CRY

Twitterには長いやつ

甲斐よしひろ 新世紀前夜 SPECIAL GIG ”MY NAME IS KAI” ーENCOREー

2000年12月30日(土) サンケイホール

 3階にあるホールから、ビルの玄関まで長い列が続いていた。僕は3階で、 さまざまな甲斐ファンたちを眺めながら待つことにした。2時間しか寝ていないが、 眠気などない。燃えているのだ。 
 あんまり列が伸び過ぎたためだろうか、開場時間の10分ほど前に扉が開放 された。こんなこと、初めてや。 
 ロビーに入るとすでに、グッズ売り場はすごい人だかり。どんなものが 売られているのか見ることもできなかった。

 僕の席は、C列5番。3列目の左から4番目だ。 
 が、あえて右の通路から会場内を行く。できるだけ全部味わいたいやん。 
 真ん中にミキサー卓。その右端には、ノートPCのようなものが載っている。 こういうの前からあったかなあ。きっと、どんどん進化してるんやろうな。 
 いちばん前まで行って、じっくりステージを見ながら左へ。このセットから したら、今夜も松藤来てくれるみたいや。

 「間もなく開演時間ですから、お席にお戻りくださーい。終演後もグッズの販売 ございます」 
 係員が呼びかけている。 
 僕は座席で、7月と同じ「アイズ ワイド シャット」の曲を聴いている。 
 BGMが1曲終わるたびに、拍手をする。「甲斐ーっ!」と叫ぶ。やらずには いられない。開演前からたくさん声が飛んでて、いいぞ。立ち見のお客さんもいっぱい や。 
 ブザーが鳴って、場内大拍手。開演のアナウンスが終わると、さらに 「甲斐ーっ!」の声が多くなる。拍手が高まり、手拍子が起こる。 
 あの曲が鳴り出して、僕はすぐに立ちあがった。やはりオープニングBGMも 7月と同じやった。今日はギターの音の方が印象的や。アコースティック ギターだけ のライヴにふさわしい。 
 みんな立っている。ピアノの音が迫ってくる。いつの間にか暗くなっていた。 客が手を打つ音。「甲斐ーっ!」の叫び。

 舞台左手にスポットライトが伸びたとき、僕の席から甲斐の姿を見ることは できなかった。真ん中と右の客席が沸いている。 
 やがてマイクスタンドの前に歩んでくる甲斐が見え、僕ら左前の客たちも歓声を 放つ。 
 甲斐は焦げ茶色のスーツ。今日もサングラスをしている。ギターはもう肩に かけていて、「サンキュー」と言って拍手と歓声に応えてから、それを力強く 弾きはじめた。

 「ブライトン ロック」 
 やっぱり1曲目はこれで来たかあ。アコースティック ギターでロックする この形が確立されてるもんなあ。めちゃめちゃ格好いいのだ。 
 「Ah 凍りついたお前の鼓動」のとこから僕は、手拍子して歌うだけじゃ なく、足を踏み鳴らし頭を振った。どでかいスピーカーの前やから、振動でジーパンが 震えている。「オーイェー」で右の拳を突き上げ、固く握り締めた。手拍子にもどり、 「甲斐ーっ!」と叫ぶ。すぐに2番へ突入だ。 
 甲斐は「さびついちまった 二人の鼓動」と、新しい方の歌詞で歌う。 
 2番後の間奏は長く弾いてくれる。あの高らかな前奏の音、このツアーを 象徴するようなあのフレーズも姿を見せる。 
 「ブライトン ロック、答はどこだ」は今日も歌われない。何度も 「オー イェー」と繰り返す。生ギター1本とは思えない骨太さでフィニッシュ!

