CRY

Twitterには長いやつ

Classic Kai

2005年9月15日(木) 大阪なんばHatch

 

 もう2年以上経つというのに、地下鉄なんば駅ホームには、26番出口への案内 表示がまだ出ていない。なんばHatchの最寄り出口やのに。記憶と改札外の目立た ない小さな矢印を頼りに、地下街を歩く。

 Hatchの地下モニターに「Classic Kai 2005.09.15  open18:30/start19:00」の文字を見つけた。画面右端には縦書き で「甲斐よしひろ」。

 ほぼ時間通りに開場。甲斐バンドライヴCD10枚組BOX「熱狂 ステージ」の パンフレットやアンケート用紙を受け取って、まずはグッズ売り場へ。 
 東名阪だけのツアーやから新しいグッズはないかもなと思っていたが、ワインや CDケースなどが出ていた。ワイン2本にソムリエナイフとバッグがついたセットも ある。 
 他に”アコギ”ツアーのグッズや 「松藤甲斐」のビデオもあるみたいやけど、人が 多過ぎてちゃんと見ることができない。グッズは終演後にまわして、エスカレーターで 客席まで上ることにした。

 1階席最後尾の両端に、当日券のお客さんの立ち見エリアが設けられていた。 
 そこ以外にはイスが置かれて、これまでとは違った印象のなんばHatch客席 内を進む。今日の席はかなり前なのだ。左寄りやけど、かえって甲斐の表情がよく見える かもしれない。 
 ステージの両端奥には炎が揺れている。今までライヴ中にもよく使われてたやつ や。前の席からだと、本物の炎ではないことがわかった。赤いゆらめきの中に青く灯った 部分も見えて、よくできてるなと感心する。

 ステージ上を隣の甲斐友といっしょに観察。左側にキーボードが置かれている。 春の”アコギ”ツアーではアンコールからやったから、やはり構成もアレンジもかなり 変わるのだろう。 
 右のイスの後ろにギターが立てかけてある。左から前野選手、甲斐、松藤という 並びはそのままらしい。 
 後方に薄い幕があるようだ。これは背景を映し出したりするためのものなのか、 それとも他の意味があるのか。 
 キーボードのそばにサックスがあるのを見つけて、ちょっと興奮。前回のツアー では使われてなかったやんな。前野選手のサックスといえば、1曲目の「ランデヴー」 で甲斐より早くステージ中央に躍り出て来た「パートナー」ツアーを思い出す。それに、 「ラヴ マイナス ゼロ」もあるな。「ストレート ライフ」ツアーの京都で聴くことが できた、ごく静かなアレンジの「ラヴ マイナス ゼロ」が再び披露されることはあるの だろうか。

 場内には南方系の音楽が流れている。マンボとかも。甲斐初のクラシカルなツアー ということで、開始前からそういう曲がかかるのかなとも思っていたが。 
 果たして「Classic Kai」とはどんなライヴになるのか。開演時間が 近づくにつれ、緊張感がぐんぐん高まってくる。予想もつかない初めての試みの、しかも 初日なのだ。

 オープニングBGMは春といっしょやった。「ウィスキー バー」と歌う声が 聴こえる。僕らはもちろん手拍子。クラシカルなツアーやというし、ツレの甲斐友は 背が高いから、立つのは遠慮しておいた。 
 ステージが紫に染められ、そこにあるものが黒いシルエットとなって浮かびあが る。後方に段があって、そこにイスが3つ、いや、4つや。これは本格的にストリングス が入るってことやんな。

 ステージ前方には上から紺のライトが差している。そこへメンバーがやって来る。 最初から3人や。 
 「甲斐ーっ!」と叫ぶ。手を叩く。歓声があがる。 
 甲斐は黒のジャケット。少しラメが入っている。中はストライプの黒いシャツ。 黒の皮のパンツ。黒いサングラス。

 松藤のアコギ。前野選手のキーボード。”アコギ”ツアーでは 三郷のアンコールで初披露されたあの曲が、堂々の 1曲目だ。 
 「かけがえのないもの#2」 
 甲斐のヴォーカルは、語尾の響きがやさしく。コーラスが入って3人でうたう ところは強く。 
 松藤と前野選手だけがコーラスする部分でも、甲斐はオフマイクでいっしょに 口ずさんでいる。「ウォウウォウウォー」の「ウォウウォウ」のあたりとか。それから 「ウォー」と伸ばす音の後半に、「かけがえのないもの」と重ねてうたっていく。 
 甲斐のサングラスは黒に見えたが、こちらを向くと青みがかっているのがわかる。 
 「一生分の約束をする 君とぉ」 
 詞が次々と胸の中に届いてくる。 
 一瞬のブレイクからキーボードが入るところの、はずんだ感じがいい。 
 後奏。3人による「ウォウウォウウォー」のハーモニー。

