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甲斐よしひろ ~SPECIAL ACOUSTIC SET~ GUY BAND

1999年8月12日(木) 那智勝浦シンボルパーク野外特設ステージ

 朝6時半に家を出た。和歌山とはいえ、那智勝浦は遠いのだ。三重県に近い。しかも、 節約のため特急には乗らないことにしたから、時間がかかる。 
 天王寺-和歌山-御坊-紀伊田辺と乗り換えて行く。ほとんど寝ててんけど、途中 目を覚ましたら、窓の外はすでに海。青碧色でめちゃめちゃきれいや。どこまでも続く水平線。 砕ける白い波。振り返れば、山側には「これが入道雲じゃあっ!」てな感じの雲がもくもく。絵に 描いたような夏やった。眺めてるだけでしあわせになる景色。 
 紀伊勝浦よりも会場に近いらしい那智駅で電車を降りる。1時半頃だったか。駅のすぐ 裏に海水浴場が広がっている。ほんまにきれいな海や。考えたら、太平洋に入ったことない ねんなあ。ライヴ会場の那智勝浦シンボルパークへと海沿いに歩きながら、僕は本気で泳ぐ ことを考えはじめていた。海パン持ってきてないけど、短パンに着替えて入ればいいや。

 シンボルパークはすぐだった。あまり広くはない。野外特設ステージもすぐに見つかっ た。ここまで海から近いとは。 
 小さいのを想像していたが、立派なものやった。ふつうの野外音楽堂くらいはある。 舞台上方には白い屋根。照明もきっちり組まれ、吊されている。客席はすべて芝生。細い 丸太が横たわっているのが座席になっている。客席の後方、舞台正面には照明や音響の スタッフが作業をするらしい小屋がある。客席の右手には巨大スクリーン。他のイベントで 使うらしい。 
 強烈な日射しの中を、すでにファンがたくさん並んでいる。甲斐のTシャツを着ている者。 水着姿。地元の若い女の子。子ども。下に敷くビニールシートを持っている人が多い。 
 ステージにはスタッフが数人立っていて、リハーサルが始まろうとしていた。周りに 遮る物などないので、並んでいる客席最後方から全て見ることができる。 
 驚いた。パーカッションがあるではないか。今日は3人ではないのだ。6月のツアーに も参加していたまたろうが楽器の音をたしかめている。パーカッションが加わったGUY BAND はどんなだろう。ああ、わくわくする。 
 短パンの松藤、帽子をかぶり地味な服装をしたジョージも現れる。「ジョージ君の音、 もらいまーす」「250から315」などというスタッフの声が飛び、チェックが進んでいく。その 過程で何曲かが一部分だけ奏でられた。おっ、「破れたハートを売り物に」があるらしいぞ。 そうかあ、「風吹く街角」やるんかあ。GUY BANDヴァージョンめっちゃいいもんなあ。 「レイニー ドライヴ」は聴きたかったのだ。 
 いつの間にか、甲斐もいる。キャップとサングラスで、顔ははっきりと見えない。今日 もあの髪型なのだろうか。グレーのTシャツを着ている。 
 3人で「ザザザザッ ザザザザッ」というストロークが続く曲を弾く。コードの移り変わり に耳をすますが、どの曲なのかわからない。謎だ。そして、楽しみだ。 
 歌も入れて「野生の馬」。1曲まるまる聴けて得した気分。海辺の方まで響いていた だろう。 
 演奏が終わると、並んでるファンから拍手。リハの最中に騒いでいいのかわからず、 控えめな拍手にとどめた。 
 ヴォーカルがあったのは「野生の馬」1曲だけ。メンバーはこれで姿を消し、残った スタッフがチェックを続ける。僕は海のことなどすっかりどうでもよくなってしまった。太陽の 下、ひたすら開場を待つ。近くで見たい。

 ファンの列にスタッフが1人近づいてくる。「木の下の辺りの方、雫に気をつけてください」 
 木に巻き付けてある装置から霧のような細かな水が噴き出される。会場まわりの 何本かの木から一斉に。白い霧が風に乗って芝生の上を流れていく。日射しにさらされ続け ていたから、ありがたい。 
 3時に開場。3列目の真ん中を確保できた。リハを見て、今日は甲斐が真ん中に 立つことを確認してある。左に松藤、右にジョージだ。パーカッションは左後ろ。GUY BANDの ときにはジョージが真ん中にくることが多いのだが。甲斐のイスもロッキングチェアーではない。 
 客席は芝生に丸太が埋めてあった。細いのが3本ならんでいて、そこに腰を下ろす ようになっている。3列目は影になっていて、風もあり、ぐっとすずしくなった。 
 すわってファンクラブの会報を読む。シンボルパークには、食べ物や南紀名物の 売り場、テーマ館などがあるけれど、ライヴに集中や。