 甲斐が、ステージ左寄りに置かれたテーブルに近づく。こちらから顔がよく 見える。 
 準備を終え、中央に戻って奏ではじめたのは、静かで、しかし野性的な雰囲気を 漂わせる曲。明らかに前ツアーの2曲目「三つ数えろ」とはちがう。でも、どの歌かは わからなかった。 
 甲斐が歌い出すと、歓声が起こる。僕は一瞬気づくのが遅れた。まさかこれを やってくれるとは。 
 久々、甲斐バンド解散の大阪城ホール3日目以来の「デッド ライン」や。 
 演奏が激しくなり、「これから先は 果てない闇の淵」へ。 
 「15の街抜け40時間」のところで、不思議な感覚に襲われた。頭の中でCD ヴァージョンのドラムの連打が聴こえるのだ。しかし、今実際に目にし、耳にしている 甲斐のギターにも完全に満足している。この二つが同時に起こるのだ。これも 「MY NAME IS KAI」の醍醐味や。間奏をはさんだ後の「シートベルトは セットアップ」でも、同じことが起こった。 
 演奏がまた静かになっていく。甲斐は「トゥントゥトゥントゥトゥントゥ トゥントゥトゥトゥトゥ」と口ずさみ、それから「ウォーオオ ウォーオオ」と レコードのラスト部分の叫びをやってみせる。 
 ギターだけでここまでできるなんて。前のツアーで痛感したはずやのに、 またもや思い知らされた。

 「サンキュー」と声援に応えてから、短いMC。 
 「25年をひとくくりして、26年目を見せるには、ということで1人で やってます」 
 「同じパッケージのアンコールツアーというのは、初めてなんで」

 ハーモニカとギターで「港からやって来た女」 
 左端に近い席からなので、甲斐の右半身がよく見える。身体のどこに力を入れ ているか。間奏を終えてマイクスタンドに寄るときの感じ。正面からでは気づか ないことが伝わってきた。 
 いつものように、3番に入るところは静かに弾く。「み、見つーめ」という うたい方も。激しく転じるポイントは、これまでよりちょっとだけ遅く。 「まだ待あーってるのさー」の「あ」のあたりから。 
 「フーッ!」は今日も2回やることができた。

 紫のライト。甲斐の大きな影が会場右側の壁に映っているのが見える。 
 弾むギターは、「一世紀前のセックスシンボル」 
 2フレーズ目を、「キャメロン・ディアス 叶姉妹にも負けやしない」と歌い、 「言ってやったぜ」というふうに口を開けてみせた。 
 「手管は10万馬力さ」のところは、「BIG NIGHT」ヴァージョンと ちがって、オリジナル通り。 
 2番が終わるとギターを止め、観客の手拍子に任せながら「酒場の外は  太陽がギラギラ」と歌う。次第にギターを加えていき、「OH YEAH ,  OH NO」と歌って、軽快に身体を揺する。「BIG NIGHT」ツアーで 踏んでたステップを思い出したなあ。

 「ここは因縁のホールで」と、かつて甲斐バンドのライヴで、前から5列分 ぐらいの床が沈んでしまった話。長らく出入り禁止になっていたらしい。 
 「国際フォーラムとかより、このツアーはこういう感じのホールが合うかなあ と」 
 これまでにないというほどギターの練習をして、「マイクスタンドの蹴り方を 忘れてしまいそうなくらい」と笑う。 
 リハーサル期間に、「本番をやってしまうのがいちばんいいわけだから」と、 夏にフリーコンサートをやった沖縄・宮古島でシークレット ライヴをやったそうだ。 今度は野外ではなく、ライヴハウスで。行きたかったなあ。 
 シークレット ライヴのはずが、でかでかとポスターが貼られ、 地元紙の1面を飾り、TVでも告知されていた、というのに笑った。「お忍びで シークレット ライヴ」って書いて知らせるって、どんなポスターやねん。

 夏のツアー前に最初に練習したというのが、次の曲。夏のツアーでは季節に 合わないと、前回ははずされた歌だ。 
 弦を1本ずつ弾いて、レコード通りの音を出す。しかし、ちょっとミスして しまい、最初からやり直し。2回目も行けそうやったけど、気に入らないようで、 やめてしまった。 
 「「かりそめのスウィング」という曲をやります」と言って拍手を浴び、 気をとり直してから、3回目。 
 イントロのあのフレーズを弾いてから、ストロークへと移行。歌が近づくに つれて盛りあがり、客席の手拍子もさらに大きくなる。 
 いい演奏やったなあ。