 1曲目の終盤に、ストリングス奏者たちがステージ後段のイスに向かうのが目に 入った。曲が終わってからそっちを見てみると、黒い衣装でサングラスをかけた女性が 4人座っていた。

 演奏が始まる。暖かい風景を思わせる前奏。「ホリデー」か? 
 その中で、ちょっと変わった音も効果的に使われている。どの楽器から出ているの か見渡す。左から2人目のお姉さんが、弦を指ではじいている。その音なのか?いや、 あれは自分の楽器の音を確かめているだけだろうか。じゃあ、キーボードが操作されて いるのか。 
 歌入りで拍手が起きた。 
 「僕の前に 僕の荒野と海が・・・」 
 僕はもうすでに泣けてくる。この歌は沁みるのだ。 
 「昨日鳴る鐘の音」 
 甲斐のうたい方は、アコギのみの ”MY NAME IS KAI”とはまたちがっている。サビの後には「んーん」 と低い声を出す。 
 「アタタカイ・ハート」の甲斐自身によるライナーノーツに、この歌の詞が引用 された箇所があった。甲斐が今この歌をうたいたい気持ちになっていることを、あの 一文が示していたのかもしれない。 
 後奏でストリングスが高まる。それから、サビの繰り返しがあった。しかも、 続けて2回。 
 「昨日鳴るうー 鐘の音は今日を過ぎてー明日はーないー 昨日鳴るうー 鐘の音 は今日を過ぎてー明日はーないー」 
 甲斐と松藤のコーラスでだ。この繰り返し方は初めて聴けた。ストリングスの加入 を抜きにしても、全く新しいアレンジではないのだろうか。 
 前野選手がストリングスに手で合図をして、曲が終えられる。やはり指揮者の役割 を果たす人が必要なんかな。

 ストリングスによる見事な前奏。甲斐が立ち上がる。 
 「かりそめのスウィング」 
 前野選手が指を鳴らす。甲斐も両手でフィンガースナップしたり、ダンスするよう に動きながらうたっていく。 
 前野選手の赤いアコーディオン。横の黒いボタンまで見える。 
 そのアコーディオンの「ワッワッ」っていう音が春は印象的だったが、今回はそれ 以上にストリングスが効いている。 
 2番の「生きてきたむなしさ」が出ず、甲斐は音のみのヴォーカル。 
 後奏もストリングスによって強く、それでいて悲しい音になっている。甲斐が 「オーイェー!」と叫んでフィニッシュ。 
 甲斐がうれしそうや。ストリングスを入れたアレンジは大成功やし、うたってても 新鮮やろうし。 
 僕らもまた、ストリングスの音の強さと、こんなにノれるんやということが わかって、めっちゃうれしい。これはすごいライヴやぞ。

 「甲斐ーっ!」と飛ぶ声に、「サンキュー」と応える。 
 「ちゃんと立ってうたわないとな、と思って。「かりそめのスウィング」という 曲をやりました」 
 「その前は、「コンドルは飛んで行く」という、フォークロア調というか。 そんなこと言っても仕方ないか」

 「初日が大阪ということで」と、このツアーについてのMC。 
 「”Kai Classic”だと、自分の昔の歌やるみたいだし。 ”Classic Kai”と。発表会みたいになって」 
 松藤が「Classicかい?」と言うと、甲斐もかぶせて「さらに疑問形で、 ”Classic会?”」とノった。

 新しい試みにも、「チケットもすぐはけたらしくて」と感謝を表す。 
 「うまく行けば、この形で大きいとこでやるかもしれない」という。 TVにもこのメンバーで出る話があるらしい。

 「こうやってストリングス入れてやってるのに、人の曲やるのも何だけど」 なんて、心にもないことを言いつつ、次の曲へ。 
 どの曲か待ち構えているところへ聴こえてきたのは・・・ 
 「甘いKissをしようぜ」 
 詞が、声が、演奏が、ハーモニーが素晴らしい。 
 キーボードが美しくも気高いオルガンのような音を出していたのは、この曲のとき だったか。 
 さらに、開演前に見て普通のサックスだと思っていたあの楽器を、前野選手が 吹いたのもこの曲だったか。実際には、金色やけど思ったより細くて、下までまっすぐに なっていた。 
 やはりいちばん心を打ったのは、「つまんない顔していちゃ お前に逢えない」と いう一節。 
 しばらく聴けてなかった名曲をうたってくれて、うれしい。