 開演が近づく。傾いた日射しがまぶしい。何度かあの霧が撒かれている。 
 ステージのすぐ後ろを列車が通っていく。その音でBGMがかき消される。こういう ステージもめったにないだろう。 
 5時を少しまわった。特急が警笛を鳴らして通り過ぎる。舞台左手奥の幕から、 ジョージ、松藤、またろうの3人が歩いて出てくる。BGMもなく、ごくしぜんに。拍手が起こる。 
 そして、甲斐も歩いて登場。「甲斐ーっ!」の声。白のTシャツに黒のベスト。黒の ズボン。青いサングラス。そして、髪は肩にかかるくらい。色も黒に戻している。これがかっこ よかった。 
 「野生の馬」の前奏。甲斐はまずペットボトルの水を口にふくんでからうたいだす。 
 「風を聞いて」のところもすべて「風を切って」とうたう。パーカッションの、鮮やかな 青い短冊みたいのがならんだ楽器が出す、シャラシャラいう音が心地よい。 
 今日はほんとうに「青い空の」「自然の中で」の「野生の馬」だ。 
 甲斐はサビをうたうとき、右肘を曲げ、上に向けた指に力を込める。何度聴いても このハーモニーにはしびれるなあ。

 甲斐がギターを持つ。パーカッションと甲斐のギターではじめ、ジョージと松藤のギター も加わる。 
 「破れたハートを売り物に」 
 ここへ持ってきたか。客席も手拍子と歌声で応える。甲斐も「サンキュー」と言ってくれる。

 アコースティックでもレゲエなのだ!「安奈」 
 うたい出しで拍手が起こる。今日は甲斐フリーク以外のお客さんも多いから、有名な 曲には反応が大きい。 
 「安奈 お前に逢いたい」をタイミングを変えてうたった。今日は客にうたわせること なく、すべて甲斐がうたい切る。

 「こんばんは」と言ってから、甲斐は笑う。ふつうの挨拶からはじめたのが何だか自分で おかしくなったみたい。 
 「汽車の汽笛は鳴ってるし。ここは、いいよ」 
 みんな笑顔で拍手。 
 「特急が行ってから出ようと。BGMいらないね」 
 あれはやっぱり特急を待ってから出てきたんや。こういうのは最初で最後かもなあ。 
 四分の一世紀経ってしまったと笑いながらBOXの話。NHKのBSでやる特番に ついても。鶴瓶がインタビュアーで、小林よしのり、さんま、TKのメッセージが入り、全体の ナレーションはダウンタウンの浜田だという。このメンバーには甲斐も「濃い」とうなった。

 「もう1曲昔のナンバーを」 
 拍手が起きる。「新宿」か「ブラッディ マリー」かと思ったが、続いてもヒット曲やった。 前奏でさらに大きな拍手。 
 「裏切りの街角」 
 通常のアコースティック ヴァージョンにパーカッションが利いている。甲斐の声に 聴き入った。

 メンバー紹介。 
 「ベースとアコースティック。松藤英男」と言ってから、「昔某有名バンドでドラムを 叩いてた」とつけ加える。今日の松藤は、右足を踏み踏みベースを弾いている姿が印象的 やった。腕の筋肉が意外に盛り上がっていた。鍛えているのだろう。 
 「それは(君も)いっしょだね」と笑って、甲斐がパーカッションのまたろうを紹介。 またろうは投げキッスでおどけてみせた。今日はタンバリンでシンバルを叩くという技も 見せてたなあ。 
 最後にジョージの名を呼びあげる。リハとは打って変わって、白の豹柄の衣装だ。 
 「このアコースティックの編成は2年くらい前からやってて、気に入ってます」

 「バラードをやりましょう」 
 繊細にはじかれるギター。「レイニー ドライヴ」 
 甲斐はギターを取らず、ヴォーカルに専念。この曲では左手の指を上に向け、 情感をこめてうたう。 
 「サーチライート」からの甲斐と松藤のハーモニー。レコードとはちがうこのアレンジも 大好きや。「スリッピーン トゥー ザ レーイエーン」というふうにうたうのだ。

