ける。ひっついて 楽しそうに。その部分が来るたびに。 
 やがて後奏も終わっていく。甲斐がJAH-RAHの方を向き、ジャンプして着地ざま拳を突き上げ てフィニッシュ。 
 この歌を最後に歌ったということは、きっと俺らへの励ましの意味が込められているのだろう。 「Big Year’s Party 30」の前半最後で、 「ROLLING CIRCUS REVUE」のアンコール最後で 歌われた「嵐の季節」のように。 
 「勝つことを信じろ」 
 その言葉が自分に深く刻み込まれた。

 甲斐は前に出て、オーディエンスに応える。バンドはその後ろで肩を組む。気づかずに帰りかけた亮を 呼び戻して、みんなで肩を組んでおじぎをする。全員いきいきした顔してる。俺らも大満足や。 
 甲斐は最後に一人残って、歓声と叫びと拍手に応える。やがて左手へ軽く走って帰っていく。 スタッフが甲斐に大きなツアーバスタオルをかけた。

 ツレと思い切り強くハイタッチした。ほんまにものすごいライヴやったなあ。最高やで。 
 めちゃめちゃロックやった。めちゃめちゃバンドやった。ライヴハウスのノリやったなあ。王道の 展開でしびれさせるのとはまた違って、1曲ごとの激しさで盛りあげるのだ。曲のラストで跳んで、空を 殴る甲斐に燃えた。激しい曲は全てといっていいくらい最後にそうやって燃焼し尽くしたし、間奏でもよく 前に出てくれたのがうれしい。ギターを引き立てにまわる場面は少なめで、どんどん前に来て、左右にも 動きまくってくれた。

 右側の席からは、甲斐がメンバーと視線を交わす表情がよく見えた。ほんまに楽しそうな顔してた。 何回も。メンバーを見て、フッといい表情に変わったり。 
 マイクスタンドから離れたところで叫ぶのも見えた。汗が光ってるのも。キーボード台に上がった 場面。かすれさせた声。どんどん思い出す。 
 JAH-RAHは激しかったなあ。今日もまたすごかったよ。曲が果て、甲斐が「サンキュー!」 って叫んだ後に「ドシン!」「ドスン!ドスン!」って叩いたのにも興奮したなあ。 
 気づいてみれば、甲斐は全く楽器を使えへんかったな。ハーモニカも。これはめずらしいのでは。 その分、ツインギターの力を思い知らされた。よかったよお。これからもツインギターが見たい。

 ライトの色を覚えていない。よかった感触は残ってるねんけど、どの曲がどの色やったかまでは。 夢中になってるからな。バックはカーテンとか、シンプルやったと思う。また明日、味わおう。

 オープニングからカヴァー曲が続くのはもちろん、真ん中にアコギや小編成のバラードがないのも、 新しい構成やったな。「I.L.Y.V.M」でオリジナルの登場に沸き、「マドモアゼル ブルース」に 狂喜し、「野獣」で大爆発した。 
 思えば、「BLUE CITY」が決定打やった。「野獣」と「三つ数えろ」 「冷血(コールド ブラッド)」「風の中の火のように」をつなぐ位置に、久々の曲が入ったことが。 あそこが定番曲やったら、印象が違っていただろう。 
 しかも、アンコールで「ノーヴェンバー レイン」と「GUTS」も聴くことができた。王道の たたみかけももちろん好きやけど、なかなか生で聴けなかった歌や意外な曲がめちゃめちゃうれしいのだ。

 今日の一曲は、やっぱり「GUTS」やな。この歌が聴きたくて、今日も Welcome to the ”GUTS FOR LOVE” Tourのツアータオルで来てん もん。ツアータオルを掲げたい気分やった。 
 ALTERNATIVE STAR SET ”GUTS”の 思い出深い四国に行った今年、 再び「GUTS」が聴けたんやなあ。 
 それに。「GUTS」がアルバムのタイトルチューンになったのは、甲斐が野茂を見たから。今度は 松坂が海を渡った年に歌われたんや。

 明日も「GUTS」を聴くことができる。これ以上のことがあるか。

 

 

2007年4月14日 大阪なんばHatch

 

今宵の月のように 
歌舞伎町の女王 
くるみ 
ハナミズキ 
Swallowtail Butterfly~あいのうた~ 
接吻kiss 
すばらしい日々 
I.L.Y.V.M. 
レイン 
マドモアゼル ブルース 
野獣 
BLUE CITY 
三つ数えろ 
冷血(コールド ブラッド) 
風の中の火のように

 

漂泊者(アウトロー) 
きんぽうげ 
HERO

 

ノーヴェンバー レイン 
GUTS

甲斐よしひろ アコギなKILLER GIG 2006

2006年10月7日(土) 岸和田市立浪切ホール

 

 早起きして明石へ行き、 高校野球秋季兵庫大会準決勝の2試合を見た。JR・地下鉄・生まれて2回目の南海電車を乗り継い で、大阪南部の岸和田へ。今日は近畿を縦断してる気分や。 
 岸和田駅前の商店街には、だんじりグッズを売っている店もあった。アーケードを抜けると、歴史を 感じさせる町並み。その道を、海の手前までひたすら真っ直ぐ進んでいく。

 ショッピングモールの左に、浪切ホールはあった。外観はオペラハウスのようだ。とても立派で 美しい。 
 客席もきれいやった。左右にある桟敷席が魅力的だ。僕の席は右端に近いけど、どうせ端っこなら 桟敷席で特別な体験をしたかったと感じられるほど。同時に、少しでも真ん中寄りで見たいという欲求も 当然あるねんけど。 
 ステージには、メンバー3人のイス。キーボードが最初から左側に設置されている。 
 「セイリング」などのBGMが流れるなか、開演を待つ。