 「この聴き慣れた曲がどうなるか」 
 今度はこの言葉から始まった。 
 「安奈」 
 サビの前、「そんなとき お前が」あたりから、ストリングスが入る。めっちゃ 新鮮や。「安奈」にかぎらずどの曲でも、ツアーごとにアレンジは生まれ変わっている けど、今回のは特にいいなあ。 
 「安奈、寒くはないかい」もストリングスでぐっと引き立っている。 
 きれいな歌と音色に聴き入っているオーディエンスに、甲斐が手で合図をする。 それで、みんなで「あんなーあ」とうたう。最後は「クリスマスキャンドルの灯は」以降 も。サビをすべて。甲斐とみんなで。

 ストリングスの4人の前にあった薄い幕が上がったのは、このあたりだっただろう か。

 これも全く新たな前奏やった。 
 「LADY」 
 甲斐は立ちあがってうたう。マイクを左手に持つ。歌に情感を込め、右手が動く と、しぜんと左手も動いて、コードが舞うようにうねる。と思うと、今度は右手にマイク を持ち変え、コードを上に向けた左手に置いてうたう。 
 「だからあー」の直後に高鳴るストリングス。さらに、甲斐の歌声の間を縫うよう に奏でられていく。 
 1番の最後。「僕のてのひらは とても小さ すぎるけど」とうたいながら甲斐 は、てのひらを上に向ける。 
 2番が終わると、「ああ、LADY」という切ないささやき。 
 いちばん最後の「僕らのてのひらは とても小さ すぎるけど」では、両の てのひらでマイクを包んでいた。 
 弦の音が伸びて曲が終わるとき、甲斐は挙げた片手を下げながらおじぎをした。

 前奏は松藤のアコギと甲斐のハーモニカ。 
 「裏切りの街角」 
 「突き刺さる吐息をはいて 駅への道 駆け続けた」の後のフレーズを、4人の ストリングスのいちばん右、大きな楽器が低音で奏でる。この楽器って、チェロやんな。 この夏たまたま映画「セロ弾きのゴーシュ」を見る機会があって、よかった。 
 この曲は甲斐たち3人と、チェロだけで演奏された。これもまた記憶に残る なあ。 
 甲斐が間奏でハーモニカを吹く。その前にちょっと口につけて、くちびるの上を すべらせる。暗めの照明のなか、そんな仕草が見えたのがちょっとうれしかったりする。

 「前野知常、拍手を」と甲斐。 
 「こっちを紹介したから、仕方なく紹介します。ギターのMくんです。十代からの 知り合いで」なんて言うと、松藤が「そうだね、Kくん」とやり返す。 
 ストリングスのカルテットも紹介され、盛大な拍手がおくられる。両端の2人は 小さく手を振って応えた。右から2番目の人は、弓を弦に何度も当てるような動き。 つまり、楽器を使って拍手を返してくれたんや。左から2番目の人は、目に見える反応を 示さなかった。おとなしいのかな。

 「今夜はおごそかに、つつましく、たおやかに・・・いろんな言葉知ってんだぞ」 と笑わせてから、「でも、クラシカルっていうと、何か構えてかしこまったりする感じ があるだろ?そういうのを壊したくて」 
 やっぱりそうなんや。甲斐のことやから、ただのクラシカルなツアーじゃない はずやと、多くのファンも思ってたことやろう。 
 「こういう感じでやって、客席がさびしかったらイヤだなと思ってたら、いっぱい 来てくれて」 
 「この後もすごいんだぞ。アンコールとかも。やがて君らは遠くへイってしまう わけやね」 
 前に甲斐がMCで話してた「遠い海へ旅に出た私の恋人」を思わせる表現やな。

 「まだ曲に行きたくない。だって、すごくいいんだもん」 
 そう言って、長いMCに入る。途中、ストリングスの女性4人に、「まだまだ行く 気ないですから、休憩してていいですよ」、「もうジレてるかな」と2回声を掛け ながら。

 「この(春からの)ツアーは、大都市を避けるということだったんで。 京都とかも行ったんだけど、それは大きいだろうと。 でも、長い間行けてなかったんで」 
 「最後は北海道の紋別まで行って」と、湧別町ライヴ前後の二夜の話。 
 「バー ホルスタイン」っていう店があると聞いて、先乗りしたライヴ前夜に 夜の街を探しまわった。 
 「太めの女性ばっかりいるのかなとか、絶対行ってみたいじゃない」 
 しかし、見つけることができず、別の店へ。そこのママに、「地元の人じゃない でしょう。旅人?」って聞かれたらしい。「旅人って・・・」 
 さらに、数日後近くにオープンするホストクラブの応援だろうと言われたそうだ。 「違う」と言っても、「オープンするときは東京から応援のホストを呼ぶんだよね。 それで、早めに来たら近くの店をリサーチさせるんだ」と、信じてくれなかったという。

