CRY

Twitterには長いやつ

HIGHWAY25 Standing in 飛天 甲斐よしひろ Golden Thunder Review

1999年11月13日(土) 新高輪プリンスホテル 飛天

 暑い日になった。新幹線からは、ほんとうに見事な富士山を見ることができた。  
 品川駅を出て、道路を渡り、歩道橋を通って、ざくろ坂を上っていく。開場時間が近い ため、坂には甲斐ファンらしき人ばかり。けっこう上ったところで、右手の飛天へ通じる短い 道が現れた。見上げると、何とすでに飛天の周りには長大な列が取り巻いていた。 
 指定されたブロックごとに、整理番号順で並ぶもんやとばっかり思っていた。しかし、 まずはブロックや番号に関係なく、ロビー開場だけするという。ということは、これだけの人数 を入れて、中で並びなおすほど、ロビーが広いのか? 
 僕がついた列の最後尾は、ほぼ入り口の真ん前やった。そこからぐるーっと一周して、 入場するのだ。開場時間の4時に入り口が開き、列はどんどん進んでいった。ブロックの 確認などしないから、はやかったのだろう。 
 入り口でチケットを切られ、中に入る。左の壁際に、贈られた花がたくさん飾ってある。 もりばやしみほ吉岡秀隆、浜田雅利、加藤晴彦、中曽根氏など。 
 テーブルのそばに係員がいて、カメラチェック。僕は大きな荷物を抱えていたが、 カメラはないと言うと、中を見ないで通してくれた。アンケートやチラシ類、ドリンクチケットを 受け取る。 
 そこからは、ゆっくりと右にカーブするスロープになっている。左の壁には、歴代の 甲斐の写真がかけてあった。髭をのばしたもの、ミラーボールの下で吼えているもの。 25周年のイベントなんや!という気持ちが盛りあがってくる。 
 さらに、スロープが折れる地点には白いボードがあり、リクエストの集計結果が 発表されている。甲斐バンド時代のランキングでは、「翼あるもの」が「この夜にさよなら」を かわしてトップに立っていた。KAI FIVEの1位は、中間発表から変わらず「嵐の明日」。 ソロの「CRY」は、「レイン」に抜かれて2位やった。惜しい。「HIGHWAY25にもう1曲 加えるなら」というアンケートでは、「別離の黄昏」の健闘が目についた。 
 スロープを下りきったところには噴水。ドリンクコーナー、グッズ売り場、クローク。 かなり広い。ディスコグラフィーを映すモニター、甲斐の活動の歴史を流すモニターもある。 柱には、甲斐の写真パネルがたくさんかかっている。花園ラグビー場、BIG GIG・・・。 よくぞここまでやってくれた。ほんとうに甲斐一色や。25年間の歴史が刻み込まれている。 
 カバンを預け、トイレを済ませると、すでに入場の列ができていた。Cブロックの列に 並び、さあ、いよいよ入るぞ!

 「うわあっ」と、思わず声を出してしまった。「観覧車」を思わせるステージの虹色の ライトが、天井のシャンデリアを照らしている。これは素晴らしい。 
 ブロックは、前からA・B・C・D・E、左から1・2・3・4・5という並びだ。それぞれ、銀色の 柵で囲われている。その間の通路を縫って、C5へ。 
 ブロックの入り口でチケットを確認してもらい、中へ入る。右端なので、ブロック内の できるだけ左前に位置を取った。みんなステージ中央が見たいから、斜めを向いて立っている。 おお、充分よく見えるぞ。ステージも高いし。入ってきたときの感じでは、Eブロックからでも 見やすいんちゃうかなあ。 
 左から、赤・オレンジ・黄・緑・青・紫・ピンクの照明。真横からステージを照らしている のは、紺と紫のライト。客席にも、1・2ブロック、4・5ブロックの間にライトの列が後ろまで 連なって吊されている。これが、客席の真ん中のあたりをさまざまな色に染めているのだ。 
 なめらかなうねりがたくさんある天井には、いくつもの豪華なシャンデリア。そのそば に、ミラーボールのようなかさに包まれた、小さな灯りがならんでいる。  
 ここが飛天かあ。芸能人の披露宴などどうでもいい僕にとっては、プロ野球の イベントが行われる場所におるねんなあ、という感慨の方が大きかった。しかし、足もとには 絨毯が敷きつめられているとはいえ、今の飛天は完全に、巨大なライヴ会場と化している。 広いステージ、ブロック制の客席。虹色の照明にスモーク。まさにスタジアムツアーの 雰囲気なのだ。

