CRY

Twitterには長いやつ

My name is KAI 一人きりの甲斐よしひろ

2000年7月15日(土) IMPホール

 KAI FIVEファーストツアー以来の、IMPホール。開場時間の前に行くと、すでに 多くのファンが集結していた。当日券を求める列もできている。今日のチケットは完売 やったけど、当日券出ることになってんな。よかった。甲斐のライヴ見たいのに断念し なければならないという人が、これで少なくなるもんね。

 開場されると、まずはグッズ売り場へ。 
 Tシャツは2種類。どっちもデザイン気に入った。ところが、Mサイズしかないという。 めっちゃショック。身体のでかいファンのこともよろしく頼むで。

 客席に入る。オールスタンディングにもできるホールだが、今日は全席指定。イスが ならんでいて、真ん中から後ろには段があった。当日券のファンたちは、いちばん後ろの スペースに立つようだ。 
 僕の席は、CC列の真ん中あたり。チケットが届いたときは、どのへんなのか わからずに心配やったけど、AA列、BB列、CC列・・・は、A列より前にあった。つまり、 僕の席は前から3列目だったのだ。やったあ!

 自分の席に着いた瞬間、「アイズ ワイド シャット」の曲が流れはじめた。ニコール・ キッドマンが鏡の前に立ってるシーンで使われたやつだ。去年は「2001年宇宙の旅」と 「時計じかけのオレンジ」やったし、今回もキューブリックできたかあ。 
 ライヴに通いはじめた頃、開演前の場内に流れていた「ブレードランナー」のテーマ が印象的やったこともあって、ステージが始まるまでのBGMも毎回楽しみにしているのだ。 
 特に、このツアーは「My name is KAI」と題されている。去年のイギリス映画の 秀作「マイ ネーム イズ ジョー」から取ったのだろう。いい映画やったもんなあ。タイトル に込められたものも胸に響いた。 
 5月に出たVIDEOのタイトル「STORY OF US」も、ロブ・ライナーの映画 「ストーリー オブ ラブ」の原題だ。「US」という言葉が、甲斐と、バンドのメンバー、 スタッフ、家族、オーディエンスを指しているのだなあ。 
 これは、今回も映画音楽がオープニングBGMに使われそうではないか。

 舞台の上では、ツアーTシャツを着たスタッフが準備をしている。 
 中央に、マイクスタンド。その左後ろに小さなテーブル。後ろには、2本のギターが 立てかけてある。ステージの右の方にもマイクが用意されている。 
 小さな円いライトが、いちばん前の上方にならんでいる。アコースティックのライヴ やから、ライティングもこれまでのツアーとは変わるんやろうな。左右の端から中央を 向いている大きめの照明を見つけ、2つの真っ赤な光の帯の中で「愛と呼ばれるもの」を うたう甲斐を想像した。 

 ピアノの曲。それまでのBGMより大きな音で。これが今日のオープニングにつながる 音楽にちがいない。緊迫感を高めていく旋律。ライヴ開始寸前の緊張と興奮が増幅されて くる。何に使われていた曲なのか、僕にはわからない。客電が落ちた。立ち上がる。 アコースティック ギター1本のライヴだろうが、立つのだ。一昨年のGUY BANDライヴで 甲斐自身が、アコースティックでも最初から立ってほしいと言ったのを聞いている。 
 曲が聴こえなくなった。いきなり、ステージの左端にスポットライト。甲斐の姿が 浮かびあがる。 
 拍手と「甲斐ーっ!」の声。こういうスタイルのライヴで立っていいのか迷っていた 人たちも、みんな立ちあがる。 
 甲斐は、ステージ後方のギターを1本手にする。黒いスーツ。茶色で、カールさせた 髪。四角いサングラス。 
 マイクスタンドの前の、立ち姿がいい。シンプルな白い照明のなか、サウスポーの ギターをかき鳴らしはじめる。 
 激しい曲だ。手拍子が起こる。だが、どの歌の前奏なのかわからない。 
 「今 銃撃の街のなーか」 
 僕は感激と興奮で跳びあがった。 
 「ブライトン ロック」や! 
 「俺の導火線に火がついて」からのサビでは、ギターの音をかすれさせる。甲斐が 「オーイェー」と叫んで1番が終わると、大歓声。 
 2番の後には長い間奏。たっぷりと聴かせる。甲斐のギターは大好きや。高音の ストロークが続いてから、低音へ。そこから低い音を使った間奏が展開するのかと思った 途端、「ああ 土砂降る雨の 轍の中に」に突入。 
 後奏で「オーイェー」と何度も叫ぶ。「ブライトン ロック、答はどこだ」とは歌わない。 ラストもギターを激しく鳴らす。バンドで曲をフィニッシュさせるときと同じだ。アコースティック の大人しさなどない。ロックなのだ!