 「ウィスキーバー」の歌声が高まる。”アコギ”なPARTY 30 と同じ曲で入場するねんな。前方客席の左右、客席後方、二階席の壁、会場全体が光と影で浮き彫りに なる。 
 現れた甲斐は、サングラスをかけている。白のジャケット。黒のシャツ。英字デザインの黒い Tシャツ。凝ったバックルの白いベルト。ストライプの入ったズボン。 
 松藤と、サングラスのないクラッシャー木村もポジションについている。ギターの松藤が右。 ヴァイオリンを手にしたクラッシャーが、キーボードのある左。 
 ステージの左右で炎が揺れている。曇り空の背景が浮かび、虹のライトが「観覧車」を思わせる。

 ギターの前奏でも、「観覧車」かと思った。そこへ、ヴァイオリンであのフレーズが届けられる。 
 「スウィート スムース ステイトメント」 
 ほんまに久々や!Series of Dreams Tour  Vol.3でもリハーサルはしたって言ってたから、編成の変わる今回こそやってくれるん ちゃうかと思ってはいたけど。1曲目とは! 
 深く愛し抜く、大好きな詞が、甲斐の声で沁みてくる。これが聴きたかったのだ。 
 「ザザザザッザザザ」と繰り返しているギターで、CDとは全く違った印象になっている。速めの 演奏で、勢いが感じられる。 
 1番の「君を見るまで愛していると告げたことさえなかった」だけ、ニューヴァージョンの詞だった。 
 サビは3人のハーモニー。 
 甲斐は2番も「too muchかい?」とうたった。「mismatchかい?」とうたっていた 第1期ソロのライヴヴァージョンから、オリジナルの詞に戻したのだ。 
 生で「スウィート スムース ステイトメント」が聴けるという感激。この1曲だけでも、今日来た 甲斐があったと感じる。甲斐のライヴは、いつもそう思わせてくれる。

 「裏切りの街角」 
 ヴァイオリンが入ることで、こんなに変わるんや。改めてそう強く感じる。チェロが特徴的だった Classic Kaiとも違って、また新鮮だ。 
 しかも、甲斐が吹くハーモニカとクラッシャーのヴァイオリンが、ケンカせずにとけ合ってる。 
 一旦イスに腰掛けたクラッシャーが、「チュッチュルル チュルルッチュチュチュチュ」の後から 再びヴァイオリンを奏で出す。 
 甲斐がラストをゆっくりうたってくる。松藤とクラッシャーが呼吸を合わせ、最後の一音を弾き 切った。

 「ビューティフル エネルギー」 
 甲斐がほぼワンフレーズごとに、ヴォーカルに強弱をつけていく。静かに響かせたり、声を高ならせ たり。その声が心地いい。言葉の印象も際立って胸に届いてくる。 
 甲斐は今回も「しれーなーいからーぁ」の語尾を下げてうたう。 
 2番は松藤がうたい出す。ヴァイオリンが1番と違った奏法。音を細かく震わせるトレモロで、 メロディーをつむぎ出す。 
 「もう 二度とーー」は甲斐と二人で。松藤は「しれーなーいからーーー」と声を伸ばす。 
 ヴァイオリンの間奏が、この曲も美しい。そして、「ビューーティフル エーーナジー」の ハーモニーも。

 甲斐は歓声に応え、このアコギツアーが沖縄宮古島まで続くことを告げる。 
 「最後まで楽しんでってほしいと思ってます」 
 その言葉が、最初のMCのしめくくり。

 ヴァイオリンの前奏。この音が聴きたかったから、やってくれると思ってたよ。この編成でやらない 手はない。 
 「かりそめのスウィング」 
 甲斐は手を打ったり体を揺すったりしながらうたう。いいノリだ。間奏に入ると、軽く踊ってみせる。 「軽くダンスしてね」という「PARTY」のMCを思い出す。 
 この曲も強弱をつけたうたい方だ。手を叩くように振る、新たなアクションも見ることができた。 
 フィニッシュで「オーイェー」の声。曲が終わると、甲斐がクラッシャーの名前を呼び上げた。

 「きんぽうげ」 
 松藤甲斐ヴァージョンで、穏やかに。 
 間奏のヴァイオリンが、やはりいい。オリジナルの音を感じさせながら、独自のメロディーを 連ねていく。アルバム「松藤甲斐」で松藤がやりたかったというフルートの音も、クラッシャーが ヴァイオリンで表現してる。 
 「ひびー割れーたガラスー窓」 
 このアレンジだと、ここからの部分の詞も、甲斐の声で聴くことができる。 
 後奏。甲斐と松藤が「ダダダダダ ダダダダダ」と声を重ね、やがて「フーフフー」という甲斐の ファルセット。 
 甲斐が今度は松藤の名前を呼び、松藤と松藤の曲を讃えた。

 今夜のオーディエンスを「大阪なのにカタい」と言う。「そういうのをほぐしていくのも好きなん だけど」と、雰囲気をほぐすMCへ。

 「きんぽうげ」が松藤の曲なのが悔しいと言ってみせる。 
 「その前にうたった「かりそめのスウィング」は、「裏切りの街角」ほど売れなかったとレコード 会社から文句を言われた。30万枚売れたんだからいいじゃないか」

 だんじりの街、ここ岸和田について。 
 「博多にも山笠があるから。(岸和田は)博多と似てると思ってる」 
 井筒監督の映画「岸和田少年愚連隊」 は10回見たという。「甲斐よしひろ ONE DAY IN OSAKA」という名作TV番組で、井筒 監督と対談もしてたね。 
 本当に石を投げつけるリンチのシーンを挙げたりしつつ、「あのイメージです。僕の岸和田に対する イメージは、あの映画からできてます」 
 「博多では、山笠の期間はあの山笠の格好が正装だからね。ホテルでも何でも、あの格好で入れる んだ。締め込みで」