 しかし、2日目の夜、ついに「バー ホルスタイン」を見つけることができた。 
 「前野、よろこんでたよねえ」 
 入ってみると、そこの女性たちのスタイルは普通で。店名の由来は、ママの実家が 酪農をやっているということだった。 
 「バー ホルスタイン」はそんなに遅くまで開けてないという。そこで、店の娘 たちを誘って、別の店へ繰り出した。 
 「ミュージシャンのやりそうなことだろ? でも、これがその街で遅くまで開いて る店を見つけるコツなんだ」

 「そんな奴が(こういうステージを)やってちゃいけないよね。チケットははけた けど、内容が」 
 いいえ、いいえ。最高のライヴやん! 
 そう思っていると、「いちばん問題なのは、MCか」というオチがつけられて、 みんな笑う。 
 客席から「サウンドストリートや!」という声が飛び、MCはおしまい。

 急に振られた松藤が、あわてて用意をして、アコギを弾きはじめる。 
 「花,太陽,雨」 
 先に松藤のソロ。「色のない花」 
 次に甲斐のソロ。「水のない雨」 
 詞の世界にのめり込み、3人の歌声と演奏に吸い付けられて、ストリングスの様子 を覚えていない。もったいなくもあるけど、それほど3人がすごかったということだ。 
 甲斐が「オーーッ」と小さい声をあげてから、「まーよーえーる人ぉよぉー」

 松藤のアコギ。甲斐はサングラスを外して、立ちあがる。 
 「イエロー キャブ」 
 白い小さなライトが左右に動く。赤や青や黄色、カラフルな円いライト。車の ヘッドライトを思わせる光が、後段の4人をかすめて行き過ぎる。客席の壁、そこに 映る影をも使ったライティングだ。 
 そして、間奏!「キュッ!キュッ!」と4人のストリングスが、生であの音を 現出させる。何と、こういうことができるのか。「ヒュールルー ヒュールルー  ヒュールルー  キュッ キュッ ヒュールルー ヒュールルー ヒュールルー   キュッ キュッ」前野選手が吹く、灰紺色のやや平べったいホーンの音が漂う。 さらに「キュッ!キュッ!」と、4つの弦楽器が一体となって襲ってくる。とてつもない 迫力や。しかも、松藤はベースになる音をずーっと弾きまくっているのだ。 
 今回「イエロー キャブ」をやるとは予想してなくて意外やったけど、ここで誰も が納得したはずや。甲斐はこの生の間奏が欲しかったのにちがいない。 
 再び松藤のアコギだけになる。 
 「幸運はなぜ あるものだけにほほえみ」 
 甲斐が静かにうたい始めた。

 今度は最初からストリングスによる演奏や。静かだが、やがて来る昂ぶりを予感 させるプロローグ。それが終わると、いよいよまたストリングスの威力が見せつけられ る。「ザザン ザザン ザンザンザン ザザン ザザン ザンザンザン ザザン ザザン  ザンザンザン ザザン ザザン ザンザンザン ザザン ザザン ザンザンザン  ザザン ザザン ザンザンザン ザザンザザンザザンザザンザザンザザンザザンザザン ヒューーーーーン」次第に高まったその調べの、最後の音が伸びる。松藤がカウントを 数える。そして、ついに甲斐の歌が入る。強く。 
 「かげろうに」 
 この瞬間、オーディエンスの興奮が爆発した。ものすごい歓声と拍手。己の よろこびと驚きと感激と、とにかくすごいものを見てるという思いをぶつけずにはいられ ないのだ。 
 「風が唄った日」 
 甲斐は「拾いあげーねば」と唄った後、声が多少かすれ気味になっても構わず、 吼えるように唄い上げる。 
 「怒りのーっ 鐘はいつ鳴りひーびくう 風がうたあーーーった日ーーっ」 
 ストリングスの間奏が毎回素晴らしい。ほんまにここまですごいとは。 
 聴き入りながら、世相を感じたりもする。ラヴソングではない、社会を時代を世界 を思わせる唄。わざとではないと思うが、3番の最初は「敵にしばられる大人達」に近く 聴こえるような発音やった。 
 けわしい表情でギターを弾く甲斐が、荒々しくかっこいい。後奏でもストリングス のうねりに合わせ、けわしく引き締めた顔でギターを弾いていた。が、前野選手の方を 向いているうちに笑顔になった。充実感が伝わってくる。 
 ストリングスは高まるだけ高まってから、急激に止まった。曲が終わったことを 確信してから、オーディエンスの大歓声と拍手が捲き起こる。