 ロビーから中に入ったのが4時半ごろだったので、会場の様子を味わっていると、 すぐに開演予定の5時になった。 
 アナウンスが入り、みんなが拍手。舞台上では、飲み物が配置されている。という ことは、楽器のチェックはすんでいるのか。もうすぐやぞ! 
 BGMに合わせて、手拍子が起こる。何曲か続いて、まだ時間がかかりそうだと、 手拍子が弱まる。しかし、俺は手拍子をやめない。今日はいつも以上に気合いが入って いるのだ。何度も「甲斐ーっ!」と叫ぶ。 
 楽器のチェックがはじまった。これからやったんか。キーボードの高い音を聴いて、 にわかに「デッド ライン」が聴きたくなる。「HIGHWAY25」に入ってたライヴ ヴァージョン、 かっこよかったもんなあ。 
 マイクがセットされ、各楽器のチェックも終わり、2度目のアナウンス。そしてまた、 BGMにのせて手拍子。 
 5時半になった。虹色の照明が落ちる。大歓声。低い音の多いクラシックが鳴り わたる。紺の照明と相まって、荘厳な雰囲気だ。 
 拍手と歓声のなか、左手からメンバーがやって来る。いくつかの影がステージを 横切っていく。

 大音量がほとばしる。そのなかに潜んでいる、軽快なビートと鈴のようなきれいな 音色を、耳にした。これはあの曲や! 
 甲斐が躍り出てくる。さらなる大歓声。6月のZepp Tourのような銀髪と、銀の ジャケット。今や全面に押し出てきたビートのなか、左右に歩を進めて腕を挙げ、客席全部 にアピール。歓声と手拍子、「甲斐ーっ!」の叫びが渦巻く。中央のマイクスタンドに戻って、 さあ、「電光石火BABY」! 
 甲斐バンド解散前に甲斐が考えていたように、これからソロと甲斐バンドを並行して 活動していくならば、まさにこの曲こそ今日の幕開けにふさわしい。今日は新たなスタート なのだ。僕はそう感じて、興奮にうち震えた。 
 「電光石火BABY!」と甲斐が歌うのに合わせて、拳を6連打した。1番が終わると、 会場じゅうから大歓声。 
 間奏に入るところで、甲斐が「ハアーッ!」と叫ぶ。一瞬、アルヴィンがベースを弾き ながらステージを通り抜けるんじゃないかという錯覚に陥る。今日はステージ右前から ジョージが出てきて、弾いてくれた。 
 甲斐がマイクを口元からはずして、コーラスの部分を歌っているのが見える。 「クールなやつさ ロッキン クイーン」という詞も復活。 
 「ベイベー、ベイベー、ベ、ベ、ベイベー!」の繰り返し。フィニッシュのところで拳を あげたら、前の人に少し当たってしまった。

 甲斐がギターをかけ、ビートの3連打。「ウォーッ!」という大歓声。 
 「ポップコーンをほおばって」 
 甲斐は1番のサビから、左腕で宙をかく。それで、こっちも燃えて、振り上げる拳に いっそう熱がこもる。 
 盛りあがった間奏が静まる部分で、歓声。甲斐は、「歌ってもいいぜ」の仕草。 
 ストロボの嵐。一瞬途切れては、また閃きはじめる。甲斐がギターを弾く左手をかか げる。

 前奏に合わせて、頭上で大きく手拍子。メンバーもやっている。ステージ左奥の台上で 手を叩く、またろうのシルエットが目立ってる。 
 「レディ イヴ」 
 サビの後、1番の歌詞を甲斐がトバしてしまう。客席にマイクを向けたりしながら、 ステージの上を動く。僕は歌い続けた。 
 サビ前に、「愛に 生きろ 高ぶる胸で」という2番の詞で復活。その後は、さらに 気合いを入れた感じで、細かい詞まで完璧やった。2番の最後も、1番と入れ換えること なく、もう1度「愛に 生きろ」と歌った。

 最初に、甲斐バンド、KAI FIVE、甲斐よしひろソロ、全時代の曲をやってみせるの では、と思っていた。第1期ソロ、甲斐バンド、第2期ソロで来たかあ。 
 ステージ後方のV字型の照明もかっこいい。メンバーは、6月のツアーと同じようだ。 右にジョージ、左にサングラスをつけたメッケン。後ろは台になっていて、左から、 またろう、カースケ、右端が前野選手のキーボード。