 祭りの街は祭り好きの男たちが前面に出ているが、実は・・・という話。 
 博多でも表向きはそうだが、嫁が後ろから糸を引いているんだという。 
 「男たちが座敷で宴会して刺身やなんかを食べてるとき、女たちは台所で中落ちやふぐの皮を食べ てて。俺は末っ子だからどっちも行き来して、こっち(台所)の方が全然うまいじゃん!と」

 このツアーで巡ってる街のこと。 
 お兄さんが訪ねて来て驚いたが、その街が単身赴任先だった。 
 津の隣に阿漕(あこぎ)という、このツアーにぴったりの駅を見つけた。阿漕の漢字を説明する のに、「漕げよマイケル」を挙げていた。やはり音楽の教科書に載っていたそうだ。

 今日の会場もそうだけど、地方のホールはどこもきれいで施設がいいらしい。 
 「(歴史のある)京都会館なんて、ウォシュレット付いたの、つい最近なのに」 
 「十数年前の第三セクターあたりが絡んでるんじゃないかと睨んでるんだけど」

 不況で命名権を売ったホールについても言及する。 
 「渋公って言えないじゃん」 
 僕は、渋谷公会堂の名前が変わったの、知らなかった。新しい名前も含めて、びっくり。

 かつての外務大臣の発言に対するコメントも出た。僕もニュースで見て同じように思ってたし、 ごく真っ当な意見やと思う。

 「客がカタい」という話に戻って、大阪に遠慮は似合わないと言う。 
 「君たちに(激しいのと大人しいのの)中間は似合わない」 
 その言葉に、「ハイ!」というめっちゃ元気な返事が飛ぶ。 
 甲斐は「そういうの、ムカツク」と言ってみせてから、「どっちだ」と自分でツッコんだ。

 「再結成のときのシングルを」 
 「甘いKissをしようぜ」 
 甲斐はサビのみ、手を打つ仕草。 
 僕は歌に入り込み、甲斐の声を堪能したくて、2番の前半は手を打たなかった。 
 「アマイ大人になってさ いろんなもん削って つまんない顔していちゃ お前に逢えない」 「夢と罰みたいなKiss」詞が沁みる。 
 「キスをしたんだあーぁ」とうたいながら甲斐は、くちびるのあたりから右手をはなした。

 再びMC。福岡の小学生は、体育の時間などに動くとき、「やァ!」という掛け声をあげていた そうだ。「体操の隊形に開け」「やァ!」というふうに。 
 飲み屋でなぜかその話で盛りあがってた。そしたら、店の女の子が長崎で、「長崎でも「やァ!」 言いますよ」と教えてくれたという。 
 大阪のうちの小学校では、大運動会の組み立て体操のときだけ言うてたな。「サボテン、用意!」 「やァ!」とか。

 次は「安奈」だと告げてから、甲斐は「通常のツアーでこの曲をやるときは、カラオケ状態になっ てる」と言う。前奏が終わると、みんなが一斉に歌い出す。甲斐のライヴでは、バラード以外どの曲も みんなそうやけど。 
 「あのシステムは、おかしいよね」と笑う。 
 「今日は(アコースティックだから甲斐の歌声を)ちゃんと聴けるでしょう」

 そうして始まった「安奈」。ヴァイオリンとともに。 
 「Classic Kai」の後、クラッシャー木村が語っていた感想がよみがえる。「甲斐さんが、 ヴァイオリンの音色を聴いて「安奈」をいつもよりやさしくうたった、と言っていたのがうれしかった」 
 今夜も甲斐はやさしくうたっている。そのことをたしかめるようにしながら、聴き入ってゆく。 
 「安奈、お前に会いたい」はオーディエンスにうたわせる。それから「愛の灯をともしたい」まで、 客席にゆだねたり、甲斐もいっしょにうたったり。そして、「サンキュー」と言ってから、最後のサビを うたい始めた。

 緑の照明。甲斐の足元は赤く染まっている。 
 「LADY」 
 甲斐は強く歌う。激しいバラード。これが甲斐のバラードだ。松藤のギターもあくまで強く。 
 1番からすでに、サビ前の「ああ、LADY」を、「ああ」なしで後ろを上げるように呼び掛けた。 
 「からのポケットに」からが特にすさまじい。「にじーをー」と伸ばさず、「虹を」と詰めて歌う。 「だけどー今ー帆をー上げー高い波をくぐりーぬけー」声が濁ろうがかまわず、ひたすら強く歌い切る甲斐。 
 俺も船を出すぜ!

 「BLUE LETTER」 
 このバラードでも、松藤は初めから「ザカザーン」と分厚く大きな音を掻き鳴らす。 
 甲斐はヴォーカルに強弱をつけてうたっていく。 
 「恋におおーおち」「虜にいなったあー」「だけど心はなーれ いつか 別れてきーたー」 
 フレーズの区切りごとに、キーボードの高い音が曲を彩る。クラッシャーが奏でているのだ。 
 サビは最後を短く、「ブルーーレタ」。「”アコギ”なPARTY 30」から、このうたい方に なっている。 
 ホールにある音が甲斐の歌声だけになる、3番中盤がやはりたまらない。

 前奏のギター。歌入り前が今までにないアレンジになっている。甲斐にも新鮮に響いているようだ。 ヴァイオリン入りのアコースティックライヴだからと立つのをがまんしていたオーディエンスが、立ち 上がりはじめる。これからやって来る大合唱の波の兆しに、じっとしていられないのだ。甲斐がマイク スタンドに近づいた。「お前の髪に」 
 「ナイト ウェイヴ」 
 ヴァイオリンの調べが心地よい。「Classic Kai」の「破れたハート・・・」があんなに 素晴らしかってんもん。この三部作に合うはずやんな。 
 甲斐は「ウーウウー」となめらかに歌っていく。甲斐の歌声を聴き、ヴァイオリンとギターに包まれ、 手を打っての大合唱。気持ちよくって、うれしくて。甲斐はラストのみ、「ウォーオオーオ アーアアー」 と大きく声を伸ばした。