 曲の前に、何かの楽器が音を発した。それを聴いて「ナイト ウェイヴ」か?と 思った。当たりはしなかったが、そう遠くもなかった。ストリングスが奏で始めたの は、同じ三部作の歌だったのだ。 
 「破れたハートを売り物に」 
 あの美しい前奏を生の音で聴くことができるなんて、感動や。オーディエンスから 拍手がおくられる。 
 それから、甲斐や松藤たちの弾くアコギヴァージョンに入っていく。 
 白いライトが客席まで照らす。手拍子。ステージの上も下も一斉に歌い出す。 後ろの列の人たちが立ち上がるのが目に入った。そうや、立ってもいいやんな。僕も すぐに立ち上がった。 
 何か、めっちゃ歌える!気持ちいい!「アーアーアー アーアーアー  ウーウウー」まで全部歌う。思い切り。それでも声は合っている。 
 ステージと最前列の間にカメラマンが現れたのは、おそらくこの曲のとき。その姿 も気にならず、ひたすら歌声をあげる。 
 いつものように、「破れたハートを売り物にして」で合唱が終わる。でも、終わる のがもったいないような、もっともっと繰り返し歌いたい気分やった。

 「カルテットに拍手を!」 
 甲斐の言葉に、心からの盛大な拍手がおくられる。ほんまにめちゃめちゃいい演奏 やったで。 
 その拍手を浴びながら、4人が帰って行く。

 「風の中の火のように」 
 もう勢いがすごい。ギターとともにすぐに大きな手拍子。ステージの両端で、あの 炎が燃えている。 
 甲斐のギターも歌も強く。しかし、ときには静かにうたう。僕らも甲斐といっしょ に歌う。歌う。 
 ステージの背景は黄褐色のグラデーション。上の方ほど白っぽい。 
 甲斐が間奏で、ギターを弾きながら何度も跳び上がる。やる側もオーディエンスも ノりにノっている。今この時がうれしくてたまらない。 
 ステージが真っ赤に染まる。甲斐が「いやだ 一人きりは」と、ささやくように うたう。そして、「愛なのに」とうたった瞬間、歓声がはじけた。 
 後奏。ラストに向かってぐんぐん盛りあがっていく様を、アコギだけで表現して くれる。曲がフィニッシュして、拍手と歓声が沸いた後、甲斐だけがもう一度 「ザザッ!」とギターを鳴らした。

 「漂泊者(アウトロー)」 
 松藤がイスから腰を浮かせ、その体勢でアコギを弾きまくる。 
 1番からオーディエンスに「愛をくれよ」「誰か俺に愛をくれ」と歌わせてくれ る。どうにかなってしまいそうなくらい思い切り歌う。拳を突き上げる。 
 甲斐が途中でサングラスをかけたのは、この曲やったと思う。間奏ではハーモニカ だ。 
 歌も手拍子も拳も松藤の演奏も、最後まで激しいまま駆け抜けた。 
 そして、3人は手を挙げて声援に応えてから、左ソデへ消えて行った。

 アンコール。誰もがこのライヴに満足しているようだ。甲斐初のクラシカルな ツアーって、想像つけへんかったけど、こんなに力強いステージやってんなあ。

 甲斐が歩み出て来る。「甲斐ーっ!」「甲斐ーっ!」の声が降る。 
 ジャケットは脱いでいて、中に着ていたストライプのシャツ姿。このシャツにも 少しラメが入っていた。はだけた胸元には、ペンダントなのか銀色のものが見える。

 「翼あるもの」 
 甲斐は静かにギターを弾きはじめた。僕らは歌詞をかみしめて聴き、拳を上げて 歌う。 
 「明日はどこへ行こう 明日はどこへ行こう」 
 2番では、その部分の後半でギターをブレイク。これは初めての体験や。 驚きと新鮮さへのよろこびを胸に、僕らは歌った。 
 「明日はどこへ行こう」 
 オーディエンスの声が響く。甲斐がまた歌い始める。 
 それから、あの間奏や。めちゃめちゃ盛りあがる!長く弾きまくってくれる! 
 「俺の声が」からも静まらなくていいと、強いギターが言ってる。僕は甲斐の声を 大事に聴きながら、その部分をうたった。 
 甲斐はギターにのせて、いつもとちがうように「ハウ ウェーーイ」と声をあげ た。静かにゆっくりになっていく演奏。甲斐がギターを肘で押さえて響きを変える。 それからや。「ザカザカザカザカザカザカザカザカ」と細かく弾かれる音が強まり、 「ウォーッ」とか「甲斐ーっ!」という叫びと拍手が湧き上がる。 
 甲斐は最後にもう1度「ザカ!」と強く弾いて曲を閉じた。