 歓声に「サンキュー!」と応え、最初のMCは「相変わらず待たせて・・・」と いう言葉から始まった。「待たせたときの方が調子がいいって話もあるけど」と聞いて、 みんなよろこぶ。 
 「とにかく今夜は最後まで楽しんで。目一杯やるからね」 
 そう言って、ステージの奥に向かうかに見えた甲斐が、もうひとこと。 
 「25年分まるごとやるから」 
 これで大歓声に拍車がかかる。

 そこへ、あのイントロ!レコードよりも分厚いサウンドで。 
 「ダニーボーイに耳をふさいで」 
 泣ける。「あの歌が聞こえてきた」のところで駆け上がるキーボードも印象的。 
 2番のサビの後半で、ドラムのタイミングが変わる。そして、甲斐が「あーの日ーっ」と 叫んだ刹那、衝撃的な音が飛び込んできた。 
 「渇いた街」 
 「ウォウウォウウォ ウォーオオオ」と甲斐が低く呻る。「HIGHWAY25」を聴いて、 やってほしいと思っていたが、こういう形でやるとは! 
 伝えきれてないワンワードと言ってた「生まれなかった命」という詞も、そのまま歌い 切る。「抱いてくれ」のところは「抱きしめて」と歌う。 
 短い間奏で、2番へ。デモ ヴァージョンの歌詞はなく、「自分を見失い 街を 彷徨い歩いた」から。 
 2番のサビも、「抱きしめて」と歌い、「信じようとしない くちづけでもいいからーっ」と 甲斐が声をのばしたところで、ポツポツポツポツというリズムに変わる。「ダニーボーイに 耳をふさいで」の繰り返しの部分に戻ったのだ! 
 「いーくつーかのー ああ悲しーみと いーくつーかのー ああ楽しーみがー」という ニュー ヴァージョンの詞。 
 後奏で甲斐が「ウォーオーっ」と吼える。「渇いた街」の呻り声が耳によみがえる。 どちらも愛をなくした男の孤独な叫びだ。この2曲を、その視点で結びつけたのだろう。 同時に、デモの段階では長すぎたという「渇いた街」を、こういうふうに料理してみせたわけだ。

 海を思わせるきれいなイントロ。エメラルド グリーンの照明。わき上がってくるような ドラムが、あの曲だと告げる。 
 「シーズン」 
 悲しみと、かすかな望み。発表当時の事情がどうであれ、まぎれもない名曲だ。 
 最後の繰り返し。「波打ち際 ラララララララララ」「この痛み ラララララララララ」と、 甲斐は早めに詞を切って、切ない声をあげた。

 前奏で場内が沸く。あの回転するライトが、うねる光と影の波を描き出す。今日は、 客席後方の天井までが揺れている。海の中にいるような。 
 「ナイト ウェイヴ」 
 刻まれはじめたビートにのって、大合唱。甲斐は、身体を傾けてステップを踏み、 ステージ両サイドまで進んでいく。「ナーイト ウェーイヴ」と歌ったあとは、いつものように 「ウーウーウーウーウーウーウーウウー」と歌うのではなく、「ウウーウウ」とPARTYのように 短く切るのでもない。その中間くらい。 
 真ん中の前に出てきた甲斐が、会場じゅうからのコーラスを浴びる。心地よさそうだ。 間奏に入ってもしばらく、客たちの「ナーイト ウェーイヴ」の声はやまなかった。 天井から降ってくる照明は、海の中に射してくる光のようだ。 
 ラストは、甲斐がマイクスタンドを持ってすわり込む。後ろを向いて「ナーイト  ウェーイヴ・・・」と最後のささやきを。タイミングをためたドラムがはじけると、甲斐は一気に 振り向きざま、立ち上がった。

 レコードのあの音に、ドラムが入る。 
 「BLUE LETTER」 
 泣いた。この歌と同じ経験をしたわけではないが、思うところがあった。 沁みてくるのだ。 
 「ふたり 海を眺めてた」「穏やかに晴れた 夏は続いた」「今は跡もなく」「脆かった 月日」「きれぎれの文字」核心とは別の詞が、次々と胸に突き刺さってくる。 
 「深い闇のなか」「深くうねる波の」と、甲斐は今日は「暗い」ということばではなく、 「深い」とうたった。両手でマイクを握り締め、身体を揺らして、前のめりになる姿勢でことば を叩きつける。痛烈だ。 
 かつてサンストで「否定はしない」と言ってた、海辺の三部作を続けたことになる。が、 それについて考えている余裕などとてもなかった。