 ライトが点いた瞬間、スタッフ2人の姿も映し出された。しかし、甲斐はそんなことに構いやしない。 自らの衝動どおりに歌っていくのだ。 
 「漂泊者(アウトロー)」 
 ステージのバックでカラフルなライトが流れ、光が2つ回転している。アコースティックでも拳を 上げる。歌も演奏も力強いから。もはやすわってる奴なんているもんか。「漂泊者(アウトロー)」は 今夜も激しく熱いのだ。 
 間奏は甲斐のハーモニカ。そして、クラッシャーのヴァイオリン。互いが意識し合ってる。 相手を尊重しつつ、自分が音を出すとなったら存分に。

 「風の中の火のように」 
 初めから激しい。甲斐と松藤と、ギターも二つだ。 
 「そんなとき君の名を呼ーぶーー」「寒さに目が覚め自分をー抱くーー」「風の中の火のようにーー」 コーラスが重ね合わされる。 
 燃えるオーディエンスとともに曲も熱く突き進んでゆく。 
 甲斐が「愛なーのに」と歌うと、バックが真紅に染まる。それから、三人で「風の中の火のように」 と3回繰り返す。そして甲斐一人で、「火のーようにーー」を3回、最後は「火のーーーーっ」と 張り上げた。

 美しいメロディーが会場を渡る。ストリングスによる前奏が流されているのだ。これは 「Classic Kai」の音源に違いない。クラッシャーを待って、いっしょにコーラスから入って ゆく。 
 「破れたハートを売り物に」 
 アコギヴァージョンでも、「落ーとーしー」と遅くならない。オリジナルと同じく「落ーとし」と 詰めて歌うアレンジになっている。 
 甲斐はほほえんでいる。しあわせでしかたないって感じ。この瞬間、この場、この音が気持ちいい んやろう。 
 間奏の後も、甲斐は「今夜はここで静かにしなくていい、来いよ」という仕草。オーディエンスにも 「かなーしみやわらげ」「俺ーの愛はー」と、ところどころ歌わせていく。続いて三度訪れるサビの 大合唱で、本編は大団円へ。

 1回目のアンコール。甲斐とクラッシャーの二人がやって来る。クラッシャーはホルターネック。 ラメも見える。

 「冷血(コールド ブラッド)」 
 甲斐が激しくストロークするギターと、クラッシャーのヴァイオリン。ライトは緑と、下が赤だった か。「うらんでも」の前から鮮やかさを増すのが印象的だ。そこからのヴァイオリンがスリリング。 この曲独特の怖さ、冷たさを感じさせるのだ。 
 間奏で甲斐のアコギが高まる。それに連れてヴァイオリンの攻撃も強まってくる。上って、上りつめ ていく。 
 再び後奏で二つの楽器が絡みつく。速度を上げ、空気を震わせ、やがて果てた。

 甲斐がギターをスタッフに渡しかけてから、やっぱりまた肩にかける。 
 「松藤を呼び戻そう」の声で三人が揃った。 
 前奏は「観覧車」かと思った。1曲目に続いて、今日2回目や。でも、今度も別の歌やった。 
 「HERO」 
 おお、そうやったんか。それならもちろん、拳を2連打や!! 
 今夜も、「HERO」の熱さと快さが伝わってくるアレンジ。甲斐も詞を乗せるテンポを緩めたり しない。「砕け散っても」は客にゆだね、すぐに「HERO」と甲斐たちが続けるのもいいぞ。 
 いい歌やなあ。つくづく思う。ヒット曲だからとかは何も関係なく。ただ真っ直ぐ聴けば、ちゃんと 自分の胸に届くのだ。

 前奏は松藤のギターから。 
 「最後の夜汽車」 
 甲斐の歌だ。声のよさが、詞のよさが、沁みること。せつない。響かせる語尾の余韻がなおさらに。 
 しかも、ヴァイオリンがまたすごいのだ。間奏であのフレーズを奏でたかと思うと、2回目は それを高い音で聴かせてくれる。この抒情に満ちた調べ。この編成で歌うにふさわしいよなあ。

 余韻を胸に手を打ち、「甲斐ーっ!」って叫んでいると、2回目のアンコールが訪れた。甲斐は 白のTシャツに着換えている。

 甲斐と松藤が小さな楽器を手にしている。ウクレレだろうか。こういう楽器を見るといつも、 「Singer」の武道館を思い出す。「バス通り」やな。 
 ところが、始まったのは予想もしない曲だった。 
 「ハート」 
 おおお、ライヴで「ハート」なんて、初めてや!この歌に対する思いが一気に押し寄せて来る。 それと同時に、この貴重なステージを少しでも見逃すまいと、意識がさらに甲斐へ集中していく。 今この時だけの「ハート」を焼き付けるんや。 
 演奏と曲調に合わせて、甲斐は軽快な歌い方。力の抜け加減が絶妙やねんな。声も小さめで、口を マイクの方に突き出すようにして歌っている。 
 「天気雨」という言葉に、今日の明石を思い出した。それから、すぐに詞の本来の意味が伝わって きて、いつもうまくはいかない恋愛を思う。生で甲斐の歌を聴くと、ひときわしっかり感じられる ねんな。 
 甲斐は後奏で「ハ~ア~~~」「ハ~」と声を伸ばす。これが「ハート」のライヴヴァージョン なんや。 
 早めの暗転でフィニッシュ。

 オーディエンスへの感謝を述べる最後のMC。 
 会場のそこここから飛ぶ元気な「やァ!」の声に、甲斐は「「やァ!」禁止」と言って笑った。

 次にやる最後の曲は、長い間ステージで歌っていなかった。特別なイベントで歌ったら、泣いている ファンがいたらしい。 
 「この曲で泣くんだ」 
 それで思い直したのかな。最近はアコギで歌ってくれる機会が増えた。