 ストリングスのカルテットが席に戻っている。今夜初めて、甲斐のアコギと ストリングスだけの演奏になる。 
 この形で始まったのは、何と「冷血(コールド ブラッド)」! 
 ”My name is KAI” ヴァージョンだ。久々に聴くことができた。あの激しい曲を、甲斐がアコギ掻き鳴らし 歌っていくのだ。 
 ストリングスが入ったのは「うらんでも」の前。「ドアを蹴破って」からのパート あたりから。 
 あのアコギヴァージョンにストリングスが加わって。こんなハードな曲で見事に 一体化して。すごい、すごいぞ。 
 甲斐は3番の初めだけ静かめに弾く。またストロークを強めてから、 「押し寄せる地獄の炎」に入る。僕らも再び歌声を高めていった。

 「もう1度、松藤と前野を呼ぼう!」 
 甲斐の言葉に大きな拍手。 
 全員揃っての甲斐の第一声は、「見ろ。まんまと立ってる」 
 甲斐の予告してた通りや。だって、これだけの音を聴かされてんもん。当然立つ って。

 左端のお姉さんがサングラスを外した。暑いのかな。汗でも拭くのかと思ったが、 そのままやった。 
 「ちゃんと1人ずつ紹介しましょう」と甲斐が言う。 
 そういうことか。4人全員がサングラスをとった。 
 右端から1人ずつ名前を呼び上げていく。チェロの名前は、かおりさんといった か。輪郭のはっきりした美人だ。「甲斐ーっ!」って言うように名前を叫んであげたか った。でも、全員の名前をしっかり聞き取らないといけないし、雰囲気をこわしても いけない。そう思って躊躇してる間にタイミングを逸してしまった。 
 続いてはヴィオラ。あっさり系の美人。 
 「セカンド・ヴァイオリン」と紹介された彼女は、やはり客席に手を振ったりと いうことはしない。やや地味な印象ながら本当にかわいらしくて、控えめな態度が いっそう魅力的。唯一ズボンをはいていた。

 最後の4人目こそは名前を呼ぼうと思っていたが、すぐには紹介されなかった。 
 「なんでこの名前か、いまだにわからない」 
 えっ。そんなに変わった名前なん? 
 「ファースト・ヴァイオリン クラッシャー木村」 
 確かにすごい名前や。下の名前を呼ぼうと思ったのに、下ないやん。 
 「ラッシャー木村から来てるんだろうけど。ラッシャー板前もあるわけで。 クラッシャー板前とだけは言わないように気を付けてた」 
 僕は「クラッシャーっ!」って叫んでみたけど、拍手にかき消されて届かなかった ようだ。 
 クラッシャーは目立つ美人で、メイクをとってもきれいやろうなあと思う。顔付き からも、プレイぶりからも、パワーを感じる。

 カルテットはそれぞれイヤホンをしていた。これで演奏の音を聴いていたのか。 
 4人の前に置いてあるペットボトルには、ストローがついている。口紅への配慮 かな。 
 甲斐たち3人のところには、水のペットボトル。それと、琥珀色の液体が入った グラス。

 4人にサングラスをかけさせたのは、甲斐のアイディアだった。 
 「(サングラスをとって)ギャップがあったら、かけさせません」と、甲斐が全員 の美しさを称える。 
 それから、「前野はかけとけ」というジョークで、メンバー紹介がしめくくら れた。

 今日はやらないのかと思っていたけど、しっかりストリングス入りで聴かせて くれた。 
 「レイニー ドライヴ」 
 甲斐の影がステージ前方の床に映っている。 
 間奏で前野選手のピアニカに聴き入った。吹き終わると即、3人でのハーモニー へ。 
 「サーチライ」 
 白い光が放たれる。 
 うたい終えた甲斐は、曲の最後に右手を下げながらおじぎをし、さらに左腕を しなやかにくるくると動かして下げながらもう1度おじぎをした。

 2回目のアンコール。興奮した細かく速い手拍子が、もっと歌ってくれとせがむ。 
 「今の曲がいちばん最後でもよかったわあ」と「レイニー ドライヴ」に陶酔した 女性ファンの声も聞こえた。 
 速い手拍子のなか、隣の甲斐友が半分の速度で大きな手拍子を始めた。僕もその タイミングに合わせて叩く。やがてそのリズムが会場じゅうに広まっていった。全体の この大きな手拍子を大切にしたくて、「甲斐ーっ!」って叫ぶのもガマンして手を 打ち続けた。