 「こんな感じでずっとつき合えるとは思ってなかった」と、甲斐がうれしそうに話す。 
 「土屋公平こと、スライダーズの蘭丸を!」 
 黄色いギターを持って、蘭丸が現れる。たくさんの「蘭丸ーっ!」の声。もちろん僕も 叫んだ。 
 さり気ない感じで、蘭丸が弾きはじめる。そのギターだけが響き、観客がそれに 合わせて手拍子をはじめる。他の楽器がかぶさってくる前に、早くも甲斐が歌いだした。 
 「とっぽい野郎、どいていなーっ」 
 間をとって、「スカしたまぬけめ、気をつけろーっ」 
 ROCKUMENTヴァージョンのタイミングで歌う「ダイナマイトが150屯」。しかも、 蘭丸のギターと甲斐の歌だけや! 
 客も大合唱になり、次第にバンドが加わっていく。気づくと、ジョージが煙草をくわえて いる。この曲のプロモーションビデオで、大森さんが煙草を吸っていたのを思い出す。 
 キーボードは、ぎりぎりのところであのフレーズを出してこない。刺激的や。マイク スタンドは廻さない。けれど、ほんまにかっこいい! 
 最後も蘭丸のギターでフィニッシュ。 
 大歓声と拍手。甲斐は、「こんな風にもできるんだぜ。見たか、どうだ」とでも言うように、 「ハ ハ!」と声をあげてみせた。

 「レイン」がはじまる。 
 この曲が聴けるよろこびと、蘭丸はもう帰ってしまうのかという気持ちが入り交じる。 
 今日は「Call my name」のところで、僕は拳をあげなかった。切ない歌に 聴き入っていたかったのだ。 
 甲斐がファルセットを聴かせ、曲が終わっていく。もう1度、甲斐が蘭丸の名前を 呼び上げる。大きな拍手。甲斐が右手を差し出した。蘭丸は、ギターを持っていない左手で、 それを握った。そして、ギターを抱え、いつものように客席に真っ直ぐ手を伸ばしながら、 左のソデへと姿を消した。

 黒いイスが運び出される。小さなドラムスのようなものも見える。ミニ編成コーナーを やってくれるのか? 
 松藤が登場し、甲斐が紹介すると、ものすごい歓声。 
 甲斐をはさんで、左に松藤、右にジョージ。GUY BANDの形だ。「今日はもう、 何でもありだからね」という甲斐の言葉に、観客が沸く。「野生の馬」でもやってくれそうな 雰囲気や。 
 甲斐が松藤に関する冗談を言うと、松藤は指で2回バツ印をつくってみせた。これに は甲斐が大ウケ。「ダメ!ダメ!」というさんまのギャグなのだ。 
 松藤がアコースティック ギターを奏ではじめる。「レイニー ドライヴ」のように思えた。 が、演奏がすすむにつれ、「ミッドナイト プラス ワン」だとわかる。 
 しかし、甲斐が演奏を止めた。「だって、ノイズが気になるんだもん」 
 僕は、何の曲なのかということばかりに集中してたから、聞こえなかった。が、松藤が 試しに音を出してみると、やはりバチバチというノイズが出る。二度、三度とやり直しても、 消えない。 
 「ギター代えようよ」と甲斐が言い、別のギターが松藤に渡される。 
 「ふつう、ステージでこういうことになったら、緊張するじゃない?俺、全然平気だもん ね。リラックスできるもん。ああ、松藤らしいなあって(笑)」