 「バス通り」 
 甲斐がほほえんでる。 
 「まぶしかったのーーーーーー」 
 声の伸びがいい。思わず引き込まれていく。この歌声だけでも、聴く者を泣かせる力がある。 
 ヴァイオリンのトレモロが、「バス通り」と、ライヴの終わりを彩った。

 僕らは甲斐たちに目一杯の拍手と声をおくる。クラッシャーが去る。松藤はマイクスタンドに 近寄って、「甲斐よしひろ」って紹介して行った。こんなふうに、メンバーが甲斐の名前を呼び上げるの って、初めて見たな。拍手と歓声、「甲斐ーっ!」の叫びがまた激しくなる。 
 それらに応える甲斐。マイクスタンドの後方に離れて立っているけど、「サンキュー」と言っている のが小さく聴き取れる。それから、マイクスタンドに近付いて、あらためてみんなに聴こえるように 「サンキュー」と告げた。

 甲斐のいなくなったステージを眺めながら、今夜のシーンを思い返す。どの曲でのことだったか 思い出せない情景。 
 キーボードの高い音。客席横の壁に三人の影が映っていたところ。ヴァイオリンを指ではじく 奏法。甲斐にMCの途中で急に紹介され、驚きつつ立ち上がったクラッシャー。

 バンドツアーのROLLING CIRCUS REVUE との違いが際立って来たな。アコギツアーだから聴ける曲、バンドツアーだから歌う曲というのが、 できてきてる。しかも、それぞれにめったに聴けない曲を取り上げてくれるのだ。これから、ライヴで いろんな歌が聴けるぞ。 
 ますますおもしろくなってきた。

 

 

2006年10月7日 岸和田市立浪切ホール

 

スウィート スムース ステイトメント 
裏切りの街角 
ビューティフル エネルギー 
かりそめのスウィング 
きんぽうげ 
甘いKissをしようぜ 
安奈 
LADY 
BLUE LETTER 
ナイト ウェイヴ 
漂泊者(アウトロー) 
風の中の火のように 
破れたハートを売り物に

 

冷血(コールド ブラッド) 
HERO 
最後の夜汽車

 

ハート 
バス通り

甲斐よしひろ ROLLING CIRCUS REVUE

2006年2月10日(金) 大阪なんばHatch

 

 1階席最後方に立ち見の列ができていた。当日券で入場したファンだろうか。 
 昨日より客の入りが早い。開演前の歓声や拍手も多いぞ。 アナウンスが今日も3回入り、あのBGMが流れてくる。口笛。歌。ムチの音。僕はもちろんすぐに 立ち上がる。みんなの立ち方も早い。昨日でわかってるもんね。 
 手拍子がずれてくる。照明が落ちて、拍手に変わる。そして、より大きな手拍子へ。今度は しっかりと合っている。歓声が飛ぶ中、バンドがステージの上へ。

 甲斐は黒のスーツ。よく見るとピンストライプが入っている。白いシャツにネクタイ。黒の ベルトのバックルはシンプルな銀と思いきや、両端に飾りがあることに気づいた。

 あの低い音。いきなり曲の世界が立ち現れる。これが最初に攻めて来るとは。 
 「ALL DOWN THE LINE 25時の追跡」 
 ものすごい。歌も演奏も。引き込まれ、圧倒されるこの迫力。 
 間奏の無線。甲斐は背中を向け、左手にマラカスを2つ持って、手を打っている。 
 「ああ 運に見放され」からは、今日も声を張り上げて歌った。 
 なんでやろう。昨日もすごかったのに、1曲目だとさらに強烈に感じる。曲順の持つ力を あらためて体感。最高のオープニングやった。

 伸びる最初の一音。「BIG GIG」ヴァージョンとは高さがちがう。昨日気がつかなかった のも当然やな。 
 「危険な道連れ」 
 左と右は緑の照明で、真ん中は赤。サビに入ると、左が緑で右が赤になる。 
 甲斐は膝を高く上げて歩きながら歌う。手の指を開いて、マイクは曲げた親指にはさんでる。 もう一方の手は完全に5本の指を開いている。 
 前野選手のサックス。長い間奏だけでなく、サビでも効いている。 
 「俺は信じてる」の前に一瞬後ろを振り返り、また前を向いて歌うアクションがかっこよかった。

 イントロで「おおおっ!」と声をあげてしまった。はずむビートに合わせて跳ばずにはいられ ない。歌入り前にあの音で拳を上げる。 
 「ランデヴー」 
 ずっとドラムが叩いている。これがめちゃめちゃ燃えるのだ。しかもハイペース。僕は思わず、 1回目の「デッドメンズ カ~ヴ」をコーラスといっしょに歌う。甲斐は「夜の中裂ーけ入って~ ゆくーー」「闇の中」「嵐の中突き進んでゆくーー」とほぼオリジナル通りの詞で歌う。 
 「お前はあ笑ってーえる 俺の愛を信じてーええ」痛快に駆け続ける二人の姿が浮かぶ。 
 大好きな歌を久々にやってくれた。俺はこの曲好きやと実感した。それにしても、こんなに すごい「ランデヴー」も初めてや。どの曲もやる時はその時その時のベストのアレンジにつくり上げ てるやんな、いつも。

 最初から怒涛の3曲やった。ものすごい燃焼。曲の後半に、アフリカの太鼓を思わせる野性味の ある低いドラムが鳴ったのは、「危険な道連れ」だったか「ランデヴー」だったか、もはや思い出せ ない。 
 また、スーツ姿の甲斐がいい。やっぱりスーツでのアクションが最高に似合ってるよ。

 静かなバラード。かすれた笛のような音が漂う。 
 「荒野をくだって」 
 間奏でマイクスタンドが揺れる。甲斐は少しタイミングを遅らせてから、「二人を引き裂いた いくつかの」と2番をうたいはじめる。 
 「西へ」を響かせる甲斐の声。この情感。 
 甲斐は片手を胸に当て、ゆっくりと後ろへ歩み去った。