 「レイニー ドライヴ」の余韻にひたっているところへ、いきなり激しい曲が始まる。 
 「風吹く街角」 
 パーカッションが入って、なぜかよりメロディアスになったように感じた。 
 間奏の最後、ジョージのギターが一撃。「ふたり破裂したのさ」へ。

 続けて「風の中の火のように」 
 静かなギターから入るROCKUMENTヴァージョンだ。 
 「君なんだ」とうたったところでパーカッションが加わり、演奏が激しくなる。同時に バックのずっと青だったライトがオレンジに変わる。太陽が出ている中でのライヴだけに 照明が目立つことはなかったが、これは鮮やかやった。 
 間奏。甲斐はいつもより一瞬遅らせて「イエーエエー」と叫んだ。

 「漂泊者(アウトロー)」 
 BIG NIGHTヴァージョンなのに激しいのは、パーカッションのせいだけではない。 甲斐の歌い方も、ギターもそうなのだ。客席も熱い。

 「ザザザザッ ザザザザッ」というストロークが響く。リハでやってたあの謎の曲や。 
 甲斐が低く歌いはじめても、最初はまだわからなかった。「ワンナイトショー」という詞が 耳に届く。最初のサビをとばして歌い出されたのだ。まさかこの曲が「HERO」だったとは! 
 このアレンジはまったく初めてや。新鮮で、かっこいい。やっぱりいい曲なのだ。 拳を突き上げる。またろうも歌いながら人差し指を突き上げている。いいぞ。 
 最後も「ザザザザッ」というストロークでフィニッシュ。 
 甲斐はイベントのときも必ず1曲特別なことをやってくれるけど、今日はこれが スペシャルだ。「HERO」にまた新たな息吹がふきこまれた。ほんまによかった。

 「かき氷持ってるやつがいるけど、それも今日は許そう」という声に会場が沸く。 
 「もっと混雑してるのかと思ったら、ちゃんと聴いてくれて」 
 客席は後ろもいっぱいになっていて、横の方にも立ち見が出ていた。 
 「あっという間に最後の曲」 
 「えーーっ!」という大きな声があがる。 
 「とにかく長く見たい?」と言うと、大拍手。 
 しかし、「だって、これ以上やると怒られるんだもん」 
 このステージと横のスクリーンを使った「生命と海のシンフォニー」というイベントが 毎晩あるのだ。 
 「みんなに感謝してます。サンキュー。ありがとう」

 「新しくレコードをリリースするって話もあるけど、それは置いといて。いちばん古い 歌をやりましょう」 
 「バス通り」 
 甲斐の声が切なく響く。特に、甲斐がひとりでうたう部分の語尾。「寝ぼけまなこの 僕を見てぇ」とか。沁みた。

 メンバーが去っていく。後ろに遠慮してすわっていた僕も立ち上がって拍手し、 「甲斐ーっ!」と叫んだ。大きな拍手と歓声。甲斐ははじめてサングラスを取り、にこやかに 手を振ってくれた。ファンクラブ会報のブライアン・ウィルソンについての日記が頭をよぎる。 
 すぐにBGMが流れはじめたが、手拍子はやまない。「甲ー斐!甲ー斐!」のコール。 「アンコール!アンコール!」の叫び。僕も何度も「甲斐ーっ!」と声をあげた。アナウンスが 二度入ったが、観客は動かない。 
 しかし、スタッフがステージに現れ、作業に入る。 
 いくらでも聴いていたいけど、今日はしかたがない。大いに満足した。特に「HERO」 と「バス通り」がよかったなあ。

 夕方の海は水色に変わり、こまかな波をたくさん浮かべていた。浜に人影もない。 
 那智の駅も無人になっていた。だれもいない改札を抜け、帰りのホームに降りると、 ライヴを見てきたらしい家族連れがいた。おばあちゃんと娘たち、そしてお孫さん。 
 おばあちゃんがしゃべっている。「最後から2番目の歌は知ってる。今の流行歌は わからんけど、あれは覚えてる。流行歌はよっぽど歌のうまい人のじゃないと、よう覚えんが」 
 列車が入ってきた。まだ6時半になっていないが、今日中に大阪へ帰れる最後の 列車だ。 
 7時を過ぎると、紀勢線の車窓から見えるのは闇ばかりになった。来たときの美しい 景色はもはやない。それでも僕はみたされていた。

 

1999年8月12日(木) 那智勝浦シンボルパーク野外特設ステージ

 

野生の馬 
破れたハートを売り物に 
安奈 
裏切りの街角 
レイニー ドライヴ 
風吹く街角 
風の中の火のように 
漂泊者(アウトロー) 
HERO 
バス通り