 その分、ステージに現れた甲斐に向かって、何度も何度も「甲斐ーっ!」の声を おくった。 
 甲斐は白のタンクトップになっていた。首のあたりに銀の飾りが少しついたタンク トップだ。 
 前野選手はゴーグル風の横長のサングラス。黒の”アコギ”ツアーTを着ている。 
 松藤は髪にサングラスをのせていた。

 「熱狂(ステージ)」 
 前野選手が左手を振りながらキーボードを弾き始める。”アコギ”ツアー ヴァージョンだ。 
 甲斐のヴォーカルを堪能する。この、のびやかな声はどうだ。 
 「バスに揺られ 夜汽車に揺られ」という詞もあった。 
 間奏で拍手が起こる。キーボードが漂っている。ギターが刻まれている。 甲斐を見ながらそれを感じてる。 
 甲斐は今夜も「ショー」とうたった。

 甲斐がオーディエンスに感謝の言葉を述べる。みんなの拍手がなかなか鳴り止ま ない。こんなにすごいライヴを見せてくれてんから。 
 甲斐はうなずいて拍手を受けとめ、話しはじめる。

 カルテットも席についている。まずそのことについて。 
 「「イエロー キャブ」とか「風が唄った日」ですごかったのに、次の曲には弦 いらないじゃん。でも、悪い癖で。最後はみんなでいっしょに行きたい。四男だから。 長男・長女、第一子の発想にはない」 
 最後もすごいストリングスといっしょで、僕もうれしいよ。ほんまに画期的な ライヴにしてくれたもん。 
 甲斐は「「アップルパイ」という曲を」なんて言ったりもして、場内を沸かせる。

 甲斐バンドライヴCD10枚組BOX「熱狂 ステージ」の話題。 
 「作業に2ヶ月かかった。萩原健太の提案に乗ったらエライ目に」とか言いつつ、 出来映えに自信満々なのがうかがえる。実際、めちゃめちゃいいもんなあ、このBOX。 
 「全部のイベントが入ってる。メンバーが1人欠けてから出ることになって しまって、残念なんだけど。情熱と精力を傾けて、やったよ。よかったら、聴いて ほしい」

 「みんな、今日は大人で。大阪は今まで、騒いだり、暴れたり、壊したり」 
 そう言われて、みんなウケる。床が沈んだのも大阪やったんやんな。 
 「俺は大阪城ホールがどんな大変だったか知ってる。大阪城ホールの2階から飛び 下りた奴もいた」 
 「これだけ大阪にも知識人がいるってことだよね」と笑って言う。

 「大変だったんだから」とMCをまとめかかってから、「もう言っちゃおうか、 今日しかないし」と、また新たに話し始める。 
 「花園ラグビー場の(ライヴCD作製)作業、大変だったんだ」 
 「15分から20分、客席に向けて説教した。それも許そう。BOXでは、聴き やすいように短くしてるけどね」 
 「前に押し寄せて暴動になった。それも許そう」 
 「ビニールシートが俺に30枚くらい当たった。それも許そう。俺の顔にまともに 当たった場面は、フィルム切った。それ見ると殺意を覚えるから」 
 「でも。あのくらいの広さだと、客席の声を拾うのに何本かマイクが立ててある んだよ。それが倒されてて。そこに向かって男3人が10分くらい延々、言っては いけないスリーワードを」 
 初めて聞いた強烈な事実。甲斐も今回初めてわかってびっくりしたそうや。 
 「おめX、おめX、おめX、おめX・・・って、ずっとだよ!俺、何かと思った もん。それは慌てて下げて。確認したら、他のマイクにまわってなくて、曲にかぶって なかったからよかったけど」 
 松藤が「歓声が小さくなってたら、そこだな」とかぶせる。 
 甲斐は「それを上げたテープをもらおうかと思ったんだけど、むなしくなるから やめました」 
 爆笑の続く会場に、「今日来てたら、恥ずかしいよね」と松藤。 
 「25年前だから、当時15歳だったとしても、今40?いや、もっと上か。 あの時20歳だったとしたら・・・」と、甲斐は年齢を想像し始める。 
 それから、ゆっくりと間を置きながら呼び掛けた。 
 「もう過ぎたことだし。 俺は怒らないから。 手を挙げて」 
 これが絶妙におかしくて、みんな笑わずにいられない。 
 「とか言って、手ぇ挙げた瞬間、躍りかかったりするんだよね」 
 さすがに手を挙げた人はいなかったようだ。