 右上からの白い光が甲斐を射つ。ギターを弾く甲斐の顔が、逆光で影になる。 この画はいいジャケットになるなあ、と思った。 
 その中を「昨日鳴る鐘の音」 
 「僕の前に 僕の荒野と海が 果てしなく 続いている」 
 孤独を見つめた詞、自分と向き合った歌。涙が出てくる。この歌、ほんまに 好きや。自分の支えになる。 
 レコードより、ゆっくりめのリズム。「それもいいさ」「僕を友として  歩きはじめる」のところで、ギターの音を減らす。 
 甲斐が間奏で身体を少し引くと、顔が見えるようになる。うたいはじめると、 また影になる。 
 闇と光のなかで聴く「昨日鳴る鐘の音」。世界にひたった。

 甲斐が松藤を呼び入れる。「松藤ーっ!」「まつふじさーん」の歓声。 
 ギターを受け取った松藤は、甲斐の右側やや後ろのイスに腰を下ろす。 
 松藤がギターを弾きかけたところで、「まつふじさーん」という声が飛び、 甲斐が演奏をとめる。もう1度改めて松藤の紹介。大きな拍手が贈られる。

 海を思わせるあのレコードの音を、松藤が奏でる。甲斐のギターが入る。 この曲の前奏を、アコースティック ギターで表現するとは。2回ずつ弾かれ合う メロディーが、曲名を告げている。 
 「ナイト ウェイヴ」 
 きれいな水色のライト。「ナーイト ウェーイヴ ナーイト ウェーイヴ」 の大合唱。甲斐と僕ら客席は、その後を「ウーウーウーウーウーウーウーウウー」と 続け、その間松藤は「ウーーーーウーーーーウーーーー」とコーラスしている。 
 2番が終わったところで演奏が静かになっていく。甲斐が微かな高い音を 弾いて、曲を飾ったりする。観客の手拍子も弱まって、やがてとまった。そして、 甲斐が「波に落ちてく ふたつの木の葉ー」と歌っていく。 
 最後のサビの前で甲斐が「来ていいぜ」と示し、ふたたび大合唱へ。

 汽車が走る音を、2人のギターが刻む。休符のところで、甲斐が左手の指先で ギターを2回叩き、松藤に次入るタイミングを知らせている。 
 またギターの端を2回叩いてから、甲斐がうたう。「1番目の汽車が来たら」 
 「二色の灯」 
 この歌には胸を絞めつけられる。 「行かないで 行かないで」と松藤のコーラス。 
 2番のサビでは、コーラスが入る部分が長くなる。甲斐が切ない声をあげる。 
 最後の音を弾くとき、松藤の視線が甲斐の指をとらえているのが、自分の 正面に見えた。明かりは歌のとおり、青と赤の二色に変わっていた。 
 こういうバラードに聴き入ったあとは圧倒されて、「甲斐ーっ!」と叫ぶことが できない。ただできるだけ強く拍手するのみ。 
 うたい終えた甲斐も、「この歌うたってると、入り込んでしまう。今気持ちが あっちの方へとんでた」と、右手の指で左客席上空のあたりを差した。

 「名刺代わりの1曲っていうやつを」 
 「HERO」やってくれるとはちょっと意外やなあと思っていると、 「かなり久しぶりにレコードと同じキーで歌うんだ。24年ぶりくらいかな。 やってみると、歌いづらくておどろいた」と付け加えられた。 
 じゃあ、「HERO」じゃないねんな。「安奈」でもないぞ。

 松藤が弾き始めたのは、「裏切りの街角」のイントロやった。 
 なるほど、これまでのステージで聴いてきた「裏切りの街角」より、少し低く うたってるみたいや。 
 ヴォーカルの低さに注目しながらじっくり聴いていると、2番の後でメロディー が変わった。 
 「シールクーの髪を 指で さぐりながーら」と松藤が歌い出して、会場が 沸く。 
 「ビューティフル エネルギー」 
 そうや。前回のツアーでも、「裏切りの街角」から「安奈」へ、メドレーに なったんやった。このライヴが近づいてから、前ツアーの曲順は意識して思い出さない ようにしてたから、僕には新鮮な驚きやった。 
 1番の中盤から、甲斐が歌う。松藤はコーラスに。そして、もちろんみんなも 歌ってる。やわらかに、声を合わせて。 
 繰り返しが短い、新たなショートヴァージョンやった。これがまた、 アコースティック ギターで歌うのにはまっててんなあ。

 今夜もっとも長いMCは、松藤と亀和田武といっしょに、国立の山口瞳ゆかり の地を訪ね歩いたときのこと。O・J・シンプソンに判決が下された日のアメリカに まで、話が及ぶ。 
 山口瞳の本が読みたくなった。国立にも興味がわいてくる。