 歓声を浴びながら、甲斐はギターを、立てかけてあったもう一方のものに換える。 
 高い音の前奏。これも、甲斐が歌い出すまで、どの曲かわからなかった。 
 「三つ数えろ」 
 やはりマイクスタンドの前に立っている姿がいい。スーツのボタンはきっちり留めてい る。真っ直ぐに立ち、ギターを弾き、引き締まった表情で、あの歌声で、言葉を投げつける。 
 白いままのバックに、甲斐の影が写っていることに気がついた。甲斐とその影を 見ながら、「三つ数えろ」を聴き、手拍子をし、歌いまくる。生の楽器に合わせて歌うのは、 ただでさえ気持ちいいもんや。それが、今夜は甲斐がギターを弾いていて、いっしょに 歌うのである。最高の気分や。甲斐が自分のためにギターを弾いてくれていると 錯覚しそうになる瞬間さえある。 
 今回は、オリジナル通り「いつも路上に転がってるさ」と歌った。

 「サンキュー」の言葉から、MCがはじまる。 
 声を張って、めずらしく気負ったような語り口だ。観客の勢いに圧倒されまいと、 勝負に出ているような。 
 「25年分を歌い上げ、26年目の甲斐を見せる」ツアーであり、「初めての オーディエンスの前でやる気持ちで歌う」と告げる。 
 「ロックと語らいの夕べ」とも言って笑わせていた。やはり、今日はたくさんしゃべって くれるようだ。ツアー前の甲斐の発言や、ライヴ告知の文章からして、「サウンドストリート」 みたいに話してくれるステージになりそうやったもんなあ。GUY BANDの初ライヴでも、 たっぷりMCしてくれたし。 
 アコースティックでもいつものように立っている客席に向かって、「最初から立つな よな」とも言ってみせたが、明らかにうれしそうや。

 今度の前奏は低音だ。 
 「港からやって来た女」 
 「お前を 忘れ られず」や「髪を 振り乱し ながら」の後に、ジャン!とギターに アクセントをつける。ハーモニカもいい。 
 「GUTS」のツアーあたりでやっていたように、3番の前半は静かに演奏。 「み、みつーめー」という歌い方もした。そして、「まだ待あーってるのさー」から 再び力強いノリに。 
 甲斐が後奏を弾きながら、「カモン!」と客席に呼びかける。そうか、いつもは 身振りで示すけど、今日はそれができないのだな。 
 「バイン、バイン、バイン!」 
 「フーッ!」 
 指を立てて2回突き上げた。アコースティックでこれができるとは。めっちゃ うれしい。 
 ストロークがだんだんゆっくりになって行き、フィニッシュ。

 一瞬「胸いっぱいの愛」か?と思ったが、やがて気がついた。 
 「観覧車’82」 
 下手なギターを弾いていた高校生の頃、この曲をこのリズムでやっていた。 もちろん、甲斐のように弾けたわけではなく、前奏がちょっと似ていただけのことだ。 それでも、あの頃が思い出されて、感慨がわいてきた。 
 肌色のライト。今日初めてステージに色がついたような気がする。 
 「雨 の 日 に ふ たり 式を あ げた」 
 甲斐は、ことばを切るように語尾を少しはずませた。 
 アコギ1本とは思えないような豊かな音だ。間奏もみんなで盛りあがる。 
 もちろん後奏でも、「ウォーオオオオオ ウォーオオオー」の叫びを繰り返す。 その時、弦が切れてしまった。甲斐がギターを弾けなくなり、演奏が消える。けれど、 客席の叫びは途切れない。甲斐がギターを取り換える間も、音楽なしで 「ウォーオオオオオ ウォーオオオー」と歌い続ける。甲斐が新しいギターを弾き始め、 もう1度「ウォーオオオオオ ウォーオオオー」の大合唱へ。 
 甲斐とオーディエンスがいっしょにステージをつくっていると感じられた。 うれしかったなあ。