 新たなギターで、仕切り直し。 
 「ミッドナイト プラス ワン」 
 甲斐の歌声がのびて、静かな会場に響いていく。「愛は溺れるもの 海のように」と いう詞に、感じた。 
 1番が終わると、すぐに「潮が引くように・・・」につながっていく。ショート ヴァージョン だ。「君が恋しい」とはうたわずに、今日はすべて「君がほしい」とうたった。 
 そのままメドレーで「I.L.Y.V.M.」へ。 
 第1期ソロの後半にやっていた、激情の「I.L.Y.V.M.」も決して忘れることが できないが、このアコースティック ヴァージョンもいい! 
 ほんとうに甲斐の声がよく響く。聴かせてくれるなあ。「アコースティックの方がむしろ パワーが要るんだ」と言ってたことがあったけど、あらためてそれを感じた。 
 1番の終わりで、松藤がギターの先を触っている。トラブルか?と思ったが、どうやら カポをずらしているだけのようだ。 
 ジョージのギターから、松藤のギターへ演奏が移る。またろうが、3人の後ろに やって来る。 
 松藤が弾いた弦は、今度こそ「レイニー ドライヴ」。 
 甲斐がうたいはじめる。2本のギターの間、またろうの楽器がアクセントをつける。 脇に抱えた長い太鼓を、釘抜きのような形の物で叩くのだ。バラードの色を損なわない ように、静かに空気をふるわせる。 
 コーラスを聴かせてくれていた松藤が、2番ではヴォーカルに。拍手が起きる。 
 「ささやきさえ」の詞が出ない。フォローしようと甲斐がすかさずマイクを握るが、 松藤はすぐに次を続けた。レコードとはタイミングを変え、よりメロディアスなうたい方を する。 
 「サーチライト」からは、2人のハーモニー。サビに戻り、やがてアコースティック  ギターの音色が、静かに、そしてきれいに消えていった。

 キーボードの前野選手が、アコーディオンで参加。またろうは、すわって脚の間に はさんで叩く小さな太鼓。ギターの2人を合わせた4人に囲まれた甲斐は、「いいだろう。 劇団、って感じで」と笑った。「バルト三国にいそうな」 
 きっと、楽団って言いたかったんちゃうかなあ。それとも、僕の聞きまちがいか。 ともかく、いい雰囲気や。甲斐がメンバーを紹介し、僕は「またろーっ!」と叫んだ。 
 「安奈」 
 Singerのときに近いアレンジ。しかし、あのときの黄昏色の照明はなく、演奏も 少しちがう。最初からずっとパーカッションが入ってるし。 
 甲斐は切ないうたい方。ひとことだけの手紙に思いを馳せながら、聴き入った。 
 3番になって、甲斐が「うたってくれよ」のポーズ。「燃え尽きたローソクに」を、客席に マイクを向けて、うたわせてくれた。いつもとはちがう部分やったなあ。 
 「安奈」は甲斐バンドの新曲のカップリングになるらしいと聞いてたから、今日は こういう編成でやるとは思ってなかった。しかし、このヴァージョン、めっちゃよかった。

 通常のバンド形態に戻る。甲斐と松藤が並んで立っている。 
 「5枚組のBOXセットにも、そのヒントは隠されてた。はじめ俺が歌って、後で松藤が 歌って、おいしいとこ全部もってかれた」 
 僕は、歌詞を分けて歌ったことを言っているのかと思って、「ダイヤル4を廻せ」を 連想していた。けれど、そうではなかった。 
 「ビューティフル エネルギー」 
 1番は甲斐が歌い、2番は松藤。「やーさしい雨ーが ぼーくらを 濡ら すーうう」 と歌わずに、「やーさしい雨ーが ぼーくらを  濡ーらーす」と歌った。 
 繰り返しは、ふたりで。曲が終わると、甲斐がもう1度、松藤の名を呼ぶ。拍手と 大歓声に送られた松藤は、ソデには下がらず、舞台奥へと向かって行った。

 「どんどん出てくる」というゲスト。次は、「幼稚園のときからの・・・」という紹介だ。 一郎がやって来る! 
 前奏とともに、白い円に紫の炎が縁取りしたような模様がふたつ、天井に映し出され た。おお、これ聴きたかってん! 
 「幻惑されて」 
 手拍子はもちろん、ビートにノって頭も振ってしまう。ほんまにかっこいい曲な のだ。ギターのフレーズに合わせて、腕を動かすのがやめられへん。快感や。 
 間奏でも、一郎の見せ場たっぷり。ラストも、重厚なサウンドでフィニッシュ!

 !いつの間にか右端に、大森さんがいるではないか!あの黒い帽子をかぶってる。 驚いてる間にも、あのリズムが叩き出され、「おおーっ!」と叫んでしまう。ギターが入って、 さらに歓声が炸裂! 
 「きんぽうげ」 
 甲斐が歌い、大森さんが、一郎が、ジョージがギターを弾いている。甲斐が大森さん の方へ寄っていく。大森さんのそばで歌う甲斐の姿に、熱狂してしまう。 
 最後の繰り返し。甲斐が前に出てくる。客席にマイクを向けたのは、少しの間だけ。 ほとんどを自分で歌い切って、ステージ中央に帰っていく。演奏が終わった瞬間、「大森 信和!」と叫ぶ甲斐の紹介に、いっそうの拍手と歓声がまき起こる。大森さん、3年前より 元気そうや。