 「明日はこのままこっちに残って、大阪ドームで桜庭の試合見ようか迷ってる。 おせち料理はもう頼んであるんだ」 
 そのまま博多風雑煮の話題に行くかと思った。サンストみたいに。

 週刊誌で小林信彦がほめてたから、「ケイゾク」の再放送を1回目から見てる という。竜雷太と「引っ越しのサカイの男」による駄洒落のシーンが毎回あるらしい。 俺も「ケイゾク」見ることに決定。 
 それよりも、甲斐がずっと小林信彦が書くものを読んでいるとわかったのが、 収穫や。「甲斐よしひろが選んだ100冊」にも、「日本の喜劇人」が入っている。 僕も好きな本や。続編の「喜劇人に花束を」も読んだ。これからも、小林信彦を 追いかけよう。

 「こうやって立ってしゃべって、水飲むだろ?何か、講演やってるような気に なってくるんだよね」と笑う。 
 「甲斐よしひろ一人会」とつぶやいたのには笑ってしまった。ここは、大きな 落語会にもよく使われるホールなのだ。枝雀さんの独演会や米朝一門会を、僕も見に 来たことがある。

 松藤の「ナイト ウェイヴ」の前奏が、リハーサルでずっとやってきたのとは ちがうアドリブだと明かされる。

 このツアーのVIDEOについては、「時代と逆行してるって非難浴びそうな 白黒」 
 でも、もちろん本当は井出情児の撮影に全幅の信頼を置いているのが感じられる。 
 「そのとき撮った写真も、たくさんあるんで」 
 写真と楽譜をつけて、3月にこのツアーのCDを出すという。めちゃめちゃ うれしい!

 前ツアーのMCを受けて、「酒飲むんだったら煙草やめるとか、何かひとつ 我慢しなきゃ」

 「年をとる、と思うからだめなんだよ。キャリアを積むんだと思えば、楽しい。 年なんて関係ないよ」

 ステージの上で、火がゆれている。うたがはじまる。 
 「甘いKissをしようぜ」 
 甲斐が腰の高さで手を打つ。ときには、マイクスタンドを包むように。 
 「甘い大人になってさ いろんなもん削って つまんない顔していちゃ  お前にあえない」 
 もちろん。わかってるで。そんなふうにはなれへん。

 「against the wind」 
 いつも以上に沁みてくる。めずらしく忙しい日々が続いてたから、少し 疲れていたのかもしれない。自分でも気がつかないうちに。 
 甲斐のうた。詞。松藤のコーラス。「くちおしいこと」という言葉の響き。 後奏でささやく甲斐の声。 
 この曲、必ずCDにしてほしい。ほんとうにそう思う。

 深碧の海の底から、あぶくといっしょに浮かんでくるような音。静かな前奏や。 
 どの曲なのかわからない。 
 「とある小さな 海岸沿いの町」 
 それは、「PARTY」ヴァージョンの「BLUE LETTER」やった。 
 甲斐の厚みのある、それでいて澄んだ声が、客席の上にのびていく。その歌と、 ハーモニカの音を、ただじっと聴いていた。

 松藤が送り出されて行く。 
 ステージには、ふたたび甲斐が一人。 
 速く激しいストローク。この場面はやっぱりこの歌や。 
 「冷血(コールド ブラッド)」 
 「1時間前の彼女が 電話で言った嫌な筋書き」と歌ったように聴こえた。 2番のサビ前も、「彼女は横たわる」と歌う。3番の途中にも間奏があった。その日 その時によって、いろんな歌われ方があるのだ。 
 フィニッシュでものすごい歓声と拍手。すさまじい。

 その勢いのまま、短い前奏で「観覧車’82」。ここへもって来たか! 
 客の声がすごい。途中で弦が切れたけど、甲斐がギターを代える間、 「俺はお前を抱きしめー 二度と離さないと かたく 心に決めた」と大合唱。 もちろん僕も、声のかぎりに歌った。マイクスタンドの前に戻った甲斐が、 「サンキュー」と言って間奏を弾き始める。 
 「胸に こみあげる 狂うような想い」のときに、白い光。今日も「想い」が 先で、「何か」が後だ。 
 そして、あの叫び。甲斐といっしょに。また、甲斐がギターをとめ、客席 だけで。 
 「ウォーオオオオオ ウォーオオオー ウォーオオオオー」 
 何度も「ワン モア タイム!」と言って、客に長く歌わせてくれる。最高や。 甲斐とオーディエンスが一体となっている素晴らしい時間。 この歌が好きでよかったあ!