 曲が終わって消えたライトが再び甲斐をとらえると、 「命あるものは死ぬ。弦があるものは切れる」と一言。 
 「弦切れたって、どこで止めるかじゃなくて、どこで入るかだもんね」と、今日の客に 感心したような言い方をする。うれしくなって客席が拍手。

 「さっきの「港からやって来た女」は、神戸で書いたんだ。メリケン波止場という ところのバーで。いい女がいて」 
 そして、次は福岡の街を書いてる曲をやるという。このMCから僕の頭に浮かんだ のは、「ちんぴら」だった。

 一音ずつ弾いていく前奏。「そばかすの天使」や。 
 しかし、甲斐は、うたいはじめる前にギターをやめる。指がすべりやすくなっていた という。万全を期して、もう一度。 
 やっぱり「そばかすの天使」やと思った。不意を突かれた。 
 その歌は、「東京の一夜」だったのだ。 
 痛すぎるほどの詞が、胸をしめつける。今日は「僕は 僕だけのために  ただ生きようとし」とうたった。 
 後奏。ハーモニカ。甲斐は「あーあー」というせつない声をあげる。松藤がいっしょに コーラスしているみたいに響いた。

 インターネットについても語る。 
 公式サイトのBBSは、しっかり読んでくれていて、 「中途半端なやつが中途半端に書き込むと、こういうふうに錯綜するんだな」とわかった という。「完全に、人間性が出るからね」 
 僕にはすぐに、公式のBBSに的外れないちゃもんをエラソーな口調で垂れ流して、 心ある甲斐ファンに不快極まりない思いをさせた輩の名前が2、3浮かんだ。 
 「腹立つから、よっぽど書き込んでやろうかと思ったんだけど。そうすると、「お返事 ありがとうございます!」とかって言うんだろうね。そういう手があるから、書くのをがまん してるんだ」

 暮れから正月にかけて、映画出演の依頼が2件あったという話。 
 1本は「浅草の月」。黒木瞳がヒロインで、すでに「月」というタイトルで公開された 作品だ。 
 これは、役柄が寿司職人だったから、すぐに断ったらしい。寿司握って、高下駄 履いて、髪を切らなくちゃならないと。 
 もうひとつは、浅田次郎原作の「天国までの100マイル」 
 「SPEEDの「アンドロメディア」っていういいのつくったり、ヤクザ映画をこれまでに ない感じで撮ってる、好きな監督がいて、その監督の指名だっていうから」 
 三池崇史のことだ。去年の僕のベスト監督。甲斐も好きやってんなあ。甲斐は 「DEAD OR ALIVE 犯罪者」を見ただろうか。 
 こちらの難点は、車を運転しなければならないこと。 
 「俺の周りは、10人中7人が教習所の教官なぐってるという。残りの3人も、 胸ぐらはつかんだって。類は類を呼ぶ」 
 そう笑って、「イエロー キャブ」のプロモーションビデオ撮影秘話も教えてくれた。

 5枚組CD BOX「HIGHWAY25」から始まった25年ものは、TVの特番、 飛天ライヴ、「STORY OF US」ときて、飛天のVIDEOで打ち止め。 
 飛天のライヴVIDEOは、まずファンクラブ最優先。そして、しばらくしたら インターネットで売るそうだ。 
 「去年の秋くらいから甲斐バンドが地味に始まってて。それはイーストウェストから 出てる。僕の所属はソニーなんだけど。「STORY OF US」っていうVIDEOは 東芝EMIで、飛天のVIDEOはインターネット」 
 この状況を、甲斐は「天衣無縫」と笑った。 
 「甲斐バンドは徐々にあっためていくやり口で、順調に行けば暮れにアルバムを 出して、年明けにはツアーに出るという感じで」 
 この言葉に会場が沸き、大きな拍手が起きる。