 最初は何の曲かわからなかった。が、激しい音のなかに、あのフレーズを聴きとること ができた。これは、「裏切りの街角」や! 
 そう気づいた瞬間、僕は松藤の姿を探していた。やはり!松藤は、カースケの右で ドラムを叩いていた。久々のツイン ドラムや!甲斐バンド後期のツアーは、いつもこう やった。そして、甲斐バンドのメンバー全員が揃ったことになる!いや、もしかしたら、松藤 は「きんぽうげ」にも参加していたのかもしれない。待てよ。今日の序盤、キーボードの ところに、髪を両側に垂らした人物を見た気がする。あれも松藤やったんかなあ。 
 今日の「裏切りの街角」は、甲斐のせつない声に、客席がじっと聴き入ってる。 甲斐の手が「来いよ」と示し、みんなで「チュッチュルルー」と声を合わせた。

 「3年前にアンプラグドで、「Big Night」というセルフカヴァー アルバムをつくって。 次は、オリジナルしかないだろうと」 
 「僕はソニーに所属してるアーティストなわけですが、この甲斐バンドの新曲は、 EastWestから出る。こういう柔軟なアプローチの仕方をさせてくれた、ソニーの太っ腹な ところに感謝を。・・・いや、ほんとうに」 
 「「トレーラーハウスで」という曲を」 
 「無法者の愛」や「ナイト ウェイヴ」を思わせるきれいな曲に、せつない想いと固い 決意を込めた歌だ。自分の人生を賭けた夢と、それを一緒に実現させていくひとについての 物語。 
 「守れるはずのない 約束などしない」「守れるはずのない くちづけなどしない」という 詞が、屈強な意志を感じさせる。

 短いピアノ。それだけで甲斐がうたいだす。青と碧のライト。 
 「LADY」 
 今、この歌を聴くことができて、泣かずにはいられなかった。 
 照明が紅くなっていく。そのなかをピンクの光線がいくつも貫いている。 
 「空のポケットに満たされた虹を 強く握っては今にも壊しそう だけど 今帆を揚げ  高い波をくぐり抜け 荒れた海のなかに ふたり舟を出す」 
 右の拳をつよくつよく握り締めながら、その歌を聴いた。 
 青と碧の世界に戻る。甲斐が、ゆっくりと右手を下ろし、頭をさげる。僕のてのひらは、 とても小さすぎるけど。だけど。

 劇的な音。これもやってくれるんや。 
 「氷のくちびる」 
 客席は前半静かに息をひそめ、「抱かれてもひとつに なりはしない心で」から爆発 する。 
 甲斐と大森さんが間奏で並び立つ。音が弾けた。右の大森さんは、腰を沈め、ギター に全身の力を込めるようにうつむいている。左の甲斐は、顔を上に向け、魅入られたように 空を見つめている。 
 そして、この悲しげな音は?松藤がリコーダーを吹いていた。生でその瞬間を目に したのは、初めてや。 
 この曲の持つ痛みが、生々しく胸に迫ってくる。歌い終えた甲斐がファルセットで 吼える。後奏が激しさを増す。

 そのままパーカッションのソロが連なる。甲斐は一旦姿を消し、またろうの独壇場だ。 そして、「流民の歌」のリズムから、「翼あるもの」へ!今日はやや低めの音が炸裂。 
 拳!攻め立てるギター。甲斐はドラムスの台に上る。飛び降りて前へ走り出て来る。 速いサビ。一転、静まる音楽。甲斐はステージの先端から真ん中に戻りながら、「ウォッ」と 叫び、その後をのみ込む。それから、悲しい咆吼が二回。甲斐が両手を組んで頭上へと 伸ばす間、音数はごく少ない。そこから、おびただしい数のドラム。

 甲斐がまた右ソデに消える。またろうのパ-カッション。たっぷり聴かせて、ガッツ ポーズをしてみせる。歓声。間髪入れず、カースケが受ける。そして、これに松藤が加わる。 3人がひたすら叩く。彼らを目立たせるために左端へ寄った一郎が、煙草を吸っている。 隣のメッケンも。 
 三つのリズムが「ダ!ダ!ダ!ダ!ダ!ダ! ダ!ダ!ダ!ダ! ダ! ダ!」と、 ひとつの塊と化してゆく。それが果てたその時、ギターが響く。甲斐が現れる。 
 「漂泊者(アウトロー)」 
 あまり客席にはマイクを向けず、甲斐が歌う。僕は、「ひとりぼっちじゃあ」のとこで 弾みをつけ、思いっ切り跳んでやった。何度も。