 いつもより力強いギターで、「風の中の火のように」 
 「君」「僕」という呼び方が、真摯さを印象づける。 
 間奏が高まり、バンドヴァージョンでは叫ぶところで、ハーモニカが入る。 
 エンディングに向かって、照明が赤くなっていく。

 「漂泊者(アウトロー)」 
 「世界中から声がする」から熱狂。僕は思い切り歌う。声なんか、とっくに かすれているけど。ここで声を出し切れへんかったら、俺の20世紀は何もなかった ことになる。そういう思いに突き動かされた。 
 「誰か俺に 愛をくれよ 誰か俺に 愛をくれ」 
 アコギ1本でも、「ひとりぼっちじゃあ」で高く跳ぶ。右の拳を突き上げる。 
 断ち切るのではなく、音がふたつ弾んで果てた。「漂泊者(アウトロー)」の 新たなフィニッシュや。

 甲斐が、客席から飛び交う声に「サンキュー」と言って応え、それから 「最後の曲になります」と告げる。 
 本編が終わってしまう寂しさより、今は熱さの方がうわまわってる。

 「翼あるもの」 
 細かく、とても強い手拍子。拳。 
 ラスト。スピードが緩まっていく。1音ずつの間隔が長くなる。最後の音が 鳴らされ、みんなが拍手をする。 
 そのとき、またギターがかき鳴らされ、「翼あるもの」のほんとうの エンディングが湧きあがる。歓声がひときわ大きくなる。

 前に進み出た甲斐が客席に向かい、何度も手を上げてから、ステージを去る。 
 すぐに速い手拍子。このツアーは特に、アンコールが熱い。「甲斐ーっ!」と 叫ぶ声。

 ステージに白い光。その明るさの中へ、甲斐と松藤。 
 「今日はみんな来てくれて、感謝してる。サンキュー。 こんなに感謝してるのに、つい悪態をついてしまう」

 白いシャツの甲斐。後ろ向きにギターをかけている。あの曲や。 
 「熱狂(ステージ)」 
 甲斐の声。しっとりと。 
 サビの前から演奏が大きくなる。「次の街へーー 次の街へ」松藤もコーラス。 
 やはり、「今夜のショーは 素敵だった」とうたわれた。 
 後奏。2本のギターの音が小さくなっていく。照明が消える。曲を終わらせる タイミングをはかっていた甲斐は、最後の音を松藤にまかせた。

 甲斐がサングラスをはずしている。 
 「最後の夜汽車」 
 「スポットライトは どこかのスターのもの」 
 うたいながら甲斐は、のばした右手で客席の彼方を指差す。 
 「降りそそぐ白い 月明かりにさえ」では、両手を掲げる。 
 今日は2番の詞が痛い。 
 最後のハーモニカに入る前、甲斐はそれを1度小さく吹いた。そして、 ハーモニカの上下を反対にしてから、あのメロディーを奏でた。 
 演奏が終わり、舞台が暗くなる。甲斐は2・3歩後ずさりして、それから おじぎをした。

 先に松藤が姿を消す。 
 しっかり声援に応えてから、甲斐もステージを下りる。 
 また速くて強い手拍子。続く。何度も「甲斐ーっ!」と叫ぶ。会場全体の 手拍子が重なる。

 甲斐が現れて、大歓声。一人であと1曲やるんやろうと思ってるところへ、 松藤も登場。新たな歓声が沸く。 
 「30日だというのに。サンキュー」と甲斐。

 曲をはじめた松藤を、甲斐がとめる。 
 「もっとノッてから、やろう」 
 じっくり聴く構えになっていた客席を、「メンバーの紹介を。松藤英男!」と 言って、沸かせる。 
 そして、もう1度演奏がはじまる。