 「このところのTVには、昔の深夜ラジオの雰囲気があると思ってたんだけど」 
 いくつか出てみたら、「やっぱりTV体質は変わってないな。体育会系だな」と感じた そう。「ウチくる?」にはハメられたというし。それで、「TVに出るのには、うんざりしてきてる」 
 「ザ ベストテン」に出たときの話も。あの映像は二度と流さないという密約が あったらしい。

 そういうMCに続いて歌われたのは、「噂」 
 まさかこの歌が聴けるとは。今日はほんとにいろんな曲をやってくれる。 
 ストローク。レコードよりも速いテンポ。1番が終わると、「アイウェーイ」の声。 
 かつて「あのピンクレディーが2分間の」と歌った、2番のあの部分。注目してたら、 「プッチモニイカした2分間の」になっていた。 
 後奏はほとんどなし。「だからTVまでも切っちまった」と最後の部分を歌うと、 その小節のあと3音だけ弾いてさらっと終わってみせた。

 甲斐が、ゲストの松藤を呼び入れる。 
 やっぱり、あの右のマイクは松藤のためやったんや。 
 大きな拍手と、「松藤ーっ!」の声。甲斐が「よかったね、拍手があたたかくて」と 言うほどに。

 甲斐が指先でギターの弦を叩く。レコードのあの音は、こうやって出していたのか。 低く響く、しかし決して強すぎないその音が、情感を呼ぶ。 
 「薔薇色の人生」 
 松藤のギター。甲斐がギターを叩く音。そして、それに乗った甲斐の声が伸びて いく。 
 「君の手がいつの間にか はなれてしまった」からは、松藤の声も重ねられる。 悲しい曲での、ぞくっとするようなハーモニー。 
 「つかの間のしあわせは」のあとの「フッ」という声は、甲斐が出す。また曲の世界に 引き込まれていく。 
 ギターの音色が弱まっていく。ゆっくりになる。ふたりが呼吸を合わせる。 松藤のギターが最後の音符を奏で、甲斐の左手が二度弦に触った。

 心に沁み入る「薔薇色の人生」だったが、当初はラインアップに入っていなかった という。 
 「ほんとに初日の名古屋の前日までは、「昨日鳴る鐘の音」をやるつもりだった んだ。で、ちょっと「薔薇色の人生」をやってみたら、これがよくて。こっちだ!と」 
 「「かりそめのスウィング」も惜しかった。今回、俺、最初に練習した曲だったんだよ。 3週間ぐらいみっちりやって、これで行けると思ったのに、季節に合わないと言われて」 
 「昨日鳴る鐘の音」聴きたかったなあ。「かりそめのスウィング」も、季節に とらわれることないのに。でも、あの「薔薇色の人生」が聴けたからいいねん。大満足。

 甲斐が、スタッフから渡されたギターを、ほんの少しだけ小さな音で弾いてみる。 そして、「やっぱり今夜は、この曲では弾かないことにする」というふうに、首を振って、 スタッフにギターを返した。次の曲の用意をする間の、ちょっとした瞬間やったけど、 そのときのギターの音で、これから何をうたうのかがわかった。 
 松藤が弦をひとつひとつはじいていく。そうやって、あの印象的な前奏をやわらかに つむぎ出す。雨だれのように。 
 レコードよりもずっと静かな、「裏切りの街角」 
 甲斐が2番までうたい、「チュッチュルルー チュルルッチュチュチュチュ  チュッチュルルー チュルルッチュチュチュチュ」がおわったところで、松藤の演奏に 変化が。あのフレーズを弾いている。 
 それは、間奏を飾るためのものではなかった。曲は「安奈」に移っていった。 
 「安奈 寒くはないかい お前を包むコートは ないけどこの手で あたためて あげたい」を、今夜は客にうたわせてくれた。うたいながら、この歌を聴きはじめた頃、 ここの詞がいちばん好きやったことを思い出した。そして、「ふたりで泣いた夜を覚えている かい わかちあった夢も 虹のように消えたけど」から受けた感慨も。 
 「もう一度ふたりだけの愛の灯をともしたい」も、いつものように客にうたわせて くれる。甲斐も声を合わせる。ハーモニカを聴かせる。