 甲斐は「最後の曲だあ」とやんちゃに言い放って、ギターを弾き始めた。が、すぐ に止める。マイクスタンドとの位置が近すぎたみたいや。「マイクの位置が違うと、 怒られる」と言って、スタンドを直す。ミキサーの調節の加減とかがあるんやろうな。 
 「イエー」という声をあげて、あらためてイントロ。 
 「バス通り」 
 前野選手はエレキマンドリンを弾いていた。 
 最後の曲が、何だか早く終わってしまうように感じられた。繰り返しに入るのが もったいない感じ。ずっと聴いていたかった。この素晴らしいライヴが終わってほしく なかった。

 「クラッシャー木村カルテットに、もう1度拍手を」 
 僕は「クラッシャーっ!」と大きな声で叫んだ。今度は手を振ってくれたけど、 目線は僕より後方へ送られていた。どこからの声か、わからなかった様子。でも、 よろこんでくれたみたいで、よかった。 
 大きなチェロも奏者によって持ち上げていかれる。 
 前野選手は得意のサムアップを見せて行く。 
 そして甲斐は、マイクスタンドより前、ステージの端まで出て来てくれる。拍手と 「甲斐ーっ!」の声に応える。こちら側、ステージ左前を通る。僕は「甲斐ーっ!」 「甲斐ーっ!」って何度も叫んだ。甲斐は片手を挙げ、もう1度こちらを見てから、 左ソデへ去って行く。スタッフがその肩にバスタオルをかけた。

 心地よい洋楽が流れてくる。どこかで聴いたことがあるような気がする。 でも今は、今夜のライヴの様子を思い起こすのが先やった。この感動にひたっていたい。 
 ものすごかったなあ。春のツアーから大幅に進化してた。ストリングスは期待を はるかに超える強力な音を聴かせてくれた。めったに聴けない曲もあったし、定番曲も いつも以上にアレンジ一新で、ほんまに新鮮やった。 
 新鮮やったのは聴いてる僕らの方だけじゃなく、甲斐にとってもそうやったん やろうな。生き生きしてて、ほんまにうれしそうやった。充実感にあふれていた。甲斐は いつもそうやけどね。今回は特に。また新しいやり口を手に入れたっていう感覚があった んちゃうかな。このスタイルにずっしり手応えを感じてることやろう。 
 これはもはやROCKUMENTだと言ってもいいんじゃないか。 「ROCKUMENT VI -Classic-」、そんな感じや。本当にしっかり Classicで、なおかつ燃えるロックやったで!さすが甲斐!

 「昨日鳴る鐘の音」、「イエロー キャブ」、「風が唄った日」と、今日のベスト と思える曲が次々と更新されていくあの感じ。また味わったなあ。 
 甲斐を見てる視界の端に、4人が弓を構える動きが見えて、「さあ、ストリングス が来るぞ!」と思った瞬間の期待感。 
 甲斐がラストでダウンストロークを連発し、松藤がそれに合わせてフィニッシュ した場面。 
 「最初に書いた譜面通りにやりました」と甲斐が言った曲。 
 甲斐の真上から降り注ぐ印象的なライト。 
 前野選手が、ときには松藤が、カルテットに合図して曲をしめくくるところ。 
 感激の連続やったなあ。日々暮らしてるなかで、これ以上のものはない。他の 楽しみよりとにかく甲斐のライヴがいちばんやと、あらためて感じたよ。 
 ああ、もう1度見たい!しっかり確かめたい名シーンがいっぱいあるし、新たな 発見もできるやろうし、何よりあの曲たちをもう1度味わいたい。名古屋にも東京にも 行けそうにないのが、ほんまに惜しい。

 会場の外に出ると、チラシを渡された。そこにはこう書いてあった。 
 「甲斐よしひろ 2年ぶりのバンドライヴ! 2006年ツアー決定!!  2/9(木) 10(金) 11(土) なんばHatch」 
 何としても3日間来なければ!

 

 

2005年9月15日 大阪なんばHatch

 

かけがえのないもの#2 
昨日鳴る鐘の音 
かりそめのスウィング 
甘いKissをしようぜ 
安奈 
LADY 
裏切りの街角 
花,太陽,雨 
イエロー キャブ 
風が唄った日 
破れたハートを売り物に 
風の中の火のように 
漂泊者(アウトロー

 

翼あるもの 
冷血(コールド ブラッド) 
レイニー ドライヴ

 

熱狂(ステージ) 
バス通り