 「安奈」 
 いい歌やなあ。希望へと向かって行く詞。やわらかなメロディー。あたたかい 声とライト。 
 「安奈 お前にあいたい」は、客席にうたわせてくれた。 
 愛するひとのもとへ旅をはじめる。今夜は、その部分が胸にひろがった。 こういう歌やってんなあ。甲斐の歌には悲しいものが多いけど、「安奈」はこんなにも しあわせな歌やったんや。ハートがみたされている。 
 21世紀に向けて、20世紀の最後にうたわれるのにふさわしい。

 大きな拍手と歓声のなか、松藤が帰っていく。 
 甲斐がすぐにギターを弾きだした。「安奈」でしめくくるもんやとばかり 思っていたけど、まだうたってくれるんや! 
 しかも、この曲は、「吟遊詩人の唄」! 
 甲斐が10代の頃、好きだったメロディーに詞をつけたもの。好きで好きで 歌いこんでいるうちに、自分がこの曲を書いたような気にさえなったという。 
 「そうさおいらは 君を探し歩く 愛を奏でながら 街から街へと」 
 「すべての人よ 思い出しておくれ 苦しいときや悲しい ときのために  人生につきものの うそやいつわりなどは 何もないこのあわれなギター弾きの 唄を」 
 詞も今世紀最後を飾るのに、すごく合っている。希望を抱いて次の世紀へ。 
 しかも、みんなで大合唱。これ以上のことはないよなあ。 
 サビを歌っている最中に、弦が切れてしまう。僕らは演奏なしで歌い続ける。 
 「そうさおいらは 君を探し歩く 愛を奏でながら 街から街へと」 
 甲斐が新しいギターで、歌を続けられるタイミングで入ってくれた。いっしょに 何度も繰り返す。 
 「そうさおいらは 君を探し歩く 愛を奏でながら 街から街へと」

 演奏を終えた甲斐が、ギターをスタンドに立てかける。しかし、ギターは倒れて しまう。甲斐は、スタンドをステージの隅へ蹴飛ばしてみせた。「ヒューッ!」と 歓声があがる。前へ出てきた甲斐が、オーディエンスに手を振る。 そして、「甲斐ーっ!」の声を浴びる。

 甲斐が左のソデへ去り、客席は熱い手拍子を始める。けれど、BGMが流れて きた。これで今夜のライヴは、ほんとうにおしまい。 
 BGMにのせて、みんなで「甘いKissをしようぜ」をうたう。ライヴの余情 の残った、穏やかであたたかな声を合わせる。これがまた、いい感じ。

 満足や。甲斐が「今夜のステージは長くなってしまうかもしれない」とか 「3時間行きそうだ」なんて言うたびに、「このまま来世紀までやってくれ!」と 願ってたけど。いいライヴやったあ。 
 「昨日鳴る鐘の音」「観覧車’82」「漂泊者(アウトロー)」、今夜特に 感動した歌がよみがえってくる。 
 ライトで青い影ができた甲斐の横顔。バラードの静けさを破るように大きく ハーモニカを鳴らす甲斐と、それに触発されて松藤がギター弾く手に力を入れた瞬間。 激しい曲が終わり、客が拍手した後で、「ザカザン!」ともう1度鳴らされたギター。 弦が切れたギターを交換してから、マイクスタンドの前へ戻るときの、少しだけ急いだ ステップ。バラードの後奏で甲斐があげる、切ない声。 
 さまざまな場面が、僕に焼きついている。世紀の終わりにまた大切な思い出が 増えたな。

 ロビーに出るとき、何度も振り返って、ステージを見た。左右にひとつずつ、 火がゆれていた。僕の席からは見えなかった左端にも、火があったんやなあ。 
 もう1度「甲斐ーっ!」と叫びたくなった。でも、やめておいた。僕らの気持ち は甲斐に伝わってるはずや。そう思えたから。

 

2000年12月30日 サンケイホール

 

ブライトン ロック 
デッド ライン 
港からやって来た女 
一世紀前のセックスシンボル 
かりそめのスウィング 
昨日鳴る鐘の音 
ナイト ウェイヴ 
二色の灯 
裏切りの街角 
~ビューティフル エネルギー 
甘いKissをしようぜ 
against the wind 
BLUE LETTER 
冷血(コールド ブラッド) 
観覧車’82 
風の中の火のように 
漂泊者(アウトロー) 
翼あるもの

 

熱狂(ステージ) 
最後の夜汽車

 

安奈 
吟遊詩人の唄