 MCがめっちゃ盛りあがる。甲斐もノッてて、「何か、次の曲行く気がしないんだ よね」というくらい。 
 1枚だけ残っている添乗員時代の写真。一郎のエピソード。今日泊まってる大阪の ホテルのプールであったこと。 
 松藤とのリハ期間にTVで見た、オリンピック出場をかけた女子バレーについても。 
 「今はパワーバレーの時代で、「拾って拾って」っていうコンビバレーは10年も前に 終わってるんだよね」 
 僕はこんなふうに、スポーツを見る視点を聞くのも好きだ。

 花園ラグビー場の話も出た。 
 「この中にも、あの日シートをぶつけたやつが数人いると思うけど」

 MCの最中に、客席で携帯の着メロが鳴った。 
 「そこで俺の曲流すと、いいんだよ」と、甲斐が一瞬緊張した会場の空気を和らげる。 
 「(今の着メロは)「バス通り」やで」という声があがる。 
 甲斐は「バカモン。反省しろ。ひとが救ってあげてるのに」と一喝。 
 バラードをうたってるときじゃなくてまだよかった。気つけろよなあ。

 このツアーは、いわゆるアコースティックっぽいものにはしたくなかったという。 
 「こじんまりとまとまったんじゃなく、スケールのあるものを」 
 それで、デモテープの段階からエレキでしか弾いたことのなかった曲も、 アコギでやってみたと。 
 「関西フォークも好きだったんだけどね。専門のレーベルがあって、学生のときから 通信販売でずっと買ってたから。その頃から、イロモノの人たちにすり寄られる運命 だったのかもしれない」

 「このところ、周りがバタバタ倒れていってる。俺は20代の終わりに気づいて、 節制しててよかった。人間何かひとつ我慢しないとね」

 「何らかの事情でリリースされないやつを」と紹介して、「against the wind」 
 いつの間にかステージの左の方に、脚の長い台が置いてあった。 そこに火がともされている。暗い舞台に炎が揺らめく。甲斐の歌声。 
 アコースティックではやってくれないのではと思っていた。それが、 松藤の演奏で、松藤のコーラスで聴くことができるとは。

 甲斐が1枚の紙片を手にし、その内容を読み上げる。公式サイト「KAI WEB」への 書き込みだ。 
 「アップル パイ」という名前の風俗店を見つけたという報告やった。 
 ファンの投稿を、みんなの前で甲斐が読む。サンストみたいで、いいなあ。また やってほしいぞ。

 新しいシングルをうたってくれるという。 
 初めて知ったけど、曲は松藤が書いたそうだ。「悔しいけど、いい曲なんだよね」 と甲斐。 
 詞は、甲斐がここ数年でいちばん気に入っているという作詞家、前田たかひろ。 
 オーケストラとホーンセクションを入れてレコーディングをした。 
 今夜はそれをアコギだけで。 
 「甘いKissをしようぜ」 
 静かな曲やった。甲斐のうたが会場中にひろがっていく。その声にじっと聴き入る。 
 サビでは、甲斐が軽く手拍子を打つ。客席からも、曲の雰囲気をこわさないくらいの 手拍子が。

 たしかにいい歌やった。その余韻のなか、松藤がステージを下りる。またあたたかい 拍手につつまれて。

 再び甲斐が一人きりになった。さあ、ここで何をやるのか。「愛と呼ばれるもの」 なんてかっこいいと思うが。 
 激しいストローク。「らせん階段」が始まるのかと思った。 
 ところが、何と、甲斐が歌い出したのは、「冷血(コールド ブラッド)」やった。 
 驚きと興奮の歓声。そして手拍子と歌声。 
 「奴のガールフレンドが狂言自殺謀った晩 外はスコールのように激しい雨」と 歌ってから、間をあけてギターだけを弾く。「ポリス呼び出し 事件を 告げて車に 飛び乗る  鼓動は早鐘のよう 悪い予感振り払い」の後でも歌を切って、短い間奏を入れる。 
 「恨んでも」の「ん」のところから、新たな曲調へ。「うーらーんーでもー うーらんー でもー」と、オリジナルとはちがった歌い方。 
 「体の中を流れてゆく 冷たい血」に続けて、「コールド ブラーッド」と咆える。 
 客席が沸く。これまで見たことのない「冷血(コールド ブラッド)」だ。 
 間奏では、アコースティック ギターの演奏なのに、この曲独特の、あの迫ってくる ような音が再現される。燃えるっちゅうねん!それに、僕には、「冷血(コールド ブラッド)」 だろうが「キラー ストリート」だろうが無理やりフォークギターで毎日歌っていた、自分の 高校時代がよみがえるというよろこびがあった。 
 3番からは途中のギターがなくなって、次々と言葉を吐き出していく。 
 後奏でもまたあの音が聴こえる。熱気のなかでフィニッシュ。すごい歓声だ。