 このツアーのハイライトの一つ。あのメドレーが始まる。 
 「悪いうわさ」 
 昨日はダークな照明という印象やったけど、あらためて見てみると、それほど暗くはない。 それでいて、この曲の持つ苦さを表現している。 
 甲斐は背中にまわしたアコギを、2番後の間奏で弾き始める。今日も。 
 後奏。甲斐がアップストローク。それにともなって、バンドの音が一音ごとに高くなっていく。 そして、あのうねりへと連なっていく。 
 「ダニーボーイに耳をふさいで」 
 甲斐がせつない声をあげる。それが聴く者の胸を締め付ける。 
 後奏でさらにもう1回「いつものよーうにー いつものよーうにー ドアを閉ざーしてー」と 繰り返して、曲が終わりに向かう。

 キーボードのソロ。今日は短めに感じた。その音色を背に甲斐が言う。 
 「男も女もぬくもりがないとやっていけない。そんな物語の歌をやります」 
 蘭丸のギターがはじける。イントロの前半と歌入りの直前、キーボードが「キュルルル」と走る。 
 「港からやって来た女」 
 ステージもオーディエンスも大騒ぎ。甲斐は股間を手で押さえるようなアクションも。 
 2番のサビ。甲斐が蘭丸のところへ行く。右手にマイクを持ち、左腕は上げて振り廻し、 さらなる熱狂をあおる。マイクを左手に持ち替えて、右手を蘭丸の背中にあてる。 
 静かな3番前半では、「み、見つーめ」のうたい方。サビ前から再び盛りあがっていく。 
 「フーーっ!」は4回。甲斐は「バイー バイ バーーイっ」と早めのタイミングで仕掛けて 来ることが多かった。 
 さらに後奏は続く。甲斐がドラムスの台に上がる。蘭丸が弾きまくってる。甲斐が JAH-RAHにも言ったのか、蘭丸にもっと弾けよと合図する。いつもより長く聴けた蘭丸の 激しいプレイ。次のタイミングでついにフィニッシュ。

 甲斐の「まだまだやるよ!」に、歓声が応える。 
 「ダダダンダンダダン」あのフレーズが響く。最初の2つは間を置いて。そこから間隔が 詰まって続いていく。JAH-RAHのドラムが2回炸裂。 
 「ボーイッシュ ガール」 
 甲斐は「ダダダンダンダダン」のすき間で、妖しいため息を聴かせたりする。「ボーイッシュ ウーマン  マーーン」という歌い方が今夜も快感や。 
 燃える間奏の、その前半。引っ掻くような音がHatchに流れる。 
 後奏。甲斐はステージ左で、「シュバチュク」とか「ベイベー」とかの技を聴かせる。それを 短くとどめると、「ボーイッシュガーアアル」と音を高めながら繰り返す。それから右へ移って、 「シュバチュク」の声。JAH-RAHの2連打が「ボーイッシュ ガール」を終わりへと導く。

 ここで、MC。

 「デビューリリースした74年の頃は、チャートの7割が歌謡曲と演歌で、3割がニュー ミュージック。マイペースの「東京」とか。なんで今それが浮かんだのかわかんないけど」 
 「甲斐バンドの活動時期と同じくして、だんだん割合が変わってきて。甲斐バンドの長い旅は、 ロックのパーセンテージを獲得する旅でもあった。今じゃ逆転してる」

 「今思い出したけど、一昨日NODA-MAP見に行って、トイレに行って、用を足して、 洗面所に並ぶだろ。洗面台が3つあって、20代の若者が3人ともうがいしてんの。「ガラガラ、 ペーッ」て。1人ならわかるけど」 
 「人を笑わしてナンボの街だから、俺を笑わしにかかってんのかな、3人で。と思って見ても、 真剣な顔してて。笑わせるには冷静さとある種の読みが必要なわけで、逆にそういうことなのかなと」 
 確かに、ボケる時は自分が笑ってはいけないというのは、笑いの基本ではある。 
 「昨日は文珍と、・・・どこだっけ。2回焼けたとこ。包丁一本」 
 客席から「法善寺横町」という声が多くあがる。 
 「(自分は)思い出すのが遅いな。もうちょっとで、さらしに巻こうかと」と笑わせる。 
 「(文珍には)「野田くんの客やからちゃうかー」って、ひと言で片付けられたけど」 
 昨日言ってた「高名な落語家」って、文珍やったんか。 
 話題は楽屋ののれんへつながっていく。野田秀樹古田新太の楽屋ののれん、昨日はカトちゃん なのか志村けんなのかわからなかったけど、カトちゃんぺだとわかった。

 「博多から大阪へ。ちがう。なんで大阪なんだ。博多からから東京へ。東京からN.Y.へ」 
 「なんで行ったかというと、エコーが違う。日本にはエコールームがなかった。ヨーロッパでも アメリカでも、エコールームっていうのがちゃんとあって。ルームエコーっていうんだけど。日本は 機械でエコーをつけてた」 
 「俺の歌はこんなもんじゃない、と思ってて。松藤のドラムはこんなもんだと思ってたけど」 
 松藤が抗議のポーズを取ると、「すぐツッコんでくれて、よかった」 
 「それで向こうで録ったら、俺の歌、よくなってて。松藤のドラムもよくなってて。じゃあ、 俺がそれまでに何回か松藤にした説教は何だったんだ」 
 これに松藤がウケる。このやり取りの間松藤の姿を浮かび上がらせていたライトが、しばらく するとそっと消えた。 
 「ボブ・クリアマウンテンとやって。その後、ジェイソン・カーサロと3枚つくった。僕は N.Y.からロンドンにも行って。東へ東へ。で、この前は東京のO-EASTっていうところで やって。この程度の東かと」というジョーク。