 「25っていう数字にどんな意味があるのかわかんないけど、ひとつ確かなのは、 今日をちゃんとやるからこそ、明日がある」 
 「今日は25年目の誕生日みたいなもんだね。・・・今夜にふさわしい、これ一点、 という曲を」 
 悲しいピアノがはじまる。 
 「100万$ナイト」 
 きれいに響いていた甲斐の声が、1番の最後の部分では、つらい気持ちを絞り出す ような表情になる。静かな拍手がある。 
 「いつからふたりのベッドが 涙でいっぱいに なったのかと気づいて」という詞が、 のしかかってくる。2番の終わりでは、もう拍手はおきない。 
 「ふたりだけの誓いを もう一度だけ口にして 祈る言葉はありはしない」が、また 刺さる。「俺は、俺は叫んでる」とうたう甲斐。「25年目の誕生日」と言ってたけど、 誕生日と葬式を兼ねていると思わせるほどの、重く、壮大な曲だ。 
 バックにあるV字型の照明の間を、ミラーボールがゆっくりと上がっていく。光を放ち、 回りはじめる。甲斐が吼える。身体を伸ばして、あるいは、揺さぶりながら。そして、あの ピアノに戻っていく。

 手を振って、メンバーが去る。すぐにアンコールを求める手拍子が起こるが、すごい 大騒ぎにはならない。まだみんなの心の中では「100万$ナイト」が流れているのだ。

 短いインターバルで出てきてくれた。 
 前奏で叫び声が沸騰し、会場全体が一気に興奮状態に。ここでいきなりやってくれる とは! 
 「冷血(コールド ブラッド)」 
 正面後方からだけでなく、左右の斜め後ろからも白い光が差す。着がえてきた甲斐の 白いシャツを、ライトが赤に、青に染める。「Cold Blood」の低い呻り。 
 3番に入る前は、もちろんあの、肘を落とすアクションだ。僕も同じ動きで、燃え上がる。

 「みんなを呼んで、「HERO」をやろうぜ!」 
 甲斐のこの言葉に客席が応え、蘭丸と甲斐バンドのメンバーが入ってくる。大森さん は、黒のカウボーイハット。 
 「この人数分、馬力出して行こうぜ」甲斐がバックに声をかける。 
 もう、歌いまくり。拳上げまくり。「ウォーオオ、ウォオ、ウォオ」とかいうのも全部、 甲斐といっしょに叫ぶのだっ。 
 「甲斐バンドと蘭丸に拍手を!」のセリフに送られて、4人が帰っていく。

 しかし、他のメンバーは残っている。まだやってくれるのだ! 
 「サンキュー。今夜はみんな、来てくれて、ほんとに感謝してる」 
 「TKも来るはずだったんだけど、外国へ行っちまって。「ゲストのand moreって 誰なんですか?」って、よく聞かれたんだけど。ほんとは、and moreっていうのは、君たち オーディエンスのことで。全国で、それぞれに曲を謳歌してくれてる」 
 これ以上の言葉があるだろうか?感激の拍手と、「甲斐ーっ!」の声。 
 「TKとの最後の4枚目のやつを。太っ腹のソニーが、来年出してくれるでしょう」と 言ってから、迫力ある声で、「何でもいいから、出してくれよ」 
 「その名作をやるぜ」 
 「Against the wind」 
 ついに聴くことができた。口ずさみやすいが、決して軽くはない。「人の波に逆らって  どこかで また吼えてる」「優しさに 逆らって どこかで また吼えてる」という、強い部分の 詞に惹かれる。 
 「against the wind・・・」甲斐が囁く。

 メンバーがステージを後にする。客席を、暗めの灯りが照らす。 
 「電光石火BABY」に始まって、新曲「Against the wind」まで。ここで終わっても、 ふしぎはない。しかし、アナウンスは流れない。BGMは聞こえない。いいぞ!もっとやって くれるかもしれん!願いを込めて手を叩く。叩き続ける。手拍子が甲斐コールに変わりかけ たとき、ステージが明るくなった。