 短い前奏で続けざまに、「嵐の季節」 
 1番が終わったところで拍手が起こる。 
 僕は、サビが終わるごとに、拳を握り締めた腕を甲斐に見せるように掲げる。 そうせずにはいられない。 
 ラスト、ギターをとめての大合唱も、もちろんあり。甲斐はときどき一音だけ 鳴らしてみたり、少し歌ってみたり。僕は、そしてほかのファンたちも、声をかぎりに歌った。

 「風の中の火のように」 
 アコギから始まる例のヴァージョンやけど、今夜はそれで最後まで行くのだ。 
 「君なんだ」と歌ったときの歓声や、歌声がすごい。もちろん僕も、思いきり歌って いる。 
 バックには、96年期間限定甲斐バンドのときの、青空と雲。そして、あの火が もう一度揺れている。

 ハーモニカホルダーとアコースティック ギター。 
 歌うは、「漂泊者(アウトロー)」 
 「BIG NIGHT」にも収録されたブルース調のアンプラグド ヴァージョンとはちがう。 力強いのだ。激しいのだ。 
 「SOSを 流してるー」のところは低く下げて歌ったが、「イライラしながらー 踊る だけー」では、バンドでやるときのように声を張り上げた。 
 「一人ぼっちじゃあ やりきれないさ」と歌ったところで、低いベース音をひとつ ドーンと鳴らす。これがものすごくかっこいい。 
 間奏では、歌詞をのせるメロディーを切ったようなハーモニカ。これがまたいいのだ っ。 
 「愛をくれよ」や「一人ぼっちじゃあ」を客席にも歌わせる。弦が切れてしまっても、 弾き続ける。一音ずつ鳴らす奏法を織り交ぜもするが、曲と会場の熱さは変わらない。 
 後奏は突然断たれた。まさに「漂泊者(アウトロー)」そのものだ。

 自らギターを手にして、マイクスタンドの前に立つ甲斐。 
 今夜つめかけたオーディエンスへ感謝の言葉をかける。 
 そして、「「一人きり、弾き語り、一万円」という形を借りて、エンターテイメントの ショーをやろうと思ってたんだ」と告げた。

 今日どうしてもやってほしかった歌だ。 
 「翼あるもの」 
 「STORY OF US」での演奏も素晴らしかったが、今夜生のステージで歌うのは、 たくましい「翼あるもの」だ。 
 ものすごいノリ。歌、手拍子、拳。間奏もアコギとは思えない盛りあがりや。 
 最後は静かに、しかし、いつものあの高まりをギター1本で表現してくれる。 そこで甲斐がギターを弾いているのに、両手を組んで頭上に伸ばしている甲斐の姿が 見えるようだった。

 甲斐がソデに姿を消しそうになったときから、速くて強い手拍子が続く。ふつう アンコールの手拍子は、だんだんゆっくりになって、みんながいっしょに大きく叩けるような リズムに変わっていく。でも、今夜の手拍子はゆるまらない。ずっと速いリズムのままだ。 みんなの興奮とよろこびが伝わってくる。もちろん僕も、手を叩き続ける。汗を拭いてる 間なんかない。そして、何度も「甲斐ーっ!」と叫ぶ。

 スーツを脱いで白いシャツ姿になった甲斐が現れる。松藤もいっしょだ。 
 「押してくるねえ。熱気で押してくる」 
 甲斐にも客席の熱さが伝わってたんや。めっちゃうれしい。