 このツアーに関して。 
 まず、1か所で続けてやりたかったということ。 
 それに、甲斐バンド解散から20年。「それに何の意味があるのかって感じなんですけど、 「あなたはやる方だから」と言われて、甲斐バンドナンバーオンリーでやる」 
 「それがローリング・サーカス・レヴューの意味っちゃあ意味なんだけど。まあ、あって無い ような意味なんですけど。それくらいのことです。クリエイティヴって、そういうことだからね。 誰かをちょっとよろこばせたいとか、そういうところからだから」

 「その、ボブ・クリアマウンテンとの三部作の中からの曲をやりましょう」 
 客席から「キャーッ」という声があがる。 
 「「BLUE LETTER」を」 
 さらなる大歓声が起きる。

 白いライト。両横から青の光り。ステージ上方はオレンジ。 
 松藤は1番からアコギを「ザカザーン」と弾く。音のない間をつくり、ずっと続けては弾かない。 
 甲斐は「ブルーー レタ」と、語尾を伸ばさずに響かせる。 「”アコギ”なPARTY 30」もこのうたい方やったなあ。 
 少しためてうたったりもする。2番をうたい終えると、立ち上がってハーモニカを吹く。3番 では甲斐の声のみが会場に響く。 
 今夜のアレンジも素晴らしい。

 「シーズン」 
 甲斐はアコースティックギターを弾いている。 
 照明は水色。緑もあるが、水色に溶け込んでいる。 
 「ウーウウ」というコーラスが胸を突く。切なさを高めているのだ。

 この後が「ナイト ウェイヴ」だったら、サンストのハガキが言ってた「海辺の三部作」を全部 続けて歌うことになるなと思った。が、始まったのは別の曲。 
 「ビューティフル エネルギー」 
 ここでも昨日と曲順が変わってる。「シーズン」と「ビューティフル エネルギー」が逆に なっているのだ。 
 今日はこの曲を、「王道やな」と感じた。歌詞にダブルミーニングが多いし、シングルで松藤が 歌ってたし、やや異色の曲というイメージもあってんけど。なぜか今日は、キャッチーなラヴソングと して届いてきた。 
 「オーロラーが のぼっていくよーぉーー」と、甲斐はこの部分の語尾を下げながらも伸ばして いった。 
 今日もはっきり「声をたてようぜーー」と歌った。これからはこの詞でいくのかもしれない。 
 曲が終わると、甲斐が叫んだ。「ツインギター、松藤英男!」

 「氷のくちびる」 
 甲斐はオレンジの大きなボディのエレキ。照明はやはり、黄緑のイメージじゃない。このツアー から変わったのだ。サビで白が混じり、横の上から黄緑も射す。甲斐のギターに合わせての変更なの だろうか。 
 1番に続く間奏。甲斐が腕を曲線的に動かして、蘭丸に「どうぞ」と場所を示す。甲斐に赤、 蘭丸に紫のスポット。「夕暮れのカフェ」まで蘭丸は甲斐の右で弾く。松藤の縦笛が聴こえる。 「ヒュルルルルルルー」という調べも。 
 蘭丸は前へ出て、腰を落として弾きまくり。甲斐は「アアアアアアアアアアアアアアア」を フルで2セット。それから「フーーーーーーーッ」というファルセット。そして、右後ろへ行き、 ギターに没頭する。

 「ポップコーンをほおばって」 
 「埋れ陽の道にすべては消えうせた」「君は翼がある事を知って恐かったんでしょう」甲斐の メロディーが途切れるごとに、JAH-RAHのすごいドラムが入る。最初から大迫力や。 
 間奏で歓声が沸く。甲斐がマイクスタンドの右で左で、オーディエンスをいっそう煽る。 静かなパートに入っても、観客の手拍子は強いまま続く。蘭丸が細かく弾き続けてる。JAH-RAH のドラムは「ズシーン ズシーン」と重く響く。 
 サビの繰り返し。青いストロボ。拳を突き上げて歌う俺ら。白いライトが入るタイミングが つかめた。拳の三連打に合わせて赤のライトが光る。バンドのフィニッシュとともに拳を二連打!!

 「翼あるもの」 
 「俺の声が聞こえるかい」から最後まで、甲斐は強く歌い切った。 
 「フラウウェイ  ハウウェイ  フラウウェイ」 
 甲斐が両手を広げる。今日は下げずに、そのまま上へ。甲斐の腕を影が上る。音が高鳴る。 両手を下へ。再び音が高まる。甲斐が両手を広げる。 
 何の涙かわからないうちに泣けてきた。泣ける「翼あるもの」やった。

 「漂泊者(アウトロー)」 
 イントロのギターが弾む感じ。バックにカラフルなライト。白い光が横へ横へ走る。 
 「誰か俺に」の時に聴こえるピコピコという音がいい。「冷血(コールド ブラッド)」の 血のしたたるような音を、もっと明るい高さにしたような。これが切羽詰まった感覚に追い討ちを 掛けてくるのだ。 
 「爆発」から「しそう」までのアクション。甲斐は今日もすぐに立ち上がった。 
 甲斐が後ろを向いて、両手を下の方で広げる。すると、バンドから大音量が湧き上がった。 
 甲斐たちの迫力に圧倒されたまま、本編が終わった。

 歓声と拍手、名前を呼ぶ声のなか、メンバーが再び位置につく。 
 甲斐が左ソデから歩み出て来る。黒いジャケットに少しラメが入っている。ズボンは変わらず か。 
 「キラー ストリート」 
 おお、今日も聴くことができるんや!このツアーで久々に取り上げられた、昨日の1曲目。 
 ステージの両端は黄色、真ん中はオレンジに染め上げられている。 
 「闇に一筋ジャアックナイーフ」で、今日は右手で空をひと掻き。 
 2番の前半もブレイクしてない感じやったけど、興奮して思い違いしてる可能性もあるな。