 メンバーが位置につく。左ソデに立ってる人が、何か合図を送っているのが見える。 甲斐が出てくるのが遅れてるのか?そんな想像をしてみたが、すぐに演奏は始まった。 そして、甲斐が走り出てくる! 
 「風の中の火のように」 
 今夜も、ROCKUMENTヴァージョンとはちがった。KAI FIVEの曲は「幻惑されて」 だけにすんねんなあ、と思っていたが、そうや、これを歌わないはずはない。甲斐が「90年 代の「漂泊者(アウトロー)」だ」と言った、この曲を。 
 前に出ていた甲斐が、間奏で元の場所に戻る。ぎりぎりのタイミングでマイクスタンド に口を近づけ、「ウォー、オーッ!」と叫んだ。 
 火をイメージした真っ赤なライティングもあった。最後の盛りあがりで、僕は手拍子し ながら跳び続けた。「甲斐ーっ!」と声のかぎりに叫ぶ。

 さすがに、もう終わってしまうんやと思った。しかし、甲斐はまだマイクスタンドの前に いてくれた。 
 静かにリズムを刻む音がしはじめる。そこへ、あのギター!驚きと歓びの声が、 飛天に響く。 
 「この夜にさよなら」 
 「暗く果てない 道のはずれを 僕は泣きながら 流れてゆく 暗く果てない 夜の 終わりを 僕は泣きながら 漂ってゆく」 
 涙が流れる。大好きな曲。初めて生で聴くことができた。そして、今いちばん聴き たかった歌。 
 「時には朝の星のように そっとやさしく ほほえんでくれた 時には夜の太陽の ように 後ろ姿で 消えていった」 
 痛切な2番と4番にはさまれたこの3番の詞に、今日はやさしい印象を受けた。 
 「抱きしめたくて 何かに触れてみた 確かめたくて 誰かをもとめた 凍てついた心 の中の階段を 僕はいつまで 歩き続ける」 
 この曲独特のうねりを背に、甲斐がうたっていく。そして、あのハーモニカ。 
 5番を突き放したうたい方にはしなかった。1番と同じように、「ひとりぼおっちでー」と うたう。最後も、「この夜にさよなら」とうたった。 
 「ルルルルルルル ルルル ルルル・・・」と切ない歌声を聴かせる。それが終わると、 マイクスタンドを離れ、左右の客席前まで進んで、手を上げ、声援に応え、おじぎをする。 最後に中央でもう一度、オーディエンスに感謝の気持ちを表し、甲斐は立ち去った。

 メンバーも帰ってゆき、飛天に「歓喜の歌」が流れる。後で教えてもらったところに よると、オープニングの曲とともに、キューブリックの「時計じかけのオレンジ」に使われて いるそうだ。 
 その後には、あの女性コーラスと、時を刻むような音、そして甲斐の歌。これが、 「トレーラーハウスで」のカップリングになる「安奈」のニュー ヴァージョンなのだろう。 
 余韻に浸りながら、ステージを眺める。最初の虹色の光が、飛天に降りそそいでいる。 客席上のライトは、黄昏の色に染まっていた。

 たっぷり3時間。実に、全29曲。ほんまに心から満足したあ。 
 こういう会場やけど、ロックにこだわってくれたし。甲斐バンドをさりげなく出した展開 も、かっこよかった。それに、最初と最後はソロのメンバーで決めてくれた。甲斐バンドに 強い思い入れはあるけど、僕は、今のジョージたちも大好きなのだ。甲斐が自分の音楽を 表現するために選んだメンバーであり、何より数々のステージで感動のプレイを見せて くれてるんやから。 
 今夜のステージから感じたのは、生きるうえでの悲しみ、望んでいる愛をいつも得られ るわけではないという孤独、しかし、それでも生きていく勇気。

 何でもこの言葉でかたづけるのは、好きじゃない。でも、今夜は他に言葉が見つかれ へんから。 
 甲斐さん、ありがとう。

 

1999年11月13日(土) 新高輪プリンスホテル 飛天

 

電光石火BABY 
ポップコーンをほおばって 
レディ イヴ 
ダニーボーイに耳をふさいで 
渇いた街 
シーズン 
ナイト ウェイヴ 
BLUE LETTER 
ダイナマイトが150屯 
レイン 
ミッドナイト プラス ワン 
I.L.Y.V.M. 
レイニー ドライヴ 
安奈 
ビューティフル エネルギー 
幻惑されて 
きんぽうげ 
裏切りの街角 
トレーラーハウスで 
LADY 
氷のくちびる 
翼あるもの 
漂泊者(アウトロー) 
100万$ナイト

 

冷血(コールド ブラッド) 
HERO 
Against the wind

 

風の中の火のように 
この夜にさよなら