 「熱い恋をしようぜ。熱い恋を。いっしょに住んでる人にでもいいし。住んでる人を 奪っても、リスクを背負えば」 
 この言葉から、「BLUE LETTER」へ。 
 碧青の光がステージを照らす。甲斐がハーモニカを吹く。 
 いつもとはちがう部分の詞に、感じるところがあった。ライヴ前に「郵便配達夫は 二度ベルを鳴らす」を読み直したからだ。「BLUE LETTER」には、この本と、フェリーニの 映画「道」のイメージが込められている。読んでおいてよかった。 
 「シャツを脱ぎ捨て 海に入ってゆく」で、甲斐は2、3歩前へ足をすすめた。 歌に入り込んでいるように、弱い足どりで。 
 後奏のハーモニカ。やがて曲は静かに終わっていった。

 「生きてる実感てやつは、日常の中では感じにくいもんで。かすかにでも 感じられればいいくらいでね」 
 甲斐は、ライヴで歌うことにそれを感じていた。 
 「あちこちの街に出かけて行ったのは、TVに出たくなかったからじゃなくて、 ステージが好きだったから。20代・30代の身体がいちばん動く時期にツアーに出てて、 よかった。きつかったけど、それは余熱のように自分の中に残ってる」

 甲斐は肩からかけたギターを、身体の後ろの方にまわしている。松藤がギターを 奏でる。そして、甲斐がうたい出す。 
 「熱狂(ステージ)」 
 ついにこの歌を生で聴くことができた。その感激と、MCから感じた思いを 抱きながら、甲斐の歌声を聴く。きれいに伸びていく歌声だ。 
 「次の街へ」からは、甲斐もギターを弾く。みんなじっと聴き入っている。 
 「今夜の客は素敵だった」のところは、手振りを加えながら 「今夜のショーは素敵だった」とうたった。もしオリジナル通りにうたったら、みんなすごく 敏感に反応したことだろう。歌の途中でも拍手とかしたかもしれない。そういうのを 避けるために、「今夜のショーは」とうたったんちゃうかな。今回の詞でも、僕は感激や。 
 ギター2本だけやけど、レコードに近い音を出す。後奏が盛りあがるところでは、 甲斐が「エーイ」と声をあげ、2人で「タタタタタターン」と弾いてみせた。

 この曲で終わりかと思ったけど、舞台が明るくなっても、甲斐も松藤も動かない。 
 「もう1曲やってくれ!」 
 そう願いながら拍手を続けた。やった!まだ歌ってくれるぞ!

 「この形態は、自分で飽きがこないようにしないと。何しろ一人だけだから」 
 甲斐はその話を、「甲斐のつぶやき」と小さく笑ってしめくくった。 
 すると、絶妙の間をおいて、松藤がぼそっと「つぼやき?」と言った。 
 「今の、行って帰ってまた行く、ぐらいの勢いあったよね」と甲斐がウケる。 
 松藤は今夜ずっと、甲斐の話をじゃましないように気を配りながら、タイミングを はかってしゃべっていた。松藤の性格が出てる気がしたなあ。 
 「何かもう、ライヴ中に2人だけで話しててもいいって思う瞬間があるもんね」 と甲斐。 
 それでも、曲に入ると戦いなのだそうだ。ハモるからといって、相手に合わせようと してはいけない。それぞれが強く、自分が前に出ると思っていないとだめだ。甲斐はそう 言った。

 MCでは、「みんなに言いたいのは、体に気をつけて」とも言っていた。 
 「サウンドストリート」の最終回を思い出したなあ。

 甲斐がハーモニカだけを持って、マイクスタンドの前に立つ。 
 これは前奏ですぐにわかった。やってくれたか。 
 「最後の夜汽車」 
 ライトを浴びた甲斐は、今夜初めてサングラスをはずしている。少し上の方を 見つめながら、うたっていく。 
 「白い月明かりの」では、肘をまげた両手を広げた。それから、右手でマイクを 持ち、左手は身体にそって真下におろした。 
 ハーモニカが、あの切ないメロディーをうたっている。 
 甲斐は、曲が終わると同時におじぎをした。

 まず松藤が送り出され、客席に何度も手をあげてから、甲斐も去った。 
 バラードが続いたので、最初はしっとりしたムードが残っていたが、客席からの 手拍子は1回目のアンコールと同じく、強くて速い。だんだん熱を増していく。 「甲斐ーっ!」の叫び。 