 メンバー紹介。 
 前野選手は印象的な白い服。 
 JAH-RAHは笑顔で前へ。僕は「ジャラ!」と叫んだ。後ろへ戻ったJAH-RAHは、 縦長のタイコの前に立つ。 
 「お前ら、曲の間に暴れ過ぎて、拍手が小さい。逆だろ」と甲斐。 
 「ツインリードギター。というより、ツインリーダー。何のリーダーかよくわかんないけど。 松藤英男」 
 さっきまでも拍手が小さいとは思わなかったけど、ひときわ大きな拍手が起きる。両手を 合わせて指を組み、それを掲げて見せる松藤。松藤らしい仕草や。エレキを振り下ろす決めポーズも、 昨日に続いて。 
 ノリオは紹介されると、胸の前で手を合わせる。甲斐に促されて前に進み、ステージの左・右・ 真ん中それぞれで手を合わせて頭を下げた。 
 最後に蘭丸。僕は今日も、「コーヘイ!」と叫んだ。

 「松藤がドラムを叩いていただけるそうで」と甲斐。さっきのノリオのノリで、「あやかりたい、 あやかりたい」というふうに体をなでるジェスチャー。 
 和んだところで気持ちを切り換え、「松藤のドラムで「安奈」をやりましょう」

 蘭丸はイントロをゆっくり弾く。2番は刻む感じで。「ヒュールルルーー」というキーボード。 昨日ほどはドラムが目立っていない。ギターが特徴的。 
 手拍子する気分じゃなくて、手のひらをズボンに置いてたら、ベースの音で生地がビンビン 揺れてるのがわかった。 
 昨日とさえちがう。やる度にその時だけの「安奈」が生まれるのだ。 
 甲斐がオーディエンスにうたわせる。僕らは「あんなーあ」と声を束ねる。 
 後奏で、甲斐は「あんなーあ」とうたうことはせず、切ない声をあげた。

 「ドラムス 松藤英男!」 
 歓声と拍手に、松藤がスティックを掲げて応える。

 甲斐が後ろへ行く。蘭丸に話もしているようだ。 
 マイクスタンドの前に戻って、「今ミーティングしてるから」 
 興味津々の客席に向かい、「聞かさない」といたずらっぽく。

 「観覧車’82」 
 間奏で両手を挙げる甲斐。華やかに回るカラフルなライト。僕のところにもその色は届く。 
 詞の切なさが痛い。それなのに、舞台を照らす光は結婚式の華やぎ。甲斐が回る。バンドによる 分厚い音の層。全部がないまぜになって、泣けてきた。 
 後奏。甲斐がマイクを使わなくても、観客の叫びは続く。「ウォーオオオオオ」 
 ビートが効いてる。松藤が平たいパーカッションを叩いてる。 
 回り続けるライトの下。甲斐はおじぎをして、両サイドの床を指差してから、去って行った。

 2度目のアンコールに応えた甲斐は、白のTシャツの上に黒のTシャツを重ね着。胸元は開いて いて、クロスがのぞいている。 
 出て来てすぐに、曲の開始をJAH-RAHに求める。 
 「ダイナマイトが150屯」 
 甲斐はイントロでマイクスタンドを縦に蹴り上げる。それからリズムに乗って身体を揺さぶる。 
 間奏の後半で、マイクスタンドを横廻し。そのまま歌へ。まだ回転してるうちに歌い出すねん から燃える。 
 後奏。ステージは真っ白な光にさらされる。その中心で甲斐はマイクスタンドをぐるぐる廻す。 今日は膝を使わずに止めてみせた。左右を真剣な目で見たかと思うと、次の瞬間、マイクスタンドを 横に振り廻す。リズムに乗って跳ねる。叫ぶ。 
 最高のアクションや。盛りあがりまくったで。

 「今夜は、大阪3日間2DAYS目。本当に、こんなに来てくれて、ありがとう。感謝してる」 
 オーディエンスの拍手が止まらない。メンバーも手を振ったり、蘭丸はオーディエンスの方を 指差したりして応える。 
 鳴り続ける拍手をさえぎるように、甲斐が話し出す。 
 「去年、ライヴCD10枚組が出て。今度、3月8日にDVD6枚組という重量感のあるのが。 俺の体重と反比例するように」 
 見ていて感じてた通り、甲斐は体を絞り直したらしい。 
 「今夜は本当にサンキュー」

 左上から細いライト。右上から太いライト。甲斐がマイクスタンドの前に立つと、左の光も 太くなった。 
 「嵐の季節」 
 甲斐はサビをあまり歌わず、オーディエンスにゆだねて行く。大合唱の狭間に叫びをあげる。 
 「じっと風をやり過ごせ」「じっと雨をやり過ごせ」という言葉が、今夜は胸に響く。 
 渾身の力を込めて、2回に1回突き上げていた拳。繰り返しからはしぜんと、毎回突き上げず にはいられなくなっていた。 
 これで次のツアーまで何があっても耐えられる。この歌が終わった時、そう思った。

 甲斐が去ったステージを見つめたまま、今日のライヴを反芻する。間奏で甲斐がツインギターを 指した場面。JAH-RAHの後方下の白いライトが、爆発するように点滅した様子。今夜だけの ニューヴァージョンの歌詞は、「ランデヴー」の2番ラストのみか。

 別の歌が加わり、曲順が変動すると、ライヴの印象もまるで違うものになった。思いっ切り燃え たなあ。こういうツアーって、めちゃめちゃうれしい!

 

 

2006年2月10日 大阪なんばHatch

 

ALL DOWN THE LINE 25時の追跡 
危険な道連れ 
ランデヴー 
荒野をくだって 
悪いうわさ 
~ダニーボーイに耳をふさいで 
港からやって来た女 
ボーイッシュ ガール 
BLUE LETTER 
シーズン 
ビューティフル エネルギー 
氷のくちびる 
ポップコーンをほおばって 
翼あるもの 
漂泊者(アウトロー

 

キラー ストリート 
安奈 
観覧車’82

 

ダイナマイトが150屯 
嵐の季節