 ツアーTシャツを着た甲斐が、ステージに戻ってくる。 
 一人でギターを弾きはじめる。何の曲だかわからない。アップストロークを効かせて いるような低音が響く。弦の張り方が反対やからな。演奏が高い音に変わり、甲斐がうたい はじめる。 
 それでもまだ、どの歌かわからなかった。詞が沁みてきて、じわじわと気がついた。 これは、いちばん痛い曲だと。 
 「CRY」 
 ここでやるとは思ってなかった。いつもいつも聴きたいと願いながら、アコースティック のライヴではやらないかとも思った。それに、今夜は甲斐バンドの曲と新曲を歌っていたし。 
 いや、このときはそんなことを考えてはいなかったはずだ。アンコールのバラード 3曲の余韻にひたっていて、そういう余裕などなかった。 
 「悲しいと思わないかい 唄いかける君への唄もなく 俺はだれのものでもない」 に続けて、甲斐は「CRY」とうたった。 
 2番では、「あざやかなあの頃の笑顔」を「あの頃のあざやかな笑顔」と、入れ換えて うたう。 
 前の席のイスが太ももにあたる。それぐらい前のめりの姿勢になっていた。 そして、ただただ甲斐の姿を見つめ、「CRY」を聴いていた。 
 「悲しいと思わないか 唄いかける君の姿もなく 俺はだれのものでもない CRY」 
 ROCKUMENT IVでうたったときとちがって、最後はオリジナル通りの歌詞で うたった。 
 後奏で「なくすことのできない傷あと」とはうたわない。「CRY」「CRY」と何度も 繰り返した。

 ステージの上に長くとどまって、甲斐はまた手をあげたりしてくれた。そして、 去っていく。「甲斐ーっ!」という叫びがたくさんかかる。 
 また速くて強い手拍子。しかし、BGMが流れはじめた。「甘いKissをしようぜ」だ。 もう1曲やってくれなんて言えない。ほんまにすごいステージやったから。 
 「甘いKissをしようぜ」を聴きながら、余韻にひたりきる。

 これまでのツアーでの弾き語りや、GUY BANDのライヴとは、完全にちがった 内容やった。これほどまでに、前にやったアコギの曲をやらないとは。すごいなあ。 
 「噂」「薔薇色の人生」「熱狂(ステージ)」と、初めて生で聴けた歌が3曲もあった。 久々の曲もあったし、新曲もあった。いつも聴きたい曲たちもしっかりやってくれた。 アコースティックのアレンジ、演奏は強力やったし、サンストふうのMCも堪能した。 話が多くても、きっちり20曲歌ってくれたし。「ブライトン ロック」が聴けて、最後は 「CRY」。言うことないよなあ。陶酔したあ。

 切ないバラードも多く聴けたけど、今夜のライヴの感動は僕にとって、涙が出てくる ような感じとはまたちがっていた。 
 「熱狂(ステージ)」の前のMCで言えば、生きてる実感があったということだ。 今日ライヴを見ていて、「俺はこのときのために生きてるんや」と思えた瞬間が何度も あった。すごい充実感や。 
 ほかの趣味は犠牲にしていい。ほかにやりたいことはがまんしても、甲斐の ライヴに1度でも多く足を運ぼう。そう決めた。

 会場の出口で、このツアーだけのおみやげをもらった。CDだ。 
 夜遅く家に帰って聴いてみると、古い方の「ランデヴー」やった。 「RENDEZ-VOUS (ある愛の物語)」と表記されている。 
 有吉じゅんに提供した曲。そして、甲斐が10代の頃に書いた曲や。 
 甲斐の25年、そして26年目を、僕は抱きしめた。

 

2000年7月15日 IMPホール

 

ブライトン ロック 
三つ数えろ 
港からやって来た女 
観覧車’82 
東京の一夜 
噂 
薔薇色の人生 
裏切りの街角 
~安奈 
against the wind 
甘いKissをしようぜ 
冷血(コールド ブラッド) 
嵐の季節 
風の中の火のように 
漂泊者(アウトロー) 
翼あるもの

 

BLUE LETTER 
熱狂(ステージ) 
最後の夜汽車

 

CRY